月影。Act.2


メッセージ一覧

1: アラヤ式 (2003/05/29 16:57:00)[mokuseinozio at hotmail.com ]

――― 真祖ノ姫君ヲヤレ 。




「アンタ、正気で言っているのか?」

そう言って、腕を組んで、壁によりかかる男。

男の名は、『復讐騎』エンハウンス。

死徒27祖第18位にして、教会側について吸血鬼を狩る半人半死徒の魔人。

「……ふふ、なあに。今なら簡単なことさ。」

いぶかしげに答えるエンハウンスにも、臆することなく答える女。

女の名はナルバレック。吸血鬼狩りの総本山・埋葬機関『第1位』。




――ここはバチカン市国。法王庁直轄・埋葬機関本部の、ある一室での出来事。





「大体、そういう実力行使で、面倒くさいことは、メレムが専門だろ。」

「ヤツではだめだ。よりにもよって、その姫に目がないからな。」

ナルバレックは、忌々しげにため息をつく。

「ちがいねぇ。姫を知識・経済面でバックアップしているのは奴だしな。ハハハッ」

エンハウンスは、可笑しそうに笑った。

不意に、笑いをやめ、

「しかしよ、なんだって今、『白の姫君』を消さなくちゃいけねえんだ?
どう考えても、実質的に浄化しなきゃいけないのは、『白翼公』とかの腐れ死徒だろ?』

ナルバレックはずっと背を向けている。

そのまま語る。

「真祖は魔王になる可能性を秘めている。
ましてや『白の姫君』は、処刑人として特に戦闘に特化した個体だ。
それが魔王と化したとき、その被害は図り知れん。
情報によると、吸血衝動の押さえ込みで、かなり弱体化しているらしい。
禍根は潰せる内に潰さねばなるまい。」

「いままで、死徒退治にそれなりに貢献してくれていた『白の姫君』をねえ……。」

「我々が頼んでやってもらっていたわけではない。不服か?」

「いや。ただね……。」

「なんだ。」

「本当の理由は、ただアンタが『白の姫君』が嫌いだから。じゃないのか?」

ナルバレックが初めてエンハウンスの方に振り向く。



――― ニヤリ。



「……。アンタ、そんなんだから部下にものすごく嫌われるんだぜ?」

「そうね。だから『弓』も極東の地で、男に逃げちゃったのかしら。」

「シエルが?」

「ふふふ……。そうよ。そこには『白の姫君』がいる。そして『真祖の騎士』もね。」

「『真祖の騎士』……。例の『直死の魔眼』か……。」

エンハウンスも噂には聞いていた。

遠い極東の地で、2体の死徒が消滅した話を。

――体内に666の獣の因子を持つ『混沌』ネロ・カオス。

――転生術を駆使し、何度も現世によみがえる『アカシャの蛇』ミハイル・ロア・バルダムヨォン。

殲滅不可能といわれたこの死徒たちを滅ぼしたのは、

まだ10代の少年だったという。



――― ソノ者、物体ノ内包スル『死』ヲ読ミ取リ、

――― 物体ヲ完全二『コロス』


通り名は、『白の姫君』を守る『真祖の騎士』。



「……。ハッ。」

「どうやらこの仕事、引き受けてくれるみたいだな。」

「ああ、もちろんだ。アンタとの契約もある。
シエルにも会わないと、銃のメンテナンスできねぇしな。」

「結構。では近日中に日本へ向かってくれ。
支部には連絡を入れておこう。」

「ああ。」

エンハウンスは背をむけて、歩き出した。

不意にナルバレックが声をかける。

「神のご加護があらんことを。たのんだぞ『復讐騎』。」

キッと睨むエンハウンス。

「止せ。俺は、アンタがつけたその通り名が嫌いなんだ。
一番、大ッッ嫌いなのは吸血鬼だけどな。」

「……。おまえも、同じ吸血鬼だろうが。」

「……うるさい。
おれはな。
必ず、おれをこんな体にした、あの薄汚い血吸い共を一匹残らずブッ殺す。
真祖だろうが、死徒だろうが関係ない。」

「我々としても、そちらの方がありがたい。
健闘を祈る。」



エンハウンスは、埋葬機関を後にした。

タバコに火をつける。

「潰せるうちに潰せ……か。まあ、一理あるな。」

そう呟くと彼は、バチカン市国の夜の闇に消えていった。









「むはーっ!美味しかったー!!」

―某日・日本。

辺りはもう暗い。

夜の6時を回っただろうか。

俺とアルクェイドは夜の公園に戻っていた。

「しかしな……。アルクェイド。
よりによって、特盛ラーメンに挑戦するなんてな。」

あきれたようにつぶやく。

「いいじゃない。20分以内に食べられたんだから。」

「……でも、めちゃめちゃ目立っていたし、店のオヤジひいていたぞ。」

今日はアルクェイドとのデート。

映画を見れなかったお詫びに

アルクェイドにラーメンをおごった。

……それが間違いだった。

アルクェイドは、

テーブル半分くらいの大きさの『超特盛激辛スパイシーボルシチ風地中海ラーメン』を

大勢の客が見てる中、猫化して、

あっという間に平らげてしまった。

いつかのメシアンでの、暴走シエル先輩とデジャヴ。

「ハハ……。さっきまで、落ち込んでたのに、現金なお姫様だな。」

「なによ!わるいのは志貴の方じゃない!
あんな悲しい話するから、盛り上げようってがんばったんだから!」

「ワルイわるい。」

ぷぅっと膨れたアルクェイドの顔をみていると

思わず笑ってしまった。

コイツの笑顔、泣き顔、怒っている顔、

見ていて飽きない。

コイツは、

処刑役なんか、似合わない。

さて、腹ごなしも終わったし、

それじゃ、映画でも見に行くか、と口にだそうとした瞬間、




空気は、凍る。




「―――。アルクェイド。」

「わかってる。」

俺は、アルクェイドを自分の背後においた。


―ヒリヒリと迫る、近く、冷たい、『死』の感覚。

―いつかこれと同じような感覚をおぼえたときがあった。

幼少の頃、四季に殺されたとき。

ホテルで、ネロ・カオスと、初めて対峙したとき。

公園での、ロアとの死闘のとき。


それらの感覚と今は、ひどく似ている。


―― いる。

―― 俺たちに対する確かな殺意がいる。

―― どこだ。

―― ソイツはどこだ。

―― どこにいる。

俺は、隠し持っていた愛刀、『七つ夜』をかまえる。

あれ以来、使うことはないと思っていた。

しかし、俺はロアの残党を恐れて、アルクェイドと会うときは、常に携帯しておいていた。

「志貴……。」

アルクェイドが心配そうに呟く.

「大丈夫。おまえは手をだすなよ。今は結構つらいんだろ。
守ってやる。絶対。」

アルクェイドの吸血衝動は、夜が深まるにつれて高まる。

時刻は、夜七時になるところか。

辺りは、もう真っ暗だ。

しかも満月。

相手が死徒の場合、再生復元能力は最高潮。

アルクェイドは弱っている。

かなり不利な状況だ。

「…助太刀もダメだぞ。アルクェイド。
今は、力のすべてを、吸血衝動を抑える方にまわすんだ。」

「でも、志貴……。今感じるこの殺意、多分死徒だとおもうけど……
コイツの存在規模、大きい。
そんじゃそこらの死徒じゃないわよ。」

「まさか……」

「死徒27祖……。多分。間違いない……。」

以前、アルクェイドから聞いてはいた。

真祖の姫君と敵対する勢力の一つ。

吸血鬼の頂点。


―『死徒27祖』―


その中の一人が、いま、

この公園のどこかにいる。

ドクン。

ドクン。

ドクン。

長い静寂がつづく。

だが、

心臓の高ぶりが、とまらない。



「なんだ。ずいぶんと覇気がないな。」



―― !!!!!!!!!

不意に、後ろから声がした.

―な!!

―バカな!!

―そんな、バカな!!

―俺たちは、物音一つ聞き逃すまいと

―ずっと神経を配っていた!!

―そのはずなのに!!



その男は、

遠野志貴とアルクェイドの背後をとっていた。

「ナルバレックの情報は、正しかったみたいだな。」

赤いオーバーコート。

黒の手袋。

背中には大剣。

腰には、異形の銃。

ヤサぐれた印象の男は、ふてぶてしく、こう言った.

「おひさしぶり。姫君。」

「―――。エンハウンスソード。」

アルクェイドが答える。

「アルクェイド、アイツと知り合いなのか?」

「ええ。
たしか、ヨーロッパ東部での死徒殲滅のときだったかしら。
最も、話したこともないし、顔を合わせただけだけど。
彼はメレムと同じで、死徒でありながら、教会側について死徒を滅ぼしているの。」

エンハウンスも答える。

「姫君。勘違いするなよ。
俺は教会の犬じゃない。
ただ吸血鬼どもをブチ殺すのにちょうどいいから、組んでいるだけだ。」

「で、その『復讐騎』が、今ごろ私に何の用?」

アルクェイドが金色の瞳を輝かせる。

それにあわせるかのように、エンハウンスは背中から大剣を引き抜いた。

「わるいが……。消えてもらう。」

「あの性悪女に、何吹き込まれたか知らないけど……。
……本気みたいね。」

「ちょっと待て!!」

俺は二人の会話に割ってはいった。

「おい、エンハウンスとかいったな。
どういうことだよ……。
アルクェイドは、おまえたち、教会の手助けをしているんだぞ……。」

湧き上がる静かな怒り。

「ほう、おまえさんが『真祖の騎士』か。
……いい目しているな。
今にも殺されそうだ。」

奴は、からかうように言う。

それが余計に、頭に来る。

「……ふざけるなよ。アルクェイドは800年の間、
ずっと死徒と戦ってきたんだぞ……。それをなんで……。」

「ああ。おまえさんの言うとおりだ。
だがな、そんなことは、俺にとっちゃどうでもいいことだ。
真祖も所詮吸血鬼。滅ぼすべき敵であることに変わりはないんだよ。」

「…おまえは、ボロボロに弱っている女の子に、手をかけるのかよ……。」

奴は事も無げにこういった。

「そいつは女じゃねえ。
真祖っていうれっきとした怪物。
魔王や死徒を狩る為の、殺戮人形さ。
人形は、綻びがでているときに壊せってな。」

「テメエ!!!!」

許せない。

コイツは、許せない。

――コロセ。

――コロセ。

――コロセ。

七夜の血が、体中を沸騰させる。

コイツは八つ裂きでも生温い。

二度とそんな口が利けないように、完膚なきまでに消滅させてやる!!

「アルクェイド……。下がっていろ。
コイツは、俺が殺す。」

「ッダメよ!!
アイツはそんなに甘い相手じゃないわ。
彼は、いつも最前線で戦っている抹殺者。
戦闘経験なら、死徒随一よ!!
それに私は、あんなこと、言われたって平気よ……。
もう、慣れているし……。」

さびしそうな、アルクェイドの声。

俺は彼女に振り向いた。

「おまえはもう人形じゃない。
それは、俺が一番よく知っている。
……終わったら、映画見に行こうな。」

「……。わかったわ。無茶しちゃダメだよ。」

「まかせろ。」

アルクェイドは、茂みの方に退避した。

「……。話は終わったか?」

エンハウンスはすでに、

右手に大剣を構えている。

「邪魔するなら、お前を殺してもいいって言われている。
手加減はしないぜ。小僧。」

「―――手加減をしたら、アンタ死ぬよ。」

俺は、魔眼殺しのメガネをとる。

頭痛が走る。

世界の『線』がみえる。

『死』が、みえる。



――戦いは、始まった。


お互い間合いをとる。

一瞬の静寂。




刹那、夜の公園に火花が散った。


記事一覧へ戻る(I)