キィン。
公園に無機質な音が木霊する。
乾いた金属音。
その後にすぐやってくる爆音。
ドゴォォォォォ。
その音の主。
『復讐騎』エンハウンスの駆る、『魔剣アヴェンジャー』。
その巨大な剣の攻撃は、すさまじい。
街路樹を横に両断し、
街路灯は、衝撃で上から折れ、叩き潰されている。
その攻撃を受けてしまったモノは、例外なく『破壊』される。
だが、
遠野志貴は冷静だった。
ここにきて彼は、まだ一つの傷も負っていない。
「―――。志貴、すごい……。いつの間に…」
こんなに強くなったのだろう。
茂みに退避しているアルクェイドは感心していた。
以前の遠野志貴も、確かに強かった。
だがそれは、『直死の魔眼』を有していたところが大きい。
志貴自身の強さは、
ネロ・カオスの獣に、奇襲を阻止されたところからみても、容易に推し量れた。
だが、今は違う。
27祖のなかでも間違いなく、随一の戦闘経験を誇る『復讐騎』エンハウンス。
戦い始めて1年も経っていない遠野志貴が、
その相手と、互角に渡り合っている。
「やるな。」
エンハウンスもアルクェイド同様、感心していた。
――コイツ、見た目は貧弱そのものだが、
危険を察知する能力。
卓越した体術。
なかなかだ。
魔眼だけではない。
コイツの動きには、
積み重ねてきた地道な研鑚を感じる。
退魔の家系……か。
「…おまえ、強いな。
一体、何者なんだ。」
攻撃を一旦やめるエンハウンス。
「…俺は遠野志貴。ただの学生だ。」
「ハッ!!」
エンハウンスは笑う。
「ただの学生ね……。その学生さんは今、吸血鬼と戦っていて、
身のこなしも、移動するスピードも、ほぼ互角ときている。
そんな人間、世界にどれ位いると思っているんだ?」
「……おしゃべりなやつだな。
俺は早く、アルクェイドと映画を見に行きたいんだ。
オマエを片付けてな。」
「調子に乗るんじゃねえぞ。小僧。」
エンハウンスは再び、魔剣を構える。
「…オマエは俺には勝てねえよ。
わかっているはずだ。おまえの得物では、おれのには勝てない。」
志貴は、わかっていた。
いくら『七つ夜』が業物でも、あの魔剣を正面から受けきることは不可能。
ならば、奴の間合いに飛び込み、一撃で仕留めるしかない。
だが……
「賢明なおまえなら、わかっていると思うが……、
間合いには入れねえよ。」
見透かしたようにエンハウンスはいう。
そう。奴の戦闘技術はホンモノだ。
奴の経験値と、俺のそれとでは格段の違いがある。
間合いに入った瞬間、俺は魔剣の餌食となるだろう。
絶望の色が、深くなる。
―――。時刻はすでに夜10時。
夜の闇と、月の光が、
死闘の舞台。
戦場。
そこで睨みあう男二人。
しばしの沈黙。
それを破ったのは彼女の声だった。
「―――。志貴。逃げて。」
金色の魔眼を見開いた、アルクェイドの姿があった。
――爪が伸びている。完全に戦闘態勢だ。
「――!! ばッ馬鹿野郎!そこから出ちゃダメだ!!」
「志貴、逃げて。ダメよ。あなたじゃエンハウンスには敵わない。
アイツの身体能力は、あなたとほぼ互角。
ならば、武器の性能の高いほうが勝つ。」
「―― !!だからって、おまえが戦ったら元も子もな……」
「志貴……。あなたが死ぬのを、先に見るのは嫌。
言ったじゃない。『死ぬときは2人で逝こう』って。
約束やぶったらダメだよ……。」
微笑むアルクェイド。
「構わないでしょ。エンハウンス。」
「……。俺は最初から、アンタの首が目的だ。異議はねえよ。」
エンハウンスの前に進みでるアルクェイド。
―――。
ダメだ。
ダメだ。ダメだ。
ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。ダメだ。
――アルクェイドは死ぬ気だ。
――あんな状態じゃ、間違いなくエンハウンスに殺される。
――ロアの時と同じ様に。
――俺の目の前で。
―― 一人で、勝手に戦って、勝手に死ぬ。
――そんなの、もう、ゴメンだ。
アルクェイドの肩を掴む。
「志貴!?」
「その手には、もう引っかかんないぞ……。バカ女!!」
ドン!!
「キャッ!!」
俺はアルクェイドを、茂みに再び突き飛ばしていた。
「―――!!志貴!!何するのよっ!!」
アルクェイドは怒っていた。
負けないように、言い返す。
「下がっていろって言っただろ。
おまえこそ、約束やぶるなよ。そこでおとなしくしてろ。」
「っ志貴のバカ!!……アイツ強いっていっているでしょ!!
志貴死んじゃうよ!!アイツの力は、ネロやロアの比じゃないのよ!!
それに……」
アルクェイド。
「大丈夫。勝てるさ。」
俺の決意は、かわらない。
「……。本当に?」
「ああ。」
「本当に本当?」
「勝機はある。倒す。」
「……。」
アルクェイドはしばらく黙っていた。
そして口を開く。
「……わかったわ。私、志貴を信じる。
でも、……もし死んだら、八つ裂きにして殺しちゃうからね……。」
「…おまえ、言っていることが矛盾しているぞ。」
アルクェイドは、しぶしぶ了承してくれた。
さっきまでの絶望感は、もうない。
「……おい。」
敵は、待ちくたびれている。
「夫婦漫才は、そこまでにしてくれないか?」
「……ああ、待たせたな。
―――。決着つけようぜ……。エンハウンス……!!」
意を決する。
もう後戻りはできない。
「決着か……。ハッ。短い付き合いだったな。遠野志貴!!」
奴が動いた。
「どっちが!!」
俺も動く。
最初の一撃。
奴の魔剣アヴェンジャーが頭をかすめる。
奴の鋭い斬撃を、俺の体は的確にかわす。
――。いや、むしろかわすというより、
奴の斬撃がどこにくるか、『わかる』。
いつ、どんなタイミングでくるか、『わかる』。
第二撃は上方斜め右。真横に紙一重でかわす。
次は下方。足を狙ってくる。
手をついて跳ぶ。
退魔の血が、騒ぐ。
奴の斬撃が、『わかる』。
ヒューッという、奴の口笛が聞こえた。
奴のモーションがでかい。
いまだ。
奴の間合いに、はいった。
『死』。奴の点は脇腹にある。
そこを突けば……!!!!!!
『甘いな。』
奴は、笑った。
ズプリ……。
不気味な柔らかい感触。
気が付くと、俺の目の前には、
有り得ない形状。
血脈のように、奴の体を守る、魔剣アヴェンジャーの姿があった。
信じられない。
鉄をも両断する『剛』の剣は、
一瞬で、変幻自在の『柔』の盾になっていた。
最悪だ。
奴の『死』の点に、それが覆いかぶさっている!!
「惜しかったな。でもな、これが魔剣というものだ。
コイツ自身の超抜能力
第1形態『Seide(ザイデ)』。
冥土の土産におぼえておけ!!」
奴の蹴りが、俺のわき腹をヒットしたと同時に、
『剛』の魔剣アヴェンジャーが、再び轟音をかなでる。
奴の必殺の一撃だ。
ダメだ。
体勢が崩れた。逃げられない。
俺は、間違いなく、ここで死ぬ。
昔、遠い昔、襲った『死』。
またやってくる。
『死。』
そのとき、
『志貴―――――!!』
アルクェイドの声が、聞こえた。
――アイツは、普通の生活を、知らなかった。
――アイツは、普通の幸せを、知らなかった。
――アイツは、ただの機械だったから。
――アイツは、ただの人形だったから。
――アイツは、ただそれだけの存在。
違う。
アイツは、もう人形じゃない!!
アイツは、ワガママで、すぐ怒って、
そして、笑顔が似合う、普通の女の子。
アイツの笑顔、もう、誰にも奪わせない。
俺は咄嗟に、下に沈み、奴の一撃を回避した。
だが、右肩が裂かれた。
焼くような痛み。
それに構っていられない。
奴のトドメの一撃は、『振り』が大きい。
再び、懐に飛び込むことができた。
奴は驚く。
「味な真似を……!!
だが、ここまでだ。
魔剣アヴェンジャーがあるかぎり
俺の『死』の点はつけねえぜ?」
「どうかな。」
――刹那
ザクッ。
ガッ。
ブシュゥゥゥゥゥゥ。
飛び散る鮮血。
「…おまえ、自分の腕を……!!!!」
エンハウンスは驚愕していた。
遠野志貴は、左腕を、魔剣の鍔元に差し込んでいたのだ。
「……おまえの魔剣は、完全に体を包むわけじゃない。
攻撃に移る初動が遅くなるからな。
『鎧』ではなく、『盾』なんだ。
―――『盾』なら、奪える。」
差し込んだ腕を強引に振る。
ブチブチっという音とともに、
魔剣アヴェンジャーはエンハウンスの手から、とんでいった。
「……。大した奴だ。」
「……じゃあな。短い付き合いだったな。『復讐騎』。」
間髪いれずに、
エンハウンスの『死』の点を突く。
トス。
音もなく。
刀身は奴の脇腹にはいった。
そうして、
死徒27祖『復讐騎』エンハウンスは倒れた。
遠野志貴も、同時に意識を失った。
「―――。志貴。ねぇ。起きてよ、お願い……。志貴ぃぃ……。」
誰かがよんでいる。
頭が、酷く痛い。
目を開ける。
目の前には、涙で顔をクシャクシャにした、アルクェイドの姿があった。
魔眼殺しの眼鏡は、すでにかけてくれたらしい。
「―――。あっ……。」
「……もう。いくら呼んでもちっとも起きないんだもん。
本当に死んだかと思ったじゃない……。」
初めてみる、アルクェイドの泣き顔。
しかし、状況が良くつかめない。
俺は、エンハウンスの『死』の点をついた。
その時から、記憶がプッツリ途絶えてしまっている。
奴は、倒したのか……。
「アルクェイド……。奴は?」
俺の体は、公園の木によりかかっている。
ズキィ!!
「―――!!いっいてえぇぇぇぇ!!」
「ダメよ志貴!!あなた、肩はバックリ裂けているし、
左腕の傷は、骨まで達しているんだから!!
もう、吸血鬼でもないのに、無茶するから……。」
「しょうがないだろ。骨まで食い込ませて、がっちり固定しないと、
奴の魔剣は、とてもハラえなかった。」
「……。志貴ってホッントばかね。貧弱なくせに、
いっつもボロボロになって……。」
そう言うと、ようやく泣き止んだ目の前の『吸血姫』。
「エンハウンスは消えたわ。……すごいね、志貴。
いつの間に、あんなに強くなったの……。」
「……。敵の多いお姫様守るには、俺ももっと、強くならなきゃダメだからな。」
「……。〜〜〜〜〜っっっ!!志貴ぃぃ!!」
アルクェイドが、力一杯抱きついてきた。
しめつける豪腕。
「よっよせ!!っいってえぇぇぇ!!死ぬ!死ぬ!」
「うれしいよ〜!!志貴ぃぃ!!」
げにおそるべきは真祖の力。
ところで……。
「アルクェイド。」
「グスッ。なによ。」
「……。この、肩と腕に巻かれているガムテープ……。なんですか?」
「……応急処置。」
粘着テープで患部を巻く行為。
……。
「アルクェイド。」
チョイチョイと、彼女に手招きをする。
「なによ?」
耳をつけてくる彼女。
俺は、フルボリュームで叩き込んだ。
「っこの、バカ女ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!(本日2回目)」
「――!!っいったあい!!何するのよ!!志貴!!」
「何じゃないだろ!!聞きたいのはこっちだ!!
どうしてオマエは、いっつもそうなんだ!!」
「……。だって、急いで止血しないといけなかったし、
……いいじゃない!!とりあえず血は止まっているんだから。あはは……。」
ゴマかしたな。
大体、ガムテープ携帯するくらいっだたら、包帯の一つでも持ってろ。
「……まあ、この怪我じゃ当分動けそうにないな。」
「ムリしちゃダメよ。重傷だもん。妹よんでくるね。」
そういって、背を向けるアルクェイド。
秋葉、今ごろお冠だろうな。例によって、また門限守れなかった。
――――ゾクッ。
「なっ!!!!」
戦慄が走る。
「そんな……。なんで!?」
アルクェイドも気づいた。
「お目覚めか。遠野志貴。」
エンハウンスは、いた。
奴の体には、傷一つ付いていない。
バカな!!
奴の死の点は確かに突いた!!
消滅したんじゃなかったのか!?
奴は、不適に笑う。
「ハッ。幽霊でも見たような顔だな。
なあに、驚くなよ。ちょっとしたマジックさ。」
「エンハウンス……。まさかあなた、魔術を……!?」
「ご名答。
多少かじっている程度だけどな。同僚に教えてもらった。
空気中の水分をつかい、一瞬自分のダミーをつくるっていう術だ。」
「……。でもおかしいわ。吸血鬼の灰燼と水分の蒸発を見間違えるわけが……、まさかっ!!」
「そうだ。おれは既に、この公園に暗示を仕掛けておいた。
『水分子の蒸発に疑問を持たない』という、極々簡単なものさ。」
―――何て奴だ。
コイツは俺たちが公園に再び戻ってくることを予測して、
最初から、既に罠を仕掛けていたのか?!
「……志貴。どうやら私たち、アイツを甘くみすぎていたみたいね。」
「……。」
言葉もでない。
再びやってくる、絶望。
「それが、お前たちの1つ目のミスだ。2つ目はコレ。」
奴のコートの中から現れた銃。
十字の刻印が施され、幾何学的な装飾の銃。
「―――。それは!!」
「ホント、らしくねえな、姫君。
単純な暗示に引っかかった上に、
俺のもう一つの得物の存在を、すっかり忘れているとはな。」
見た目はショットガンだが、でかい。
最初の奴との対峙の際、チラッと見えていたモノ。
「アルクェイド……。何だあれは……?」
「―――。聖葬法典。シエルの第七聖典と同じ、教会側の概念武装よ。
シエルのは1対1のときが有効だけど。
あれは違う。
あれは、多数の死徒と戦うために創られた武器。威力は、ケタ違い……。」
「なに……」
ガコン。
奴が弾を装填する。
「そういうことだ。コイツでお前たちを、跡形もなく消し去るのは造作もないこと。
切り札は、最後に出したヤツが勝つ。」
「っくそ!!」
だから奴は、最初から、魔剣しか使わなかったのか。銃への警戒を削ぐために。
確実に、葬り去れる場所を創り、
確実に、葬り去れる武器で倒す。
これが、『復讐騎』エンハウンス――――――。
奴が銃を構える。
俺たちに、
もはや、逃れる術はなかった。
ここまでだ。
「……アルクェイド。わるい。もうダメみたいだ。」
「……うん。志貴。死ぬときは一緒だね。」
俺とアルクェイドは、
静かに、
最後の抱擁をかわした。
奴の指がトリガーにかかる。
「3つ目の敗因。
おまえら、処刑人と暗殺者のくせにな、甘チャン過ぎるんだよ……。
まあ、せめてもの情けだ。二人で逝きな。」
聖葬法典の銃口が光る。
終わった、と思った。
その時、
「そこまでです。」
キィンという透きとおるような金属音。
見ると、エンハウンスの首筋に、
見慣れた数本の黒鍵が、向けられている。
「先輩……!!」
「シエル……!!」
カソックを着た、いつかのシエル先輩がいた。
「てめえ、今ごろ何しにきた……。」
凄むエンハウンス。
「見てわからないんですか?止めにきたんです。
さっさと銃を収めてください。
トオノく……二人を害する者は、誰であろうと、全力をもって排除します。」
シエル先輩は、臆することなくそう言い切った。