具間禄:月姫(カイマロク:ツキヒメ)・第三章


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1: 間桐 恭二 (2003/07/09 13:46:00)

ドクン・・・



 途端、埋葬者は悪寒を感じた。



ドクン・・・



 それは、まるで・・・



 ドクン・・・ドクン・・・



 目の前に居る者はその者が便利に使う『モノ』でないかと・・・



ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・



 だが、埋葬者の目の前に居る屍樹は血を吐き、苦しそうに呻いている。



 ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・



 心臓が・・・理性が・・・全てが彼女に警告する。



 ニゲテシマエ、イマノオマエデハ、ヤツニハカテン・・・



「逃げるわけには・・・行きません」



 ニゲロ・・・ニゲロ・・・ニゲロ・・・ニゲロ・・・ニゲロ・・・ニゲロ・・・ニゲロ・・・ニゲロ・・・ニゲロ・・・ニゲロ・・・ニゲロ・・・ニゲロ・・・ニゲロ・・・ニゲロ・・・ニゲロ・・・ニゲロ・・・ニゲロ・・・ニゲロ・・・ニゲロ・・・ニゲロ・・・ニゲロ・・・ニゲロ・・・ニゲロ・・・ニゲロ・・・ニゲロ・・・ニゲロ・・・ニゲロ・・・ニゲロ・・・ニゲロ・・・ニゲロ・・・ニゲロ・・・ニゲロ・・・ニゲロ・・・ニゲロ・・・ニゲロ・・・ニゲロ・・・ニゲロ・・・ニゲロ・・・ニゲロ・・・ニゲロ・・・ニゲロ・・・ニゲロ・・・ニゲロ・・・ニゲロ・・・ニゲロ・・・ニゲロ・・・ニゲロ・・・ニゲロ・・・ニゲロ・・・ニゲロ・・・ニゲロ・・・



「向かってくる姿勢は認めるが・・・」

「!?」

 埋葬者の手に絡みつく人間の手―――それは、触手のような動きをした屍樹の手・・・

「引き際を知らない人間は・・・馬鹿だ」

 屍樹の手が埋葬者の頬を撫でる。

「恐怖に怯えるのか・・・それもまた、良い」

 埋葬者はガクガクと震えだした。理性が警告した恐怖から逃げなかった自分の強がりを・・・今は、後悔している。

「君は良くやった・・・そうとだけ、記憶して・・・おぎゅっ!」

 突然、屍樹の語りが止まった。彼の頭部に弾丸が打ち込まれている。

「っ・・・!」

 手を払い、法衣を纏う埋葬者・・・やってきたのはアトラスの錬金術師。

「大丈夫ですか、埋葬者!」

「貴女は・・・シオン・エルトナム・アトラシア!」

 埋葬者はやってきた少女・シオンの名を口にする。

「穏やかではない空気が辺りを支配し、志貴の屋敷から来た所です」

「遠野君は!?」

「いえ、志貴は来ません。 彼は修羅場を抜けてはいますが私のように事細かな気配を察知できるわけではありません・・・シエル、貴女は志貴の所へ!」

 シオンが叫ぶ。 一方の屍樹は周囲の石や土を集め、頭部を腐結している。

「志貴を呼んで来て下さい! 私が時間稼ぎをしている内に!」

「・・・わかりました。 ここは、貴女の意見に従います。・・・・・・どれくらい、持ちこたえられますか?」

「長くて・・・3分」

 そして、シエルは天高く跳躍し、公園から姿を消した。

「ほぉ、お前はアトラスの娘・・・オベローンから話は聞いているぞ」

 頭部を腐結し終えた屍樹が言う。頭の傷も腹部の傷も修復しきっている。

「なるほど、貴女も噂通りの存在ですね・・・教会による贖罪から抜け、衰弱しきった身体を腐ったものを取り込むことで生きながらえている死徒27祖が居ると聞いています・・・その者の名は・・・アモン・ヴィオーラーベル!」

「ご名答・・・と、でも言おうか。だが、今の俺は亜紋 屍樹だ・・・死徒の頃の名は今必要ない」





/2:蝕・それに至る過程



 子供の頃の思い出など、最悪なものだった。

 人間として扱われない人間―――それが、自分だった。



 理由はわからない。

 強いて思い出すのであれば・・・普通の人間には無い『異能』の力・・・ぐらいであろう。

 力の名は『腐食』―――腐らせ、食らう・・・それが、自分の力の名前だった。



 自分は人間としての教育を全く施されないばかりか、何度も何度も殺されそうになった。

 森を歩けば、矢が腹部を貫き、庭に居れば足元を鋭利な刃物で切られる。

 まして、浴槽に浸かっていれば溺死寸前まで追い詰められたのは言うまでもあるまい。



 アモン・ヴィオーラーベルの歩んだ歴史は普通の人間とは違う。

 それは、自分が異能の力を持ち、他の人間から蔑まれたことだからだ。



 ある日、自分が消えた。

 それは、肉体的なことではなく、精神―――いわば、理性の消滅だった。

 原因は・・・よくわからない。『ソレ』に至る過程はそこには存在しなかったし、自分もその場にいなかったからだ。

 事件は自分の屋敷で起こった。



 新聞が伝えるには、ある一人の男が屋敷に入り込み、その家にいた家族を一人残らず殺した。

 正確に言えば『腐らせた』と言ったほうが早い。

 彼らの遺体は肉体の損傷が激しく、骨などあるか無いかのレベルにまで腐っていたからだ。

 当時18歳であった自分は真っ先に事件の容疑者として警察に連行された。

 だが、三日後に『保護者』を名乗る人間に引き取られた。

 引き取った奴の名は―――覚えていない。



 その時、微かに覚えていたのは彼が『蛇』と呼ばれていたことぐらいだ。



 アモン・ヴィオーラーベルの歩んだ歴史は普通の人間とは違う。

 それは、自分も知らないもう一つの人格がいつの間にか主導権を握っていたからだ。



 蛇は無限転生者とも呼ばれていた。

 興味が無かった。 それは、自分にとって後世に生かせる知識だからかどうかはわからなかったからだ。

 まぁ、自分に『後世』があるかどうかは全くの別なのだが・・・



 蛇は自分の力について色々教えてくれた。

 力の名は『腐食』・・・モノを腐らせるだけではなく、腐ったものを繋げ、自分のモノとして取り込むことが出来る―――魔術のようなものだと教えてくれた。

 なるほど。 御伽噺の存在であった魔法・・・それが、今も現実に・・・そして、自分のモノとして宿っていることに自分は興味を示した。



 アモン・ヴィオーラーベルの歩んだ歴史は普通の人間とは違う。

 それは、自分が魔術と似たような力を持ちながらも、殺人に強い関心を持っていなかったからだ。



 そして、時が何十年か過ぎ、人生の転機とも呼べる事件が起こった。

 事件の名は『通り魔殺人』―――夜な夜な刃物で裏路地を歩く人間を無差別に殺しているらしい。

 既に、どこかへと消えた蛇のことも忘れかけたその日、自分は・・・自分の中のスイッチを切り替えた。



 コツコツと乾いた音を地面に響かせ、俺は夜の裏路地を歩く。

 こうしていれば、件の通り魔に接触出来ると考えたからだ。

 街には誰も居ない、音すらしない、そう、ここにいるのは立ち止まり、笑う自分と・・・格好の獲物を見つけた通り魔。



 まずは、右手。

 一瞬で距離を詰め、俺は通り魔の右手を腐らせた。

 加減など出来ない。 元より、力の制御なども出来なかった。

 通り魔は呻く。 泣く。 叫ぶ。

 俺にとって・・・その演出過剰な感情表現が・・・逆にうざったいと思えた。



 次に、左手。

 次に、右足。

 次に、左足。



 触れた場所はジュクジュクと音を立て、焼け爛れた傷跡のように腐っていった。

 時間からして2時間が経ったか・・・触れた場所が完全に無くなるまで2時間かかった。

 今は―――午前3時。 夜明けまでまだ数時間あった。



 いや、鶏という動物は朝に敏感だ。

 なら、鶏が鳴く前までに・・・こいつをじっくりと腐らせていこう。



 アモン・ヴィオーラーベルの歩んだ歴史は普通の人間とは違う。

 それは、切り替わった人格が殺人を好む、単なる殺人鬼だったからだ。



 この力を手にし、更なる力の獲得の為、俺は魔術師や錬金術師の道を歩んだ。

 何かを得るとするならば、アトラスが良い。

 そこで、腐結の技能を得た。 石や木、鉄などを肉体の一部として腐らせた上で取り込み、血肉とする技術―――それが、腐結。

 歩む過程に於いて、アトラスの中でも随一の人間・シオン・・・俺は彼女が気に入らなかった。

 理由はわからない。 恐らくは人間の言葉で言う『生理的嫌悪』と言う奴だろう。だから、俺はアトラスを去るまで、彼女と接することはあまり無かった。



 アモン・ヴィオーラーベルの歩んだ歴史は普通の人間とは違う。

 それは、魔術を極めようとしながらも、錬金術の極意を身につけたからだ。



 異能に異能を重ね、俺は人間を捨てることにした。

 『死徒27祖』―――26番目が空位だったのを利用し、その座に着いた。



 次第に変わり始めたのはこの時からだったと言っても過言ではない。

 研究に研究を重ね、腐食を武器とし、身体とし、扱い、身体が老いれば『ソレ』を新たな部品として腐結しなおし、若い肉体を保ち続けた。

 そんなことを繰り返していたら、俺は本当に人間で無くなった。

 自分の元の姿さえ思い出せない、声も変わった。だが、コレのほうが都合がいい。 人間の記憶など必要なかったからだ。



 アモン・ヴィオーラーベルの人間としての歴史はここで終わった

 それは、彼が死徒としての道を歩み始めたからだ。



/3:しき



 シオンは容赦無しに弾丸を放つ。

 1発・2発・3発・4発・・・それらを全て受けなgらも、屍樹は肉体を修復し続けた。

「・・・ふむ、弾のキレはいい具合だ。これなら、再生時間を縮めることも出来るな・・・」

「さすがとでも言いましょうか・・・貴方の様な化け物を生み出したアトラスに同席した以上、私は貴方を始末しなければなりません―――これ以上、被害を増やすわけには行きませんからね」

「ククククク・・・」

「何か可笑しなことでも?」

「いや、君はあの時よりも勇敢になったものだと・・・感心しているのさ」

 屍樹は笑い、近くにあった大木を右手で貫いた!

「!」

「なぁに・・・痛みはしない・・・腐結で君を取りこんでしまえば、アトラスの知識、高速分割思考などあの時では得られなかった知識が手に入るからな」

 大木と屍樹の右手が一体化し、大きな爪を持った灰色の手となる。

「落ちこぼれの貴方に私を取り込めるとでも?」

「ああ、出来るとも」

 屍樹はそのまま右手を振るった!大きな快音と共に地面が抉れる!

(やはり、避けたか・・・)

(だが、みすみす見逃すわけには行かない)

(それでこそ、アトラスの娘・・・)

(コロセ、アトラスヲコロセ!)

(イマ、ヤレネバマイソウシャガモドッテクルゾ!)

 屍樹の頭の中で複数の思考が同時に言葉を発する。

「はっ!」

 シオンは上空に飛び、バレル・レプリカを構えた!

「馬鹿め! 上空から俺を狙い撃ちに出来ると思ったか!」

「ええ、出来ます」

 シオンを目掛け、右手が彼女を捉えたと同時に・・・屍樹の右手の大木部分が複数に『分割』された。その数、9つ。

「ぐぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 屍樹の右方向にはナイフを持った青年が居た。紺色のジャケットを着た男だ。

「大丈夫か、シオン!?」

「ええ、私は何ら傷を負っていません。ですが、気をつけてください・・・」

 青年は屍樹を見た。 九つに分解された腕が当たりに散らばっている光景は見るに耐えない。

「貴様が・・・志貴か・・・偶然だな、俺も屍樹だ」

「屍樹・・・か・・・これで何人目だ?」

「それは私の知ることではありません」

 さらりと答えるシオン。

「ふん、埋葬者は居ないようだな。まぁ、居ようが居なかろうが役者が揃ったことには変わりない」

「そう言っていられるのも今の内だ―――大体の話は先輩から聞いた。お前、死徒なんだってな・・・ネロやワラキアと同じような・・・」

「ああ、そうとでも言っておこうか。だが、俺は人間として今は生きている。 27祖のような超越した知識も湧き上がる力も持っているが今は『人間』だ」

 屍樹はそう答えると外灯を圧し折り、右手と腐結させた。その姿はまるで槍を持つ騎士の様でもある。

「一撃で決めたいところだが・・・俺にも俺なりのやり方・楽しみ方・殺し方がある・・・すぐには終わらせないさ」

「いいや、一撃で終わらせてみせる!」

 志貴の踏み込みが屍樹との距離を詰める。その距離、10メートル。 卓越した身体能力を持つ者ならモノの数歩で縮められる。 だが、相手は大きな外灯を武器にした死徒である。

「はぁっ!」

 ナイフの一閃―――鋭い三日月にも似たその斬撃は、街頭を真っ二つに分断しただけに過ぎなかった。

「ちっ!」

「俺の攻撃が『コレ』だけだと思ったか?」

「!?」

 志貴は辺りを見回す。 真っ二つにした外灯に挟まれている自分が居る。目の前には屍樹。両サイドには真っ二つに枝分かれした外灯がある。

「志貴、援護します!」

 シオンのバレル・レプリカが火を吹く!

 響く銃音、外灯を貫く弾丸の数・数・数―――時折、リロードしながらも続けざまに発砲を繰り返す。だが、それは効果の無い連射だった。

「・・・アトラスの娘は人間の生活に触れて、少し直情的になったか・・・アトラスに居た頃の冷静さはどこへ捨てた?」

「それは今でも持っています。 『直情的』だなんて言う戯言は口にしないほうが良いですよ・・・」

 休まずに続けて発砲するが、屍樹の身体に変化は無い。撃たれた弾丸を全て飲み込んでいるからだ。

「ククク・・・それでは、前菜は終わりだ。メインディッシュに移ろうか」

 真っ二つの外灯の距離が少しずつ縮まり、志貴を挟み、動きを完全に封じる。

「がっ・・・し、しまった・・・」

「志貴! 何故、脱出しなかったのですか?」

「俺に聞くな。 俺だってわからないんだ・・・出ようとすればいつでも出られたはずなのに・・・」

「腐食の魔術の一つ―――『腐脈』。腐食の力を大地に這わせ、それに囚われた者の精気を吸い取り、俺の力へと還元する・・・所謂、『ドレイン』と呼ばれるものだ」

 『ドレイン』・・・主に『吸収』と呼ばれるソレは、魔術をたしなむ者なら常識とされるモノの一つ。

「驚きましたね・・・腐らせるだけではなく、吸収する術すら身につけていたとは・・・」

「埋葬者か・・・」

 闇夜から現れたシエル。 その手には黒鍵を持っている。

「ええ、遠野君の『治療』は今しがた終わったところです。・・・では、『あの時』の決着を付けさせてもらいましょうか・・・アモン・ヴィオーラーベル!」



 それは、今の時間から数日前遡った日のこと・・・

 志貴は路地裏に居た。



 路地裏・・・

 そこは、かつて、アルクェイドと出会った場所―――そこだけに流れる空気をその身で感じ取っていた。

「・・・?」

 わずかに流れる異質な空気・・・まるで、鋭利な刃物の先端を首筋に押し付けられているような・・・感覚。

「誰だ・・・そこにいるのは!」

 叫ぶ。 辺りを見回し、気配を探ろうとすると同時に愛用している『七夜』と刻まれたナイフを取り出す。

(消えた・・・? いや、どこかに居るはずだ・・・)

 気配を探り、辺りを注意深く見回す。何も無い、誰もいない、単なる路地裏だった・・・

「おかしいな・・・さっきまで変な感じだったのに・・・」

 首をかしげ、裏路地を後にする。

「ま、いいか・・・」

 そのまま、路地裏を出ようとした瞬間、『何か』に気づいた。

「・・・やっぱり、居たんだな」

「ああ、居たさ。 お前が遠野 志貴だな?」

 振り返る。 路地裏には一つの影。その影は人の形になると一人の男として現れた。

 鼠色のボサボサの髪に黒い斜視の瞳と黒いジャケット、右手には金色の目が刻まれた黒いグローブに黒のGパンとブーツを履いている出で立ちの男だった。顔の造りが自分と似ているから奇妙なことこの上ない。

「俺は亜紋 屍樹・・・魔術と錬金術を極めた・・・人間だ」

 鼻メガネをかけた男・屍樹が自分を紹介する。

「嘘をつくな。 お前からは死徒と同じような殺気が滲み出ている・・・俺のようにどこかが『ズレて』無い人間じゃなかったら騙されてたんだろうけどな」

「・・・ククク、いいねぇ・・・これが、遠野志貴の言葉って奴か・・・気に入った。 同じ名前を持つんだ―――お前を殺して俺が遠野 志貴になってやるよ」

「断らせてもらう。 同じように俺になりたがる人間も居たが・・・これ以上は厄介なんでね・・・」

 志貴はメガネを外し、愛用のナイフを取り出した。志貴の鋭い青い眼光が屍樹を捉える。

(奴の線は・・・頭部・右手首・左胸部・右ひざ・左足首を中心に全体に這うように伸びている・・・どういうことだ?)

 それを疑問に思いながらも志貴は突進してくる屍樹を避けた。

「それが噂に聞く・・・魔眼、か。面白いな・・・お前、人間の死が直視出来るんだろ? 俺がその力を手に入れたら向かう所に敵無しだ」

 少年の嬉しさを表現するかのように笑う屍樹。続けてこう言った。

「お前のことは蛇から聞いているよ。極東で果てたネロも・・・蛇もお前に殺されたんじゃ、浮かばれやしない」

「?―――どういうことだ?」

 志貴が疑問を投げかける。

「俺はな・・・触れたモノを腐らせ、取り込む『腐食』の力を持っている。例えば、石をこの右手で掴めば手は石の様に硬くなる」

「!?」

 鋭く射出されたミサイルが如くのスピードの右ストレートが志貴の頬を掠めた。

「なっ・・・速い・・・!」

「速いだけじゃないさ。 今の一撃、当たればお前は『あの壁』と同じ末路を辿っていたんだぜ?」

 志貴が後ろを見ると減り込み、抉れた壁の姿がそこにあった。僅かに軸をずらして避けたものの、後0.1秒、判断が遅れていたら自分はあの壁同様、ひき肉にされていたのかもしれなかった。

 一歩後退し、路地裏を出ようと考える。相手が死徒ならば日光の直射で力を半減出来ると考えたからだ。

「無駄だ・・・」

 屍樹が右手を放り投げるようにして振り上げると路地裏の天井が溶け始めた。

「ちっ・・・『斬れる』か」

 路地裏の天井の腐食部分を直視するが・・・

(線が無い!? いや、どんなモノにでも線と点は存在しているはず!)

 やがて、腐食部分は牢屋の檻のような形になり地面と腐結した。


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