泣き疲れてそのまま眠ってしまったアルクェイド。しばらくその寝顔を眺めていた志貴は、軽く彼女の頭を撫でる
と、ゆっくりと戸口に向かって歩いていった。
ドアを開けると、その前には静かに黒い少女が立っていた。ベッドの上にちらりと視線を送ると、ポツリと呟いた。
「アルクちゃん、眠ってるのね。ふふ、可愛い寝顔ー」
「ええ。ですから外で話しませんか?」
「あら、志貴君は私が来た理由が分かってたの?」
「いえ、何となく。俺と話がしたいんじゃないか、そう思っただけです」
そう答えた志貴に対して、満足げにアルトルージュは頷いた。そのまますたすたと、玄関に向かって歩いていく。
その後ろを、志貴は慌てて追いかけていった。
玄関を抜け、屋敷の離れへと続く道。うっそうと茂る森の中、そこだけが繰り抜かれたかのように開けた場所が
あった。後ろを振り返る事もなく歩いていたアルトルージュが、そこで静かに立ち止まった。
「良い場所ね。私の領地にもこういった場所はなかなかないのよ」
「そう、ですか」
思わず生返事になってしまう志貴。「領地」と言う言葉が飛び出すと、やはり目の前の少女は強い権勢を持った
「姫」である事を再認識してしまう。たとえそれが人に有らざる者だとしても、だ。
「私、志貴君に幾つか聞きたい事があったの」
「ええっと、夕食の時みたいな話題でなければ構わないですけど」
その言葉にぷっと吹き出すアルトルージュ。そう言った仕草は外見相応に可愛らしいものだった。
「違う違う。もう、そんなに根にもたないでよ。ちょっとした悪戯心だったんだから」
「……そう言ったのはもう勘弁してくださいね」
「ええ。聞きたいのは別の事。
あなた、どうやってネロ・カオスやロア、ワラキアを葬り去ったの?」
「!」
何気なく放りこまれたその質問に、志貴はどう答えるべきか悩んだ。嘘はあまり吐きたくない。しかし自分の目の
事を今日始めてあった人に話すのは躊躇いがあった。それがたとえアルクェイドの姉であっても。
結局、志貴は当たり障りの無い答えをする事に決めた。
「俺は元々退魔の家系です。でも、ネロやロアと戦ったのは主にアルクェイドや先輩で、俺は脇で少し手伝って
いただけですから…」
「ふふ、志貴君って嘘が下手ね。いえ、嘘という訳では無いか。事実を全て話していないだけね」
「…なぜ、嘘と?」
「「混沌」ネロ・カオスに「無限転生者」ロア…彼らって、アルクちゃんとはひどく相性が悪いのよ。あの子基本的に
力押しだから、真祖をも超える耐久力を持つネロや、魂だけで生き続けるロアなんかは、「倒せ」ても「滅ぼす」事
なんか出来やしないのよ」
「だから、それは先輩が…」
「そうね。埋葬機関の第七位も来ていたみたいだけど…彼女が第七聖典を使った所で、ロアはともかくネロや、
ましてや現象たるワラキアを「滅ぼす」事など出来る筈がない。
とすれば、私にとって未知の力を持ってる貴方しかいないでしょ? 貴方の眼鏡はどうも魔眼殺しのようだから、
貴方はなにか強力な魔眼を持っているんだろうけど」
アルトルージュの洞察に、志貴は舌を巻いた。見た目や言動に騙されていたが、彼女もまたアルクェイド以上の
年月を生きた超越種なのである。そんな彼女を相手に作り事を話してもしょうがない。
志貴は腹を括った。真実を話そう。どういった反応が返ってくるかは、神のみぞ知る、だ。
「…実は、この眼鏡を外すと俺の目には、「モノの壊れやすい線」が見えるんです」
「……まさか、「直死の魔眼」?」
「ええ。その力を使って、アルクェイドと一緒にネロやロア、そしてワラキアを滅ぼしたんです」
「1000年生きてきて、初めて持ち主にお目にかかったわ。「」の眷属でもなければ、根源に辿りついた魔法使い
でもないのに、そんな力を持ってるなんて、ね」
アルトルージュは志貴の言葉に指を頬に当て、しばらく考えこむ素振りを見せた。やがて、何かを決意した表情
で志貴に向き直った。
「志貴君。貴方に提案があるの」
「? 何ですか」
「私の死徒にならない?」
あまりにもあっさりと、彼女は言った。思わず絶句した志貴に向かって、そのまま言葉を繋げる。
「ああ、誤解しないで。別に貴方を支配したり、手駒にしたいわけじゃないわ。
その力を以って、ずっとアルクちゃんを守ってあげて欲しいの。本当はあのコが貴方の血を吸うのが一番良い
んだろうけど、そうすればきっとあのコは堕ちてしまう。
でも私の死徒になれば、あの子は堕ちないまま、貴方も永遠を歩む事が出来る。体の強度や魔術回路も飛躍的
に高まるから、きっと今以上に直死の魔眼を使いこなす事が出来る筈よ。
太陽や流水は避けなければいけないけど、そんなに悪い取引じゃないと思うんだけどな?」
「……本気で言っているんですか?」
「ええ、勿論。私は血と契約の支配者。嘘や冗談の使い時は弁えているつもりよ」
確かに、アルトルージュの顔は真剣そのものだった。だから、志貴も彼女の顔を見据えて、言った。
「お断りします」
「何故? 私では貴方の「親」として不服と言う事?」
「そうじゃないんです。貴女の死徒になれば強い力も手に入るだろうし、あいつと永遠を歩くこともきっと不可能じゃ
ないでしょう。物凄く魅力的な提案です」
「だったら、どうして断るの?」
「でも、きっとアルクェイドが好きなのって、「俺」なんですよ。「俺だった死徒」じゃなくて。
だから、俺は人間としてアイツと…」
志貴は最後まで言い終える事が出来なかった。自らに向けられた圧倒的な殺意と、そして怒りの感情のせいで。
アルトルージュは涙を流していた。真紅の瞳から流れ落ちる銀の雫。それを拭おうともせず、志貴の事を睨み
つけていた。
「っ貴方! 自分がどれだけ残酷な事を言っているか分かってる?!
貴方達がどれだけ長生きした所で数十年。それは私達にとってうたた寝のような時間でしかないのよ! それから
先の永劫を、貴方を失った悲しみと共にアルクェイドに生きていけって言うの?!」
「アルトルージュさん…」
「……アルクェイドは貴方を愛してしまった。そう、愛を知ってしまったのよ!
何も知らなければ、失う辛さも知らないで済んだ。だけど貴方は、あのコに感情を与えた代わりに、とてつもない
悲しみを背負わせようとしている!」
その言葉と共に、世界が変容した。
赤く、紅く、朱く染め上げられていく世界。はっとした志貴が頭上を見上げると、そこには信じられないほど大きく、
朱い月が煌煌と大地を照らし出していた。
「こ……れは……」
「固有結界よ。体を失った王の「器」として誕生を望まれた、私の心象風景」
そして、アルトルージュも変容していた。少女から、20歳ほどのたおやかな淑女へ。黒く艶やかな長い髪はその
ままに、朱い月に照らし上げられたその美貌は、正にアルクェイドの姉という姿に相応しいものだった。
彼の中の血が悲鳴を上げる。吹きつけてくる自分への殺意に、意識がどうにかなってしまいそうだった。反射的
に眼鏡を外したが、満月の下のアルクェイドのように、アルトルージュの体には線の一本も走っていなかった。
「無理よ。私の固有結界「朱の月輪」の中では、私は決して滅びない。いくら直死の魔眼と言えど、たかだか人の
身に過ぎない存在で、私の「死」は認識できないわ」
「っ! その姿は!」
「私の「力」はひどく不安定だから、普段は一番制御し易いあの姿で暮しているだけ。
光栄に思って頂戴? 人間相手にこの姿になったのは、貴方が初めてよ」
その言葉が、始まりの合図だった。
アルトルージュの繊手が、一瞬、ブレた。それが自分に向かって振り下ろされたのだと認識した瞬間、志貴は
とっさに半身をずらした。
それが、彼の命を救った。
衝撃が、志貴の体に叩きつけられる。とっさに顔を庇った彼の耳に、一瞬遅れて何かが突き抜けていった「音」
が飛びこんできた。「それ」が後ろの木々をなぎ倒していく音が彼の耳に飛び込んできた。そんなモノを人の身で
まともに食らったらどうなるか、考えるまでもない
どうやらアルトルージュは、腕の振りだけで衝撃波を生み出してのけたらしい。そう思う間もなく、志貴はその場
を飛び退った。彼女は次々に自分に向かって衝撃波を撃ち込んで来る。とても見てから躱せる代物ではない。
それでもなんとか志貴が躱してのけているのは、記憶と共に取り戻した七夜の体術で、無意識にアルトルージュ
の攻撃方向を認識しているお陰だろう。しかし間合いを詰められるほど甘い攻撃ではない。このままではどう考えて
もジリ貧である。
「アルトルージュさん、止めてくれ! 俺は貴女と戦いたいわけじゃない!」
必死に呼びかける志貴。しかし彼女は人形のような冷たい笑顔を浮かべて、言った。
「ダメよ。貴方が死徒にならないのなら、私が貴方を殺さないといけないの」
「なぜ?! 俺ではアルクェイドの夫にはふさわしくないって言う事か?!」
「違うわ」答えながらも攻撃の手を緩める事はないアルトルージュ。
「貴方は妹の寵愛を受ける資格がある。なにより妹は貴方のことを本当に愛している。私も貴方の事は気にいって
るわ。
だから、今ここで私が貴方を殺さないといけないの」
その言葉に混乱する志貴。それもそうだろう。何で自分の所を「気にいってる」と言う相手から命を狙われないと
いけないのか。その混乱が、彼の動きからキレを奪った。
アルトルージュの攻撃が止んだ一瞬、ほっとしてしまった彼は動きが弛緩してしまった。その瞬間、彼女の姿が
かき消えたのだ。
それが自分に向かって飛びかかってきたのだと気付いた時には、すでに彼は地に仰向けに押し倒されていた。
「終わりね」
そう静かに呟いたアルトルージュは、朱い月に照らし上げられ、本当に美しかった。そしてその美しさ故に、志貴の
心に凄絶な恐怖を呼び起こした。
死ぬ。絶対に死ぬ。目の前の存在は夜の絶対者。勝つ事など出来るわけがない。そして彼女の目は本気だ。
命乞いも聞き入れられないだろう。
だが…それならば、志貴は一つ知っておきたい事があった。
「何で、俺は殺されるんですか?」
「アルクェイドのため。あのコの為に、貴方には私に殺されてもらわないといけないの」
「それが分からない。せめて教えてくれても良いでしょう、アルトルージュさん?」
「……私が貴方を殺せば、アルクェイドは私を憎む。かつてロアを追いつづけたように、永劫私を許さないでしょう。
でも…そうすれば、アルクェイドは貴方を失う悲しみに押しつぶされないで済む。
私が恨まれる事であの子が生きる目的を手に入れ、永劫を生きる力となるのなら、私はいくらでも憎まれるわ。
元々今だって好かれている訳じゃない。ちょっと関係が変わるだけだもの」
そう、寂しげに語るアルトルージュの顔は、本当にアルクェイドへの愛情に溢れてた。
志貴は絶句してしまった。
この人は、本気だ。本気でアルクェイドの事を大切に思っていて、そのためならば自らが傷つく事など微塵もた
めらわない。
あまりにも、哀しい。哀しすぎる人だ。
だから、志貴は言わずにいられなかった。
「……んなっ!」
「何? 言い残す事があるなら聞いてあげる」
「この…この、ばかおんなーっ!!」
朱いセカイに響き渡る大音声。さすがのアルトルージュも、目を丸くして、きょとんとした顔をしてしまう。完全に
生殺与奪を握った相手から「ばかおんな」呼ばわりされたのは、恐らく彼女の人生始まって以来の経験だったろう。
怜悧な美貌が、怒りに紅潮する。
「…それが遺言なのね」
「うるさい! あんた、あいつの事を全然分かってないじゃないか!
アルクェイドは、ちゃんと貴女の愛情に気付いているんだ! 答えたいって思っているんだよ!」
「……なん…ですって……」
呆然とするアルトルージュ。予想もしていなかった言葉に、完全に呆けてしまっている。
真祖の姫として、死徒たる自分を狩るべき宿業を持つ妹。真祖が最終兵器として作り上げた、ココロを持たない
人形だった妹。数百年、自分がいくら慈しみ、愛情を向けても反応を返す事のなかった妹。
それでも、この世に自分の他にたった一人残った、最後のブリュンスタッド。自分が命ある限り、守り抜こうと思った
最愛の妹。そのために自分が憎まれる事など、何でもなかった。
そう、思っていた。思っていたのに――
「嘘よ! あの子は私の事なんか愛していない。あの子が愛を向けるのはただ一人、貴方だけよ!」
「嘘なんかじゃない!
貴女が俺の部屋に来る前、アルクェイドは俺に相談してきたんだ。「アルトルージュへの接し方が分からない」って。
感情を手に入れて、人形じゃなくなって、あいつはようやく貴女が向けてくれた愛情に気付いたんだ
たとえ俺が死んだって、あいつは孤独になるわけじゃない! 貴女がいるじゃないか!
憎まれ役になる必要なんかないんだ!」
「……信じられない! そんな事を言われても信じる事なんて出来ないわよ!」
半狂乱になり、志貴の顔に手刀を突きたてようとするアルトルージュ。すんでのところで首を仰け反らせ、それを
かわした志貴は、態勢の崩れた彼女を全身の力を振り絞って跳ね除けた。
殺されるわけにはいかなかった。
命が惜しいと言う感情ではない。それよりも、今ここで自分が殺されてしまえばこの姉妹の破局は決定的になって
しまう。そんな事をさせるわけにはいかない――彼の中ではその感情が先に立っていた。
さりとて、今のアルトルージュは志貴が逆立ちしても勝てる相手ではない。ならばどうするか。
それは考えるより先に体が自然に行っていた行動だった。朱く染め上げられたセカイの綻びを、探す。このセカイ
を「殺」して、彼女の予想もつかない事態を引き起こす。
志貴の頭痛が酷くなる。頭が割れそうになる寸前、彼の目は大地にそれを見出した。
「砕けろ!」
その叫びと共に、志貴は七つ夜をセカイの「死点」に突き立てた。
瞬間。朱いセカイが崩れ去った。朱い月は闇に姿を消し、セカイは世界に戻った。暗く、優しい闇が再びその姿
を取り戻したのである。
「ま…まさか、私の固有結界が…コロサレタの?」
「はぁ……はぁ、どうだ、アルトルージュ。今なら、お前の死線だって見る事が出来る」
呆然とするアルトルージュに対して、七つ夜を油断なく身構える志貴。頭痛はもう絶え難い所まで来ており、今
にも倒れそうだったが、今ここで倒れるわけには行かなかった。
目の前の、あまりにも優しく、不器用な「姉」を説得しなければいけないのだから。
「確かに、俺は貴女たちから見れば、あきれるほど短い間しか生きられない。
だけど、その間に俺はアルクェイドに「幸せ」をあげるって決めたんだ。そのために遠野志貴は生きるって。俺が
死んでもあいつが楽しく生きていけるように、沢山の思い出を作ってあげるって。
だから、俺が死んでしまった後は…アルトルージュさん、貴方があいつのことを見守ってあげて欲しいんだ」
「志貴、くん…」
「俺は「人間」として、「夫」として、あいつにしてあげられるだけの事をする。そこから先は「姉妹」の領分、だから…」
そこまでで、限界だった。七つ夜を取り落とし、大地に崩れ落ちようとする志貴。
その体を、白い影が走り寄ってきて、支えた。
「志貴、志貴! 大丈夫?!」
「あー、アルクェイド、か。ゴメン、俺、ちょっと限界…」
その言葉と共に、志貴は意識を失った。彼の体をいとおしげに抱きしめ、側の大樹の陰に優しく寄りかからせた
アルクェイドは、キッとアルトルージュを睨みつける。
「一体なにがあったのか、説明して頂戴、アルトルージュ。
その姿、それに固有結界まで持ちだしたんだから、穏やかな話じゃないわよね?」
「…うん。私ね、志貴君を殺そうとしていたの」
「アルトルージュ!」
瞬間、アルクェイドの瞳が金色に染まった。
世界が畏怖に震え、空気が悲鳴を上げる。地球に生み出されし絶対者が、その力の枷を完全に取り払った姿
だった。目の前の存在を、完全に滅するために。
許すわけにはいかない。自分にとって何より大切な志貴を殺そうとしたこの女を、一片残さず葬り去らなくては
ならない。そう決意し、一歩を踏み出そうとしたアルクェイドを押し留めたのは、アルトルージュの哀しげな微笑
だった。
「…でもね、志貴君に負けちゃったの、私。完全に」
「…え?」
「800年、アルクちゃんの事を見てきたのに、貴方の事ならば誰よりも分かっているつもりだったのに。たかだか一
年、あなたと一緒にいただけの人間の方が、あなたの事を良く分かっていた。
これって、かなり悔しいわよ?」
「アルトルージュ…」
「でもね、嬉しいんだ。ああ、妹の、男を見る目は確かだったんだ、って。
だから大事にしなきゃだめよ? 千年生きたって、こんな良い人はそうそう見つからないんだから」
寂しげに、でも嬉しそうに妹に向かって語りかける姉。その姿に、アルクェイドの魔眼も常の色に戻っていった。
800年生きてきて、初めて見た姉の顔だった。
志貴にコワされる前は、何故彼女が自分に親しげに話しかけてくるのかが理解できなかった。感じる力から、彼女
もまたブリュンスタッドである事は分かっても、そういう態度を取ってくる論理的な理由が見つけられなかった。いや、
見つけようとも思わなかったのだ。
感情を手に入れた今、アルトルージュが今まで取ってきた行動の理由がようやく理解できた。それに対して自分
が取ってきた行動が、どれだけ彼女に寂しい思いをさせてきたのか。
知らず、アルクェイドはアルトルージュに向かって手を伸ばしていた。震える声で、姉の名を呼ぶ。
「ごめん……なさい、アルトルージュ…姉さん」
それを聞いたアルトルージュはビックリしたようにアルクェイドの姿を見つめた。だがそれも一瞬の事。すっと側に
寄って、アルクェイドをぎゅっと抱きしめる。
アルクェイドもまた静かに目を閉じ、おずおずと、自分もぎこちなくアルトルージュを抱きしめ返す。その頬には
うっすらと涙が伝っていた。
「初めて…初めてそう呼んでくれたね。ありがとう、アルクェイド」
「ごめん…今まで、本当にごめん…」
「バカ。貴女はそんなこと気にする必要無いのよ。
でも、本当に悪いと思っているのなら、姉さんと約束をして頂戴」
「…何、どんな約束?」
「簡単な事。そして凄く難しい事よ。
志貴君に幸せにしてもらいなさい、アルクェイド。そして志貴君の事も幸せにしてあげるのよ」
「うん…うん、分かった……姉さん」
自分の耳元で、嗚咽と共に頷く妹。それを聞いたアルトルージュもまた、涙を流していた。
自分がこんなに泣き虫だったことにアルトルージュは驚いたが、気分の悪いものではなかった。千の年を重ね
ても、今日ほど幸せな気分に浸った事は無かったのだから。自分と妹の掛け橋をしてくれた志貴に、心からの感謝
を贈りたい気持ちで一杯であった。
――だから志貴君。貴方が生きている間、アルクちゃんは貴方にお任せするわ。
大樹の下で眠ったままの志貴に、そう視線で伝えると、アルトルージュは少し強くアルクェイドを抱きしめ直した。
腕の中の柔らかい妹の感触に、千年分の愛情を込めて。
――でも、でも今だけはアルクちゃんを独占する事、許してね?
そう心の中で呟き、黒き姫は白き姫に、優しく、温かい抱擁を贈るのだった。
END
後書き
月姫SS第2弾です。前回の話ともリンクしていたりしますが。
タイトルの「訪問者」、シエルと見せかけて実はアルクェイドの姉、
アルトルージュにしてみました。
実際、かなりの重要人物であるにも関わらず、その公式画像すら謎の
ベールに包まれていると言う彼女。かなり書き手の想像を刺激してくだ
さいます。ロリと言うのがどうも定説のようですが(笑)、個人的には
外国人の13〜4歳くらいならそこまでロリでは無いのじゃないかと思
ったり思わなかったり(苦笑)。ちなみに私には、あんまりロリ属性は
無いので変身後の方がお気に入り♪
もちろん、ここに出てくるアルトルージュの性格容姿能力etc全ては
私のでっち上げ。本物はこんなにアーパーじゃないと思いますし、実際
アルクェイドとの関係はもっと殺伐としているとは思うのですが、こう
いったシスコンなアルトもちょっと面白いかなと思いまして。…てか最
初は丁寧なお嬢様喋りのアルトだったけど、前半の丁寧喋り3人の時点
で書き手が力尽きる(汗) で、ちょっと頭のネジ外してみたら筆が進む
進む(笑) 「俺って一体…」と思った瞬間でした(苦笑
長い上に中途半端にシリアスだったり、あんまり笑えないコミカルだった
りと言う話になってしまいましたが、感想など頂けると非常に嬉しいです。
それではまた、次の作品で。
補記 アルトルージュの固有結界「朱の月輪」
彼女の心象風景である「朱い月に染め上げられたセカイ」を現実世界に
展開する固有結界。「ブリュンスタッド」に連なるモノの能力を、飛躍的
にアップさせる力がある。
そのため、この中でのアルトルージュ(第2段階)は普段のアルクェイド
以上の不死性と身体能力を持っている事となる。