「こちら合計2,625円頂戴いたします。」
「おほほ、ありがと。」
コンビニで、新発売の『秋野菜カレー』6個を買い意気揚揚と店を後にする、満面の笑みの筋肉オカマ男が一人。
「シエルきっと喜ぶわねー。お腹すかせて待ってるわ。早く行かなくっちゃ!!」
カレーの星に生まれた吸血鬼、カリー・ド・マルシェである。
この男、代行者シエル最大の敵『死徒』でありながら、カレーに対する類まれなる愛情ゆえ、非常に彼女と仲がよい。
時は、残暑のこる日本の快晴昼下がり。
これは、カレーという根源を極めた、熱き男たちの戦いの記録である。
――― 『空柩と復讐騎〜〜〜爆闘カレー大戦!!』 ―――
シエルのアパート。
白鷺をおもわせる華麗な足取りで到着したカリー・ド・マルシェは、節のゴツい指で呼び鈴をならす。
「シエルー!!ヘブン・レイブン新発売の秋野菜カレー買ってきたわよー!!」
だが、反応が無い。
「シエルー!!もう、どうしたのかしら?あれだけ『絶対にキープして下さいね』っていっていたじゃない。」
首をかしげながら、カリーはドアノブに手を伸ばす。すると、鍵は開いていた。
「あらやだ、不用心だわ。」
お邪魔するわよー。と小声で言いつつ、忍び足で中に入るカリー。彼が入り口を確認すると普段のシエルの靴。
彼が普段見慣れない、草臥れたサンダルがあった。
「先客でもいるのかしら?」
「……はははは……志貴……だぜ…」
「!?!?」
シエル以外の聞きなれない男の声を確認したカリーは、シエルの部屋へ直行した。
「ちょっとシエルー!!あなたなんで出ないのよって!!」
カリーの視界に飛び込んできたのは、
黄色いエプロンを着けたシエル。
「あ、カリー!!」
ボサボサのだらしない銀髪、不精ヒゲ。くたびれたYシャツをきた、シエル手製のカレーうどんを上手そうに喉に流し込んでいる男。
カリーは驚嘆のあまり口を半開きで、その男に向かって震える指をさす。
「あ、あんた!!」
筋肉オカマ男の存在に気づいたその男は、その刹那メンを勢いよく吐き出す。
「ブ〜〜〜〜!!!て、てめぇ!!ききキルシュタインじゃねぇか!!!!!」
カリーの本名を知る男。
彼は、死徒二十七祖第18位『復讐騎』エンハウンス。
前十八位の祖を殺して新たにその座についた成り立て。エンハウンスソード(片刃)と蔑まれている。
前十八位から奪った魔剣アヴェンジャーを右手に、教会製の銃である聖葬砲典を左手にとって、
半人半死徒の状態にある己の身を削りながら戦う男である。
テーブルとシエルを挟んで、死徒2人は向かい合う。視線の刃が彼女の目の前で激突し、火花を散らす。
カリーは、不潔とだらしなさを体現したような男に深い嫌悪を覚え、眉をしかめる。
エンハウンスは、黄色のエアロビタイツをきる、ヒゲを生やした筋肉変態ホモ男に辟易している。
シエルがその二人の冷戦状態を解こうと、今回の事態について説明をはじめた。
「カリー、なんでこの人がここにいるかというとですね」
エンハウンスは、埋葬機関第1位ナルバレックの命令で、この日本までやってきた。
任務の内容は、吸血衝動の抑制で弱っている『真祖の姫君』アルクェイドを浄化すること。
しかし、それを阻止せんと彼に闘いを挑んだ『真祖の騎士』遠野志貴との一戦を経て、
本来抹消すべき敵である2人の真っ直ぐな人柄に、エンハウンスは惚れこんでしまったのだ。
現在彼は、三咲町の某木造アパートで、極貧その日暮らしをしている。
シエルの説明を一通り聞き終えたカリーは、腕を組みながら目の前の無精ひげ・やさぐれている男を睨みつける。
「なるほど。それでシエルに図々しくも、夕飯をたかっていたというわけね。」
「ハッ。しょうがねえだろ。今月の家賃にすらこと欠いちまうんだからな。」
そういうエンハウンスはタバコに火をつけ、目の前のマッチョに煙を思い切り吹きかけた。
あからさま過ぎる挑発行為。この2人の仲の悪さは一目瞭然である。
カリーは湧き上がる純粋な怒りに肩を震わせた。しかし、すぐに落ち着きを取り戻し、余裕の笑みを浮かべる。
「おほほ。でもあなた如きにシエルのカレーを食べる資格があるのかしら?」
「あんだとコラ。」
「忘れたとは言わせないわよ。あの、『カレー8連極竜闘』をね。」
『カレー8連極竜闘』。
それは、全世界のカレー大好き野郎を集め、あらゆる国の料理の視点からとらえ、
考えられる極限の状況のなかで8日間、至高のカレーを探求するという、カレー界のパリ・ダカールといわれる祭典である。
過去、カリーとエンハウンスは一回戦で激突。カリーが見事勝利をおさめた。
しかし、もともとそんな大会に興味も糞も無いエンハウンスの名を勝手に出場登録したのも、やはりカリーであった。
煙の輪をつくって気だるそうなエンハウンスは、カリーを睨みつける。
「ハッ。何いってやがる。勝手に人の名前使いやがった奴が、寝言いってんじゃねぇ。
無理やり人縛り付けて強引に連行したんじゃねぇか。ありゃ拉致だ。」
当時、カリーに頼まれたシエルが、教会から封印の鎖を持ってきて共謀した結果である。
「オホホ。負けは負け。素直に認めなさい。そんな男がカレーうどんをのんきにたべる資格なんてないのよ!!」
ますます険悪になるカリーとエンハウンス。この状況に危機感を覚えるシエルは、脳細胞をフル活動させ思慮をめぐらす。
一発逆転の機転が、彼女に閃いた。
「じゃあ2人とも、リターンマッチすればいいんじゃないですか?」
カリーは自信と余裕にあふれた顔で立ちあがる。
「おほほ!それは名案ね。そこのヤサグレ!!私と勝負よ!!」
対するエンハウンスは肘をテーブルにつけ、面倒臭げの雰囲気を体中から醸し出していた。やる気など微塵も無い。
それを見透かしたカリーは魔眼をぎらつかせ、彼の弱点を抉り出す。
「ちなみにあんたが敗北した場合は、シエルのアパートに二度と出入りしないことね。無論、不戦敗も含まれるのよ!!おほほ!!」
「な!!」
エンハウンスの月の家賃は5万円。定期的な収入がない彼は、工事現場とコンビニのアルバイトを掛け持ちしてやっと払えている状況。
シエルのアパートへの出入りが禁止されれば、すぐさま食糧・血液危機を迎える。
おまけに聖葬法典のメンテナンスもできない。銃身がさび付いたままでは、死徒を狩る前に自分が狩られてしまう。
この状況の深刻さを理解したエンハウンスは、カリーに限界まで顔を近づけ、紅の魔眼を見開いて言い放った。
「ハッ。いいぜ。その勝負受けるぞキルシュタイン。後で吠え面かくなよ!!」
「決まりね!!でも安心なさい。負けて枕を涙で濡らすのは貴方の方よ!!おほほほほほ!!」
勝負は、シエルの提案により3日後の日曜日となった。
「で、あなたたち人外の料理勝負を、どうしてここでやらなければいけないのですか?!」
額に血管を浮かべる、長髪のナイチチ当主、遠野秋葉。
ここは遠野の屋敷のシステムキッチン。今宵の戦場である。秋葉は髪を赤銅色にして、怒りに体を震わせていた。
一人はヒゲを生やし筋肉質で、シエル級のカレー臭さを香水のように撒き散らす変態怪人カリー。
もう一人は、以前遠野志貴に大けがをさせ、時折あつかましくも飯をたかりにくるヤサグレ不潔魔人エンハウンス。
カリーはコックのような完璧料理人スタイル。用意したラジカセで白鳥の湖を踊り、
エンハウンスは頭に赤いバンダナを巻いて、エプロンをしているだけの格好。馴れたように椅子に片足をあげて腰掛けている。
怖気の走るマニアックな吸血鬼が目の前に2人もいるのだから、彼女のお冠は当然だ。
「秋葉様。」
今にも死徒どもの熱を略奪しかねない秋葉に声をかけたのは、遠野家メイドもとい最強策士、琥珀さん。
「琥珀。この事態は一体どういうことですか?1から10まで説明願えないかしら?」
腕を組んでいぶかしむ秋葉。――返答次第では容赦しないわよ。―― 無言の圧力だ。
「落ち着いてくださいまし。今回はこの対決を聞きつけた、たくさんのゲストの方に助力してもらったんですよ。
私としても、無下にお断りするわけにはいかなかったんです。」
「ゲスト、ねぇ。」
呆れた秋葉の視線の先には、ダイニングルームに並んだそうそうたる面々。審査員を紹介しよう。
『真祖の姫君』アルクェイド・ブリュンスタッド。「はやく食わせろー!!」
『リトルドリーマー』レン。「……。」
『真祖の騎士』遠野志貴。「カリーさん。エンハウンス。2人とも屋敷壊さない程度にがんばれよ。」
『生きた犯罪』久我峰 。「ホッホッホ。楽しみですなぁ。(陵辱が)」
『黒翼公』グランスルグ・ブラックモア。「キュルルルルルアアアアアアアアア!!カレー!!クウ!!カレー!!」
テーブルに当たり前のようについて、なおかつ言葉をしゃべるカラスを確認した瞬間、エンハウンスはブチ切れた。
「おい!封印されてるはずのてめぇがなんでいるんだ!?ていうか死ね!!」
魔剣アヴェンジャーが、テーブルのカラスに振り下ろされたが、刹那のタイミングで飛び出した琥珀さんの業物がそれを受け流す。
「はい。今回特別ゲストとして来てもらったんですよ。何か不都合でもありますか?」
「いっぱい、いろいろあるんだけど。(お嬢ちゃん、一体どんなコネもってんだ?)」
彼女のワールドワイドな底知れぬ人脈に恐れおののき、吸血鬼狩りの死徒は閉口した。
着物の袖で顔を半隠しする琥珀さん。彼女の妖しい笑みの裏には、ナルバレックとの密約があったりする。
「エンハウンス。今回は任務じゃないんですから暴れないで下さい。」
本日の審査委員長、シエルもテーブルの上座についた。司会進行は琥珀&翡翠。
試合は一時間一本勝負。材料は自選・他薦を一切問われない。審査方法は各人紅白の札を持つ。カリーは白、エンハウンスは赤だ。
調理の模様は、審査員に用意された特設モニターで随時中継される。カリーは1カメ、エンハウンスには2カメがつく。
「それでは、カレーを開始です!!」
翡翠の号令とともに、前代未聞、死徒料理対決の火蓋はきって落とされた。
「おーほほほほほほ!!それでは本日の特選素材よ!!」
カリーは調理台に、持参の厳選素材をひけらかす。
豚軟骨、朝鮮人参、烏骨鶏の卵、鯛のお頭。豪華絢爛の一語に尽きる。猫アルクは特に強烈な反応をみせ、志貴に羽交い絞めにされて止められた。
カリーが最後にクーラーボックスから取り出したものは、パックに入った琥珀色の凍結液体。
「ホッホッホ。名古屋コーチン、といったところですかな。」久我峰の、肉付きのよい顔に埋め込まれている瞳が光った。
台所のカリーは凍結されたスープを1カメに掲げ、誇らしげに語る。
「人間にしてはなかなかよい眼力じゃない。これはね、8時間鶏ガラとニンニク(無臭)をじっくり煮込み、骨の髄の旨みをとったものなの。」
片目をつぶってウインクするカリーは、華麗な円舞を描きつつ調理に移る。
中身を透明なボールにそれを移し、電子レンジで解凍。その間に材料の下ごしらえにとりかかる。
まな板でかなでられる軽快な音。カリーの包丁捌きにかかった食材たちは、それぞれ鏡のような美しい断面をみせた。
モニターから映し出されるカリーの磨き上げられた技術に、一同は釘付けだ。
「見事ですね。ショボい超抜能力はともかく、ここまで腕を上げているとは。」シエルも思わず唸るほど。
対する赤いバンダナを巻くエンハウンス。彼はさっきから冷蔵庫の野菜室をほじくり返し、人参やら何やらをポンポン調理台に出していた。
「あいつ、何も持ってこなかったのか?」
志貴の不安どおり、エンハウンスは持参品を一切持ってこなかった。この勝負への余裕の現われなのか。
彼がえらんだものは玉葱、じゃがいも、人参、牛肉など、どれもベタすぎる内容。カリーの食材とはエンゲル係数の度合いが違う。
そしておもむろにジャガイモ一個を手に取ると、それを包丁でチマチマと皮をむきはじめた。その手つきはかなり危うい。
「魔剣使いのくせに、ヘッタクソだね。」
「あの人外男さん、やる気があるのですか?」
アルクと秋葉の冷淡な呟き。とくに名家の生まれである遠野家当主にとって、食材のランクの差は料理の差そのものに等しい。
カリーはそんな隣のエンハウンスを一瞥し、嘲笑う。
「おほほほほ。少々買いかぶりすぎたみたいね。でも、手加減しないわよ!!」
怪人の攻勢は続く。鍋に玉葱をいれ、それをじっくりあめ色に炒める。香ばしい匂いが隣のダイニングルームにもたちこめた。
そしてあらかじめ湯むきしておいたトマトを混ぜる。あめ色の香ばしさと鮮烈な酸味の絶妙なハーモニー。
「キュルルルルルルルアアアアアアアアアアアア!!イイ!!ニオイ!!イイ!!」
真の姿であるカラス形態を晒すブラックモアは、羽をばたつかせて宙に黒羽を撒き散らした。
瞬間、シエルの黒鍵20本が、キッチンに今にも雪崩れ込んでいきそうな化けガラスに雨あられと突き刺さった。テーブルに磔になるブラックモア。
「そこの鳥、大人しくしていてください。」代行者は氷の微笑でブラックモアを始末したあと、モニター画面に向き直る。
一方エンハウンスは、今度は人参の皮むきに手間取っていた。包丁では無理らしいので、ピーラーを使用。
あまりの料理音痴ぶりに、さすがに不安にかられたアルクェイドは審査委員長に耳打ちする。
「ねえ?あれはね、格が違うとかいう問題じゃないわよ?なんでこんな勝敗のわかりきってる勝負をお膳立てたの?」
モニターをじっとみつめるシエル。質問には答えない。それをいぶかしむアルクェイドにしつこく肩を揺さぶられて、しぶしぶ答えた。
「エンハウンスは、そんなに浅くありません。」
だが画面には、指を切って痛そうに血を吸う半泣きのヤサグレ銀髪男の姿。いまいち説得力に欠けていた。
「おーほほほほほほ!!それではフィナーレよ!!」
炒めていたトマトの水分が飛んだところで、カリーは懐から子ビンに入っているカレー粉を取り出した。その瞬間、シエルは思わず立ちあがる。
「あれは、『マルシェ・エクストラ・バージン・スペシャル』!!」
その尋常でない彼女の様子に志貴はびびる。「それってなんですか?」
『マルシェ・エクストラ・バージン・スペシャル』。
それは、カリーがカレーにはまってからというもの、世界中の秘境・魔境を探検して手に入れた幻のスパイス極上ブレンドもの。
その香りは、ルーに類稀なるコクと深みを与え、そのカレーを食っただけで、三日三晩は十七分割できるというカリーの奥の手である。
「まずいですね。あれを使われる以上、エンハウンスに勝ち目は……」冷や汗を垂らすシエルは、先の発言を180度転換した。
カリーは1カメのまえで、その筋肉質な腰を振り、余裕綽々で踊りまわる。
「ついに完成したのよ!!夜も寝ないで昼寝した私のこの最高傑作!!すぐに食べさせてあげるわね!!」
そして魅惑の黄色い粉が、アツアツの鍋に放り込まれた。同時に立ち上る極上スパイシー。
先ほど解凍した名古屋コーチンの濃厚スープが、少しずつ加えられる。ピリッとした辛みと濃厚な香りの螺旋が立ち上った。
更に加えられるあらかじめ炒められていた、お頭、豚軟骨が投入。大量の水とともにグツグツと煮込まれ、食材たちはルーの中で踊る。
ダイニングルームにいる一同、その極楽ともいえる甘美な芳香に戦慄した。
志貴は涎をたらし、アルクェイドは失神寸前。久我峰は頬の肉を水饅頭の如く弾ませ、予想以上の人外調理スキルに秋葉は驚愕する。
琥珀さんはいつもの調子を崩さず、翡翠は取り付かれたように画面に食い入る。レンは頬を少し赤らめていた。
ブラックモアは黒鍵で燃やされ血反吐を吐きながら、料理に対する期待は消えることはない。
そして2カメでは、下ごしらえで苦戦していたエンハウンスもようやく煮込みの工程に入っていた。鍋の水面にうかぶ、不揃いな野菜たち。
皆が再び注目する中、エンハウンスは、なんとその場にいなかった。全員ずっこける。
「トンズラかよ!!」志貴のさ○ぁ〜ず三村ばりの右手ツッコミが、モニターにヒビをいれる。
「勝ち目ないわね。」アルクェイドは、もうこの勝負に見切りをつけた。
皆が呆れるその中で、シエルの瞳だけは、碇指令ばりに眼鏡を光らせる。1分後、エンハウンスは一抱えもある陶器をかかえて持ってきた。
果たしてそれは何なのか。カリーの美技に酔っている一同は特に気にしなかった。
両者同時に煮込まれる、魅惑の茶色のスープ。ほぼ同時期に味見をする二人の死徒。
「完璧ね。おーほほほほほ!!完成よ!!」両手を高々と掲げたカリー。
「出来たぜ。」納得の様子で頷くエンハウンス。
「調理をそこまでです!!」
翡翠が陰陽の太極拳で制止。時間ギリギリで完成させた二つのカレー。いよいよ審査がはじまる。