ある朝の風景(M:翡翠、遠野志貴 傾:ほのぼの)


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1: SHU (2002/12/09 22:01:00)[shu_ss_since2002 at hotmail.com]

※これは以前書いた『ある晴れた日の夕べ』の設定を使っております。
 読まなくても差し支えありませんが、読んでいただくとより一層(多分)楽しめるかと思います。
 『ある晴れた日の夕べ』はSS掲示板の記事番号0190にあります。







 ちゅんちゅん・・・

 窓から小鳥の囀りと共に光がこぼれてきます。やわらかな日差し・・・今日はとても清々しいお天気です。


 こつこつこつ・・・

 屋敷の廊下は寒いのですが、突き抜けるような青い空と、暖かな日の光を目にすると、まだ眠気の抜け切らない私の体も、理由もなしに高揚します。


 ・・・こつこつこ、つ

 いつもの場所に立ち止まり、いつもの朝のお仕事を行います。


 トントン

「志貴さん、朝です。お目覚め下さい」

 反応は・・・あるはずがありません。今まで、この時間に志貴さんが起きていた例がないのです。


 ガチャ

「失礼します」

 そう言いながら、躊躇うことなく扉を開きます。
 部屋の中には机とベッド。いつ見ても本当に殺風景な部屋です。机の上には鞄が一つ。学校に必要なものが詰まっています。とは言っても、秋葉様がお持ちになっていたものよりかははるかに軽いので、ちゃんと勉強されているか疑わしいくらいです。ベッドの上には寝ている男に人が一人。もちろん志貴さんです。その寝姿はとても静かで、生気さえ感じられないくらいです。


 しゃー

 遮光カーテンを開けると日の光が部屋を照らし、朝の訪れを告げます。


 がちゃっ

 続いて窓を少し開けます。ひんやりと冷たい空気が部屋に入り込み、緩んだ空気を引き締めます。
 振り返るとまだ寝ている志貴さん。一向に起きる気配が見られません。
 志貴さんの手は寝ているにしては冷たく、顔は窓からこぼれる光のせいか、白く光り、その輪郭がぼやけて、存在が希薄になってしまっているようです。初めの頃は、死んでしまっているかと、何度も驚かされたものです。


「志貴さん、起きて下さい」

 私はベッドの傍に立ち、そう呼びかけます。しかし、やはり何の反応もありません。

「・・・志貴さん」

 今度はベッドの横にしゃがみこんで呼びかけます。
 目の前には志貴さんの寝顔。未だ少年の面影を残す青年の顔立ち。眼鏡を外すと、あの頃に戻ったかのよう。




「志貴ちゃん・・・」


 昔の呼び名を口にしてみます。すると、視界には離れの和室が広がっていきます。志貴ちゃんは中、私は外。

「外には出たくない・・・」
「どうして?お外は楽しいよ?」

 そんなやり取りを何日も繰り返した後、ようやく私は志貴ちゃんをお外に連れ出すことができました。お外に出ると、そこは屋敷のお庭。そこで4人で遊びまわります。私も一生懸命、志貴ちゃんのあとを追いかけます。
 そんなある日、志貴ちゃんが刺されてしまいました。私はただ立ちつくすだけ。そして、志貴ちゃんはいなくなってしまいました。私はただ泣きじゃくるだけ。



 不意に目元が熱くなります。



 それからは何もない、ただの使用人としての生活。使用人として学び、使用人として仕事をこなす、そんなルーティーンな日々。



 感情が心の奥底へ沈んでゆくようです。



「志貴さま・・・」


 あの頃の呼び名を口にしてみます。
 長くはなかったのですが、楽しかった日々。一方、埋めることのできない大きな穴を作ってしまったあの日。そして、二人の愛を確かめ合ったあの夜。
 あまりにも目まぐるしく過ぎていった数週間、残ったのはこの白いリボンだけ・・・



 そっとリボンを取り出します。いつも肌身離さず持っています。



 でもあの日、こう言ってくれました。

   「結婚しよう」

いつになるかわかりません。ただ、一緒にいてくれる。離れないでいてくれる。そう思うだけで心の闇が晴れていくようです。
 嬉しくて、近づきたくて、主従でなくても傍にいたくて、私はこう呼びます。


「志貴さん・・・」




 顔に赤みが差してきました。体温が徐々に戻っていきます。

「ふぁあぁぁぁ〜」
「志貴さん、どうぞ」
「ん、ありがと・・・」

 かちゃ

 寝ぼけ眼で起き上がり、眼鏡をかける志貴さん。今日はこれでも早いお目覚めです。

「おはようございます、志貴さん」
「おはよう、翡翠」
「着替えはこちらに置いておきますので、食堂にいらしてください」

 私は頭を下げて下がろうとしました。

「翡翠、ちょっと・・・」
「はい?」

 呼ばれたので振り返りました。

「んっ・・・」


 ・・・・・・・・・・・・


「・・・いつも、ありがとう」
「・・・・・・いえ」

 それはとても優しい口づけ。ただ唇を重ねるだけの、そう、ただのあいさつ。それでも、少し志貴さんに近づけた気がして、嬉しく思います。ただ、少し恥ずかしいですけど。ほおも赤くなっているみたいですし。俯いたまま、上目遣いで志貴さんを見ると、志貴さんも・・・




 こうして、今日という日が始まります。

 出来合いのものですが、朝食をとった後、志貴さんは学校へ、私は屋敷の掃除に向かいます。その前に、門の前から志貴さんの後姿を見送って・・・










あとがき

 そうもSHUです。しばらく投稿が開いてしまいましたが(とはいっても10日くらいか)新作です。
 これは続き物に入る前の一話完結という風な位置づけで書いているので物語性が全くありませんね。
 ちなみに、この『ある〜』シリーズ、「志貴さん」と呼ぶ翡翠と琥珀の違いを出すのがなかなか難しいところです。琥珀が登場しないので幾分かは楽なのですが。
 ところで傾向と登場人物について題名に書き忘れてましたので、これにはちゃんと書きました。
 次は「くりすます」物を用意しているのでお楽しみに。
 では、読んでくれた皆様、まことにありがとうございました。

 私のSSに関する感想をお待ちしています。DMで頂けたら返事が書ける状態にありますのでお待ちしております。


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