月下舞踏 2


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1: MAR (2003/08/14 00:22:00)[eleanor_nekoyou at hotmail.com]

 空を駆ける七夜。一瞬星空に向けられていた視界が、反転する。
 アルクェイドのいる大地へと。延ばされた視線の先には、目標たるアルクェイドが――姿を消していた。

「何だと!?」

 叫ぶ間もあればこそ。何か柔らかいもので体が抱きとめられる感覚。

「私の勝ちよ、七夜志貴」

 そう、耳元で囁かれた次の瞬間、七夜は大地にうつぶせに叩きつけられた。

「がッ…は……」

 下が土だった事と、胸の辺りにアルクェイドの腕が差し込まれていた事。そのお陰で、肋骨が折れて肺を傷
つける、などといった致命的な怪我は負う事は無かったが、三メートルほどの高さから、アルクェイドの体重が
プラスされたボディプレスである。さすがの七夜も声すらまともに出す事ができない。
 その間に完全にアルクェイドに押さえ込まれてしまった。チェックメイトである。

「凄い技ね。二十七祖だってアレを見切れる者はそういない筈よ」

 七夜を抑えつけながら、感心したようにアルクェイドは言った。

「…まさかあのタイミングで、見切られるとはな」
「短刀はフェイクだったみたいだから、わざと食らったのよ。それでもかなり痛かったけどね〜」

 口惜しそうに言葉を搾り出す七夜に、あっけらかんと答えるアルクェイド。その腹には柄まで七つ夜が潜り込ん
でおり、純白のハイネックのセーターのその部分は赤く染まっていた。

「今だったらシエルの黒鍵だってまともに刺さらない自信あるんだけどな。
 まさか夜の真祖に単なる武器でこれだけの傷を負わせるなんてね。あの「殺意の結界」といい、込められた
あなたの意思力が凄かったと言うべきなのかしら」
「……なるほどな。大した「魔」だ、次元が違う」

 そう言って、クックと自嘲気味に笑い出す七夜。やがてその笑いは心の底からのものに変わる。

「お前と話がしたい。離してくれないか?」
「…このままでも話は出来るわよ?」
「大事な話だ。負けた以上俺はもう戦う気は無いし、遠野志貴も返してやる」

 冷たくそっけない口調だったが、嘘は含まれていない。そう感じたアルクェイドは押さえ込みを解いた。先ほど
の戦闘の面影のまるで無い、のろのろとした動きで起き上がった七夜は、そのまま胡座を組んでアルクェイド
に向き直った。アルクェイドもその向かい側に腰を下ろす。

「俺の時間はそろそろ終わる。その前にあいつと俺の関係について、お前に聞いておいてもらいたかった」
「志貴の殺人衝動の顕在化…それがあなたでは無いの?」
「違う」七夜は首を振った。「あくまでオリジナルは俺だ。一族が滅ぼされた時、遠野槙久――ああ、秋葉の父親
だ――が、強力な暗示と催眠によって、俺の中の御しやすい部分を元にして作り上げた人格。
 それが遠野志貴の元だ」

 その言葉にアルクェイドの表情が陰る。

「じゃ…じゃあ、志貴は…」
「誤解するな。あくまで槙久が作り上げたのは元でしかない。十年の間にあいつは遠野志貴として生きて、人格
を育んでいった。もはやこの体は遠野志貴のものなんだ。俺は邪魔者でしかない」

 七夜はまた、自嘲気味に笑った。その言葉でアルクェイドは悟った。
 魔を狩る事だけしか教えられない内に、心の奥底に封印された七夜志貴。死徒や魔王を狩るためだけに作り
出され、それ以外の事は教えられなかったかつての自分。人と魔、男と女の違いはあっても鏡で写し出したかの
ような存在が、自分の目の前にいる。

「消える事、無いんじゃないの?」

 少し寂しげな表情を浮かべたアルクェイドは、ぼそりと呟いた。

「そりゃ、ずっとあなたでいられたら私だって、妹だって皆困ると思うけどさ。でも、たまに出てくるくらいなら良い…
と思うんだけど」

 その言葉に、意地の悪い笑みを浮かべる七夜。

「フン、願い下げだ。
 誇り高い退魔の末裔の癖に、愛しげに「魔」の姫を抱くような奴の体、これ以上使っていられるか」
「――?! な…な…なんでそれを?!」

 いきなり放りこまれた爆弾に、一気に顔を赤くするアルクェイド。

「あいつは俺の存在に気付いていないが、俺はあいつの記憶は共有している。
 でなければ、お前の名前を知っているわけがあるまい? アルクェイド・ブリュンスタッド」
「そ…そりゃそうだけど! それって覗き見してるようなものじゃない!
 撤回撤回! 前言撤回! あなたやっぱり消えて良いわよ!」

 取り乱して童女のように叫ぶアルクェイドの姿を面白げに見やっていた七夜の表情が、ふと真剣な物に戻る。

「最後に一つ聞きたい。
 種族も違う。寿命も違う。お前は永遠を生きるが、あいつの寿命はあきれるほど短い。恐らくそう遠くない未来、
お前とあいつは永遠に別れる事になるだろう。お前ほど強力な「魔」との間では、子を成す事も叶うまい。
 「遠野志貴」のいた証は、必ず全て消え去ってしまう。それでも、お前はあいつを愛せるのか?」

 そう、それは確実に立ちはだかる未来の壁。でもアルクェイドの中で、その答えはすでに決まっていた。だから
彼女は満面の笑みを浮かべて、言った。

「ええ。もちろん。
 志貴に殺してもらって私は世界を知った。この一年、私は志貴にとても沢山の贈り物をもらったの。だから私
は志貴が好き。その命がある限り、アルクェイド・ブリュンスタッドは志貴を愛し抜くわ」
「真祖の吸血衝動は、異性に対する愛情に比例すると聞いた。お前が志貴を愛すれば、それだけお前の限界も
近づく。いよいよ、となったらお前はどうする気だ?」
「…その時は、真祖という種が地球から消える。
 私は志貴が好き。だけど「志貴だった死徒」は見たくない。だからその時、私は滅びるの」
「…その言葉、違えるなよ」

 語調は厳しかったが、まるで遠野志貴のような優しい笑顔を浮かべ、七夜は眼鏡をかけようとした。恐らく
それが七夜の消える合図なのであろう。そう思ったアルクェイドは、手を伸ばして彼の腕を止めた。

「…? どうした?」
「私も最後に一つ聞きたいわ
 何故私と戦ったの? 昼ならいざ知らず、夜、なんの準備も無しに私に勝てると思うほどあなたは愚かでは
ないでしょう?」

 七夜は意外そうな顔をした後、クックと笑って、言った。

「…そんなもの決まっているだろう?
 七夜志貴は「魔」を見逃すわけにはいかん。ただ、それだけだ」

 そう言って、七夜は眼鏡を掛けた――




 志貴が目を覚ましたのは、深い森の中だった。太陽の光すら届かない、暗く深い森の中。
 公園にも、遠野の敷地にもこれほどの森はない。貧血で倒れた筈なのに、何故こんな所にいるのか。しかも、
初めて来た筈の場所なのに、不思議な懐かしさを覚える風景だった。
 首をひねりつつ、きょろきょろ辺りを見まわす志貴。

「フン、その様子だとこの場所の事も忘れているようだな」

 不意に背後から声を掛けられる。立ちあがって、振り向いた志貴の目に映ったのは自分の姿だった。顔も、
着ているものも一緒。違うのはただ一つ。目の前の青年は眼鏡を掛けていなかった。

「君は…? そしてここは一体…?」
「ここは七夜の森。と、言っても現実にいるわけじゃあない。お前の――そして俺の心の奥底に眠る七夜の森を
再現したものだ。言ってしまえば、ここはお前が見ている夢だな。
 そして俺は七夜志貴。本来のお前であり、今のお前にとっては…まぁ、悪夢みたいなもんだ」

 そう言って皮肉げに笑う青年。志貴は記憶を探った。
 ――そう言えば秋葉が言っていたな。俺の本来の苗字は七夜で、俺はその唯一の生き残り。槙久の気まぐれ
で遠野志貴として育てられたのだ、と。

「俺が遠野志貴として生きていなかった場合の俺、それが君なのか?」
「まぁ、実際お前の中で俺もちゃんと生きてはいたんだがな。何度か助けてやったろ?」

 その言葉に、はたと思い出した志貴。ネロと戦った時。そして去年の今日、町で初めてアルクェイドを見かけた
時。いずれも、心の内からの衝動に身を任せ――そして結果はああなった。

「あれは君の声だったのか…何故あんな真似を?」
「お前までそれを聞くとはな。退魔たる俺が魔を見過ごせるわけがなかろう? ただ、それだけの事だ。誤算は、
アルクェイドがあれほどデタラメな力の持ち主だったとは思わなかったと言う事だったがな。
 …まぁ、そんな事はどうでもいい。あまり時間もないしな」
「…時間?」
「夢は必ず覚めるものだろ?」

 意地の悪い笑みを消し、七夜は志貴に問い掛けた。

「お前は必ずアルクェイドより早く死ぬ。残されたアルクェイドは、お前を失った悲しみを抱えたまま、長い時を
生きなければならない。
 その事が分かっていてなお、それでもお前はアルクェイドを愛するのか?」

 その言葉に志貴は内心苦笑した。自分と同じ顔をした男にそんな事を聞かれるとは。しかし問いに対する答え
など、ずっと前からもう決まっているのだ。

「…あいつは、今まで何も知らないで生きてきたんだ。だから俺はあいつに、世の中は本当は楽しいって事を教
えてやるんだ。哀しい事を、辛い事を乗り越えられるだけの、楽しい思い出をあいつに与えてやる。その役目は
他の誰にも渡さない。
 あいつを殺して、あいつをコワした責任は俺が取るんだから」

 そう言い切った志貴の顔には何の迷いもなかった。七夜は、心中でため息をついた。誇り高い退魔の末裔
が、よりにもよって魔の姫にこうまで惚れるとは。挙句むこうもこいつにベタ惚れときたもんだ。
 全く、どちらもどうしようもない落ちこぼれだ。

「…フン、そろいも揃って大馬鹿め。その道の険しさ、進んでみて後悔するがいい。俺は付き合いきれんがな」
「君は、消えるつもりなのか七夜。何も消…」言い掛けた志貴に、どこから出たのか、と思うくらいのスピードで七
つ夜が突きつけられた。
「その先は言うな。この体にとってもはや俺は害にしかならん。そのような無様を続けることは、俺自身が我慢
ならんからな。
 お前はそのまま、自らの選んだ道を歩きつづけろ、引き返す事は許さん」

 そう言って、七夜はくるりと手の中の七つ夜を半回転させる。困惑しつつもそれを受け取る志貴。
 途端、すさまじい勢いで彼の中にイメージが流れこんでいった。それは志貴の忘れていた幼い頃の記憶。
そして七夜の血に刻まれた一族の戦いの記憶であった。

「こ…れは…?」
「フン、体がいくら技術を覚えていても、お前自身が戦い方を忘れていてはどうにもならん。
 その力で、自分とあの女を守ってやれ」

 そう言って、七夜はきびすを返した。そのまま振り返る事もなく、深い森の中へ歩みを進めていく。

「ありがとう、七夜」

 その姿が完全に森に飲まれる前に、その背中に向かって投げかけた志貴の言葉。それにも歩みを止める
事無く、七夜は姿を消した。




 再び志貴が目を覚ました時、視界に飛び込んできたのは優しい笑顔を浮かべたアルクェイドの顔だった。少し
目を動かしてみると、飛び込んできたのは見慣れた公園の風景だった。後頭部の、ひどく柔らかく気持ちの良い
感触に彼は目を細めた。どうも膝枕をされてるようだ。
 気恥ずかしさから志貴は起きあがろうとしたが、その瞬間全身を突き抜けた傷みで彼は固まってしまった。

「あ,ダメだよ志貴。少しおとなしくしてて」
「…ああ、あのボディプレスは効いたよ」

 苦笑する志貴に、アルクェイドはビックリする。あの戦いは七夜との戦いだった筈なのに。

「え、志貴、なんでそれを…?」
「アイツからもらったんだ。あいつの持っていた記憶を。全部じゃないと思うけど。でもさっきの戦いは知ってるよ。
 まぁそれはともかく――ただいま、アルクェイド」
「お帰り―お帰りなさい、志貴」

 三日月の薄い月光の下、志貴に向かって微笑みかけるアルクェイド。その美しさに、志貴はため息をついた。
太陽の下でも輝く美貌は、月の下では正に幽玄の美であった。月の寵愛を受け、月の光にこそ映える美となる
べく生み出された美貌。
 しばしその美しさに魅入っていた志貴は、大事なことを思い出しアルクェイドに問いかける。

「アルクェイド、今何時か分かるか?」
「ん〜、日付が変わるまであと十五分ってトコかしら」

 良かった。間に合った。志貴は安堵する。問題としてはこれから行おうとする事に対して、明かに今の態勢
では格好つかないと言う事だったが、まぁこれは仕方ないだろう。

「アルクェイド、ちょっと聞いて欲しい」
「ん〜、何?
 あ、昨日言っていた「大事な話」って奴? 何々?」

 頷いた志貴は、アルクェイドの目を見据えて、言った。

「俺が高校卒業したら結婚しよう、アルクェイド。
 俺は若すぎるかもしれない。秋葉とか大反対するだろう。生活だってどうなるかわからない。
 でも決めてたんだ。今日、必ずプロポーズするって。指輪も何も渡せないのが残念だけど」
「……え、し…志貴……!」

 志貴の言葉にそう呟くと、しばらく固まっていたアルクェイド。やがて彼女の頬を、一滴、二滴と銀の雫が伝い、
志貴の顔を濡らした。
 アルクェイドは、膝枕していた志貴をゆっくりと、本当にゆっくりと引き起こし、そのまま後ろから抱きしめた。

「あ…アルクェイド?」
「ごめ…志貴。嬉しすぎて自分でも何をしているのか。痛かったら本当にごめんなさい。
 でも…でも私は吸血鬼なのに。人とは違う化け物なのに。志貴からプロポーズしてもらえるなんて…思って
なかった…」

 その言葉は、反則だった。
 志貴の心の中に、狂おしいほど愛しい感情が湧きあがる。この白い泣き虫なお姫様を抱きしめてやりたい。
その涙を拭ってやりたい。痛いだなんてとんでもない。こんな不意打ちのようなプロポーズに、最高の答えを
返してもらったのだ。こっちだって気持ちを態度で伝えたい。

「アルク」
「しきー、もう、もう絶対に離さない!」
「アルク、ちょっと腕、解いてくれないか?」
「ふぇ? や、やだ! もう絶対離してあげない。志貴の事、もう離したくない!」
「それは嬉しいんだけど…困ったな。この態勢だとお前の顔も見れないし、おまえを抱きしめてやれない」

 志貴がそう言うと、はっとアルクェイドの体が揺れ、ゆっくりと腕が解かれた。もう体の痛みなど気にならない。
彼はゆっくりと、そのまま膝立ちでアルクェイドに向き直った。
 涙で顔をぐちゃぐちゃにして、志貴を見つめるアルクェイド。そんな顔なのに、このお姫様は本当に綺麗だった。
月の光に照らされたその姿は、いっそ幻想的とも言えるほどだった。
 先ほどの戦いの名残で、腹の部分が赤く染まった彼女のセーター。そこに志貴はそっと右手を伸ばす。

「大丈夫か、アルクェイド。七夜が随分無茶したみたいだけど…」
「ん、もう大丈夫よ。ふさがってるから」

 アルクェイドはそう言って、刃をしまった七つ夜を志貴に返す。志貴はそれを左手で受け取り、傷痕に伸ばし
た右手をそのまま背中に回し、そっとアルクェイドを抱き寄せた。
 夜のアルクェイドは最強の退魔師すら問題としない圧倒的な存在。でも今、志貴の腕の中に収まっている彼女
は、同じ存在とは思えないほど柔らかく、そして温かかった。
 愛しさがこみ上げ、志貴はアルクェイドの髪をくしゃくしゃと撫でた。彼女はそれをいやがる素振りも見せず、
目を細めて、志貴のなすがままに任せていた。

「ねぇ、志貴」

 不意に上目遣いで自分を見つめるアルクェイド。その顔に悪戯っぽい笑みが浮かぶ。

「男の人が結婚する時って、相手の女の人の父親にお許しをもらうんでしょ?」
「ん〜、まぁ、そういった事は多いと思う、けど」
「七夜はさ、きっと今日志貴がプロポーズするって事、知ってたんだよね?」

 志貴はちょっとビックリした顔をして、アルクェイドを見つめた。

「えへへー、「お父さん」に認めてもらえたんだね、私」
「…なるほど、そう言う事だったのか」

 苦笑する志貴。話したのはあれが最初で最後だったもう一人の自分。しかし非常に彼らしい、相手の見極め
方と祝福の仕方、と言えるかもしれない。

「妹にも認めてもらえるかな、私。
 私、志貴の妹だからって理由じゃなくて妹の事も気に言ってるから、やっぱり妹にも認めてもらいたい…」

 少し不安そうな顔をするアルクェイドを、殊更強く、志貴は抱きしめた。

「大丈夫、絶対説得するよ」

 ――みんなを守る、それが七夜との約束だから。だから必ず秋葉にも分かってもらうんだ。
 そう、心の中で呟いて、志貴はアルクェイドの顔を引き寄せた。


End




後書き。

 「月姫」と言う素晴らしい作品に出会い、そして数多の優れた二次創作作品を目にするうちに、どうしても自分
の中の書きたい欲望を抑え切れずこうして書いてしまいました。人生における初の二次創作作品です(汗
 きっかけは、バイト中にふと頭の中に思い浮かんだ、七夜の「極彩と散れ!」と言うメルブラのセリフ。なぜか
相手がアルクェイド。この辺りでかなりの謎なのですが、それがきっかけであれよあれよと妄想が膨らみ、こう
いった作品が出来あがってしまいました。
 戦闘パートは正直手探り状態で、どう書いたら迫力が出るのか、全く分からずにああいったものになってしま
いましたが、アルクと七夜の会話は、書いていて一番楽しかったです(笑 勿論、七夜の語る志貴との関係は俺
の中での勝手なでっち上げですので。一応、うちの二次創作作品ではそう扱っていく予定です。
 それにしても…物分りの言い七夜(苦笑 なんか良い人になってしまって、計算外でした(笑
 ではでは、ここまで読んで頂けて、どうもありがとうございました。


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