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暗い。
暗闇だ。
自分の伸ばした手さえも見えないほどの暗闇。
俺は光を求めて、あたりに視線を巡らせる。
遠くのほうに光が見えた。
その光の中心に、アルクェイドがいた。
"……キ……。し……き…しき…"
アルクェイドの声だ……。
闇が、光の中心にいるアルクェイドを浸食するかのように、光とともにアルクェイドの存在を呑み込んで行く。
"しき、わたし、きえたくない……。志貴、わたし消えたくないよ!"
俺は力の限り、走った。しかしいくら走っても距離は縮まらない。
やがて闇が、アルクェイドを呑み込んでしまった。
「………………………」
俺は、声にならない悲鳴を上げて、飛び起きた。
思わずベッドから飛び起きた俺は、厭な汗を全身にかいていた。心臓の鼓動が早鐘のように脈打つ。
おれは、呼吸を整えるべく、大きく深呼吸をした。
……何か、厭な夢を見た気がする。
よく思い出せないが、胸の奥に、しこりの様に残った、悪夢の残滓(ざんし)が、俺を不安にさせた。
傍らの、アルクェイドを探したが、そこに彼女の姿はなかった。
急に言い知れぬ不安を感じ、下着一枚の姿のままベッドを降りた。
テーブルの上に何か白いものがある。
近づいて手にとってみると、アルクェイドからの手紙だった。
― 志貴へ
きのおは、たのしかった。ありがとう。あるくぇいどひめからの、ふたつめのおねがいです。
あした…というより、もうきょおかな?おひるの12じに、きのおの、こーえんで、まってます。
きょおは、"やしきですごすひ"なんていいわけ、ゆるさないんだからね。いったでしょ、きょひけんなしってね。
こなかったら、志貴がくるまで、なんかげつでも、まってやるかんだから、ぜったいきてよね。
そのかわり、わたしもなにがあっても、ぜったいにいくから、志貴もぜったいにまってること!それじゃぁね。
あるくぇいど ―
ついしん
みっつめのおねがいは、あってからいうから、かくごしててよ。
俺の名前以外の漢字を覚えてないというのも、何だかアルクェイドらしい気がして自然と苦笑が漏れる。こんなんで、授業なんてできるのかアイツ?
と不安も覚えなくもなかったが、時計を見るともう深夜の三時を回っていた。
朝までには帰らないと流石にまずかったので、服を着た俺は、足早に遠野屋敷へと戻った。
…………………………
……………………
遅い…………。
もう約束の時間から、かれこれ3時間は過ぎている。
昨日の、アルクェイドの置手紙で、屋敷で過ごす筈の日を無理やり、有彦に口裏を合わせてもらった俺は、公園にいたりする。
ちなみに今回の口止め料は、昨日のこともあってか、焼肉一回分と、かなり高くついた。
それなのに、当のアルクェイド自体がやってこない。
「まったく、アイツ何やってるんだ?」
アルクェイドも、俺も携帯は持ってない。そもそもアルクェイドの家には、電話すらない。以前は一応置いてあったのだが、五月蠅(うるさ)かったから
壊したとのことだ……。それに、アルクェイドは、声だけなんて、まどろっこしいらしく、用があったら直接やってくるのだから、必要無かった。
しかし、こういう状況に遭遇すると、携帯電話や電話の必要性というものを感じなくもない。
時計を見る。いつのまにか、4時を回っていた。
空も昨日と違い、雲行きが怪しくなってきた。
天を見上げた顔に、雨があたるのを感じたかと思うと、だんだんと雨足が強まってきた。傘を持ってなかった俺は、とりあえず大木の近くに避難する。
「ったく、何が、絶対に行くから……だよ。ったく」
更に2時間が経過したが、雨は一向にやむ気配を見せない。
既に、公園には外灯も点き始めた。
更に時間が過ぎた。雨はようやく止んだようだが、木の下で傘もささずにいた俺の服は、微妙に水分を含んで、不快な具合に肌にまとわりつく。
なんだか、厭な予感がした……。
不意に何の前触れもなく、記憶の奥深くに埋没していた筈の、昨日見た夢のアルクェイドの科白が、フラッシュバックした。
"しき、わたし、きえたくない……。志貴、わたし消えたくないよ!"
"消えたくない"確かにアイツはそう言っていた"
ただの夢かもしれない……。しかしこの状況では、確かめておきたかった。
俺は、走った。水溜りで靴が濡れるのも構わずに走った。
息が切れたが、それがどうした。
やがて、過度な運動に肺が、心臓が、そして全身が悲鳴を上げはじめたころ、アルクェイドのマンションが見えてきた。
俺は、エレベーターを待つのももどかしく、動かない足にムチ打って階段を駆け登った。
乱暴にアルクェイドの部屋のドアノブ掴んだが、鍵がかかっていた。
俺は、何のためらいもなくメガネを外して、"七ツ夜"のナイフで鍵の存在を殺し、そのまま、乱暴にドアを開けた。
一瞬思考が停止した。
そこには、何もなかったからだ……。何も無いと言っても虚無が広がっているわけではもちろん無い。
単に家具を始めとした、一切の物が無いだけだった。
もう一度、部屋番号を確認するが、やはりアルクェイドの部屋だった……。
俺が、呆然としていると、ドアが開く音が聞こえた。
一瞬アルクェイドか?と期待したが気配は複数だ。しかも、入ってきたのは50絡みの男と、20代の若い男女だった。
3人とも、かなり驚いていたが、その中の五十がらみの男が怒鳴った。
「なんだね君は!」
「それはこっちの科白だ。そっちこそ誰だ?」
「わたしは、このマンションを管理している者だ、このマンションの入居希望の方を案内しに来ていたが、君かね、入り口のドアの鍵を壊したのは、
どこの学校のワルガキだ!学校名を言え!親と教師を呼んで弁償させてやる」
わけが分からなかった……。混乱していたが俺は、男に食ってかかった。
「お前か、アルクェイドの荷物を勝手に運び出したのは!」
「荷物?ガキが罵迦もたいがいにしろ!この部屋は、去年から空き部屋だ」
わからない。
どうういうことだ?
わけがわからなかった。血流が逆流するように血の気が引いていく。
首の後ろがチリチリする。背中に厭な汗が広がってくる。
身体が震えるのが、自覚できた。早鐘のような心音に呼応するように、血液が脳に叩きつけられるような頭痛が断続的に走る。
俺は、頭を抱えて、部屋を出ようとしたが、襟首を後ろから掴まれた。
さっきの、男だった。
「おい、小僧、逃げようったってそうはいかないからな」
正直、うざったかった。
俺はおもむろに、胸のポケットに手を入れた。
ナイフの心地よい冷ややかな感触が、指に触れた……。
指に触れたナイフは、自分の定位置を知っているかのように、ポケットの中の俺の手の中に納まると、自分の存在意義を俺に訴えかけてきた…。
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………はっ。
俺は何をしようとしていたんだ。
正気を取り戻した俺は、ポケットの中のナイフを放し、その隣にある学生証を取り出し男に渡した。
「勝手に入って申し訳ありませんでした。僕は遠野志貴といいます。鍵の件は、遠野家……その学生証の住所まで請求してください」
男は、遠野の名前に驚いていた様子で、急に態度を変えて気持ち悪いぐらいの声色で、わたしも若い頃は、色々と無茶をやった物だ。
と言って笑いだしたが、俺はそれを無視して部屋を後にした。
ひょっとしたら、待ち合わせの場所に来ているかもしれない。アルクェイドは、俺に対して一度も嘘は吐いたことが無い。
そう思うといたたまれなくなり、再び公園に走った。
…………………
公園に着いたが、相変わらずアルクェイドはいなかった。
途中、再び雨が降り始めて、俺の?を濡らしたが、もうどうでもよかった。
おれは、荒い息をつきながら、アルクェイドの居ない待ち合わせ場所で呆然と佇んでいた。
………なんだか、頭が、ぼうっとする……。
………雨の中にいるというのに、妙に雨音が遠く感じる………。
…………自分が今立っているのかさえも分からない……。
……………………視界が歪んで意識が混濁していく……。
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気が付いたら、見慣れた天井が目の前にあった。
なんだ、夢か…………。
トンデモナイ夢だったな。
口元に苦味の混ざった笑みを浮かべようとしたが、唇の端が少し上がっただけだった。
ベッドから降りようと身体を動かそうとしたが、動かなかった。
顔の向きを変えるだけでも、息が切れ、かなりの体力を要した。
俺は息を切らしながら、顔の向きを変えると、何故か俺のベッドの脇で秋葉が、椅子に座ったまま眠っていた。
「……き…は、あ……き……は……」
俺は秋葉に声をかけようとしたが、喉が乾燥して張り付いてしまっているかの様な不快感がして、思うように声が出なかった。
しかし、秋葉はそんな俺の微かな声に反応して、飛び起きた。
「兄さん……?兄さん!」
秋葉はそう叫ぶと、そのまま俺の胸に飛び込んできた。
「あき……は。ど……う……した……んだ、………一体」
俺の胸から顔を上げた秋葉の目は涙に濡れていた……。
「何言ってるんですか!兄さんは3ヶ月もの間ずっと眠っていたんですよ!」
「さ…3ヶ月?」
「そうです、そのため身体が衰弱しいるんです。今、琥珀に米湯を作らせますから、それを飲んで、安静にしていてください」
とりあえず疲れていたこともあり、秋葉の言葉に従って再び眼を閉じた。
次に眼が覚めた時は、それは大変だった。秋葉に翡翠に琥珀さんはもとより、時南の爺さんに、有彦に、アーネンエルベのマスターまで
見舞いに来てくれていた。特に、都古ちゃんの、震脚交じりのタックルは、病み上がりには、少々きつかったが、皆の心配りが心地よかった。
俺は、来てくれた人の中にアイツの姿を探したが、みつからなかった。
そんな、俺の様子を見て有彦が、秋葉に分からないように、小指を立てて見せて、小声で教えてくれた。
"オマエのコレだけど、お前とのデートをすっぽかして、その所為でオマエがこんなことになっちまっただろ?だから、見舞いに来ても秋葉ちゃんや
メイドさんに入れてもらえないだけだから、オマエは余計な心配すんな。とりあえず、あとで秋葉ちゃんにフォロー入れとけ!"
有彦はそう言って部屋を出て行った。俺は、目で有彦に感謝の意を表した。
有彦が最後に出て行って、部屋の中には俺と秋葉だけになった。
「アルクェイド………」
思わず呟いてしまったのを、秋葉が訝しげにオウム返しに聞き返してきた。
いきなり、失言してしまった気もするが、いづれは言わなきゃいけないことだ。
まぁ、こうなってしまっては、もうどうしようもない
「なぁ、秋葉、あいつも悪気があって、やった訳じゃないんだ、いい加減許してやってくれ………」
秋葉は、最初黙っていたが、熱い紅茶が丁度よく飲める温度に成る程の時間が経ったころ、重い口を開いた。
「私、個人としては、兄さんをこんな目に合わせた人を許したくはありませんが、兄さんが許しているのに、私が許さないのも理不尽ですからね。
かなり不本意ですが、兄さんのお好きになさってください」
秋葉のその科白に、胸の痞え(つかえ)が取れたような気分になり、早速ベッドから降りようとしたが、秋葉に止められた。
まぁ、もともと身体が思うように動かないのだから、秋葉に止められるまでも無いのだが、先ほど見た悪い夢に気が早った。
「兄さんは、動かないで横になっていてください。どうせ、あの人ならこの時間は、屋敷の門のところにいる筈ですから、琥珀に呼びにいかせます」
そういって、秋葉は琥珀さんを呼んで、何やら耳打ちした。
琥珀さんは、去り際に"志貴さん、良かったですね"とでも言いたげな、笑顔で、ウィンクをして、階段を下りていった。
アルクェイド………。もう随分と会ってなかった気がする。……秋葉の話からすると、実際3ヶ月も会ってないことになる。
ったく、約束をすっぽかしやがって………。多分、落ち込んでいる筈だから、とりあえず会ったら文句の一つでも言って許してやるとしよう。
廊下から足音が聞こえた。琥珀さんがドアを開けて、彼女を中に案内する。
彼女の姿を見た瞬間、俺は自分の目を疑った。
呼吸が荒くなり、動悸が激しくなる。それにつれて、心臓の鼓動にも似た頭痛に襲われる。
明るい色をした髪をツインテールに纏めたその姿は、一年前に俺が殺した筈の弓塚さつきに他ならなかった。
了
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あとがき
ご無沙汰してしまいました。…っと言うより、誰?ってお思いの方も多いと思います。
本当は随分前に原稿が完成していたのですが、執筆用のPCに不具合が生じてしまいこんなに、延び延びになってしまいました。
もし、楽しみにして頂けるような、ありがたい方がいらっしゃいましたら、深くお詫び申し上げます。
さて、4のあとがきでも、申し上げましたが、ようやくお話の本編に入ることができました。
今回は、初の上・中・下になりましたが、別に原稿量が増えたわけではありません(汗)
単に話の切れ目が上手くいかなかったので、こんな構成になってしまいました。
4までは、志貴を取り巻くキャラクター達の関係を書いている自分自身が把握するためのお話だったので、
区切れ良く終わってましたが、今後は、こういった、次号に続く……みたいな形式が増えてくることと思います。
何分、小説を書くのは、生まれて初めての経験のため、何かと読みづらかったり、仕事の合間を縫っての執筆なので、
遅筆かとは思いますが、今後とも宜しくお願いいたします。
嘉村 尚 拝