思わず息を呑むシエル。
「アトラスに在籍していた時、彼は何らかの理由で暴走しました。恐らくは分割思考の失敗だったのでしょう―――当時、在籍した居た者の5割は重症を負い、私も多少の怪我をしました。 それと、引き換えに彼の小指を切断しました・・・実験の材料の為に」
「それが、これですか? まるで、ムカデの足のような・・・」
「ええ、それです。 分析してみた所、間違いなく彼の『モノ』であり『一部』でした。これらから、推測すると死徒27祖の内、26番目に在籍していたアモン・ヴィオーラーベルは幻想種である可能性が高い」
「間違い・・・無いのですね?」
「確実です。 彼が人間の姿をしているのも都合がいいからでしょう。その方が本来の姿を隠した上で情報収集が出来る。 その上、本来持っていた腐食の力に、志貴の直死の魔眼があれば―――彼は挑んでいたはずです」
「誰に、ですか?」
「自分と種を同じとする幻想種・・・5位のオルト、7位のアインナッシュを滅ぼそうとしているでしょう」
「と、言うことは・・・アモンがこの街に来た理由は・・・」
「・・・5位と7位を滅ぼすには腐食の力だけでは足りない所か、オルトに挑んでも返り討ちにあうだけでしょう。そこで、志貴から直死の魔眼を奪うことによって『腐食』と『魔眼』を得る。 後は、彼が自らの力を巧みに操って、彼らを殺せばいいだけのこと」
よく出来た話だ、と、シエルは思った。
「それだけの為に彼は贖罪から抜け出した?」
「多分、そうなりますね。 アモンは力を付け、いずれ、自分を殺そうとする者達が気に喰わなかった・・・そこで、決死の覚悟で抜け出した・・・と、予想してもおかしくはありません」
「・・・ならば、彼の行動を急いで止めなければ・・・」
立ち上がろうとするシエルをシオンは止めた。
「止めないで下さい。 これは、私の都合で行くのですから・・・!」
「今、外へ行ってもアモンは姿を現しません。アモンは3日後に『混沌』であるネロ・カオスを蘇生する為に公園へ来ることでしょう。 ―――貴女はそれまでに志貴の目の治療を。 私はここで調べものがありますから」
「・・・わかりました」
シエルは部屋から立ち去る。 すると、部屋の奥から秋葉が顔を出した。
「ふぅ、あの人もあの人なりに苦労しているのはわかりますが・・・」
「ええ。 叱咤しないと動かない人間には興味はありませんが・・・埋葬者は志貴と契りを交わした人間・・・彼女も彼女なりに本気なのは十分わかりました」
バレル・レプリカを収め、シオンは席を立ち上がる。
「どちらへ?」
「・・・外出します。 それと、志貴の部屋には行かないように。琥珀が看護していますが―――貴女が行くと志貴が変に対応しかねない。 気をつけて下さい」
「それは・・・・・・承知しています。それに、もう夜ですから」
路地裏・・・そこは、数多の人間の死体の山が築かれていた。
「血が・・・肉が・・・骨が・・・足りない足りない・・・!」
屍樹は山から若い女の死体を引き摺り下ろし、右腕から噛み砕き、血をすする。あれから発狂したのか、髪は白く、腰まで伸び、上半身は服を着ていない。
「はぁっ、はぁっ・・・・・・明日・・・ネロを蘇らせ、奴を取り込んで666の獣の因子を得るしかあるまい・・・!」
立ち上がり、口に咥えていた股関節の骨を履き捨てる。その目は、赤かった。 まるで、今宵の満月のように・・・赤くて、紅くて、朱かった・・・
「次こそ、お前を殺して・・・魔眼を得る。志貴、埋葬者・・・明日こそがお前達の最後だ!」
志貴の部屋では決死の治療が続いていた。
「腐食の力は魔術的作用が強いわ・・・けど、今の状態なら腐食の約6割は人間の治療方法で治せるはず」
あの後、アルクェイドが窓から侵入し、秋葉に怒られるものの、死徒を知っていると言うシオンの提案でアルクェイドをサポート役に琥珀による治療が続いた。
「まさか、アモンが生きていたなんてね・・・彼の腐食の力は相当なものよ。死徒27祖の4位のゼルレッチや6位のリィゾ・バール=シュトラウトですら手を焼く程だから・・・彼を排除したいと思っている27祖は結構いた―――それでも、彼の存在を許容していたのが17位のトラフィム・オーテンロッゼただ一人よ」
腕を組んで険しい目つきでアルクェイドは言う。
「アモンはムカデとクモを組み合わせた死徒の中でもオルトやアインナッシュ同様の幻想種であり、本来の力を解放されたら私でも倒すことは不可能に近い」
「・・・よくはわかりませんが、そのアモンはアルクェイドさんでも絶対倒せないと?」
秋葉が聞く。
「いいえ、倒すことが『不可能に近い』だけで『絶対』じゃないわ。日日にして・・・3週間かかる」
「3週間も? そこまで時間がかかる原因は・・・?」
「彼のみが所有する『絶対再生』の力―――彼はこれを『腐結』って呼んでるようだけどね。実際は違うわ。 ・・・モノを取り込み、血肉にする『結合錬金術』・・・これが、『腐結』の正式な名前。 もう、わかったと思うけど・・・彼の力『腐食』以外の技である『腐変』『腐結』『腐脈』『腐戒』は全部、錬金術を応用した技に過ぎない。彼の力は『腐食』だけで、その弱点を補う為に錬金術を学んだ・・・」
変わらない態度と目つきで説明するアルクェイド。
「彼を逃したのは教会のミスよ。私がこれ以上、協力する義務も無いし、ね」
「結構です。 コレだけの情報が得られれば、十分ですから」
シエルが口を開く。
「決着は私がつけます。 彼を逃したのも、遠野君がこのような目にあったのも私の責任ですから」
シエルは窓から身を乗り出し、そのまま、屋敷から去った。
「さて・・・と。 私も帰るわ。シオン、貴女にアモンとの戦いの主導権を十分に行使してもらうつもりよ・・・貴女のエーテライトなら・・・」
「・・・貴女が言いたいことはわかります―――それまでに、志貴が目覚めればの話ですがね・・・」
/6:・・・
「ククククク・・・今夜は最高な夜になるな・・・ネロは取り込めなかったが、志貴、お前を喰えば俺は直死の力を得ることが出来る!」
「させるか!」
ナイフを一閃し、外灯を切り裂く!
「ちっ、体力が落ちている・・・それに、視界がハッキリしない・・・」
目元を押さえ、呟く志貴。
「治療も完全ではありませんでした・・・しかし、最善は尽くしました。私達も全力でサポートします、遠野君」
「サンキュ、助かるよ・・・先輩、シオン」
「ええ、早く終わらせましょう。そうでないと、意味がありませんからね」
バレル・レプリカを構えるシオンと黒鍵を構えるシエル。
「けっ、仲間がいなきゃ、戦えねぇってか? 笑わせるぜ・・・」
屍樹・・・いや、アモンの髪が白く染まっていく。
「先程のようには行かないぜ・・・何せ、第一段階のリミットを外したからなぁ」
舌なめずりするかのように舌を動かし、笑うアモン。途端、彼の影がムカデとなった。
「それが、リミット解除の証か・・・お前は俺達を殺して、取り込みたいんだろ?なら、さっさと戦おうぜ」
「ああ、そうしよう。 そして、終わらせよう」
ムカゲの影が浮き上がると形を持ち、志貴に向かって突進した!
「死ねぇっ!」
「させるかっ!」
ナイフを左斜め下から右上へと切り上げる。ムカデの触覚を『殺した』が直撃は回避出来なかった。
「がぁっ!」