遠野の屋敷へと繋がる坂道。
冬の短い日も沈んだ薄暗がりの中を、金髪の抜きん出た美貌の女性と、黒髪に眼鏡をかけた柔らかい雰囲気の
青年が連れ立って歩いていた。アルクェイド・ブリュンスタッドと遠野志貴である。
話題の映画を見た帰りと言う、結婚の決まった男女としてはひどく慎ましげなデートの帰りであったが、予想以上
の迫力に大興奮したアルクェイドにとってはそんな事はどうでも良かったらしい。見終わった後の食事の時も、帰る
道すがらも、表情をくるくる変えながら映画の興奮を伝えてくる彼女の姿を見ているだけで、志貴も満足げであった。
今までこの道を二人で帰ってくることはなかった。屋敷から二人で出る事はあっても、帰ってくる時はいつも志貴
一人であった。二人でいる時間が楽しければ楽しいほど、一人でこの坂道を登る寂寥感は身に染みていたが、
もうこれからはそんな思いをする必要はない。嵐のように過ぎさって、命の危険すら何度も感じたこの二ヶ月間で
あったが、この満足感をもたらしてくれたのならば何にも文句などない。そう考えて一人頬が緩んだ志貴の足が、
止まった。隣を歩いていたアルクェイドが急に歩みを止めたのだ。屋敷の敷地の小道を抜け、玄関まで後十mほど
の所である。
「どうした、アルクェイド? 何か落としたのか?」
「…そんな、まさか。でもこの気配…間違いない…」
「アルクェイド?」
もう一度志貴が名を呼んでも、アルクェイドは眉をひそめたまま、何事か呟きつづけていて全く反応しない。こんな
アルクェイドの姿を初めて見た志貴は少し不安に駆られ、彼女の肩を軽く揺すった。
「どうしたんだアルクェイド。俺の声、聞こえてるか?」
「ふぇ?! あ、ああ…志貴。ゴメン、ちょっと気を取られてたの」
「一体どうしたんだお前。急に怖い顔したと思ったらブツブツ何か呟き出して」
「…出来れば思い違いだと言いたい所だけど…この気配は間違えようがないわ
アルトルージュが、来てる」
「アルトルージュ……?」
志貴は記憶を探った。
今年の夏、三咲町を襲った一夜の怪異。
その身を現象と化した虚言の王、死徒二十七祖が一人「ワラキアの夜」。その彼を戯れ言と断じ、元の死徒たる
ズェピア・エルトナム・オベローンへと戻した、アルクェイドの姿をした「朱い月」。
彼女が語った、ズェピアに力を与えたモノの名。それが確かアルトルージュ――
「あの「ワラキアの夜」を創ったヤツが、今ウチの屋敷にいるって言うのか?」
「そうよ。今の所妹も、翡翠や琥珀も無事みたいだけど…あら、シエルまでいるみたいね」
「え、シエル先輩も来てるのか。ていうか、そんな事まで分かるのかお前は」
改めて自分の彼女の「力」の強さを認識させられた志貴だったが、ふと疑問に思う。
「なぁアルクェイド」
「何?」
「そのアルトルージュって、死徒なんだよな」
「正確に言うと微妙に違うんだけど、まぁそう思ってもらって問題ないわ」
「何でシエル先輩がいて、ウチにそんな死徒がいるんだ?どう考えても一触触発、というか、問答無用で戦うんじゃ
ないのか? あの人の性格的、というか仕事として」
「無理よ。不死も無くなった今、シエル一人じゃアルトルージュには絶対に勝てないもの。アイツだって全力で戦い
を避ける方法を選択すると思うわよ」
「絶対に、勝てない…?」
アルクェイドの言葉に驚きを露にする志貴。彼もシエルの戦闘能力は良く知っている。不死こそ失われたが、その
身に備わった体術も、魔術の腕もどれも規格外と言って良い。間違いなく人類の中でも最高クラスの戦闘能力の
持ち主であるシエルが、絶対に勝てない相手。それほどの相手が、今自分の家にいる。志貴は慄然とした。
早く皆を助けに行かなければならないと思う心を、むやみに突っ込んだら犬死にする、と言う冷静な部分が押し
留めていたが、知らず志貴の背中を冷や汗が伝った。
「今の所はむこうにも戦う意思はないみたい。本気で私を殺しに来るつもりなら、護衛を全員連れてくるだろうし。
取りあえず普通に帰りましょう。ただ、いつでも戦える心構えはしておいて」
「…分かった。お前も、あまり無茶はするなよ」
二人が屋敷にはいると、普段のように翡翠が出迎えてきた。ただ、物静かな翡翠が困惑の表情を浮かべつつ、
二人の前に姿をあらわしたのが、常ならぬ様を想像させる。
「お帰りなさいませ。志貴様、アルクェイド様」
「ただ今、翡翠。ええっと、今ひょっとしてお客さん来てないかな?」
「はい、ただ今応接間の方に「え、アルクちゃん帰ってきたの?!」」
翡翠の声を掻き消すように、屋敷の奥の方から、少女の声が志貴とアルクェイドの耳に届いた。アルクェイドが顔
をしかめた様から志貴は判断した。間違いなくこの声の主が「アルトルージュ」らしい。
それにしても…「アルクちゃん」? 普段全く聞き覚えのない呼び方に、困惑する志貴。その視界を黒い風が通り
過ぎた。
「!」
それが、あまりにも速い人の動きだと認識するより前、黒い影はアルクェイドに飛びついて、いた。
アルクェイドですら反応できないスピード。それが通りすぎた衝撃で翡翠がよろけ、慌てて志貴が転ばないように
支える。影の体当たりを受け止め切れなかったアルクェイドが、床に派手にしりもちをついた。
「いったーい! 何よ! なんの真似よアルトルージュ!」
「アルクちゃ〜ん、久しぶり! 本当に久しぶりだったね! おねーさん寂しかったんだよ?」
『………………』
志貴と翡翠は顔を見合わせた。
抱きついた(らしい。風圧で周りの人がよろけるほどの勢いが出ていたが)勢いでアルクェイドを床に押し倒し、
その胸に顔を摺り寄せて抱擁(だろう、たぶん)している13、4歳の少女。彼女がどうやらアルトルージュのようだ。
それにしても…アルクェイドが必死で引き剥がして起きあがろうとしても全くそれを果たせない辺り、確かに並の
存在ではないのだろうが、目の前の可憐な少女が、「シエルでも絶対に勝てない存在」だと言われても、志貴には
俄かに信じられなかった。
「どうして手紙の一つもよこしてくれなかったのよ。物凄く心配してたんだからね! 大体いつもゼルレッチやメレム
には近況報告の手紙送ってるそうじゃない! アルクちゃんにとっておねーさんはどうでも良いの?!」
「爺やには千年城の管理してもらってるし、メレムにはいつも起きた時のお世話してもらってるんだから、手紙くらい
だすわよ! それよりもアルトルージュ! いい加減「アルクちゃん」って呼ぶの止めなさいよ!」
「アルクちゃんはアルクちゃんじゃない。あなたこそ、私のところを「お姉さん」って呼んでくれないし。そっちの方が
余程ひどいと思うんだけど? 二人だけの姉妹なのよ」
「し…知らないわよ!」
声に耳を閉ざして姿だけ見れば、久しぶりに帰ってきたご主人様に飛びついて甘える飼い犬を彷彿とさせるよう
な、熱烈な抱擁っぷりである。また話している事だけ聞けば、思春期の気難しい妹と彼女を心配する姉の会話に
聞こえなくもない。
それでも、アルクェイドは本気でいやがっている…というか困っているようである。志貴はため息をついて、二人に
声を掛けた。
「あー、二人とも。さすがに玄関で抱き合ってるのは変だと思うし。せめて起きあがった方が良いんじゃないかな?」
「志貴ー、そう思うならこの女どうにか引き剥がしてよ〜!」
「志貴?」
アルトルージュが志貴に視線を向けた。アルクェイドを抱擁していた手を離し、やおらがばっと起きあがると、厳
しい視線を志貴に向けてきた。思わずうっ、とうなり一歩引き気味になる志貴。
「ん〜、顔はまぁ合格かなぁ。背もそこそこあるし、眼鏡を外せばもっと男前になりそうね。声もそれなりだし。
でも分からないなぁ。何でアルクちゃんが結婚考えるほど骨抜きにされたのかしら…
やっぱり、ベッドでのテクニック?」
何気なくアルトルージュが言った言葉に、音を立てて二人は固まった。
「ぇぇでぇっ?! い、いいいいいきなりなななな何言い出すんですか出し抜けに!」
「ぁ…ああああああアルトルージュ!? んあなんあななななんでそれを?!」
「分からないと思った? そういう変化くらい一目でわかるわよ。伊達に長生きしてないんだから。
で、どうなの? 回数は? 持続力はある方? ほらほら、ちゃっちゃと喋っちゃいなさいな」
にまにまと笑いながら志貴を追い詰めていくアルトルージュ。志貴は冷や汗を流しながら徐々に徐々に壁際に
追い詰められていった。別の方向からは、今にも「志貴様、破廉恥です」と言い出さんばかりの、翡翠の泣き出し
そうな視線が突き刺さる。共同戦線を求めようにも、アルクェイドは赤面して「あぅあぅ」などと意味不明な呟きをして
いるだけで何の役にも立ちそうもない。「孤立無援」「四面楚歌」などと言った単語が志貴の頭をグルグル巡り出し
たが、勿論現状の解決にはなる訳もなかった。
と、通路の奥の方から複数の足音が聞こえてくる。間違いなく秋葉達だろう。いつもはあの足音に怯えすら感じる
時がある志貴だったが、今日この場に限って言えば、救いの女神の声にも聞こえるものであった。
やがて秋葉と琥珀、シエルがロビーに姿を見せた。赤面して床にしりもちをついているアルクェイド、アルトルージュ
に壁際に追い詰められ、冷や汗を流している志貴。そんな彼を恨みがましい視線で見つめる翡翠。一目では状況
判断しづらい様を見て、3人とも顔を見合わせる。
秋葉がため息を付いて、志貴に視線を向けた。
「…お帰りなさい、兄さん。随分と遅い御到着だったですけど」
「お、おうタダイマ、秋葉に琥珀さん。それにシエル先輩もお久しぶり。ついでに言うと大体約束通りの時間だった
と思うんだけど…」
「感覚的な問題です。まあそれはともかくとして…状況説明してもらえませんか?」
「ん〜とね」その言葉に答えたのはアルトルージュだった。「今志貴君に、アルクちゃんとの夜の生活について
問い質してる所」
その言葉に、秋葉とシエルの視線が志貴に突き刺さった。琥珀一人は面白そうにあはー、と笑っていたが。
志貴は前言を撤回したくなった。女神どころか、悪魔が増えただけだったようだ。それが証拠に、だんだん秋葉
の髪の毛が赤く染まっていってるではないか。
「兄さん」
「は……はい?」
「なかなか興味深い質問をお受けのようですね。折角だから私にも聞かせていただけませんか?」
「えーっと、兄貴のソウイウ事を、妹が聞いてどうするんだと言う突っ込みは…?」
「命が惜しくなければ、どうぞ」
「…えーっと、ほら。折角シエル先輩も来てるし。彼女の前でそんな話する必要もないだろ?」
「いえいえお気になさらないで下さい遠野くん」100%完璧に作り笑いで答えるシエル「教会の人間としても私個人
としても、真祖と人間のセックスライフは非常に興味がありますので、キリキリ白状しやがってくださいね?」
「……えーっと。こ…琥珀さんも?」
「ん〜と、そうですねぇ秋葉様。今ここで尋問すると言うのは止めた方が良いんじゃないでしょうか?」
「こ…琥珀さん!」
滂沱の涙を流しながら琥珀に感謝の視線を送る志貴。しかし彼女は笑みを深くして言い切った。
「そろそろ夕食の時間ですし、その席できっちりキッパリ隅から隅まで尋問しきる方が良いと思いますよ?」
「それもそうね琥珀」
ブルータスお前もか。
「アルトルージュさんもそういう事でよろしいかしら」
「ええ、良いわよ秋葉ちゃん。琥珀ちゃんの料理も楽しみだし、志貴君からとても面白そうな話も聞けそうだし、本当
に楽しみな夕食になりそうね♪」
「あ、琥珀さんお願いが…」
「あはー、シエルさん、申し訳ないですが夕食にカレーは出ませんから」
「それじゃ翡翠、食堂の準備をしておいて」
「かしこまりました秋葉様」
アルクェイドと志貴を取り残し、着々と事態を進行させていく女性陣5名。その様を、半ば風化しながら志貴は見
やっていた。
終わった。
間違いなく、遠野志貴は何から何までしゃべり尽くさせられた挙句に理不尽な八つ当たりを受ける事になるの
だろう。通常被疑者には黙秘権があるらしいが、遠野裁判ではそんなモノは与えられないし、よしんばあった所
で、死徒のお姫様やら教会の代行者やら遠野の鬼やら割烹着の悪魔相手に黙秘を貫く事など出来よう筈もない。
今だ再起不能状態のアルクェイドを見やって、志貴は自分の選択のどこに間違いがあったのか、本気で考え始
めていた。
遠野の屋敷の廊下を幽鬼のようにフラフラと、脱力し切った姿で歩いていく姿があった。言うまでもなく、女性陣
による「尋問」という名の精神的拷問を終えた遠野志貴である。
彼はゆっくりと自分の部屋のドアを開け、ベッドに倒れこんだ。もはや服を着替える気力もない。彼の頭にある
のはひたすら「恥ずかしい」の一言だけだった。
「……俺が一体何をしたって言うんだ…」
ナニをしたから問い詰められたのだろうが、それを言ってしまっては健康な十代の男である彼には酷と言うもの
かもしれない。
彼我の戦力差は圧倒的であった。
まさに「絞り尽くされた」という他ない容赦のない攻撃の手の元、志貴の性生活は余す所なく女性陣の知る所と
なってしまったのである。本来なら彼と一緒に彼女らに立ち向かうべきアルクェイドも、割烹着の悪魔の巧妙な尋問
テクニックによって、志貴がオブラートに包んでいた事まで一切合財暴露してしまった。彼にとっては、傷口に塩を
塗りこまれたようなものだ。
ソウイウ話には免疫が全くなさそうな翡翠まで真剣に聞き入ってきた挙句、話の中に出てくる専門用語の解説まで
求めてきた時には、志貴も途方にくれた。性知識など欠片もなさそうな少女に、真顔で「後背位ってなんですか?」
とか聞かれて、どう答えろというのか。
逃げ出そうにも人外4人(?)の包囲網は、さすがに七夜の体術を以ってしても如何ともし難く、結局女性陣の知的
好奇心が満足し切るまで、尋問は続けられたのである。
「あはは、取りあえず志貴君の精力が底無しだってのは分かったし、これならアルクちゃんを寂しい思いさせる
心配はなさそうね。おねーさん安心したよ。でも少しは労ってあげてね?」
「兄さん…体が弱い割になんでそういった事は人並み以上なんですか…」
「秋葉様、人間はどこか体の機能が弱ると他が強化される物ですから」
「志貴様を、野獣です」
「遠野くんのエッチ…まさかそんな事まで」
五者五様であったが、例外なく「絶倫超人」のお墨付きを頂けた志貴。勿論彼は全然嬉しくなかったというか、
余計なお世話もいい所であったが。
さすがに思い出しても気分が滅入るだけ。志貴はベッドに突っ伏したまま、布団を引っかぶってしまった。どう
やら今日は不貞寝を決め込んでしまうらしい。
と、その時ノックの音が部屋に響いた。
「…志貴? いる?」
「…アルクェイドか。開いてるよ」
その言葉におずおずと部屋の中に入ってくるアルクェイド。普段の元気一杯、自信に溢れた姿からは想像し難い
弱々しさだ。どうも先ほどの話だけが原因ではなさそうである。志貴は起きあがり、笑顔を浮かべると自分の横に
座るように促した。
「どうした、えらく沈んでるみたいだけど」
「うん、あのね…アルトルージュの事、なんだ」
アルクェイドは困ったような、思いつめた顔で志貴に向かって話し始めた。
「結局帰ってきてから、ゆっくり説明する時間もなかったんだけど。アルトルージュは私の姉なの」
「ああ、そうみたいだな」
「彼女はブリュンスタッドの名を持つ真祖と、彼から直接吸血された死徒の間に生まれた混血で、私は真祖達に
作られた存在。だから、本当の意味での姉妹ではないのかもしれないけど。でも、アルトルージュは私を妹だと思って
くれているの」
「そうだな、それはとても良く伝わってきたよ」
「でも…でもね。私…あの人にどう接したら良いのかが分からないの」
志貴を見つめるアルクェイドは、今にも泣き出しそうなほどに弱々しかった。
「ロアに騙されて私が暴走してしまった時、それを止めてくれた一人がアルトルージュなの。彼女が私の髪の毛を
奪って、何らかの契約を行った事によって、私の中の吸血衝動は収まったのよ。
でも、ロアを追っていた時の私はその事を屈辱と認識して、あの人とは顔も合わせようとしなかった。志貴と出会
って、ココロを手に入れて、初めて気付いたの。あの人は、私に愛情を向けてくれている、って。
だけど、今更どう接すればいいの? 何百年も、まともに口すら聞かなかったというのに。
それにね…」
そこまで言い掛け、感情の整理が追いつかなかったのか、とうとう泣き出してしまうアルクェイド。志貴はそのまま
彼女をそっと抱き寄せ、優しく頭を撫でてやった。
やがて少し落ちついたのか、しゃくりあげながら、ぽつりぽつりとまた彼女は語り出した。
「それに、私は身に備わった使命として死徒を狩らないといけない。そしてアルトルージュは「黒の姫君」とも言わ
れる、死徒の支配者の一人なの。
私が生れ落ちた時から彼女はそうだった。そして私が生れ落ちた時に、彼女は私の使命を知っていた。
なんで? なんでなの?! なんでいつかは自分を殺すかもしれない相手に、あんな情を向けられるの?!」
「……姉妹、だからじゃないかな」
「それがわからない! 自分が殺されてしまったら何にもならないじゃない!」
感情が爆発してしまい、志貴に噛み付くように言うアルクェイド。無理も無い、と志貴は思った。彼女がそう言った
ココロを手に入れてから、まだ一年と少ししかたっていない。そして彼女にそう言った事を教えるべき親はすでに
存在していない。理屈で割り切れないものを、理屈で理解しろと言うのが無理な相談だろう。
だから、志貴は身近な例えを使って話す事にした。
「俺がさ、七夜っていう、すでに滅んだ退魔の家系だって言う事は知っているだろ?」
「…? う、うん」
「七夜を滅ぼしたのはさ、秋葉の父親なんだ」
「………え。志貴、それって…」
「そう、だからこの遠野の家は俺の敵の家って事になる。本来なら俺は遠野に――秋葉に復讐しないといけない
のかもしれない。
だけど俺にはそんなつもりは毛頭ない。たとえ血は繋がってなくても、秋葉は俺の妹だ。妹として、秋葉の事を
とても大切に思ってる。
そして自惚れじゃなければ、秋葉も俺の事を好きでいてくれてる筈なんだ。混血の敵である、退魔たる俺の事
をね。でもたとえ秋葉がその事で俺の事を嫌っていたとしても、俺は秋葉の事を嫌いになる事はない。
アルトルージュさんも、そうなんだと思うよ。たとえお前が「死徒を滅ぼす」という使命を身に帯びていたとしても、
そんな事は姉が妹に向ける愛情の妨げになんかなるものじゃない。
姉妹の絆って、そういうものなんだよ」
その言葉に再びアルクェイドは泣き出した。志貴の胸に顔を埋め、大きな声で、まるで童女のように。そしてそんな
彼女の頭を、志貴は優しく撫で続けた。
「うぇぇ…うぇぇぇん……志貴…志貴、ありがとう…」
「お礼を言う相手は俺じゃないよ。
明日、アルトルージュさんに言ってあげな、「姉さん」って。それで全部問題無しなんじゃないかな」
「うん…うん、わかった……でも、本当にありがとう…」