月姫 SS
早朝
眼鏡を掛けた少年、遠野志貴は庭の大きな木の前にいた
「ここで琥珀さんからもらったんだよな」
そう一人でつぶやいた
遠野の家を出て、有馬の家に預けられる
そうして屋敷を出る時
いつも窓際にたたずんでいた少女が志貴に近づいてきて言った
ここで志貴は
「貸してあげるから、返してね」
と言われ、リボンを受け取った
あれから8年
志貴はその約束を果たすために遠野の屋敷に戻ってきた
あれから一年が過ぎた
琥珀と志貴の物語
一年前、志貴は遠野家に帰ってきた時から色々なことが起きた
まず普通とはいえない体験をしてきた
内容は・・・まあ色々。あんまり言いたくないし思い出したくない
いろいろあったが琥珀と志貴は恋人になった
そしてあの事件以降、琥珀は屋敷を出て行った
その間志貴は恋人にふさわしくない、と言われないためにずぼらな生活を改善した
朝は翡翠が起こしに来る前には起床し(そのせいで翡翠の楽しみがなくなってしまったのだが)
テーブルマナーも身に付け文武に勤しんだ
そのため成績はうなぎのぼりに上昇し
この前の模試では一流国立大のA判定をもらうほどにまでなった
志貴は心身ともに充実した生活を送っていた
もちろん本音では琥珀に会えなくて寂しいのだがそんなことを気にしてることがばれて情けないと思われないように努力した
結果として志貴は成長した
琥珀としては週末に帰ってくると前よりたくましくなっている志貴を見ることがうれしいかぎりなのだが
・・・・・
琥珀にとって非常に複雑な問題があった
そう
遠野志貴はかっこよくなりすぎたのだ
もともと顔はよかった
だがそれに加えて勉強もかなりのレベルになり
運動能力も高く
毎週末のデートのために雑誌などを読んでいるため流行にも詳しくなった
クラスの女子生徒いわく
「顔もいい、性格もいい、頭もいい、おまけに運動もできる。ほんと出来すぎなくらいだよ」
とかなんとか
おかげでその人気は学校にとどまらず近隣の町にまで及んでいた
当然、志貴にモーションを掛けてくる人が多くなった
まあ、国宝級の朴念仁は相変わらずなのだが琥珀としては安心してもいられなかった
その琥珀の最大の懸念は志貴のメイドであり、琥珀の双子の妹である翡翠であった
翡翠は琥珀と違い四六時中志貴の世話のためにいつもそばにいる
しかも翡翠の最大の欠点である料理もだんだんと腕を上げていまや食べても平気なほどにまで成長した
さらに翡翠は主人である遠野志貴のことが好きであった
「遠くの美人より近くの・・・」
まあ姉の琥珀の眼から見ても美人なのだが
なんせ琥珀は美人だしー・・・
ま、それは置いといて
とにかく琥珀はちょっと悩んでいた
「うーん、やっぱりこっちは涼しいですねー」
琥珀は駅から出てきて風を感じながら言った
今までいた信州の分家は秋にもなると涼しい、というより寒く感じる
夏は最高の環境なのだが冬はもお最悪
「さて、志貴さんは元気でしょうか?」
琥珀は恋人の顔を思い出していた
最近かなりかっこよくなった志貴はちょっとしたアイドル状態だ
町で声をかけられることもしばしばだとか
翡翠から届いた手紙にそう記してあり、さらには
「志貴さまはそういった自覚に欠けているんです」
と厳しいことを言われていた
琥珀はバッグを抱えなおして歩き出した
「はあ、今日はいいお天気です」
澄んだ秋の空を見上げながら琥珀は呟いた
少し、ゆっくりとした速度で歩いていた琥珀は学校が目に入った
そこは志貴の通っている高校であった
「志貴さん頑張っているでしょうか」
時刻は昼過ぎ
どうやら午後の授業が始まっているらしく昼食時の喧騒は見られない
志貴の教室は中庭から見上げれば見える位置にあるのはわかっていた
だがそんなことをして志貴の授業の邪魔になってはまずい
だから琥珀は校門の前で我慢した
「さてと、いつまでもこんなところにいるわけにもいきませんし」
そういって琥珀はまた歩き出した
「よお、遠野。相変わらずお早い出勤で」
「うるさい黙れ。お前が遅いんだよ」
ここは志貴の教室
悪友乾有彦が志貴の前にやってきた
まあ卒業と受験を間近に控えたこの時期にそうそうサボってばかりもいられないのだろう
もっとも受験は関係なさそうだが
「それより今朝のニュース見たか?」
「お前、それは嫌がらせか。家にテレビがないのは知ってるだろ」
「ああ、そうだったな。あははは!」
ごすっ!!
とりあえず机に突っ伏したまま有彦は続けた
「な、なにしやがる・・・」
「気にすんな。それで?ニュースがどうしたって」
「ああ、それなんだが・・・」
有彦はもう復活していた
シエル先輩を髣髴とさせる回復力だった
「またさ、なんか吸血鬼が出たとかなんとかいってさ。それも前と同じように血だけ吸われてるらしいぜ。」
「・・・・」
「そんでさ、なんでも死亡推定時刻が昼間だって言う話で
ほら、今までの奴は夜に犯行があったからホントに吸血鬼って感じがしてたんだけどな
こんどの犯行は昼間だもんなー」
「・・・・」
「おい、なんか反応しろよ面白くない奴だな」
「べつにどっかのイカレがやったんじゃねえの」
「はー、夢のない奴だぜ」
ちょうど授業が始まり有彦は離れていった
「・・・・」
有彦の前では興味なさそうに聞いていたが志貴の心中は穏やかではなかった
ハンコウハヒルマ
志貴は有彦の言葉が頭から離れなかった
不意に頭に琥珀の顔が浮かんだ
琥珀が帰ってくるのは金曜の午後か土曜の午前中と決まっていた
今年から土日が休みだから土曜日は迎えにいけるのだが金曜日は行けない
本音では授業なんて放り出して迎えに行きたいのだが・・・
頭の中に琥珀が吸血鬼に襲われている光景が浮かんだ
(馬鹿な考えはよせ。何考えているんだ今は授業中だろ)
志貴は頭を振って黒板を見た
志貴はかなり不安を募らせていた
そのころ
琥珀はとぼとぼと一人、人通りの少ない道を歩いていた
「なんか今日はあまり人がいませんねー。なんかあるんでしょうか」
歩いているのは琥珀を除くとサラリーマンらしき男性が一人
背広を着た男二人組がいて、あとは警察官が一人いた
女性にいたっては一人もいない
これは前日の吸血鬼騒ぎの影響なのだがもちろんそんなことを知る由もない琥珀
首を傾げながら歩いていた
ふと気がつくと周りにはだれもいなかった
遠くからは車の音や喋り声が聞こえるのだが琥珀の周りには一人もいなかった
これには少し気味が悪くなったのか琥珀はすこし早く歩き出した
「なんか嫌な感じですねー」
そう呟いていた
彼女の後ろと前から
人影が近づいていることも知らずに・・・・
あとがき