「・・・しかし志貴、お前は本当に俺に似ている。ここまで来れば鏡と言われても何も疑問をもたないな・・・」
しばし握手を交わしながらいくつか言葉を交わした後、鳳明さんは俺の顔を改めてまじまじと見つめると溜息をついて、そう言った。
「それを言うなら俺も驚きましたよ。まさか、俺の他にこの眼を持つ人がいたと言う事に」
俺はそう言って軽く肩をすくめた。
確かになと言わんばかりに鳳明さんは頷くと、表情を引き締め
「志貴もう一度聞くが・・・お前の時代には七夜はもう・・・」
俺は表情を歪めると「はい。・・・もう七夜は俺が最後の一人です。そして・・・多分俺が最後の『凶夜』でしょう」
と先程彼に言った事をそのまま繰り返した。
「そうか・・・では森は・・・」「人の住んでいた形跡の物は何一つ残されていません。今はただの野原です・・・」
「そうか・・・そして今お前は遠野の性を名乗っていると言う事か・・・」「はい・・・」「・・・」
俺と鳳明は互いに沈黙を守ったがやがて、「まあ良い、その話はまた後だ。今は」
「そうですね。今はあの妖術師を探し出す事が先決ですね」
「そう言う事だ。奴を見つけた後でいくらでも過去の事に思いを馳せれば良い。志貴、手伝ってくれるか?」
「もちろんですよ。奴を殺して『タイムホール』を塞がないといけませんし、ここの事は先生に教えないといけませんし・・・」
と俺がさらに言葉を紡ごうとした時だった。
「志貴!?な・・・って???ええっ!!志貴が二人!!」「ちょうどいい所に来た。先生、俺はこっちです」
唐突に現れて絶句している、先生に向かい俺はそう声を掛けた。
「・・・まあ当然と言えば、当然の反応だな志貴」「はい・・・」
俺達は顔を見合わせると苦笑した。
「志貴?・・・いえ、違うわね。確かに姿は恐ろしいほど似ているけど中身の方が少しだけ違う・・・君は?」
「七夜鳳明と申す。よしなに」「ええっ?!」「それよりも先生『タイムホール』がありました」
「ええ。今、ここに極めて強い魔力の反応がしたから来て見たんだけど・・・間違いないわね。でもこんな所にあるなんて・・・」
「俺が追っている妖術師の爺が創りだした。恐らく妖術で貴女や志貴の眼をくらませていたのだろう」
「先生、俺と鳳明さんはこの『タイムホール』を創った妖術師を追います。どうもこっちの時代で何かとんでもない事をやらかそうとしているみたいですから。先生はすみませんが、事が終わるまでここにいて貰えませんか?」
「ふう・・・まいったわね。君には少し手伝ってもらうだけと思っていたのに、すっかりおんぶに抱っこしちゃってるわね」「別に良いですよ先生。俺達は好きでやっているだけですから」
「そろそろ行くぞ志貴」「はい。では失礼します」「あっ志貴、終わったら、きちんと説明してもらうわよ」
そう言って俺は一礼すると先生の声を背に受け、七夜の力で身軽になり風の様にここを後にした。
一方・・・別荘では。
「もう、兄さんはこっちに来てから随分と夜に出掛けているんじゃないの?」「でも志貴さん、何かお急ぎみたいでしたよ。何があったんでしょうか?」
すっかり出来上がった夕食を前にして秋葉がいらいらしながら琥珀に愚痴をこぼしていたがそこに、
「ねえねえ、琥珀。志貴ってあのブルーの言っていた魔殺武具を持って行ったんでしょ?」
「はい、志貴さんそれを持って本当に血相をかいて」「あーっわかった!!きっと志貴あの魔殺武具を使いこなす為に外に出たんだよ」
「でも昼間の時にも遠野君は、殆ど完璧に使いこなせていたと思いますよアルクェイド」「だから〜、志貴はあれ以上に魔殺武具を使いこなす為だよ!私の死徒になる準備で」
「・・・シエル先輩、私が許可しますからこの未確認あーぱー生物を速攻で滅ぼして下さい」「あー妹そんなこと言うの差別―」「・・・アルクェイドさま、志貴さまの独占は許さない事に決まっています」
能天気にそんな事を言ったアルクェイドに残りの全員が殺意を向けた。
「秋葉様、如何なさいますか?志貴様がお戻りにならない以上はご夕食を先に食べる訳には・・・」
「良いわよ。兄さんはほっといて先に食べましょう。兄さんは食事抜きって言う事・・・」
ドーン、ドーン、ドンドン、ドーン。
苛立った秋葉が翡翠に最後まで言う前に廊下からすごい音が五つ響いてきた。
何か、人が降って来たようなそんな音だ。
「なに?兄さんかしら?」「では私が見てきますね」
そう言うと琥珀は居間のドアを開けると、廊下へと出て行った。
が、直ぐに琥珀は戻ってきた。
呆然としたような、呆気に取れたような形容しがたい表情で、
「琥珀?どうしたの?兄さんが戻ってきたの?」「姉さん?どうしたのですか?」
「あ、あのー皆さんここにいますよねー?」「?どうかしたの琥珀?」「そう言うとあれは・・・」
「いたたたた、何なのよ!あの奇妙な穴は!」「私たちあの穴からここに落ちてきたのでしょうか?」
「ね、姉さま大丈夫?」「う、うん、翠ちゃん、少し太ったんじゃない?すっごく重かったよー」「姉さま!!」
「大丈夫だから、鳳明さんには言わないでおくから」「しかし、なんなのじゃ?この奇妙奇天烈な建物は?」
琥珀が何かを続けようとした時、廊下から女性の声が複数聞こえてきた。
「なに?あの声は、琥珀?一体誰が来たと言うの?」「そ、それが・・・」
琥珀が彼女には珍しくうろたえた様な声で何か言おうとした時、閉じかけのドアがスッと開き、廊下にいた人物達が姿を現した。
「「「「「えっ?」」」」」「「「「「な、何?」」」」」
その空間の時間が止まったかの様に二組はそれぞれの顔を凝視していた。
無理もない。
よほどの予備知識―たとえば志貴と鳳明の様に―がない限りは固まるに違いなかった。
自分と同じ顔の人物を見ては・・・
その沈黙を破ったのは意外な者の声だった。
「セルトシェーレさま!!」
レンはそう叫ぶと紺碧のドレスを身に纏った女性・・・セルトシェーレ・ブリュンスタッドに近寄ったのだ。
「レン?レンでは無いか!お主何故ここにおる?お主には新たなる主の下に送った筈じゃぞ」「それは私の台詞ですセルトシェーレさま。な、何故・・・」
「ちょっとレン、誰なの?この冷たそうな女?」「そうですね。まるで少し前の貴女みたいですね」
「アルクェイドさま、こちらの方はセルトシェーレ・ブリュンスタッド、私の三代前の主人に当たります。セルトシェーレさま、こちらはアルクェイド・ブリュンスタッド、私の先代の主人に当たる方です」
「えー!!!これがあのセルトシェーレ!!ちょっとレン、本当なの?」「こ、これがあの・・・」
レンのそんな言葉にアルクェイド・シエルは驚愕の声を発した。
「ご存知なのですか?」「ご存知も何も私達真祖の中じゃあ伝説的な真祖だもの」
「はい、セルトシェーレ・ブリュンスタッド、このあーぱー吸血鬼の前に死徒や堕落した真祖を討つ為に生み出された真祖、別名『破壊と死を運ぶ、群蒼の吸血姫』一説では・・・」
と、シエルが説明を続けようとした時、
「と言う事はレン?この不必要なほど能天気なこの女は妾と同じ真祖というのか?・・・信じられん」「ちょっと何よ。何か文句あると言うの?」「大有りじゃな」
すると今度は、「貴女、一体何者なの?」「私は遠野紅葉。遠野家の当主よ」「遠野?」「ええ、貴女は?」「私は遠野秋葉、私も遠野家の当主よ」「・・・はぁ・・・」「ちょっと、貴女、何よその態度は?」
「全く嘆かわしいわ。遠野家の当主がこの様に異国にかぶれるとは。おまけに何なの?その胸。よほど運動していないのか、それとも胸自体に嫌われているのね。私の方がよほどあるわよ」
自己紹介の後に打ち出されたその台詞を着物姿の秋葉・・・紅葉が口にした途端、秋葉の髪が一瞬の内に真紅に染まり略奪せんと迫った。
しかし、紅葉は涼しい顔で「あら、貴女も一応、紅赤朱になれるの?でも・・・」
そう言うと紅葉もまた髪を真紅に染め、「まだまだ経験不足ね」
そして、アルクェイドとセルトシェーレ・秋葉と紅葉の喧嘩が始まろうとした時、
ズン・・・。
「な、何かしら・・・ひっ!!」
庭から何か巨大なものが降って来たかのような音が聞こえてきた為、今まで呆然と自分と姉にそっくりな少女達を見ていた翡翠が我に帰って窓を覗き込み、そして悲鳴をあげた。
「翡翠ちゃん!!」「翡翠さん?どうしたのですか?」その声に我に帰った琥珀とシエルが駆け寄った。
「・・・に、庭に変な生物が・・・」その呟きを聞いた途端、セルトシェーレ・紅葉は睨み合いを止めると窓ガラスを叩き割って外に出た。
それに続く形で残り全員が外に飛び出してみると、そこには巨大な真紅の鞠があった。
そしてその上には陰険極まりない空気を持った老人が優越感に浸った表情でセルトシェーレ達を見下ろしていた。
「貴様・・・」「これは紅葉様。ご機嫌麗しく・・・最も直ぐに鷲の不老不死の源なっていただくが」
「それよりも、あのような奇妙な穴、あれは時空間を繋ぐ穴じゃな。あのようなものを使って何を企んでおる」「ほっほっほ。宜しい。冥土の・・・」「ちょっと待ちなさいよ」
妖術師が得意げに語ろうとした時、その口上を遮った者がいた。
「じゃあ、あんたなのね。『タイムホール』なんていうくだらないものを創ったのは」
アルクェイドは眼を金色にして怒りをたたえていた。
「そうだとすれば、貴方の罪をここで断罪して差し上げましょう」
いつの間にか法衣に着替えたシエルは既に黒鍵を構えている。
「貴方の所為で兄さんは苦しんだのね・・・肉片一つ残さず略奪してあげるわ」
秋葉は髪を真紅に染め上げ、あふれた力は周辺の草の生命力を略奪している。
「ほほう、これは好都合。これほど強い力を持つ者がいるとは・・・これなら今までに失った鷲の生命力を回復できるな」
しかし、妖術師はこれほどの力の持ち主達を前にしながら平静を崩していない。
「随分と強気じゃな。どんな手があるか知らぬが逃げられると思うておるのか?」
訝しげにセルトシェーレが言うと、妖術師の背後に広がる森に繋がる茂みがガサリと揺れ次々とあの緑色の化け物が現れたのだ。
それも一つや二つでは無い。
次々と夜の森から現れるそれは下手をすれば百を超えるかもしれない。
まさにそれは緑色のおぞましい絨毯であった。
「はっはっは、この鷲の芸術品は土があれば直ぐに生み出せれる。お主達が何匹倒そうと補充すればよいからな。そうそう、先程の話の続きですが、手始めにこの時代を鷲のものとさせてもらう。ただそれだけじゃよ。では、鷲の芸術品よ、あの者達の力を奪い取れ!!」
そう妖術師が号令を下すと先頭の化け物達が触手を振るいつつアルクェイド達に迫ってきた。
「な、なによーこの気味悪いの!!」「口を働かせるよりも手を動かしなさい!!アルクェイド!!」「その通りじゃな」「気をつけて下さい!!この化け物に捕らわれたら最後、皮だけになってしまいます!!」「琥珀!翡翠!貴女達は下がってなさい」「それに翠・珀、あんた達もよ、」
そんな言葉を吐きつつもアルクェイド・セルトシェーレ・シエル・紫晃・秋葉そして紅葉は戦闘に突入し、翡翠・琥珀、翠・珀そしてレンは後ろに下がった。
瞬く間に先頭の化け物を消滅させたが次々と彼女達に襲い掛かってくる。
暫くすると、全員触手をかわすのに精一杯となっていた。
「くっ、量が多すぎるか・・・」「どうするのよ―、シエル〜」「せめて第七聖典さえ使えれば・・・」
「先輩、そう言うのって『負け犬の遠吠え』と言いませんか?」「へえ、あんたもその負け犬になりかけているにも関わらず随分と口が減らないわね」
確実に苦戦に追い込まれているにも関わらず軽口を叩いていたが、「きゃあ!!」「翡翠?!」迂回をした二体の化け物が今まで後方にいた翡翠達の前に現れたのだ。
「いけません!!」紫晃がそう言って救援に駆けつけようとしたが、その途端化け物達が紫晃に攻撃の手を強める。
他のメンバーも同じ様な状況の為、誰も助けられない中、化け物が手始めに翡翠と翠に触手を伸ばそうとした時、
何か重い物が突き刺さったような鈍い音と至近距離で落雷が起こったような轟音が響いた。
恐怖の余り目を閉じていた翡翠達が目を開けて見ると、そこには真紅に光る巨大な槍に貫かれた化け物と、紅き雷にその身を打たれる化け物がいた。
翡翠達が呆然としてその光景を見ていると、それらが消え、化け物達は瞬時に砂へと還った。
そして音も無く上空から二つの影が舞い降りた。
その影は次に一人は手にした刀の様な物を振るい、もう一方はやはり刀を今度は前方に突きつける。
その途端、双方の刀から、紅い暴風が荒れ狂い、紅き弾丸がまさにマシンガンの如く襲い掛かる。
咄嗟にアルクェイド達はかわしたが化け物達はそれらをかわしきれず、粉々に粉砕されるものもいれば、蜂の巣にされるものもいる。
妖術師は勝利の確信から最も来て欲しくない敵の来襲を悟った。
だがその人物達を確認すると別の恐怖で体が震え上がった。
「・・・何とか間に合ったな」「ええ」
その人物は全く同じ顔を向けてそのような事を言っていたが、その声も周囲の驚愕に満ちた絶叫で掻き消えていた。
「えーっ!!志貴が二人いるー!!」「ホウメイ!!な、何故お主がもう一人増えておる!!」
それは紛れも無く七夜鳳明と遠野志貴だった。