月影。Act.1


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1: アラヤ式 (2003/05/29 16:29:00)[mokuseinozio at hotmail.com ]

月。

この天体は、全てのものを魅了する。

すべてを飲み込んでしまいそうな、蒼い月。

怪しい光を放つその中に、男はいた。

「ナルバレックの野郎……。メンドウな仕事押し付けやがって。」

タバコを吹かしつつ、その男は吐き捨てるようにいった。

赤いオーバーコートに、黒の手袋。

背中には身の丈程もある大剣。

腰には、十字の刻印が施された異形の銃。

不精ヒゲをはやし、ヤサぐれた印象の男。

「しょうがねぇ。アノ性悪女との契約もあるしな。」

ぼやきながら男は、トンッとビルの屋上をとんだ。

家々の屋根を走り、駆け抜けていく。

それは、黒い閃光。

走りながら男はおもった。

かつて、この極東の地に派遣されてきた、埋葬機関の彼女のことを。

「―――。アイツが居ねえと、このポンコツがいうこときかねえんだよな……。」

腰の銃をチラッと見ながら、男は夜の闇を走る。

「…まぁ、一回ぐらいのガチンコには耐えてもらうぜ。」



その男、吸血鬼。

死徒27祖第18位



――『復讐騎』エンハウンス――


〜前十八位の祖を殺して新たにその座についた成り立て。エンハンスソードと蔑まれている。
 君主から奪った魔剣アヴェンジャーを右手に、教会製の銃である聖葬砲典を左手にとって、半人半死徒の

状態にある己の身を削りながら戦う男。教会とは、死徒撲滅という利害の一致で契約している。
 



戦いの幕は上がる――――。







「琥珀さん、俺の靴ドコ?」

「はい、右の棚の奥ですよー。」

「……まったく、ズボラですね、兄さんは!」

「志貴さま、コートをお持ちしました。」

「ありがと。翡翠」

日曜日。俺は唐突に映画を見に行くことになった。

ジャジャ馬お姫様のいつかの埋め合わせだが、詳しい経緯は省く。

「じゃあ、門限までには戻ってくるから。」

「…はい、兄さん。期待しないで待っていますわ。」

イヤミたっぷりにいう秋葉。

うっ…。キツイ一撃。確かにろくに守ったことはないのだが。

「ダメですよ秋葉さま。あまり釘を刺しちゃ。
これから志貴さんオ・タ・ノ・シ・ミなんですから。」

「ねっ姉さん!」

顔を赤らめる翡翠。

……それと、オタノシミってどういう意味っすか?琥珀サン。

「わかっています。私は兄さんがほんの少しばかり遅くなっても構いませんわ。
あのアーパー人外さんによろしくいってくださいな。兄・サ・ン。」

…髪アカイっすよ。秋葉サン。

「お2人とも、志貴様をからかうのはおやめください!」

――――。

今にも略奪+薬漬けにされかねないので、翡翠の後押しで、俺は屋敷をソソクサと出ることにした。

「志貴様、いってらっしゃいませ。」

翡翠がペコリとお辞儀をする。

「ああ、いってくるよ。2人によろしくいっておいて。」


いつも通りの喧騒。

いつも通りの日常。

そのなかに俺はいる。

―あの一連の通り魔殺人事件から、何ヶ月たっただろうか。

戦いの日々は終わった。

みんな毎日を、懸命に、それなりに過ごしている。


シエル先輩は、埋葬機関からの帰還の要請もなく、来年の春には高校卒業予定。

「遠野くんのおかげで私、不死じゃなくなりましたからね。あの性悪女も興味失せたんでしょう。」

先輩はカレーパンをたべながら、本当に、おかしそうに笑っていた。

なお、第7聖典のアップグレードは継続中だとか。


秋葉は、遠野の血に飲まれることもなく、「略奪」の能力をカンペキに使いこなしている。

…ただ、特に俺の外出に関して、その能力が発動されるのはカンベンしてもらいたい。

この前、晶ちゃんと会っていたときなんて、半径5m以内・赤主檻髪を喰らいそうになった。


琥珀さんは、前と変わらず、遠野常駐の医者と料理人をこなしてくれている。秋葉との仲も良好。

裏庭のチョッと怪しい植物たちも、色とりどりの花を咲かせている。

最近の彼女の笑顔は、本当に癒される。


翡翠も、整理整頓の守護神(対・琥珀さん)として活躍してくれている。

最近は、俺とお姫様の付き合いに何かとサポートしてくれている。

その代償として、『梅づくしフルコース』が待っているのは、言うまでもない。


そして……

「やっほー!志貴!」

そういって俺に抱きついてきたお姫様。

真祖の姫君。

アルクェイド・ブリュンスタッド。

現恋人。

無限転生者ロアとの死闘の後、かろうじて一命を取り留めた彼女。

しかし、高ぶった吸血衝動はなかなか抑えがたく、しばらくは会うことができなかった。

後に回復し、現在に至る。ただ―――

「どうしたの?志貴?」

アルクェイドはきょとんとしている。

「…アルクェイド、大丈夫か?今夜は結構辛いんだろ?」

そう言うと、彼女はフッと俯いてしまった。

ここ最近、彼女の衰弱が目立ってきた。体に変化が現れているわけではないが、原因はわかっている。

―吸血衝動。

―真祖であるかぎり、逃れられない宿命・業。

以前、シエル先輩と、埋葬機関第5位・自称ピーターパン(?)のメレム・ソロモンの協力を経て、

死徒第7位・腑海林アインナッシュを倒し、手に入れたアインナッシュの果実。

それを食べたアルクェイドは、しばらく3ヶ月の間は、全く血を欲しなかった。

俺も手放しで、そのことを喜んでいた。


――― アルクェイドと、もっと永く一緒に居られる ―――


…しかし、その反動だろうか。アルクェイドの容態はここにきて急変している。

この前は、あまりに抑えがたい吸血衝動のため、アパートの家財をグチャグチャに破壊していた。

夢魔レンによばれた俺が、駆けつけたときには、

アルクェイドは散乱した部屋の真中で、

泣いていた。

――ゴメン、志貴。私もうダメかもしれない。もう、なにがなんだかわからなくて……

その時、俺はアルクェイドを、ただ抱きしめることしかできなかった……。






――「大丈夫よ!」

突然、顔をあげて彼女は言った。

「アルク…」

「大丈夫。今は、力の大半を吸血衝動を抑えるのにまわしているから。」

「でも…」

「大丈夫だって!確かに夜の満月の時は、吸血衝動も高ぶるけど、同時に私の潜在能力も最高潮になるの。

なんとか抑えてみせるわ。それに、今日のデートたのしみにしてたんだから!」

彼女は笑った。弱々しくて、儚げで、今にも消えそうな笑顔。

でも、精一杯、俺に見せてくれる笑顔。


その笑顔、失いたくない。


「アルクェイド…」

「えっ?志貴?っきゃっ!!」

いつのまにか、アルクェイドを、力強く抱きしめていた。

「ちょっちょっと、志貴!?」

「…アルクェイド。万が一、もし、万が一おまえが吸血衝動に負けそうなときは……」

「だっだから、大丈夫っていってるじゃ…」

「――――。」

「俺が……おまえをコロしてやる。」






――昼下がりの公園。

抱きあったままの二人。

アルクェイドはただ、震えていた。

俺は、こんなことはいいたくなかった。

いつか、言わなくてはいけないことだ。

避けて通ることは、できない。

俺は、再び口を開いた。

「たぶん、本気のおまえには、シエル先輩も、秋葉も、誰も敵わないだろう。
そうなったら、俺が止めてやるしかない。」

彼女は震えたまま。

俺は言葉を続ける。

「俺しかおまえはコロせない。でもアルクェイド、おまえを一人には絶対にしない。」

俺は、精一杯の笑顔で彼女に微笑んだ。

「死ぬときは、一緒に逝こうな。」



そして、

「…志貴の馬鹿。」

アルクェイドが顔をあげる。

「私すんごく強いのよ。いくら殺人貴でも、ワタシ、瞬殺しちゃうんだから。」

涙目で、そして笑顔で彼女は言った.

「…知っているよ。負けないように頑張る。」

「志貴。」

「んっ?」

「…ありがとう」

時間は、そのまま止まっていた。

アルクェイドと二人。

ずっとこのまま、抱き合っていたかった。



―いつのまにか、時計の針は午後3時をさしている。


公園には、ただ、2つの人影があった。

抱き合ってそのままだった俺たちは、映画の開始時刻が過ぎていることに気がついた。

「あっー!!やばい!もう映画はじまっちゃってるよ!!」

あわてる俺。

「えーっ!!…うそっ!もう、志貴のばかばかばかばかばかばか…」

子供みたいに怒るアルクェイド。

いつもの調子が戻ったみたいだ。

「むーっ、志貴ったら!ホンっと変なとこヌけているんだから!」

「わるかった。わるかった。じゃ、夜の映画始まる前に、ラーメンでも食いに行くか?」

すると、さっきまで怒っていたお姫様は、目をキラキラさせて喜んだ。

「ほんと!?じゃ、もちろん志貴のおごりよね!」

「ああ。」

「メンマ付けちゃっていいの?」

「どうぞお好きに。」

「味付けタマゴは?」

「いいよ。」

「じゃ、じゃ、大盛りチャーシューも?」

「トーゼン!!」

「やったー!!うれしー!!志貴の太っ腹!!」

「まかせなさい!」

…と豪気に言った俺ではあったが、貧乏学生に映画代以上の出費は、正直イタイ。

でも、彼女の笑顔が見られればそれで俺はよかった。

…かな。

「じゃあ、そろそろ行くか?」

「うん!」

そして俺たちは、遅めの昼食をとりにいった。




こんな、ゆるやかで、穏やかな生活が、永く続きますように。








――― 公園のベンチ。


古びたYシャツを、胸元でだらしなく開け、

タバコを吹かす男が居た。

男はタバコの吸殻を足で踏みつけ、呟く。

「……見つけたぜ。『白の姫君』よ。」

男は立ち上がると、すぐにその場を後にした。


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