青い空
白い雲
山は色づき
赤や黄色の葉は風に舞い
地面一帯に絨毯を敷く
そんな秋の日に俺は中庭の椅子に座りただ遠くを眺めている。別に何をするわけでもない。ただそうしているだけである。暇、というわけではないが、今日は休日なので日ごろの疲れを癒すために極力体力の必要とすることには自分から手を出さないようにしている。そういうわけで、普段いる世の中の雑踏から身を隠すようにこの遠野家の屋敷の中でも特に静かなこの場所にいるわけである。
しかし、一人でいるわけではない。
椅子に座っている俺のひざの上には一匹の黒猫、レンがいる。今日はつい先日までとは違い暖かいのでこの子にとっては絶好のお昼寝日和となっていることだろう。まあ、俺は暇を持て余した手でレンの首や耳やらを撫でているわけで、時折、
「に〜」
と、心地良さそうに鳴いたりする。もともと猫好きの俺にとってはこういった時間は非常に貴重で大切なものなのだ。
そんなことを考えているうちに俺も少し眠たくなってきた。まあ、この時期でこんな厚いコートを着ていれば風邪を引くことはないだろう・・・
・・・
・・
・
目が覚めた。なにか夢を見ていた気がしたがどんな夢かさっぱり忘れた。所詮夢なんてそんなものだろう。
と、少し目線を下げると俺のひざの上で、俺に寄りかかるようにして黒いコートを着た青い髪の少女が眠っていた。いや、首に手を回して抱きついてた。
・・・レン、いつの間に変身したんだ・・・
それはいいとして、レンは気持ち良さそうに眠っていた。髪に手をやると引っかかることもなく、指の間をすり抜けてゆく。
「ほんっとにかわいいよな」
こうして見ると歳の離れた妹のようにも思える。結構いろいろできる割には、俺がいないと生きていけないとっても世話の焼ける妹。
「あっ、なんか秋葉もそういうところあるよな」
自分で言っておいて、ぴんとひらめく。今度一回言ってみよう。きっと、顔を真っ赤にして「何を言っているんですか、兄さんは!」とか反論してくるんだろうな。
思わず顔が緩んでしまう。あいつも根はかわいいんだけどな〜、っと、ちょっと溜め息。
ぶるっ
レンの体が少し震えた。
「寒くなってきたかな」
気づけば日はだいぶ西に傾いていた。
どっこいしょっと
レンを抱き上げた
がちゃっ
居間に入った
「あっ、兄さん、お帰りなさい。さっきまでどこに行って・・・何しているんですか!?」
「ああ、中庭でくつろいでたらレンが寝ちゃってね。風邪引くといけないから連れてきたんだけど」
「だからって、なんで抱いてなんかいるのですか!?」
「?そりゃ、抱かなきゃ連れて来れないだろ。起こしたらかわいそうだし」
「まあ、そうだけど、なんでそんな子にそんなうらやましい・・・ごにょごにょ」
階段を上っている間も居間で秋葉が、
「もし、私が寝ちゃってたら兄さんは私を抱いて、・・・いえ、お姫様抱っこをして私の部屋に連れて行ってくれるんでしょうか・・・で、私をベッドに寝かせると・・・・・・」
とかなんとかぶつぶつ言っているのは無視して自分の部屋に向かう。
がちゃっ
部屋に入ると、
「あっ、志貴さま。何か御用ですか?」
翡翠がいた。その手にはきれいに整えられてゆくシーツ。
「レンが寝ちゃったからベッドで寝かそうと思ってね。いいかな?」
「・・・はい。わかりました」
そういうと、手際よくベッドメイクを仕上げる。本当に翡翠の手際の良さには舌を巻く。でも、なんだか今日の翡翠はちょっと変だ。こめかみの辺りがピクピク動いているような・・・もしかして怒ってます?
「翡翠」
「はい?」
「もしかして怒ってる?」
「・・・いえ」
「本当に?」
「はい・・・」
「俺がレンと一緒にいてても?」
「・・・」
当たった
すたすたすた・・・
がちゃっ
「失礼しました」
「あっ、翡翠」
「何でしょう?」
「ベッドメイク、ありがとう」
「・・・(ぽっ)」
そのまま翡翠は部屋を後にした。
・・・翡翠って素直だよな・・・
あんなにぶっきらぼうな顔をしていたのに、一瞬で・・・
とか考えつつレンをベッドに寝かしシーツを掛ける。俺はしばらくベッドの横に椅子を置いてレンの寝顔を見ていた。
コンコン
「誰?」
「わたしです」
「琥珀さん、入って」
がちゃっ
「失礼します」といって琥珀さんが俺の部屋に入って来た。・・・なぜかイヤな気を感じる・・・
「志貴さん、翡翠ちゃんに何をしたんですか?あんな、怒っているような嬉しいような複雑な表情させて」
「え、いや、何もしてませんよ。本当に?」
「じゃあ、秋葉さまは?部屋でボーっとして何かを呟いていらっしゃいますが」
「いや、だから・・・」
「秋葉さまや翡翠ちゃんをあんなふうにできるのは志貴さまだけじゃないですか〜」
琥珀さんは、あは〜、と笑いながらそんなことを言ってくる。見に覚えがないことはないがそれほどもないのでないことにしておく。と、琥珀さんの注目がレンのほうにいく。今日はこれ以上攻撃してこないらしい。助かった。
「レンちゃん、本当にかわいいですよね〜」
「ええ」
「それに猫でもあるからなおさらですよね〜」
「ええ」
「こんなにかわいかったら他の女の人なんて見向きのしませんよね〜」
「そんなことありせんよ。琥珀さんもすごくかわいいし・・・あっ、すみません」
ついつい口がすべって思っていることを・・・なんか琥珀さん顔真っ赤だし。恥ずかしいよな、やっぱり、うん。
「あの、琥珀さん、すみません。いきなり変なこと言っちゃって」
「あっ、えっ、いえいえ、そんな。誉めていただいて、その、嬉しいです・・・」
動揺してる・・・
「あっ、志貴さん、私、夕食の支度がありますので・・・」
そそくさと部屋を出てゆく。
ようやく二人きりになった。レンはまだ眠っている。と、そのとき、身じろぎをひとつ。
「う、ん・・・」
本当に微かな声。耳を澄まさなければ聞き取れないほどの小さな声。レンは今まで声を出す必要がほとんどなかったため声を出すこと自体が苦手らしい。それでも最近は、俺の希望もあって、少しずつ声を出すようになってきていた。
レンの髪や頬を撫でる。ただ触るだけ。それだけでなぜか心が安らぐ。
そうしてどのくらいの時間がたっただろうか。多分1時間もたっていないと思うのだが。レンが静かに目を覚ました。徐々に目が開き赤い瞳が現れる。心まで見透かされそうな大きくて澄んだ目。俺はその目を前にまっすぐレンの顔を見る。
「おはよう」
そういうとレンは俺の首に腕を巻きつけ抱きついてきた。俺は優しくレンの背中に腕を回し抱きしめる。
まだ、ねむい
そんなことを言ってきた。
でも、そればかりは叶えることのできない望み。なぜならドアの向こうでは、
「志貴さま、夕食ができております。秋葉さまも待っておられるので、早く食堂にいらしてください。」
と、翡翠が催促しているんだから。
「ほら、行くぞ。今日は一緒に食事するんだから」
そういって、レンに軽くキスをした。
・・・うん
ようやく目が覚めたようだ。やっぱりお姫様はキスで目覚めるのかな?
そんなことを考えながら、俺はレンと手をつなぎ食堂へと向かった。
日はすでに落ち、東の空には美しい真円の月が輝いていた。
あとがき
レンのSSを書こうとしたんですけど結局、レンは何もしてませんね〜。
おまけ
「・・・兄さん・・・(ほ〜)」
「・・・志貴さま・・・(ぽっ)」
「・・・志貴さん・・・(きゃっ)」
「なあ、レン。秋葉達、なにか呟いてるけど、どうしたんだろうな?知ってるか?」
「・・・?」
究極的朴念仁ぶりを如何なく発揮する志貴なのでした。
おまけ 2
「ぐ、ぐおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!」
昼間、お昼寝をして元気いっぱいのレンに(夢で)精気を吸い取られる志貴なのでした。