※これは以前書いた『ある晴れた日の夕べ』の続編となっております。
読まなくても差し支えありませんが、読んでいただくとより一層(多分)楽しめるかと思います。
『ある晴れた日の夕べ』はSS掲示板の記事番号0190にあります。
あの日からもう一月が経ちました。
今日も屋敷には私と志貴さま・・・いえ、志貴さんの二人だけ。
あっ、志貴さんって私が呼ぶのはちょうど1ヵ月前、志貴さんがあのことを・・・結婚しよう、って言って下さった日からです。
結婚と言っても、まだ志貴さんも学生なので、学業を修めてからですけど。
二人で住むにはあまりにも大きな屋敷なのですが志貴さんが高校に通っていらっしゃる間はここで生活するらしいのです。
その後は、多分大学に通われるのでしょうけど、どうなるんでしょう?私にはあたり詳しい話をされてないんでよくわかりません。
これは後々尋ねることにしましょう。
今日は風が強くて本当に寒い日です。
お庭の木の葉を残りすべて落としてしまいそいな強さです。
お庭のお手入れは日課なのですが、この頃はほうきで落ち葉を集めて捨てる。
この繰り返しのようです。しかたがないのですが、こうも単調な作業が続くとついつい私も今日はここまで、と早めに切り上げたくなってしまいます。
姉さんなら落ち葉掃きも楽しそうな笑顔でこなすのでしょうけど・・・
あっ、いけない。
またネガティブなことを考えてしまいました。志貴さんには私の主人として一度だけ命令されたことがあります。
「生きてほしい」
私はこの言葉には私が前向きに生きるようにという願いが込められているように思えます。
これは私の勝手な解釈なのですが、明るく振る舞うと志貴さんはとても嬉しそうな顔をされます。
その笑顔を見て私まで嬉しくなります。
ただそれだけで幸せなのです。
志貴さんも口には出しませんがきっとそうなのでしょう。だから私は後ろ向きな考えはやめることにします。
・・・でも、このほうきを使っているとどうしても姉さんの事が思い出されてしまう・・・やっぱりなかなか変われないみたいです。
でも、うん、志貴さんのためにもがんばらなければ!
と、小さくガッツポーズのようにグッと手を握り締めたときでした。
「ただいま、翡翠」
「っ!志貴さん!」
本当にびっくりしました。
一人で考え事をしているうちに背後をとられちいたようです。
と、その時、あまりにびっくりしたので思わずバランスを崩してしまいました。
でも、私の体は地面には着きませんでした。
志貴さんが腕で私を抱き留めてくれたからです。
「何するんですか、っ、あっ、お帰りなさい、じゃなくって、もう・・・っ」
「お、落ち着け翡翠!」
「まずは深呼吸だっ!」
え?
「はい、息吸って」
突然の事で、反射的に息を吸ってしまいました。
「はいて〜」
吐きました。
「吸って」
吸って、
「はいて」
吐きました。
「落ち着いたか?」
「・・・はい」
「じゃもう一度。ただいま、翡翠」
「お帰りなさい、志貴さん」
あれ?何か忘れているような・・・
「じゃ、俺は部屋にいるから」
「はい・・・」
・・・思い出しました。
「もう驚かさないで下さい!」
と、言った時にはすでに志貴さんの姿は見えませんでした。逃げ足は速いようで
もうっ・・・
志貴さんは昔から全然変わってないみたいです。
何かにつけて悪戯などをして。
けど、そのようなところがかわいいんですけどね・・・
なんだか自然に口元が緩んでしまいます。
志貴さんといると『翡翠』に戻れるようで、なにかやわらかい空気に包まれて、あの機械みたいになってしまえばいいと思っていた自分が解けていくようで・・・
と、考えていたらもう日も落ち、夕食の時間が近いようです。準備を始めなければ。
厨房に行ってみると志貴さんがすでにいらしており、包丁を片手に料理を始めていました。
ちゃんとご自分のエプロンもつけていました。なにか不思議なキノコの絵が描かれておりますが、お気に入りなのでしょうか。それはいいとして・・・
「すいません、志貴さん。夕食の支度が遅くなってしまって」
多分、志貴さんはお腹がすいてしまわれたのか、私がなかなか支度をしないため、自分で支度なさってるんだろう・・・
「え、あ、翡翠?掃除終わったんだ。じゃあ少し手伝ってくれる?」
「そのようなことでしたら、申しつけて下さいましたらすぐに参りましたのに」
「なんでも翡翠に頼ってたら悪いだろ。翡翠が苦手な料理くらいはやらせてくれよ。」
「まぁ、確かに私は料理は得意ではありませんが・・・」
「だろ?適材適所。誰だって得手不得手があるんだから、できないことがあるんだったら翡翠も遠慮なく俺に言ってくれ。」
「しかし、志貴さん・・・あなたは私の主人・・・」
「それはなしって言っただろ。もうそんな関係じゃないって。」
確かに、あの日そのようなことをおっしゃっていたことを覚えています。でも、私はなかなかそれに慣れません。本当に不器用です。
「でも、手伝ってはもらうぞ」
「はい。もちろんです」
「翡翠も料理が上手くなってほしいし」
そして最後に志貴さんは「翡翠の料理を食べてみたいから」と小さな声で付け足して料理を再開されました。
・・・なんだから顔が熱いてず。志貴さんも少し赤くなっている気がしたす。
「ところで、何を作っていらっしゃるんですか?」
「ん、かつ丼」
「?」
「最近冷凍食品ばっかりだったからたまにはこういうのもいいだろ・・・って、もしかして翡翠、かつ丼知らない?」
コクリ
「かつ丼って言うのは、どんぶりにごはんをよそって、その上に卵でとじた・・・ま、食べたらわかるよ」
・・・
できました。
見た目は正直に申しますとあまり美しいものではなく、粗雑な感じがします。
志貴さんが作ってくれたものですから文句は言いませんが。
・・・ところでとんかつを切るときなぜ眼鏡を外されるのでしょう・・・
「じゃあ食べようか」
「いただきます」
テーブルに運んで椅子に腰を掛けます。
二人きりになってから私と志貴さんは向かい合って座ります。
本来、メイドはご主人さまとは一緒には食事をとらないものなのですが、今はもうそのような関係じゃないのでこうして一緒に食事をとることにしているわけです。
今ではこのようにすることにも慣れてきましたが、初めはとても違和感があり、食事どころではありませんでした。
もうそんな緊張はなく、ときどきこうして志貴さんを見てみたり・・・
にこっ
あっ
目が合ってしまいました・・・
それに、そんな笑顔返さなくてもいいじゃないですか・・・
あー、顔が熱いです。自分でもわかるくらいです。
「おいしい?」
「あっ、はい。おいしいです。」
「庶民の味ってやつだね。こういうの、琥珀さんは作ってくれなかっただろ?」
「・・・そうですね」
「あっ、悪い・・・」
「・・・」
「・・・」
食事の度に姉さんの話が出てきてしまうのはしょうがないことなのでしょうか。
・・・
「あっ」
「何?翡翠」
ひょい
ぱくっ
「あっ、えっ、ありがと・・・」
志貴さんったらほっぺにご飯粒つけちゃって。
取って、食べちゃいました。
あっ、志貴さん、ちょっと顔が赤いです。
「ごちそうさまでした」
二人で手を合わせます。
私は食べるのが遅いので志貴さんはいつも私が食べ終わるまで待っていてくれます。
どうもいくら遅く食べても私のほうがずっと遅いらしいのです。
自分ではそんなつもりはないんですが・・・
「俺が器持って行くよ。」
「いえ、これは私の仕事です。」
・・・いつもこんなやりとりをします。
「じゃあ1つずつでいいか?」
「それならいいでしょう。」
結局、これに落ち着きます。
私にはこんなことでも幸せなのです。
洗い物をしながら、
「今日も後で料理の練習するか?」
「どうしてです?いきなり」
「やっぱりアレはマズイだろう?」
そういって焦げた豚肉の山を指します。
「・・・そうですね」
やっぱりショックです。
「ま、でも今日で卵が割れるようになったし。」
親子丼の中に殻が少々入っていたのはすみません・・・
「もう少しで翡翠の料理が食べれるかな?」
そう笑顔で言ってくれます。
とても嬉しいのですが、まだ時間がかかるようです。
でも、
「はい、がんばります!」
こういうと志貴さんが喜ぶんです。
その笑顔が好きだから私はこう答えます。
志貴さんもわかってらっしゃるのか、笑顔を返してくれます。
「っ!」
「!?大丈夫か?」
包丁をすすいでいたら手を滑らせてしまいました。
指先が少し切れたみたいで、赤く血がにじんでいます。
・・・ちょっと痛いです。
「ちょっと、翡翠・・・」
「あっ、志貴さん・・・」
ちゅぽっ
・・・
「はい、後は消毒してバンソウコウ貼れば・・・翡翠?」
「志貴さん・・・」
ああ、なんだか変な気分・・・
ほおが熱くて、なんだか、志貴さんから目が離れません。
あっ・・・私の指を包んでいた志貴さんの唇・・・
・・・
・・
・
気がつくとお互いの唇が重なり合っていました。
やわらかく、それでも強い、お互いを確かめあうための口づけ・・・
って、私は何をしているんでしょう。
目を開くと、視界いっぱいの志貴さんの顔。
私はあわてて志貴さんから離れようと・・・
・・・しませんでした。
やっぱり、もう少しこのままがいいです。
「はぁ・・・志貴さん・・・」
「ひ、すい・・・」
今夜も素敵な夜になりそうです。
あとがき
どうもSHUです。続きでネタが広がったのでまた書かせていただきました。
ほのぼのを基本としているので本当に動きがない、と自分でも思いますが、これはあくまで個人の趣味なので・・・
この話は長編の構想が浮かんだので、まだ続編がでると思いますがよろしくお願いします。
そして、もしよろしければメールで感想をいただけると嬉しいいです。