吸血鬼の姉妹 後編


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1: 猫乃真 (2002/09/28 14:32:00)[NEKONOSIN at jp-n.ne.jp]

吸血鬼の姉妹

時は志貴が第二司祭と会う数時間前にさかのぼる。


シエルが袖からナイフを投げた直後。アルトルージュとシエルは薄暗い空間に移動していた。
そこは過去に幾多の血が流れた場所―――――――路地裏であった。
遠野志貴にとって、色々な思い出がひしめく思い出の場所である。
それは兎も角、アルトルージュは腕を組んで、自分をこの場に転移させたシエルに睨んだ。

「・・・まったく。ひやひやさせるんじゃないわよ。無存式典かと思ったじゃない」
「あれは第七聖典と違って私が持ち出せるものでは無いですよ。
 しかも、あれは第七聖典より最悪です。何せ、この世に存在していたことさえも消すんですからね」

そう言って、両手に3本ずつ黒鍵を手にするシエル。
まったく、いつもどこからとりだしたかわからないが、その目は既に狩人の目になっていた。

「まあ、そんなことより。ここはどこ? 何処かの路地裏みたいだけど」

シエルのそんな威圧をさらり、と受け流し、周りを見渡すアルトルージュ。

「それは貴女が気にする事ではありません。なぜなら、貴女はここで私に滅せられるのですから」

シエルはそうアルトルージュに言い放って、腰を低くして、いつでも飛びかかれる準備をした。
アルトルージュはシエルの言葉に眉をぴくり、と動かす。

「どこからそんな強気が出てくるのかは知らないけど、誰が誰に滅せられるって?」
「あら? 貴女は人語も理解できないのですか? もちろん貴女が私にですよ」
「・・・どうやら長生きしたくないようね」

アルトルージュは組んでいた腕をほどき、両腕を前でブラン、と落とす。
素人目に見ればスキだらけだが、長い髪の間から覗くアルトルージュの眼は鋭かった。
もし、今アルトルージュが対峙しているのが常人なら、その目を見るだけで気を失うか、ショック死をするだろう。
しかし、シエルは怯むことなく、アルトルージュを睨み返す。

「・・・流石は死祖の姫君と言われるだけはありますね。・・・あのアーパー吸血鬼には遠く及びませんけど」
「『弓』・・・戯言はもうお終いよ。死になさい!」
「先ほど言ったはずです! 死ぬのは吸血鬼、貴女だと!!」

そして、戦いは始まった。


吸血鬼の姉妹 後編


彼女。
旧名『エレイシア』ことシエルは、不死の体を失っていたが、それでも善戦していた。
仮にも、今対峙している相手は死祖の姫君のアルトルージュである。
幼児体型の時なら兎も角、大人の姿の時は二十七死祖のなかでも上位に位置する実力だ。
いくら、教会の中でもトップクラスでもそもそも人間と吸血鬼。生物としての格が違う。
しかも、彼女の戦い方は捨て身が前提として成り立つものである。
傷ついてもすぐに治る体があるからこそ、彼女は埋葬機関の中で生き抜いてこれたのだ。
が、しかし。以前と違い、受けた傷はすぐに治るはずもなく、確実にダメージは溜まっていっていく。
すでに制服の所々は破れ、そこからは血が止めなく流れていた。
そしてどれだけの時間、どれだけの黒鍵を投げたのかわからなくなってきた頃、それはきた。
シエルはアルトルージュの手刀を紙一重で避け、バックステップで距離をとった時、
ドン、という衝撃とともに、喉を置くから血が噴き出してきた。

「・・・っ」

反射的に口に手をあてて、膝をつく。
その拍子に必然的ではあるが、黒鍵は地面に落ち、カラン、と音を立てた。

「あら、もう終わりかしら?」

ニヤリと笑いながら、アルトルージュは無防備になったシエルにゆっくりと歩み寄る。

「あんな偉そうな事を言っておいて、この様とはね」
「くっ・・・」
「あらあら、悔しそうね。・・・でも、これが貴女の運命だったのよ、エレイシアちゃん」

シエルに向かってニッコリと微笑み、アルトルージュは軽くシエルの腹部を蹴り上げる。
それだけでシエルの体は吹っ飛び、壁に叩きつけられた。

「がっ!?」

壁に叩きつけられた衝撃でシエルは喉の置くから更なる吐血をした。
そして、そのまま物理の法則にしがたい、地面に落ち――

「っと、まだ倒れてもらっちゃあ、困るわ」

るところを、微笑んだままのアルトルージュが地面に倒れゆくシエルの髪を掴み、持ち上げた。
シエルはうっ、と唸るが、それ以上一言も喋らず、また動かない。
恐らく、先ほどの一撃で骨が砕けたか、何か内臓を傷つけのだろう。
そんなシエルの姿を見ながら、アルトルージュは心底を楽しそうに笑う。
そして、一転変わって冷たい表情になる。

「さあ、『弓』よ。私に対しての侮辱、その命であがなってもらいましょうか」


息も切れ切れになったころ、俺は、遠野志貴はようやく路地裏に辿り着いた。
既に空は黒く色づき、闇夜を照らす月が浮かび上がっていた。
暗く路地裏はそれこそ月の光が無ければ、何も見えない状況であった。
しかし、今日ばかりは月の光が無いほうがいいと思った事は無かった。
なぜなら、そこには直視したくない現実があったから。

「な、何で・・・」

俺の視線の先には体中、血だらけにして、地面にうつ伏せているシエル先輩と、

「あら・・・志貴君?」

大人の姿を形どったアルトルージュが、さも意外そうな顔をして、微笑んでいた。

「アルトルージュ。これは一体・・・」

俺は呆然とした声でアルトルージュに声をかける。
すると、アルトルージュは薄く笑って。

「見ての通りよ。うざい教会の犬をめちゃくちゃにしただけ」

ふふ、と朝や学校で会った時に見たことがない口調や、表情をするアルトルージュ。
まったくわからない。何故、先輩がこのようなことにならなくてはならないのか。
どうみても―――

「・・・ぁ」

先輩は死にかけている。

「アルトルージュ。もういいだろう? このままここから去ってくれ」

俺は精一杯何かを我慢して、アルトルージュにそう言う。

「あら、何で? やっぱりやるからには魂の一片まで滅さないと」

そう言って、シエル先輩の足を砕く。
先輩は小さく痙攣し、声にならない声を上げる。

「やめろ・・・」
「そう言って、やめると思う?」

彼女は俺を嘲笑って、もう片方のシエル先輩の足を砕く。

「っ・・・止めろって、言っているのが聞こえないのか?」
「だから言っているでしょ? やっぱりやるからには魂の一片まで滅さないといけないって」

にやりと笑って、シエル先輩の頭に足を置くアルトルージュ。
その瞬間、頭の中のスイッチが入った。
気がついたときには、俺は素早く眼鏡を外し、ナイフを彼女に向けて走っていた。


「よっと」

俺の一撃を軽くかわすアルトルージュ。
その動きからまるで本気でない事を俺にあからさまに教えていた。
むかつくが、彼女のスピードは速いといっていいだろう。
人間が容易に追い付けられるスピードではない。
そう、ただの人間が――――

「え・・・!」

アルトルージュの驚きの声が裏路地に木霊する。
彼女が飛び退いたそこには、間違いなく彼女のものである手が落ちていた。
俺が彼女の手を切断できた理由。
それは朝、彼女は俺の実力を試そうとしたからだ。
それは、俺がどれほどの力を持ち、どのような能力を持っていたか、当然ながら知らないというわけだ。
恐らく、自分の妹(話によると血は繋がっているわけでは無いらしいが)であるアルクが手伝ったと思い違いしていたのだろう。
そのことから、彼女は俺自体の力はたいしたことがないと踏んでしまった。
その判断ミスがこれだ。
かの吸血鬼、ネロ・カオスの攻撃をも交わしきった俺が彼女に一撃を入れられないはずがない。

「ありえない! ただの人間が私に一撃を与えるなんて!!?」

結果、十分すぎるほどの動揺を与えた。
俺はそんなアルトルージュを横見ながら、倒れている先輩の体を抱きかかえる。
手から伝わる先輩の体はまだ温かく、死は近くない事がわかった。
俺はほっと、安堵の溜息を吐く。

「ありえない、ありないわ・・・」

と、彼女は俺に動揺した声をあげる。
当たり前だ。彼女にとってあってはならない事が起きたのだから。

「・・・」

この殺し合い・・・勝てるかもしれない。
恐らく、彼女の動きはネロよりやや上程度。
嫌な事だが戦いなれてきている俺にとって、決して倒せない相手ではない。
しかも、彼女は今動揺している。
俺はシエル先輩をそ、とその場に置き、アルトルージュの死線を再び視る。
普通の場所なら俺の勝ち目は無い戦いだが、この裏路地という狭い空間では、俺は点さえ視えれば真祖の姫君さえ殺せる。
そう、俺に殺せないものは、この世に無い。

「・・・」

俺は彼女の死を強く視、アルトルージュの点を見つけ出す。
吸血鬼といえ、肉体構成は人間と大差が無く、彼女の点は脳と胸にあった。

「・・・っ。その目で私を見ないでよ!」

すると、アルトルージュは脅えの交じった怒りの表情を俺にぶつける。
彼女はロア同様に俺を恐れている。未知なる存在を。
俺は軽く息を吐き、ナイフを強く握ってアルトルージュに語りかけた。

「みせてやるよ。本当の死って、やつを」


始めに左腕。
次に右腕を切り落とした。

「何故!? ただの人間が何の変哲もないナイフで私の体を傷つける事ができるの!!?」

両腕を無くしたアルトルージュは俺から距離を取り、そう叫ぶ。
彼女は両腕を無くしてなお、まだ自分の過ちに気づいていないらしい。
俺の攻撃は受けてはならない。どんな強固な防御をしようが、線を切ってしまえばいいのだから。
俺は姿勢を低くして、再度アルトルージュに飛ぶように挑みかかっていく。

「くっ! どうして、ただの人間がこんな芸当を―――」

受けるための腕がなくなってしまったアルトルージュは、後ろに飛んでなんとか俺の一撃を避ける。
しかし、俺は逆足に力をいれて飛び、更にアルトルージュに一閃を放つ。
アルトルージュはそれもなんとか避けるが、両腕が無い為にバランスを崩し地面に倒れこんだ。
そして、俺は彼女に体制を直させる隙を与えず、瞬時に彼女の両足の線を切り、切断する。
それで、勝負は決まった。

「・・・」
「くっ――!」

倒れ、こちらを睨むアルトルージュを俺は冷たく見下げる。
今なら彼女の背中に浮かび上がっている、丁度心臓の位置にある点を突けば、すぐでにも決着はつくだろう。
が、俺はそれをせず、ただ四肢を無くした彼女を見下げた。

「何で、ころさないのよ」

俺が無口でずっと見下げていると、彼女が苛ついた声を出す。

「・・・」

しかし、俺はその言葉を無視して、ただ見下げた。

「馬鹿にしているの!? 人間に負けた吸血鬼の私を!! なんとか応えなさいよ!!」
「これだけ傷ついたら十分だろ」
「なっ―――!」

俺の言葉に驚きの声をあげる。

「俺はお前なんかに付き合っている暇ないんでね」
「っ――――」

悔しそうに顔をゆがめるアルトルージュ。
俺はそんな彼女をいっぺいして、先輩のところへ向かう。

「・・・と、うの、くん」
「先輩。喋らないで下さい。今、病院に連れて行きますから」
「す、いませ、ん・・・」

シエル先輩は俺にそう言い、誤り受けたダーメー時の重さに気絶する。
俺は気絶した先輩をお姫様だっこの形で持ち上げる。
それから、路地裏の一番暗く、死角になっている場所に目を向ける。

「アルク。そこにいるんだろ?」
「え――――?」

俺の言葉にまたものや驚きの声をあげるアルトルージュ。
どうやら、あまりの混乱状態のためにアルクの存在がわからなかったらしい。
俺がそう言った後、程なくしてアルクが影から出てきた。

「ご苦労様、志貴。お見事だったわよ」

ぱちぱち、と拍手するアルク。

「別に褒められる事じゃない。それよりも、先輩の傷を治してくれないか?」
「馬鹿シエルの治療なんて本当は嫌だけど、今日ばかりは志貴に免じてやってあげるわ」
「ありがとう。それに上の二人を牽制してくれていたことも含めてな」

そう言って上を見上げると、ビルの上に人の形をした影と、犬みたいな影があった。
かなり殺気は感じるが、どうやら襲ってくる様子は無いようだ。
アルクは顔を赤く染めて、そっぽ向く。

「べ、別に志貴のためにやったなんじゃないわ。ニ十七祖を狩るのは私の仕事だからね」

そう言い終えて、アルクはアルトルージュを睨みつける。

「で、どう? 私の志貴の味は?」
「くっ―――、アルクェイド!」
「あらあら。朝は『アルちゃ〜ん』とか、言ってくせに一体どういった心境の変化かしらね」
「うるさい! あんたね、あいつに変な能力を覚えさせたのは!!」
「はぁ? ばっかじゃないの。あんたの四肢を切ったのは志貴本来の力よ。彼の眼はね、魔眼なのよ。それもとっても強力な」
「だからって、そんな簡単に私の体を切れるわけが・・・しかもまったく再生しないってどういうこと!?」
「はぁ・・・、あんたまったく志貴のことを調べてきてなかったのね。
彼の眼は、「直死の魔眼」なのよ。その威力はこの私さえ殺す事ができる。
当たり前な事だけど、あんた位の吸血鬼の体を切るなんて朝飯前よ」
「そんな――――」

馬鹿な、と言おうとして、アルトルージュは言葉を失う。
まあ、否定しようが無いだろう。現実に自分の四肢が切られているのだから。

「アルク。アルトルージュと話より早く、先輩を」
「わかってるって。じゃあ、ささっとこの場を去りましょう、志貴。この場じゃ、治療はできないわ」

そう言って、アルクは出口に向かって歩き出す。
俺も一度、アルトルージュに視線を移し、すぐにアルクの後を追っていった。
そして、その背後からは、アルトルージュの怒りの声がした。




完結編へ続く。


後書き。

さて、物語を早く片付けたいがために話しが雑になってきている猫乃真です。
いやはや、もう飛ばしまくりですね。しかも、時間設定とかむちゃしていますし。
それと修正したい事があります。
ロア・バンダムとか書いてありますが、ミハイル・ロア・バルダムヨォンでした。
めんごです。
そういや『アルトルージュ』って、ドイツ語で『Altrouge』・『いにしえの紅(朱?)って意味だったんですね。
この前はじめて知りました。いやはや、そんな事も知らずアルトルージュのSSを書くとはお恥ずかしい事で。
ああ、あと無存式典とかは自分の都合上勝手に作ってしまいました。
□無存式典:相手の急所(生物でいう心臓など)に刺すだけでその存在概念を無くし、初めからそれがいなかったことにする。はっきり言って、第七聖典より惨いものっす。

ちなみにビルの上の影は、アルトルージュの護衛であるフィナ=ヴラドスヴェルテンとプライミッツマーダーである。
知らない人のために二人のキャラ説明。

□プライミッツマーダー
霊長の殺人者。白い獣。
魔犬としてアルトルージュにのみ従うガイアの怪物。
死徒ではないが、アルトルージュを真似ている為に人の血を飲むようになった。
ヒトに対して絶対的な殺害権利を持つが故に最強の一つとして数えられる。

□フィナ=ヴラドスヴェルテン
白騎士。ストラトバリスの悪魔。
美少年で同姓からしか血を吸わない困ったちゃん。
固有結界パレードを有し、幽霊船団のキャプテンでもある。
なんだそりゃ。
アルトルージュの護衛の一人。

・・・む、よくアルクェイドはこの人たちを牽制できたね。
まあ、そこは話しの都合上というか、作者がラクしたかったとか、そんな理由で片付けてください。
てか、今回は後書きがめちゃ長いっすね。(←自分で言ってりゃあ世話無いわ。)
まあというわけで、SEE YOU AGAIN♪
PS:最後はきちっと、仕上げるつもりです。


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