A DAY
俺は右手を握り腰だめに構えると、与えられた三択のどれを選ぶか思案した。
ゆっくりと考えたいところだが、周りの奴等は既に戦闘態勢に入っている。
誰かが切り出せば、すぐに戦いは始まるだろう。
そして、対峙していた男の一人が合図をだした。
「ジャンケン……ポンッ」
結果、俺の繰り出したチョキは、なぜか統一されたグーの前に撃沈された。
貸衣装屋まーぶるふぁんたずむ。
ジャンケンに負けた結果、俺は午前中に店番をやる事になった。
はっきり言って退屈だ。有彦の様に逃げ出すべきだったと切実に思う。
これで午後の当番がサボれば間違いなく後夜祭まで動けない訳で、そうなると家に帰った後に秋葉の機嫌を直すという一大プロジェクトに取りかからねばならなくなる。
ここは何としても脱け出さなくてはならない。
「あの……」
ふと、声をかけられた。
お客さんか。こちらは作戦を立てるのに忙しいというのに。
ちらっと顔をあげて相手を見る。
こちらは座っている上忙しいので、黒の上着と白いロングスカートだけを見て外来と断定。
ハンコに手を伸ばす。
「外来のお客様ですね。チケットをお出しください」
「…………」
ハンコを持って待つが、チケットが差し出される気配が無い。
不審に思って顔を上げ、
「……!」
目が点になった。
目の前にいるのは、腕を組んで不機嫌そうな顔をした女性。
実際に会った時間はわずかだが、遠野志貴という人間にとってとても大事な人だった。
「相手の顔も見ずに接客するなんて、店番失格ね」
「先生!」
思わず大声でそう叫ぶと、周りから目を引いた。
当然だろう。なぜか学生というのは先生の一言に反応してしまう年頃なのだ。
心当たりのある人も多いだろう。
じゃなくて!
「どうして先生がここにいるんですか!?」
俺の問いに、先生はさも当前の様に答える。
「縁があったら会いましょうって言ったでしょ? 貴方の学校が文化祭だって言うから、わざわざ来てあげたんじゃない」
「いや、そう言う先生の立場とミスマッチな回答をされましても……」
「まぁ一言で言えば、何でもありの世界なのよ」
「さっぱり意味がわかりません」
「そんなに知りたいの? なんならたっぷりと語ってあげましょうか? 拳で」
器用に口元だけで笑うと、目の前で拳を握る。
先生の事だ。殺されはしないだろうが、ためらう事無く半殺しにされるだろう。
最後には、口よりも手で片付けようという人なのだ。
「……分かりました、気にしません……」
先生は満足そうに頷く。
「よし。それで、せっかくだから案内してくれない?」
なんですと?
これは脱け出す絶好のチャンスでは無いだろうか。
実際、教室の中で盗み聞きをしていた奴等から狼狽する気配を感じた。
俺は教室の中に向かってニッコリと笑うと、
「そう言うわけだ。後よろしく」
「待てぇ!! 遠野!!」
教室の中から数人の男子生徒が現れる。
働いてたんだろうか、こいつ等?
とにかく俺は机を飛び越えると、先生の手をとって走り出す。
「こっちです。先生」
「志貴、ちょっと!」
「逃げるなぁ! せめてその女性を紹介していけ!」
背後から聞こえるノイズを振り切って、廊下を全力疾走した。
「ぜえ、ぜえ……」
あれから走る事数分。追っ手は完全に振り切ったようだ。
「ここまでくれば……ぜえぜえ……大丈夫ですです」
「すいぶん疲れたみたいね」
息一つ乱す事無く、先生は答えた。
やっぱり、体のつくりは化け物並なのだろう。
「志貴。考えてる事が顔からわかるわよ」
「……すみません」
「っで、どこを案内してくれるの?」
「そうですね……」
まず先生の立場から考えてみよう。
明らかにシエル先輩とは会わさない方が良いだろうな。
校内でこの二人に騒がれては、かなりまずい事になる。
そうすると、一年の方に行くべきか。
秋葉が先生と相性が良いという保障は無いが、シエル先輩よりはましだろう。
秋葉には先生が恩人だという事は以前に話した覚えがあるから、無茶な事はしないと……思いたい。
なんだかんだ言って予想外の行動をすることもあるのだ、あいつは。
「決まったの?」
「はい。とりあえず妹の秋葉のクラスへ行きましょう。俺も行く事になってたので都合が良いですし」
「そう。じゃあ行きましょう」
そう言うと、先生は俺の手をとった。
「せ、先生?」
「なに? さっきはそっちから握ってきたくせに、文句あるの?」
「……ありません」
願わくば、知り合いに見つかりませんように……。
あぁ、周りの視線が痛い。
一年一組の前につくと、そこではお化け屋敷がやっていた。
となりの空き部屋や大部屋まで利用しているため、かなり広い。
本来他の教室は使えないのだが、さすがはお嬢様だ。
「へぇ。けっこうこった作りね」
「そうみたいですね。では入りましょうか」
入り口の生徒にチケットを渡すと、俺と先生は中に入った。
中は……かなり本格的な作りだ。
って言うか墓石やら落ち武者やらを配置するか? 高校の文化祭で。
俺は入ってそうそう腰が引けた。
シャレで初めて何時の間にかシャレでなくなったという何とも迷惑な話だ。
「志貴? 進まないの?」
やはりというか、この人外魔境な人は臆する気配がない。
「普通は男の子が先に行くものじゃない?」
「先生が普通を語らないでくださいよ」
そう言うと、俺は先生の前を歩く。
ちなみにまだ手はつながったままだ。
今は正直感謝したい。死に近い生活をおくったからといって、こういうものに恐怖を感じなくなる訳では無いようだ。
今までは反撃という物が許された世界だったが、ここはただ受け続けねばならぬ世界。
「ほら、早く早く」
知ってか知らずか先生は楽しそうに急き立てる。
いや、多分確信犯だろう。
とりあえず辺りの気配を探りながら通路を進む。
あちらこちらで人の気配がするのだが、なぜかそれに混じって人外の気配もする。あえて言うと死徒!
「先生、死徒の気配がしませんか?」
「こんなとこでするわけ無いでしょう」
それもそうだ。どうやら冷房の無いはずの教室で冷房の気配がするために、少し混乱しているらしい。
少し落ち着かねば……
―――ピトッ―――
何かが額に当たった……
「ギャ―――!!」
思わず大声をあげ後ろにのけぞり、先生とぶつかった。
「ちょっと、志貴。どうしたの?」
「い、今、何かが顔にぴとって!」
先生は俺の指差す方へ顔をむけ、
「……コンニャクよ」
「……へ?」
良く目を凝らす。
すると、そこに会ったのは天井から糸で吊るされたコンニャクだった。
「…………」
先生は楽しそうに俺の顔を見る。
「志貴、入り口の辺りからまさかとは思ってたけど、こういうの苦手?」
「いや、苦手と言うか何と言うか…………」
「へぇ、死徒をも殺した人間が、実はお化け屋敷が苦手と? よく夜中に出歩けたわね?」
「いえ、現実なら反撃できるから良いじゃないですか!」
「…………なるほど、君は天性の殺人鬼なわけだ」
「先生がそんな事言わないでくださいよ……」
「ごめんごめん」
そう言うと、先生は俺をトンと押した。いや、突き飛ばした。
「え?」
何事かと思った瞬間、俺の体は条件反射でそこから大きく跳んでいた。
ガチャン!!
刹那、天井からまさに殺そうかという鉄製ギロチンが落ちてきた。
絶対死人がでるぞ、ここ!!
ひょっとしてさっき床に転がってた死体って本物かよ!!
「うん、良く避けたわね」
涼しい声で先生はそう言う。
「って、いきなり何するんですか!」
「貴方がシケた顔するから、景気づけよ」
「くらったらマジで死にますよコレ」
俺は床に落ちたギロチンを指差したが、既にそこにギロチンの後は無かった。
「…………」
家に帰りたい……
その後、明らかに普通でないトラップをかいくぐり、何とか出口付近までたどり着いた。
もうここまで来ると、お化け屋敷ではなくカラクリ屋敷だ。
いや、殺人屋敷と言っても過言ではないだろう。
一番衝撃を覚えたのは、初めは仲の良い姉妹が最後に殺しあうコントを見た先生が、
『懐かしいわね。私にもあんな頃が有ったわ。今でもあの人に会ったら殺し合いそうだけど』
と言ったのを聞いた時だろうか。
早く忘れたい。
「しばらく見ない間に、日本のお化け屋敷も変わったのね」
「絶対に違います」
「そうなの?」
もう出口といった所で、気配が近づいてきた。
なるほど、出口の前で最後に大きいのは定番か。
たしか昔に行ったお化け屋敷では、最後には一見何とも無いお面が飾ってあった。
そして俺が調子にのって顔を近づけた瞬間、物凄い風を吹き付けられた。
あの時は泣いたっけ……
俺が物思いに引けていた時に、それは現れた。
それは顔だけ猫らしき装備をしていた。そして、
「ふふふ、良く来たわね兄さん」
そうのたまった。
「秋葉……俺のいない八年に何があった?」
「これが志貴の妹さん?」
俺は目の前の事実にくじけそうになるが、何とか兄としての責務を果たすべく立ち上がる。
「紹介します、妹の秋葉です。信じられないかもしれないですけど、普段はちゃんとしたお嬢様なんですよ」
秋葉は俺たちを見てかなり動揺していた。
「あの、兄さん。こちらは?」
「ああ、前に言った事があるだろ。この眼鏡をくれた俺の恩人だ」
「ええっ、この方が!?」
「始めまして秋葉さん。兄に劣らず変わった性格のようで」
先生はそう言って笑う。
秋葉と先生の出会いは、なんとも大変な出会い方になってしまった。
後夜祭。
その輪の中に入る事無く、俺と先生は誰もいない教室からグラウンドを見ていた。
「今日はありがとうね、志貴」
「いえ、俺も先生に会えて嬉しかったですから。シエル先輩に見つかって、先輩がターミネーター化したのが心残りですが」
「そう?」
先生はニッコリと笑うと、俺に近づいてきた。
そして、左手を俺の顔に添える。
「先生……?」
戸惑う俺に再度ニッコリと笑うと、
ゴスッ!!
手加減なしの一発を俺の額にくらわした。
「ぐはっ!!」
いっきに意識が遠のいていく。
「私が貴方の夢にでるのはもうお終い。後は、貴方と夢魔のもんだいよ。がんばりなさい」
消えかけた意識の中、そんな言葉を聞いた気がした。
REPEAT AGAIN……
あとがき
はじめまして。神条と申します。
今回初投稿です。
一応、歌月十夜の中、という設定になってます。
力足りぬSSですが、初めからこのあとがきまで読んでいただいた方、ありがとうございます。
まだあとがきしか読んでいない方、上の話を読んでいただけると幸いです。
それでは。