「……それで、これは一体どういった訳なのかしら、兄さん?」
遠野家の朝。家長たる秋葉にとって大事な朝の一時ともいえる、通学前のお茶の時間。新聞に目を通しながら
朝の遅い兄を待つ、彼女にとって一番大切な時間。
それなのに。その筈なのに。
秋葉の視線の先には3人の人影があった。
一人は遠野志貴。これは良い。普段はギリギリの時間にならないと起きてこない兄が、自分と一緒にお茶に付き
合ってくれていると言うのは、秋葉にとって何物にも変え難い幸せだ。
だがしかし、その兄の両脇にぴったり寄り添っているアルクェイドとアルトルージュは一体何なのか。
「志貴〜、今日は天気も良いし、学校なんか休んじゃってどこかに出掛けようよ〜」
「賛成〜! 私、日本に着たら色々といってみたい所があったのよ。折角だから志貴君連れていって〜」
「ちょっと! 姉さん付いてくる気?」
「良いじゃない、アルクちゃんともお出かけしてみたいし〜」
「あの、な。俺は学生であってしかも3年だから、この時期にホイホイ休むわけにはいかないんであって…」
志貴のか細い抗議などどこ吹く風で、言い争いを続ける姉妹。すでに二人にとって志貴が学校を休むのは確定
事項で、三人で出かけるのか否かが議題になっている様子だ。
そんな3人を、視線だけで射殺せそうな殺気を込めて睨みつける秋葉。
百歩譲って、いや、一万歩譲ってアルクェイドは兄の婚約者だしまぁ大目に見ないこともない。
だがしかし。アルトルージュまで志貴にくっついているのを許容できようか。いや、出来ない。
秋葉は殊更強く兄を睨みつけ、再び問いかける。
「それで、なんでそう言った状態になっているんでしょうか、兄さん?」
「い……いや、俺にも何がなんだかさっぱりなんだが」
実際志貴にも分からなかった。朝、翡翠に起こされるより前に二人のお姫様の襲来を受け、両脇を抱えられた
彼は問答無用でこの居間に引っ張ってこられたのだ。着替えすらしていない。
「だって、折角お茶を飲むのなら全員で飲んだ方が美味しいでしょう? それに私志貴君の事も気に入ってるし。
飲むなら志気君の側が良いかなって」
「むー、志貴の側にいて良いのは私なんだから! 姉さんは離れなさい!」
「あら、アルクちゃんたら嫉妬? 可愛い〜」
「姉さん!」
アルクェイドは叫んで、志貴を自分の方に引き寄せた。ちょうど頭の当たりがアルクェイドの豊かな胸に包まれ、
感触だけなら天国に上れそうな気持ちであったが、自分を睨みつけてくる秋葉の顔を見て、志貴は泣きそうに
なった。全くの不可抗力だと訴えたいのだが、シンアイナル妹殿は恐らく認めてくれないだろう。それが証拠に、
すでに髪の色が赤くなりかけている。
一方、お目当ての人間を妹に取られてしまったアルトルージュは、にまりと笑うと、
「あーあ、志貴君取られちゃった。じゃあ私は…」
と、黒い影のようなスピードで秋葉の隣に移動する。秋葉が気付いた時には、すでにアルトルージュは彼女を
抱きしめ自分の方に引き寄せていた。もっとも今のアルトルージュは少女形態なので、秋葉に抱き着いているよう
にも見えるのだが。
「ちょ…ちょっと! アルトルージュさん!」
「ん〜、柔らかくて良い感じ。髪の毛もサラサラしてて良い手触りだし」
「は…離して下さい! 私も、そろそろ学校が…それに服が皺になって…」
「やーだ。秋葉ちゃんにも「お姉さん」って呼んでもらうまで離してあげない♪
あ、それと。アルクちゃんの結婚式まで、ここに滞在させてもらおうと思ってるんだけど、いいよね?」
『…はい?!』
志貴と秋葉の声がハモった。
アルクェイドに引き続いて、更にアーパーが遠野家に増えると言うのか。そのあまりにも暗い未来予想図に思わ
ず眩暈がする秋葉。そのせいで、否定の声をあげるのが一瞬遅れた。遅れてしまった。
「ちょ…そういうわけには…!」
「秋葉ちゃんからもお許しもらったので。どうかよろしくね」
「あは、こちらこそよろしくお願いします、アルトルージュ様」
「お部屋はアルクェイド様のお隣でよろしいですか?」
いつの間にやら現れた琥珀と翡翠は、すっかり馴染んでいる様子。志貴は何か言いたそうであったが、場の雰
囲気に飲まれてしまって言い出せないようだ。アルクェイドは「部屋、隣なんてイヤよー!」と言っているが、アルト
ルージュの滞在そのものはOKらしい。
「も…もういや……」
私の平穏な日常を返して。兄さんとのささやかな、静かな日常を。
幼少の頃の淡い、儚い記憶を思い返しながら…秋葉は現実の厳しさに頭を抱えるのだった。
おしまい。