空と月の死期〜伍章・月と空の交点〜
パラレルワールドというのを知っているだろうか?
今俺達が知覚している現在の世界とは時間軸、もしくは空間軸を異にする世界ということらしい。
小難しい事は俺にも解らん。
何故って?・・・俺は頭が悪いからさ。そのくらい自負している。
俺は努力が嫌いだからな。天才でもない限り、努力無しで頭は良くなんないよ。
少なくとも知恵ではなく、知識は努力で身に付くものさ。
おっと話がずれた。パラレルワールドだったな。
そのパラレルワールドに行った事は無いが、これだけは言えるよ。
平行に交点は存在しない。だからこそ平行。だからこそ別のセカイ。
しかしなあ、これが在ったんだよ。しかもソレは人為的に創られた。
まあこんな事ができるのは・・・世界に五人のあの者たちだ。
ストップ!解ってても言ったら駄目だぞ。これから徐々にソレが解ってくるんだから。
では物語の続きに行こうか。
俺?俺かい?俺は・・・うーん、『クラウン』とか『道化』とかありふれた名前じゃなあ・・・
よし!ミディスト(midst)、『真ん中』とでも呼んでくれ。
カッコいい言い方をすると『狭間に位置する者』だ。以後よろしく。
んでは今度こそはじまり、はじまり〜。
「秋葉いいね?」
「兄さんが良いなら」
「・・ありがとう」
俺はこの人たちに全てを話そうと思う。
この俺達にどこか似た、優しい人たちに。
「これから話す事はこれまで以上に内密に、できれば一生心にしまってくれると嬉しいです
もしこの事が外部に漏れた場合、最悪遠野家は・・・」
ただではすまない・・・そう続けようと思ったが止めた。
いまさらそれを言って何になるというのだ、馬鹿馬鹿しい。
俺はこの人たちを信じることにしたんだ。
「止めましょう、ではお話します。遠野家と失われし退魔の家の忌まわしい歴史を」
俺は淡々と、なるべく自分で感情を抑えながら話し出した。
一人の男の悲しい運命を胸に抱きながら。
「・・・・・」
その場に在るのは沈黙。
世界が音を失ったかのような、絶対的な無音。
・・・それも当たり前か。
俺が今語った事実は、まさに小説より奇妙であり、同時に・・・・『重い』話である。
この話は当事者である方も、また誰かは明確にできないが、被害者のほうも後味が悪い。
そういう意味で『重い』話なのだ。
音を失うのは必然であり、必要だ。
「・・・以上が俺の生い立ちと・・・・本来の『遠野シキ』の最期です」
俺は取り敢えず、何もならない事は解っていたが、そう締め括った。
「・・・・オマエも・・・自分を殺したのか」
一瞬、誰の発言か理解する前にその言葉が耳に入った。
オマエも?
確かに音はそう、発現された。
音源を見ると、其処には俺と同じ名前を持つ一人の少女がいた。
・・・両儀式。
「私も自分を一人、殺している。いや正確には・・・私の身代わりに死んだ」
彼女が語った運命もまた、重く、悲しいものであった。
「お茶でも入れましょうか」
声を発したのは琥珀さん。
いつも笑顔の彼女もまた、この時ばかりは浮かない顔をしていた。
「手伝います、姉さん」
翡翠もそう言うと、二人でキッチンの方へ消えていった。
「・・・すみませんが、少し席を外します」
秋葉も席を立つ。これでこの場にいる遠野家は俺だけとなった。
流石に、双方のあんな話の後では、ひとりでは居辛い。
俺もトイレにかこつけて席を外す事にした。
「すいません、ちょっとトイレに・・・」
・・・このときは、まだ気が付かなかった。
この判断が最悪なものだという事に。
後に、といっても僅か30分後、俺はこの行動をものすごーーーーく後悔することとなる。
「ふう・・・」
ため息をついたのは橙子だろうか。
・・・場の空気が重い。
正直、色々ありすぎて何がなんだかよく解らない。
だがこれだけは言える。遠野志貴と私、両儀式は異様なほど運命が酷似している。
退魔の家系、直死の魔眼、もう一人の自分。そして人殺し・・・
性格、外見、その他人間的なことはアイツと私に共通点は少ない。
むしろ遠野は幹也に似ている。
が、運命というか、人生の歩んできた道程はほぼ同じだ。
違いといえば普通の暮らしをしていたか、眠っていたかぐらいだろう。
そういう意味で遠野は私と幹也を足して二で割ったような奴だ。
・・・その・・・幹也と・・・私の・・こ、子供という感じ・・・だろうか。
ちらっと見ると、真剣な眼差しの幹也と目が合ってしまった。
もちろん私とは違う意味でこちらを見たのだろうが、私は不謹慎な理由のせいか、慌てて視線を外した。
自分でも頬が朱に染まるのがわかる。
「しかし・・・これ程とはなあ・・・・どうだ式」
ビクッ
いきなり橙子に話しかけられて少し体が過剰に反応した。
「・・・どうした、挙動不審だぞ式。それに少し顔が赤い」
「な、なんでもない。それより何が『どうだ』なんだ」
私は自分に落ち着くように言い聞かせると、悟られないよう話を戻した。
もちろん鮮花が不審な目で見てたのは無視する。
「まあいいが・・・初めて自分に似た相手を見るのはどうだ、と聞いたんだ」
「なんとも言えない・・・整理しろと言われても感情がまとまらない。こんな事は初めてだしな。
それにアイツ、幹也にも似ている」
え?と幹也の方向から声がしたが、あいつの鈍感にも程があるな。
まるっきり性格がそっくりじゃないか。幹也と遠野は。
「ええ、あの人、何時ぞやの玄霧先生より、へたをしたら似ているかもしれません」
「そうだな。でもまあアイツが幹也に似ているからといって、どうこうする訳じゃないが。
逆に悪い気はしないよ。アイツはこの運命も受け入れたんだ。間違う事は無いさ」
「そうか・・じゃあ私達は与えられた仕事をするだけだ。解ったな黒桐、依頼人が戻ったら早速始めるぞ」
「は、はい」
幹也はいきなり声をかけられたせいか、先程の私と同じように体を反応させた。
それが妙に可笑しくて、私と鮮花と橙子は声を上げて笑った。
「ひどいなーみんな。何も笑うこと無いじゃないか」
幹也の文句を聞きながら、ほんの少し前なら考えられない光景がそこには在った。
大勢で笑うことがこんなにも楽しい事なんて、知らなかったから。
私は今、幸福というものを噛み締めていた。
「さて、楽しいお話は終わりにして、仕事だ黒桐」
「はい、でも依頼人がいないと何もできないんじゃないですか?」
「ああ、簡単な用意は済ませておこうと思ってな。
今回はオマエの意見も取り入れる。オマエもだいぶ使えるようになってきたからな」
「はいっ!」
幹也はとても嬉しそうだった。
普段愚痴をこぼしていても、幹也は充分橙子を尊敬している。
そんな相手から褒められるのは、やはり嬉しいことなのだろう。
・・・少し、私は橙子を羨ましく思った。
幹也と橙子が仕事を始めると、ハッキリ言って私と鮮花は暇になる。
することも無く、高そうなソファーに身を委ねていると段々・・・・眠く・・・なって・・・
「ふわぁ」
欠伸をして、忙しそうな幹也に心の中でオヤスミと付け加えると私はまどろみに落ちていった。
「しーきー、居るー?」
「こらアルクェイド、呼び鈴も鳴らさずに、勝手に玄関を通過するなんて失礼じゃないですか!」
「じゃあ今から鳴らしてくれば、シエル」
「も、もういいです。入ってからじゃ意味ありません!」
「ふーんだシエルの真面目めが・・・・・ね・・・・・・・」
「どうしたんです、アルクェイド。いきなり真剣な顔をして」
「しっ、だまって!・・・この声、聞き覚えない?」
「声って・・・・」
『・・・・ここに・・・・の結界・・・・レベルは・・・』
「橙色の人形師!どうしてここに!?」
「わからないけど、聞き取れた言葉の中に『結界』と言う単語が含まれていたわ。
この家で結界。何を意味するのか解るでしょう?」
「まさか!ここを工房に・・・・確かに元々魔素の濃いここなら研究に最適。
しかし、それならば遠野の人たちが黙ってないでしょう」
「居ないわ。少なくともこの屋敷内に感じられる気配は志貴だけ。その志貴もその場を動こうとしない
いい子ぶってる場合じゃないわ、シエル」
「ええ、そのようですね」
「志貴はあっちの手にあるから、最速全力で叩き潰す!」
「わかりました」
「じゃあ行くわよ」
「それで、ここに対人対魔用の結界だ。レベルは最強でとのことなので、この場所はいじれん」
「わかりました。しかし、なんか要塞並みの防御ですね」
「ああ、詳しくは知らんが、強力な奴らしい。まあ過剰な装備だと思うが依頼だからな」
「はい、じゃあ次は・・・・あれ、式起きたの」
「ああ、なんか寒気が・・・遠野たちが居なくなってどのくらいだ?」
「うんと・・二十分ぐらい。あんな話の後だから顔を出し難いんでしょう」
「そうだな・・・・悪いけどもう少し寝る。帰ってきたら起こしてくれ」
「うん、わかった。おやすみ、式」
「おやす・・・」
おやすみと言おうとした瞬間、背筋に何か冷たいものが走った。
鮮花と橙子も気付いたのか、真剣な表情で気配の出所である居間ドアを見ていた。
「橙子、これは・・・」
「この家のことだ、恨みの一つや二つあるだろう。しかもこういう連中に
いいさ、このぐらいサービスでやってやる。造る前に壊されてはたまらん」
橙子と鮮花はそれぞれ戦闘ようの道具を持つとドアを見つめた。
私もナイフを構えると、同じようにする。
「式、鮮花、所長、良く分からないけど気をつけて」
「ああ、オマエはさがってろ」
幹也の非難を確認すると、再度ドアを凝視した。
すると都合よくその瞬間、ドアが開かれた。
ギィと音がして、少し古い扉が開かれる。
そこに立っていたのは二人の女性。
女か、しかし油断はできない。嘗めていると命の取り合いでは瞬時に殺される。
「・・・アルクェイド・・・・ブリュンスタッドだと!?」
声を発したのは橙子だった。
その顔はやはり私の見た事無い、一生見ることは無いと思っていた恐怖の表情だった。
月が空に満ちはじめた。
境界の死期は近い。
【アトガキ】
こんにちは、舞姫ますたーです。
ほんとーーーーーにお待たせいたしました。本編再開です。
待っている人が居たかどうか疑問ですが・・・
それとおいらの拙いSSに投票してくださった皆さんありがとう。
わざわざ投稿掲示板に書いてくれたあかはなサン、かなり?ありがとう。
しかし内容見てみると・・・最後のほう永さんの「月下螺旋」に似てる・・・
うーん、展開上こうなってしまいました。すいません、許してください。
ではまた、アウフ・ヴィーダーゼーエン!
【なんとなくBGM】
スメタナ 連作交響詩《我が祖国》より「モルダウ」