・・・・背後から声がして後ろを振り向くと、呆れ顔の代行者が立っていた。
しかしその格好が異常なのである。
カソックの所々が破れ、体中から焼け焦げた臭いがするのだ。
「だ、代行者!?そのやつれ様は一体!?」
「・・・何、
あのアーパーを早く地球の裏側に飛ばすために霊子情報の転送量を増やす魔術を行っていたのですが、
情報量が半端じゃなかったので体内の魔力がスッカラカンなんですよ。
・・・・で、何の話をしていたのですか?
まさか、私が必死こいて魔術を行使している間に
寝ている遠野くんに不埒なことをする算段でも練っていたのではないでしょうね?」
こ、この女は何故知ってやがる!?
私も含め、この場の女性人全員が驚愕する。
「・・・図星のようですね。まあ驚くのは無理もありません。
あんな殺気を撒き散らされては魔術で聞き耳も立てたくなりますよ?
あら?そういえば時南先生はどちらに?」
「じ、時南先生なら朱鷺恵様をつれて帰られました」
代行者のどこか気迫を帯びた問いに琥珀が震えながらも答える。
――――まずい!まずすぎる!
何がまずいのかというと作者が時南医院の二人の事をすっかり忘れていたことではなく、
先ほどの会話内容によって代行者を怒らせているかもしれないという事だ。
【 Eternal Oath 第6話 】
・・・以前、タタリの一件の際、代行者は私を捕縛しようとした。
それはアトラス学院が埋葬機関に私の捕縛を依頼していたからであり、
そこに属する彼女が私を捕まえようとすることは当然のことだ。
しかし、今は違う。
志貴や真祖の協力でタタリを滅することができた私は、一度アトラスに戻った後、
学院の査問会に出頭し、学院長をはじめとする査問委員会に事の詳細を報告した。
無論志貴のことは報告せず、真祖と代行者の協力の下タタリを滅ぼしたと説明する。
そして学院からの出奔という規約違反とタタリ討伐の功績との釣り合いからか、
一週間の謹慎という軽すぎる罰を素直に受け、
吸血鬼化の治療のために正式な許可を取って私は日本に、ここに戻ってきた。
―――――しかしそこで私は重大な問題に気づいてしまう。
タタリの一件の時に埋葬機関には、代行者にはアトラスからの捕縛要請が出ていた。
しかし、今私は正式な許可の下、ここにいる。
つまり、代行者にとって私は“あえて”捕縛すべき対象ではないというであり、
それの意味するところは死徒である私を問答無用で抹殺対象とみなすことができるということである。
・・・・生命の危険を感じた私はすぐアトラスのあるエジプトに戻ろうとした。
しかし――――――私は戻らなかった。
何故ならここには吸血鬼化の治療に必要な存在、
吸血鬼の大元である真祖、その最後の一人である、
アルクェイド=ブリュンスタッドがいるからである。
それに・・・ここには彼がいるから―――――。
結局私はここに残った。
そして可能なかぎり代行者の機嫌を損なわないよう行動してきた。
だからこそこの状況はまずい、
そう思った私は正当な理由をでっち上げることにした。
しかし・・・・・
(二番停止。三番停止。四番停止。六番停止。)
・・・・駄目だ、思いつかない。
今、一番は現状認識に、五番は琥珀へのエーテライト制御に回していたから即時切り替えによる使用はできない。
こうなったら七番に賭けるしか――――!
(―――七番――――・・・志貴は私のご主人様で・・・・・・・・・・・)
ボンッ!!!
(復旧中――――復旧中――――完了。直前の記憶を復元・・・・終了)
・・・・・・!!?!?カットカットカットカットカットカットォォォォォォーーー(ワラキア方式)!!!?
うあ!?何だ今の電波は!?
何故、私が志貴にエーテライトで縛られて悦に入っている映像が浮かぶ!!?
――――――あ。・・・・・そうだ。そうだった。
吸血衝動をいくらかごまかすため、七番はいつも『脳内恋愛シミュレーション』に回していたのだ。
しかし、その結果がコレとは・・・・・。
クッ、何て――――――
「迂闊」
つい呟いてしまう。
「あらシオン様?お顔が赤くなってますよ〜」
「何でもありません!!ほっといてください!!!」
ダメダダメダ!落ち着け私!!
今はそんなことやってる場合ではないだろう!
しかし・・・どうしたものか。
自分で言うのもなんだが、私は物事を隠すことはできても嘘はつけない性分だ。
だからシミュレートしても出てこない言い訳など、志貴のように瞬時に閃くことなどできない。
・・・・・・しょうがない。
ここは志貴を見習って素直に謝るべきだろう。
「・・・申し訳ありません代行者。
どうやら私も含めた全員が、内から沸き起こる衝動によって暴走してしまったようです」
頭を下げて素直に謝った。
・・・よし、現状で最も適した誠意ある対応だ。
しかし、このセリフ、自分で言うのもアレだが、どこか内容的にズレているような気がする。
まあこうとしか表現できないのだから仕方がないだろう。
「・・・・その気持ちはよくわかるので別に構いませんよ。
しかし先程の内容は非常に魅力的なので後日参加させてもらうとしても、皆さん脱線しすぎですよ?
・・・・・無理も無いですが」
ホッ、彼女は意外にあっさりと謝罪を受け入れてくれた。
これでどうにか彼女の機嫌を損なわなくてすむ。
・・・・ん?―――――『無理も無い』?
「・・・どういう意味ですか、先輩?
その口ぶりだとまるで私たちの行動が予想づくだと言っているみたいですよ」
「別に内容まで予想できません。
しかしあのプレッシャーを受ければ誰だって情緒不安定になっているのは分かっていました。
ここ最近のブランクがあったとはいえ、この私ですら何も出来なかった相手ですからね」
「「「「・・・・・・・・」」」」
それを聞いて皆押し黙ってしまう。
そう、代行者は埋葬機関の第七位、つまり人間側ではトップクラスの戦闘能力の持ち主だ。
そんな彼女が全く動けなかった相手なのだから、この場にいる他の者達など話になるまい。
私も含め、その場にいた代行者以外のものがうつむき、黙り込む。
すると、この状況を予測していたのか、代行者が思いがけない提案をしてきた。
「そこで提案なのですが、皆さん、これから三日間私と一緒に埋葬機関に伝わる修行しませんか?」
「・・・・修行、ですか?」
突然の彼女の話の意味を図りこめず、琥珀が首をかしげる。
無論琥珀だけでなく、私を含めた他の者も理解できなかった。
「ええ。まあ修行といっても日に一時間ほど行う瞑想みたいな物ですが。
これは自らの心にある種の防壁を張るイメージを浮かべることで一定以上のプレッシャーに対してのみ、
耐性が付くというものです。
結果、自分より実力が上の相手に対して何らかの行動を起こせるようになります」
すると重く沈んでいた秋葉の表情がパっと輝く。
「!・・・という事は私たちでも兄さんを守れるということなのですね!?」
「その通りですよ、秋葉さん」
「・・・よかった」
秋葉が安堵の表情を浮かべている。
やはり自分が志貴の力になれることがうれしいようだ。
私は友人である秋葉がそのような表情をするのを嬉しく思う。
「代行者、私もその修行とやらにお付き合いします」
それと同時に私もまた志貴の力になれるということが嬉しかった。
「無論、付き合ってもらいます。
それどころか他のお二人にも付き合ってもらいます」
「え?私と姉さんもですか?」
「ええ。我々三人が直接紅摩に対応するにしても、後方支援や遠野君のお守をする際に奴のプレッシャーに抗えなければ何も出来ませんから」
「・・・そうですね。私と翡翠ちゃんの二人にもできること、ありますよね」
そうして翡翠と琥珀の二人も少しだけ元気が出てきたようだ。
「その通りです、二人とも。
あなた達にはあなた達の出来ることをしてください。
戦闘は我々に任せてもらいます」
「フフ、そうですね。・・・と言っても私たちは戦力の要であるアルクェイドが戻るまでの“繫ぎ”ですから、
二人とも無理はいけませんよ?」
「「わかりました」」
私と同時に秋葉も頷く。
これでひとまず先程のような失態は犯さないですむ、
そう思うと少しだけ気が楽になった。
しかし、完全に気を抜くことはできない。
何故ならば、私たちは志貴を狙ってくるであろう軋間紅摩の迎撃に備えなくてはならないからだ。
それから私と秋葉、それに代行者の三人は別室に移って襲撃当日における具体的な戦術を思案した。
「・・・つまり私は『髪』を敷地全体に張り巡らせばいいのね?」
秋葉の確認の問いに私は琥珀が用意してくれた紅茶をすすりながら答える。
「ええ、ただし所々に空間を残して、展開密度に差を付けておく必要があります」
「どうしてそんなことを?」
秋葉の質問。
「・・・ヒトであれ何であれ、
目標となりうるものが前にあれば『如何に効率よく前に進むか』ということを意識します。
そして前に進むには何らかの障害があるとするとソレは障害物を越えようとするか避けようとしますが・・・・」
すると、そこから先の答えを代行者が述べる
「なるほど。あえて壁に穴を開けて任意の場所におびき寄せて攻撃するというわけですか」
「さすがに代行者はわかりましたか。
そう、敷地の角に追い詰めて私とあなたによる中近距離からのピンポイント射撃、これで紅摩を封じ込めます。
ただしこれはあくまで『封じ込める』だけです。
おそらく奴は幻想種クラスの持ち主、我々だけでは倒すことはほぼ不可能でしょう」
「そうですね。遠野くんは戦わせることは出来ませんし、
やはりここはアルクェイドが来るまでの時間稼ぎに徹するしかないでしょう。
・・・しかしこれでまたあのアーパーに一歩リードされると思うと・・・」
ピキッ!
ウッ、代行者が手にするカップにヒビが・・・・
・・・・さらにドス黒い何かが彼女から湧いているような気がする。
「ハア、その事実を否定できないところがまた哀しいですね・・・シオン、あなたもそう思うでしょ?」
うぅ、秋葉からも・・・・。
「こ、こっちに振らないでください!
今はそんなことより――――」
「「そんなことより!!?」」
「ヒッ!?」
「シオン!あなた悔しくないの!?
今、兄さんの中の女性としての順位が一番なのがあのアーパーだという事実が!!?」
「い、いえ私はそんな悔しいとかそのような感情は――――」
そうだ。今はそのようなことは関係ないはずだ――――――たぶん。
「そんなの嘘です!あなた今更自分が関係ないとかほざくつもりじゃないでしょうね!?
そもそも私はその達観した態度が気に食わなかったんですよ!
何ですか?!私のプライベート時間でもわざわざ代行者代行者うるさいですね!
そんなにカソックを着ている私に狩られたいのですか!?」
「イヤ、あの、二人とも落ち着―――――」
「別に先輩の名称などどうでもいいんです!
そんなことよりシオ「どうでもよくありません!!」・・・何ですか!?先輩!!」
秋葉のセリフを遮っての代行者の激昂。
「秋葉さんは少し黙っててください!
シオン、あなたはこの前私が遠野くんとカレーを食べに行く途中であなたとバッタリ会いましたよね?
そのときあなたが何度も代行者代行者言うものだから遠野くん、私がまだあなたを狙っていると勘違いして、全然食が進んでくれなかったんですよ
どうしてくれるんですか!?
せっかくあのアーパーがいないときを見計らって誘ったお食事が全然楽しくなかったんですよ?!」
「へ?」
――――ワタシガマダアナタヲネラッテイルトカンチガイシテ?
――――今のは私の聞き違いか?
「だ、代行者、今な――――――」
私は震える声で代行者に確認しようとする。
しかし―――――――
「先輩!私がシオンに話しかけている最中に割り込まないでください!」
「何言ってるんですか!?
日常的に遠野くんの発言を勢いで潰すあなたに言われたくないです!!」
・・・私の声は更にヒートアップした二人の声にかき消されてしまう。
「あの、代行者・・・・」
「それは先輩も同じことでしょう?!
他人の事をとやかく言う前にご自身のことを確認してから発言してください!」
「確かめたいことが・・・」
「自分の胸に聞けというのですか!?
・・・・まああなたと違って私には聞く胸がありますから、聞こうと思えば出来るかも知れませんね」
・・・・・イラッ。
「なんですっ――――――――」
―――――ガン!!!ガンガンガンガン!!!
―――――銃声。
・・・私が撃ったものだ。
まったく、人が発言しようとしているのにそれをさせないのは失礼極まりない。
いつものこととはいえ、この二人には人の話を聞かない悪い癖がある。
「・・・二人とも静かにしてもらえませんか?」
「「・・・・・・・・・」」
二人とも押し黙る。
フウ、これで先ほどの代行者の発言に確認を取ることが可能だ。
「―――――代行者、あなたに質問です。
この問いには私の人生がかかっているので、しっかりと答えてください。
・・・先程あなたは私に対して何と言いましたか?」
「・・・・聞いていなかったのですか?
だから、あなたのせいで我が至福のカレータイムが・・・」
「違います。その前!」
ジャコッ!
叫ぶと同時に銃のスライドを引く。
「うっ。
え、え〜とその前と言うと・・・・ちょっと待ってください?
シオン、あなたまさかこんなくだらないことをずっと気にしていたのですか?」
途端、代行者が呆れ顔で尋ね返してくる。
ムッ。くだらないとは失敬な。
これは私の死活問題にあたるものなのだが。
「ハイ。残念ながらあなたは曲りなりにも埋葬機関のエクソシストです。
・・・・将来的に死徒になる私を放って置くはずがありません」
「シオン。あなた・・・・」
私の身を案じてか、秋葉が私の話を止めようとしてきた。
しかし、私はあえてそれを無視する。
これを機会に事をはっきりとさせたかったからだ。
すると代行者の目は無機質な物に、以前垣間見た、彼女本来の仕事のときの目に変わっていた。
―――――――私を神の敵として見る眼に。
「・・・・そうですね。確かにあなたは半人半死徒の身。
薬物や少量の輸血などで死徒化を防いでいるようですが、近い将来、死徒に成り下がることは確実でしょう」
「先輩!!」
私のために秋葉が代行者に怒鳴る。
彼女の行動は、その怒りに込められた彼女の気持ちはうれしかった。
でも、―――――――今は黙っていて欲しい。
「―――――――ハイ、否定はしません」
「・・・・そうですか」
「シオン!!?」
秋葉が驚いてこちらを見る。
「秋葉。あなたの気持ちはうれしい。
ですが―――――ここは少し黙ってもらいたい」
私は思い切って言う。すると、
「!――――――・・・・わかったわ。あなたにまかせましょう」
秋葉は真剣な眼差しでこちらを見つめてくれた。見守ってくれているのだろう。
その気持ちに私は応えなくてはならない。
「ありがとう、秋葉。
・・・・・代行者、話の続きですが、確かに今このままでは私の身は完全な死徒となるでしょう。
ですが―――――」
一呼吸置いて私は彼女に訴える。
「ですが私は必ず吸血貴化の治療を確立させると誓います。
神ではなく、私を信じ成功を祈ってくれている志貴と秋葉、そしてあなたに。
ですからどうか―――――どうかここにいさせてください!!」
そうして頭を下げ、私は自分の中にある物の全てを吐き出した。
――――――さあ、これで私は代行者に全てをぶつけた。
これでも、もしまだ彼女が私を敵とみなしたら――――――
「――――――構いませんよ」
―――――――私を狩るというのなら・・・・って、エッ?
「別に構いませんよ。
あなたが完全な死徒となるならともかく、まだ人間に戻る可能性があり、
なおかつその研究を成功させるというのなら、問題はありません」
「エッ?あの?それは?」
それはつまり――――――。
「何より遠野君が信じちゃってるんだから、とっとと治療法見つけて彼を安心させてください。
でないと私が狩っちゃいますよ?」
「つまり、その?」
「しかし、やっぱりあなたいつもそんな目で私のことを見ていたんですね。お姉さんショックですよ。つーか先
程も言いましたが私のことを代行者と呼んでる時点で敵対関係作る気満々です。そもそもあのアーパーは別に
して、何で遠野君や秋葉さんはちゃんと名前で呼ぶくせに、私のことはちゃんと名前で呼んでくれないんです
か?それに――――・・・・」
その後、秋葉が「よかったわねシオン!」と言ってくれたり、代行者が延々と何か言っているようだが今の私の耳にはほとんど入ってこない。
何故ならば、ここから出て行かずに済み、吸血鬼化の治療が続けられ、志貴の傍から離れずに済むとわかったからだ。
私は安堵の余り、気が抜けて床にへたり込んでしまったがそんなことどうでもいい。
(―――――ああ、これで当分は何の気兼ねなくここに居られる)
そう、今はこの高揚感に身を任せ―――――――。
「シオン!!話を聞いてますか!?」
気が付くと、代行者の顔が目の前にあった
「ウワッフ!!?だ、代行者!?」
私は驚いた
突然、視界一杯に他人の顔があったら誰だって驚くだろう。
特に先程まで脅威の対象としてしか見ていなかった相手ならなおさらだ。
でもその心配はもういらない。
これでもう彼女に狙われないで済むと思うと――――――って、ん?代行者の様子が―――――?
「――――シオン!?あなた私の話を聞いていなかったのですか!!?」
「エ!?代行―――――」
「だから私のことを役職で呼ぶなと何度言えばわかりやがるのですか!?」
・・・そうだった。
たしか彼女が秋葉との言い争いを圧倒しだしたのは、
私が彼女を代行者と呼んでカレーがどうのこうの言い出したあたりからだ。
どうやら今の彼女にとって代行者という名称は気に食わないものらしい。
ということはこれからは名前で呼ぶべきなのだろうな
「申し訳ありません、代・・・・シ、シエル?」
・・・・少しなれなれしかったか?。
そう思ったが、しかし彼女は微笑みながら謝罪を受け入れてくれた。
「それでいいのです。
まったく、あなたはもう少し他人と係わり合いを持つべきですよ。
・・・・まあ、遠野君みたいに、ヒトの心をほとんどフリーパスで入り込むのもどうかと思いますがね」
すると、私は自然に彼女の言葉に同意する。
「クス、まさにその通りですね。
まったく志貴は愚鈍すぎます。そもそも・・・・」
「ふう、その通りね。
そこが兄さんのいい所とは言え、あの人は朴念仁な上に・・・・
・・・・それから私たち三人は三日後のことをしばし忘れて、
軽い雑談(主に志貴に対する愚痴)を楽しんだ。
・・・・私は何を気にしていたのだろう?
代行者、いやシエルは別に私のことを敵視していなかった。
・・・かつて私を死徒に変えた男、ズッピア・エルトナム・オベローンは言った。
――――――――君と私は同類だ、と。
吸血鬼として人の血を吸い、人から生命を奪って自らの力とする彼。
何よりも効率を求め、人とのつながりを情報のやり取りと割り切り、
エーテライトで人の意識を読み取って情報を奪い取り自らの知識とする私。
確かに他者から何かを奪い取って自分のものとする点で私とあの男は共通していた。
そしてそのことを指摘された時、私は肯定せざるを得なかった。
でも今は――――――――――否定できる。
今の私の周りにはかけがえのない友人がいる。
以前の私にとって彼等の様な存在とのふれあいは無駄な行為でしかなかった。
でも今の私には、それが暖かいものだと感じ取ることができ、大切でいとおしいと思うことができる。
・・・・・ズッピアがこれを見たらどう思うだろうか?
――――――――嘲笑するだろうか?無反応だろうか?
それとも・・・・
彼が死んだ今となっては分からない。
でもそんな詮索はどうでもいいことだ。
私は私。
志貴のように“今”を感じ取り、“今”を大切にして生きてゆこう――――――。
――――――――――改めてそう想った朝だった。
・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・
(・・・・・・・・・)
―――――――彼は、遠野志貴は眠っていた。
―――――――暗闇の中で一人眠っていた。
―――――――いや、眠っているというのは少し違う。
―――――――何故なら彼は夢のように“ソコ”を認識していたのだから。
ココは遠野志貴の深層心理。その最果て。
ヒトの意識の根幹であり、
また、魂という霊体の意識と肉体という物質の意識との狭間でもあり、
個人の意識とヒト全体の意識の湖、つまりアラヤ識との狭間でもあり、
自己そのものである。
だからこそ・・・・・それはあり得ないことだった。
何故ならそれは自分の姿を見るには鏡や誰かが必要なように、
観測者無しでココを自己だと認識することなど不可能であり、
彼の使い魔であるレン無しでは自分が自分の中にいると感知すらできない。
―――――しかし、彼はソコにいると認識していた。
・・・・今、彼はある既視感と同時に違和感を覚えている。
既視感の元は8年前。
あの日、遠野の屋敷の庭で一度死んでから病院に目覚める間に感じた、何かがすっぽりと抜け落ちた感覚。
しかし、今感じられる違和感。
それはあのとき感じられなかった、冷たいながらもどこか暖かい何かに包まれているような感覚だった。
(そういえばこの感じ、寒い離れのコタツで昼寝したときと少し似てるなあ)
・・・・そんな腑抜けたことを考えながら漂っていると―――――
「――――起きろ。遠野志貴」
ガスッ!
「ッゲブッ!?」
―――――突如、『彼』に蹴られて起こされた。
『彼』の足は志貴の後頭部にクリーンヒット。
当然彼は目を覚まさざるをえなくなる。
「ッ痛〜〜〜〜〜」
「さっさと起きろ」
「うあ・・・・・?」
間抜けな声を出して遠野志貴はゆっくりと起き上がる。
・・・・・しかし蹴られてもなお、マイペースで起き上がるのは彼らしいというかというか何というか。
それはともかく、彼はキョロキョロとあたりを見渡す。
そして――――――
(え〜と、確か俺、レンに頼み込んで・・・・・・!!!)
―――――自分のおかれた状況を確認すると、一気に眠気は覚め、飛び起きる。
何故ならそれは、ありえない光景だったから―――――――
「―――――――お前!!?」
彼が『彼』を認識すると同時に、まるで風で吹き飛ばされた砂塵のごとく、闇が晴れ―――――――――――
――――――かつて見た、あの悪夢の断片、影絵の街が現れた。
――――――その中で佇むは一人の男。
『彼』を見て、遠野志貴は呟く。
「七夜―――――志貴」
――――――それは遠野志貴が恐れる悪夢、
「・・・・・ようこそ影絵の街へ、
――――――遠野、志貴」
――――――彼が内包する『殺人貴』、
「何故ここにお前がいる!!?
お前は確か―――――――って?」
――――――彼そのもの、
「・・・・・・誰、おまえ?」
――――――のはずだった。