月姫SS
時刻は午後10時半
志貴は恒例になっている宴会を終えてベットに屍のように倒れていた
酒の入った秋葉と、最近酒が入ると性格が変わる翡翠の二人に挟まれて拷問ともいえる時間を過ごした
秋葉は家に帰ってくるなり部屋で休んでいる志貴を呼んであれこれと愚痴をこぼ・・・もとい小言を言い出した
その一言一言に普通の人間では耐えられないくらいの殺気が込められている上に背後からはそれと同等以上の殺気が放たれていたのだ
そして琥珀は志貴にぴったりとくっつき秋葉と翡翠に油を注ぐのに尽力をつくしていた
志貴は腕に当たる心地よい感触に頬を緩ませていたことが火災の拡大につながった
その後、宴会も終盤にさしかかったころ志貴はそっと地獄から抜け出して追加のつまみを作っている琥珀の元へ行った
そこで志貴は酒の勢いをかりて琥珀を背後から抱きしめた
それには驚いた琥珀だったが一番大切な人の温度を背中に感じる心地よさに時を忘れて酔いしれた
が
まあ当然というか当たり前というか忘れられた人たちに見つかった志貴は・・・・・
なんていうか
酷い目にあった
と、まあそういうことだ
琥珀と志貴の物語
第3話
志貴は酔いを醒ますために庭へ来ていた
10月の涼しい風が志貴を包む
目の前の森の木々からは葉の擦れ合う音がする
志貴はぼんやりとそれらを聞きながら歩いていた
――――――突然、心臓が爆ぜる
志貴は本能に従って後ろに跳ぶ
一瞬、いや半瞬前まで志貴の体が在った場所に黒い影が飛び出してきた
「な・・・」
志貴の目の前には普通の犬よりも二回りほどでかい犬のようなものがいた
「犬?・・・いや狼か?」
それは牙をむき出しにして赤い、猟奇的な瞳が夜の闇の中で輝いている
その時、志貴の中に流れる七夜の血が騒ぎ始めた
コレハ、フツウジャナイ
コロセ、コロセコロセコロセコロセコロセ・・・・・・コロサナケレバ・・・ヤラレル
七夜が志貴に言う
志貴はポケットにある「七つ夜」を取り出して構える
眼鏡をはずして「線」を見ながら体重を落とす
後ろには遠野の屋敷
そこには守らなければならないものがある。逃げるわけには行かない
志貴は黒い獣を睨む
「・・・・」
そして
月光が降り注ぐ中
二つの影が弾かれたように跳んだ
「ぐぅっ!」
肩に痛みが走る
だが志貴はそれにかまわずに獣に集中する
それは一気に唸り声を上げながら飛びかかってきた
志貴は思わず笑みを浮かべた
(愚かな)
戦いの中で空中に跳ぶのは極力避けなければならない
重力に支配されている以上、一度跳べば翼でもない限りその軌道は簡単に読める
そして着地する時も隙ができる
確実に仕留められる時以外は避けなければならない
その愚をこいつは犯した
志貴は体を低くして獣を迎え撃つ
それは明らかに跳びすぎていた。このままいけば志貴を飛び越すほどに
すれちがう瞬間、志貴は七つ夜を「線」に向けて滑らせた
月の光を受けて輝く七つ夜は寸分の狂いもなく正確に「線」をなぞった
どさっ
重量のある音と共に志貴の横に獣が落ちる
それは少しの間痙攣したように見えたが音もなく霧散していった
「・・・・」
志貴は眼鏡を掛けて七つ夜を下ろす
肩の傷を見てみる。痛みはあるがそこまで酷いものではないので安心した
とりあえず大切なものを守る事ができた
そう思って志貴は安堵の表情を浮かべる
だが七夜が治まりかけたとき頭上から声をかけられた
「ふーん、あなた結構強いのね」
「!!」
志貴はとっさに七つ夜を構えて振り返る
「あ、わたしは敵じゃないから安心して」
そこには一人の女性がいた
肩口までの金の髪に純白の服
闇に映える赤い瞳が志貴に降り注ぐ
「・・・・」
「あなた普通の人間でしょ?それなのによくあの使い魔を倒せたわね」
ひょい、と降りてきた
「・・・何の用だ?」
「別に何も。ただ取り逃がした使い魔を追ってきたらここについて、そしたらあなたと戦ってるじゃない
普通の人はあんなのを相手に戦うなんて選択肢は浮かばないのに。
それにあっさり倒しちゃうもんだから興味本位でちょっと話しかけてみたってわけ」
「そのナイフ、なんか特別な力でも施してあるの?切っただけで消滅させるんだもの」
その声は確かに志貴を射程に捕らえていたが志貴には聞こえていなかった
自分の中の何かが叫ぶ
「―――」
声にならずに息だけが吐き出される
熱い。体が燃えるように熱い
この女はさっきから何を言っている?
うるさい
オレに話しかけるな
あ、ああぁぁああ・・・・
コレハ、コイツハ
ソウダ。コロセ、コロセコロセコロセコロセ・・・・
コイツハ・・・テキダ
テキダ、テキハコロセ
志貴は朦朧とした意識の中にいた
何か夢でも見ているような感覚だった
志貴は七つ夜を構える
澄んだ蒼い瞳で敵を見る
奴は油断している
今なら確実に仕留められる
ためらうな
殺せ
殺せ
殺せ
そして一歩を踏み出そうとした瞬間遠くから声が聞こえてきた
普通なら聞こえてきたとしても無視して目の前の標的を殺していただろう
だがその声は志貴にとって一番大切な人の声だった
その結果、志貴は止まった
「あれ?人が来る。じゃ、私は帰るから。そんじゃねー」
そういうと白い影は森の中に消えていった
「・・・・」
志貴はがくりと地面に膝をついた
「志貴さーん、どこですかー?」
屋敷の方から最愛の人の心配そうな声が聞こえる
志貴は琥珀に心配を掛けまいと頭を振って立つ
七つ夜に付いた血を拭ってポケットにしまう
そして一度深呼吸をし、呼吸を整えると志貴はその場を離れた
玄関をそっと開けて入る
なるべく音を立てないように階段を一歩一歩上がっていく
琥珀を探そうかと思ったがこのかっこじゃ心配させるのは目に見えていたので着替えてからにすることにした
志貴は廊下も用心しながら歩いて部屋に転がり込んだ
「はあ、はあ・・・とりあえず、着替えなくちゃ」
志貴はそう言って歩き出した瞬間、眩暈が襲ってきた
「あれ?おかしいな・・・傷は深くないし、血だってそんなに出てないのに」
だが志貴は床に崩れ落ちる
それを何とかベットに手を付いて耐えるが結局は床に座りベットに寄りかかる
「はあ、はあ・・・なんだ?なんでこんな事に・・・」
志貴はぼんやりとした頭で考える
頭が酷く痛む
いつからだろうか
それは・・・
ふと視界に血のにじんだ肩が入る
「あ・・・ベットに寄りかかってるとシーツに染みができるじゃないか。そしたら翡翠にばれるよな・・・」
なんて言い訳しよう・・・
志貴はそんなことを考えていた
コンコン
突然扉を叩く音が耳に入った
「志貴さん?いるんですか?」
それは琥珀だった
まずい
この格好を見られるのはまずい
「・・・」
黙すべきか否か
志貴はない知恵振り絞って考える
だが志貴の意思とは関係なく喉は音を上げる
「ぐっ・・・はあ、はあ・・・・」
志貴は激しい頭痛に耐えようと口に手を当てた
「志貴さん!?どうかなさったのですか!?」
だが琥珀はそれを聞き逃さなかったのだろう
勢いよくドアを開けて入ってきた
部屋に入った琥珀の目に飛び込んできたのは肩から血を流して苦しそうに床に座っている志貴の姿だった
「志貴さん!?どうしたんですか、志貴さん!?」
琥珀はパニックに陥って志貴に駆け寄る
「ああ、なんでもないよ琥珀さん」
志貴はぎこちない笑顔を浮かべて言った
「志貴さん、志貴さん。なんで、どうして・・・」
琥珀は涙をぽろぽろとこぼしながら志貴に抱きつく
「あ・・・・」
志貴は琥珀の涙を見た瞬間いままであれだけ酷かった頭痛が消えた事に気付いた
「志貴さん、いやです。死なないでください!志貴さん、志貴さん・・・」
琥珀は志貴に抱きついたまま泣いていた。まるで何かを恐れているかのように
志貴はそんな琥珀をやさしく抱きしめた
落ち着かせるように髪を撫でながらずっと抱きしめていた
5分近くたって志貴は琥珀を解放した
琥珀は夢を見ているような表情から一転険しい表情になった
「志貴さん!何をしてたんですかっ」
「いや、ちょっと・・・」
「はあ、とりあえず傷を見せてください。さあ服を脱いで」
「あ、もう血は止まってるから大丈夫だよ」
なんでもないように志貴は笑って言った
「だめですっ!傷口が化膿したりばい菌が入ったりしたらいけません!
とにかくお薬を持ってきますから動かないでくださいね!」
琥珀はそういうと部屋をダッシュで出ていった
その後
志貴は傷口の洗浄に始まりありとあらゆる治療を受けた
さすがに包帯でぐるぐる巻きにされそうになった時には激しく遠慮した
そして今『治療』の一つを終えた志貴は琥珀とベットの中にいた
ちなみに二人は何も身に付けてはいない
ちなみにこの『治療』には2時間ほど費やした
ちなみにこの『治療』はかなりの体力を消費する
ちなみに志貴はまだまだイケイケだ
兎に角、治療がひと段落着いたところで志貴と琥珀はいちゃいちゃしていた
「本当にあの時は心臓が止まるかと思いました」
「あー、その・・ごめん」
「志貴さんったら血だらけで倒れているんですもの」
「いや、血だらけって別にそんなに出てなかったと思ったけど」
「その時はそう思ったんです!本当にびっくりしちゃって慌てちゃって・・・」
「あー、あのときの琥珀さんはほんとに慌ててたよね」
「だって、志貴さんが死んじゃうんじゃないかって思って・・・ほんとに志貴さんが消えちゃうんじゃないかと思って」
琥珀はそのときのことを思い出したのか悲しそうな、今にも泣き出しそうな顔をしていた
「置いてかれちゃうんじゃないかと不安で不安で・・・」
志貴は琥珀の不安を和らげるように抱きしめる
「ごめん、琥珀さん」
琥珀は不安そうな表情で志貴に問い掛ける
「志貴さんは・・・私を置いていきませんよね?私を一人にして何処かへ行ったりしませんよね?」
琥珀は恐れている
初めて手にしたこの幸せが消えてしまうことを
今感じているぬくもりが感じられなくなる事を
志貴がどこか手の届かない所に行ってしまう事を
なにより志貴が消えることを
そんな事を考えるだけでも震えが止まらない
これはなんなのか
不安か、恐怖か、それとも寂哀か
わからない
わからないから考える
考えるとぐるぐると頭の中を嫌な考えが回る
いやだ、志貴さん。一人にしないでください
琥珀は、琥珀は、耐えられないです
琥珀は震えていた。
不安で
恐怖で
それに耐えられずに再度志貴に尋ねる
「志貴さんは・・・わたしを置いていきませんよね?どこへ行っても帰ってきてくれますよね?」
志貴は琥珀を包んでいる腕の力を強めて答えた
「俺は、ここにいる。
琥珀さんのそばに
どこかへ行く事があっても
必ず琥珀さんのところへ戻ってくる
俺の居場所はここだから
琥珀さんに迷惑をかけたり
泣かせちゃう事もあるかもしれない
でも琥珀さんを一人には絶対にしない
それは約束とかじゃなくて俺がそうする
俺は琥珀さんを守るから
だから心配はしないで、琥珀さん」
そう言って志貴は琥珀を抱きしめる
さっきよりも想いを込めて
琥珀は志貴の言葉に顔中涙でぐしゃぐしゃにする
ちからいっぱい志貴に抱きつき泣きじゃくる
うれしくて
しあわせで
涙が止まらない
「琥珀さん、泣かないでよ・・」
「泣かせるのは・・ぐすっ・・志貴さんです・・あんなこと言われたら・・・誰だって泣いちゃいます
あんな不意打ち、やっぱり志貴さんは、極悪人ですっ・・」
志貴は琥珀の顔を上に向かせてキスをした
それは想いを込めた
二人で築く物語
未来の、共に歩む長い、長い道を照らす
二人だけの物語に終わりは当分来ない
終わりが来るまで二人は肩を並べて歩く
時々立ち止まって振り返ったりするが後ろに戻る事はない
それは琥珀と志貴の物語なのだから
物語は
今も続いている
これからもずっと、ずっとどこまでも・・・・
あとがき
えー、別に終わりじゃありません
話はまだ続くんで
そこんとこよろしく