とある辺境。
そこはヨーロッパのある国と国の国境である。
平地に小さな村が一つだけあり、その様子は明らかに時代から取り残されていた。
建物の建設の仕方も、中世ヨーロッパの頃のままだった。
そんな中世ヨーロッパの頃に戻ったような錯覚してしまうこの場所に、
これまた、遥か昔から時が止まったかのように、城が立っていた。
城全体には蔦がはびこり、人が住んでいるようには思われなかった。
しかし、その城のもっとも深い場所、玉座に、おかしなことに1人の少女が座っている。
歳は13,4程か、女の子としては、まだ可憐といった言葉が似合う域の少女だ。
その少女は玉座に肘をつけ、頬に手を添えて、やや下気味に目を向けていた。
「へえ〜。それ、本当?」
少女は可愛らしい顔を驚きの表情に変えて、視線の先に問い掛けていた。
その少女の視線の先、赤い絨毯がひかれたそこには、黒い猫が鎮座していた。
エメラルドの色の瞳をもった黒猫は、少女の問いに”にゃ〜”と少女に鳴いて応える。
「そうなんだ、あのネロ君と蛇君がねぇ・・・」
少女は人差し指を唇にあて、感嘆したように呟く。
それから、にやりと口を歪ませる。
「行こう、ユダ。あの娘に久しぶりに会いたいし」
少女はゆっくりと玉座から立ち上がる。
フワァーっと、少女の長い金髪の髪が風になびく。
その髪の一本一本は、まるで純金の様に輝いていた。
まさに完全なる美。
年端もいかないこの少女は、今まさに造形美の頂点に立っていた。
「それにね、ユダ」
少女はユダを持ち上げ、語りかける。
少女は玉座の間の天窓から月を見上げる。
月はただ静かに少女を見下げる。
一瞬の間に、少女、 “アルトルージュ・ブリュンスタッド”はユダに向かって極上の
笑みを向ける。
「私、吸血鬼を滅ぼした人間にも会ってみたいんだ」
ふと、意識が浮上した。
気づくと、俺は暗い、それこそ漆黒ともいえる闇の中でゆらゆらと漂っていた。
ここが何処なのか、俺は分らない。
けど、とても心地良いから、ここがどんな場所だろうが、どれだけ時間が経ってようが
かまわない。
むしろ、このままずっと漂っていた程だ。
(志貴さま)
と、誰かの声がした。
とても聞き覚えのある、事務的な声だ。
まあ、事務的と言っても、十分感情は感じられるけど。
この声は翡翠か?
(志貴さま、起きてください。もう朝です)
続いて、翡翠の声がしてくる。
すると、漂っていた場所から昇っていくような錯覚を感じた。
それと同時に揺すられているのを感じる。
そこで“遠野志貴”はあることに気がついた。
『ああ、ここは夢の世界だったんだ』
「おはよう御座います、志貴さま」
眼鏡をつけ終えた俺に、礼儀正しいお辞儀をする。
俺は翡翠に向かってにっこりと笑いかる。
「ああ、翡翠、おはよう。いつも悪いね」
「いえ、仕事ですから」
そう言って俺がベッドから降りるの。
その時、翡翠は邪魔にならないように場所を移動する。
「お着替えです、志貴さま」
翡翠が俺のシャツとジーパンを差し出してくる。
俺はそれを受け取り、再度、笑顔をかける。
「ん、有難う。着替えたら下に行くから、先にリビングに行っていて」
「かしこまりました」
再度お辞儀をし、翡翠は部屋から退出していく。
この一連の行動はもはや習慣化しているな。
俺はそんなことを思いながら、翡翠の気配が完全に消えた後、この部屋唯一の窓に
視線を向ける。
「そこにいるんだろ、アルクェイド。いるのは分ってんだぞ」
「あれ、やっぱりばれた?」
と、先ほどまで誰もいなかったはずのそこに、突然と白服の金髪の女性が現れた。
彼女の名は“アルクェイド・ブリュンスタッド”。
吸血鬼の姫であり、真祖である。
彼女とは以前起きた連続殺人事件以来の腐れ縁だ。
今思えば、俺があの日の夜に“ネロ・カオス”と会っていなければ、こいつと会う事は
なかっただろう。
そのせいで、吸血鬼というものと“縁”が出来てしまって、七夜の血に操られた俺は、ア
ルクェイドを17分割してしまった。
正直、その事で俺がどれだけ後悔したことか。
まあ、何でもなかった様に俺の前に現れた時は、本当に心臓が止まるんじゃないかと
思った。
と、それは兎も角だ。
「で、何のようだ? アルクェイド」
こいつが来た理由は知っているがあえて聞いてみる。
大方、朝っぱらからどこかに連れてってくれと言うんだろう。
「えーっとね、遊びに行こっ♪」
ほら来た。
案の定の答えに俺はきっぱり拒否する。
すると、アルクェイドは俺の言葉に不満なのか、不機嫌な顔になる。
「何でよー」
「当たり前だ! 俺は学生なの、わかるか?
これ以上、お前に連れまわされた日には、俺は留年しちまうんだよ!」
実際のところ、一週間に4日も学校に行かなければ当然な事である。
そのせいで俺に対する秋葉の対応は酷いもんだ。
「別に学校なんて留年なんてしちゃっていいじゃない。なんなら辞めればいいし」
「お前な・・・、それ本気で言ってるのか?」
「うん♪」
音符つきで即答するなよ。
どうやら、俺はこいつにはかなわないらしい。
しかし、俺も折れるわけには行かない。
「学校終わったら、何処でも連れて行ってやるから、それで許してくれ」
「えー、今行こうよ〜」
「ダメ! 拒否! 却下!!」
腕をクロスさせて猛烈に拒否する俺。
「やだやだー、今じゃないとやだよー」
「お前な、わがまま言うな」
「誰がわがままなのよ」
「お前だ!」
「ぶー」
頬を膨らませ、一歩もひかないアルクェイド。
まったくこの姫様は何でこんなにわがままなんだ。
俺はどうしたらアルクェイドを説得できるか、思考する。
「ふぅ・・・、この子ったらいつまで経っても我侭なのかな?」
「・・・」
と、いつの間にかに隣に長い金髪の少女がいた。
「な、な、な」
あのアルクェイドがその女の子を指差して、動揺している。
ん? どうしたんだ?
「お久さー。アルちゃん、元気にしてたー?」
「アルちゃん?」
アルちゃんってのは、アルクェイドのことだよな?
アルクェイドの名前を知っているってことは、
この子はアルクェイドと知り合いなのだろうか?
しかし、アルクェイドの知り合いって、
いっつも会ったら雰囲気が悪いと言うか、戦闘モードだよな?
それに皆(まだ二人だけだけど)男だし。
っと、そんなことを考えているとクイクイっと、袖を引っ張られた。
そちらに顔を向けると、少女が俺の袖を掴んでいた。
「ねえ、君、遠野志貴だよね?」
「え、ああ、そうだけど」
「私、アルトルージュ。よろしくね」
少女、アルトルージュは俺に向かって手を差し出す。
俺はアルトルージュの手を握り返す。
「ああ、よろしく。それより、何で俺の名前を知っているの?」
「ん〜。それは時が経てば分るよ。それしても・・・、物凄く普通だね」
「は、はぁ、そうですか」
何故か敬語になってしまう俺。
俺は改めて少女のことを見ることにした。
長くて金色の色をした髪の毛。まるで一本一本、本物の金の様だ。
小顔で猫みたいな大きな瞳。何かどっかで見たことがある。
それと、少女らしい小さな体と、雪のような白い肌。これこそ柔肌って感じだ。
むぅ・・・・・・合格。
「って、何が合格だ!!」
「?」
いきなり叫びだした俺に不思議そうな顔をする少女。
俺はハッとし、コホンっと咳をする。
「御免、何でもないよ。それよりアルクェイド、このアルトルージュって子、誰?」
さっきの様子から、この子が誰なのか知っているであろう、アルクェイドに聞く。
「そ、それは・・・」
と、俺が質問すると、アルクェイドが言いどよむ。
はて? どうしたんだ。何か言えない事情でもあるのだろうか?
は!? まさか隠し子とかか!!
と、莫迦な事を考えていると、ふと視線を感じた俺は下を向く。
そこにはアルトルージュが俺の顔を食い入るように覗き込んでいた。
「何かな?」
「気になる?」
「え、ああ、まあ・・・それなりには」
「じゃあ、教えてあげる。どんな状況だったら、
こーーーーーんな普通の人間にネロ君達を滅ぼせるのかな〜、と思ってたの」
「えっ!」
俺はアルトルージュの言葉に驚く。
何故、ネロとロアのことを知ってるんだ!?
「ん〜、そう言うことを知るには、考えるより試してみよ、だよね?」
と、少女の言葉に驚いている俺に向かって、
アルトルージュはそう言い、可愛らしい笑顔を向ける。
ワインレッドの瞳が宝石のように輝いていた。
「――――!」
と、途端に俺は背筋にぞっとしたものを感じ、一気にその場から離れる。
「もう、失礼だな。レディーから怖い顔して逃げるなんて」
ぷーっと頬を膨らませて起こりが顔をするアルトルージュ。
「(何だ、今さっきのプレッシャーは!?)」
俺は内心少女に対して恐怖する。
少女の目を見た瞬間、まるで、吸血鬼と対峙した時のようだ。
「ま、いっか。じゃあ行くよ♪」
そう言って少女は腰を鎮める。
どっくん
瞬間、心臓が大きく波打った。
心の中で心臓が危険だとアラームを鳴らしていた。
勝てない。
俺はこの子には絶対勝つ事が出来ない。
俺に向ける表情は、一見無垢な少女のように見えるが、
それは鹿をかるライオンのようだ。
「よーい」
アルトルージュは短距離ランナーのように手をつき、腰をあげる。
逃げろ。
俺の脳は俺にそう告げていた。
「ど――」
少女は足に力をいれ、一気に飛び出そうとうする―――が。
「いい加減にしなさい、姉さん!!!!」
と、アルトルージュが今まさに俺に飛びつこうとした瞬間、
アルクェイドが大きな声で怒鳴りつける。
何かアルクェイドがこのように怒鳴るのを、始めてみたようで新鮮な感じがした。
・・・って、お姉ちゃん!?
「もー、アルちゃん。何で邪魔するの〜」
「何が“邪魔するの〜”じゃないわよ! 何でここに貴女がいるのよっ!!」
「だってー、久しぶりにアルちゃんに会いたかったし、
ネロ君達を滅ぼした人間も気になったんだもん」
「だからって――――」
「・・・」
アルクェイドとアルトルージュの話し合いにただ呆然と見つめる俺。
お姉ちゃん? アルクェイドにお姉ちゃん?
確かに言われてみれば似てないことはない。
しかも、名前も感じ的に似てるし。
しかし、どう見ても逆だよな?
まあ、アルクェイドの姉ってことが事実なら、
吸血鬼であるわけだから見た目は関係ないけど。
けど、アルクェイドは真祖であって、
その姉妹ならば一定の年齢まで成長するはずなんだがな?
「ん〜?」
コンコン
「志貴さーん、早くしないと遅刻しちゃうますよ〜」
「!」
ドアのノック共に琥珀さんの声がドア越しにしてきた。
俺はピキッと凍る。
「あれー? おかしいですね。
アルクェイドさんと聞いたこともない女の子の声がしますね」
やばっ! 琥珀さんにこんな状況見られていたら秋葉に報告されちまう。
あの厳しい秋葉のことだ、何をされるかわかったもんじゃない。
「アルクェイドとアルトルージュ! とりあえず、部屋から出てってくれ!!」
「五月蝿いわね、志貴。今、私はこの女と決着をつけなくちゃいけないのよ!」
「もー、アルちゃん。怒っちゃって可愛いねー♪」
「こんの!! クソ姉がっ!!!!」
「きゃ〜♪ 怖いー」
ブチッ・・・
流石に温厚の俺でも、とうとうあれが切れてしまった。
アルクェイドも、いい加減、秋葉に毎日叱られる者の、身にもなってほしいものだ。
俺はゆっくりとした動作で眼鏡を外す。
それから、ポケットのナイフを取り出し、刃を出す。
「・・・アルクェイド」」
俺は静かな声でアルクェイドの名前を呼ぶ。
「何よ、志貴。私は・・・」
と、アルクェイドが俺の顔を見た瞬間、言葉を失う。
それはそうだろう。
もう頭中が白くなるほど死を視ているんだから。
俺はそんな言葉を失ったアルクェイドの冷たく言い放つ。
「出てけ」
「はい」
俺が感情のない声でそう言うと、アルクェイドは速攻で俺の言葉に頷き、
アルトルージュを脇に抱える。
「あっ、ちょっと、私はまだ志貴君に用事が―」
「五月蝿い! 早く行くわよ姉さん」
アルクェイドは顔を真っ青にしながら、
アルトルージュを脇に抱えたまま、窓から立ち去る。
去り際、アルトルージュが俺に向かって、何か言っていたような気がするが、
神経の高ぶった俺には届かなかった。
その後、入ってきた琥珀さんを、
適当に誤魔化して俺は着替えて下に向かったのであった。
続く
※備考
○アルトルージュ・ブリュンスタッド
死徒における吸血姫。始祖と使徒の混血。
アルクェイドの姉とも言える存在。
が、外見は14歳ほどの可憐な少女。
普段はそう優れた能力は持たず、空想具現化も不可能だ。
が、魔法少女よろしく、二段変身するとかなんとか。
〇後書き
どもー、猫乃真でーす。
初投稿です!! どんな内容かわかってくださるだけで結構です。
まあ、長い目で見てくださったら幸いです。
ちなみに、この話は前編、中篇、後編とわかれている話です。
次の中編は遅くても、1ヶ月後には出しますのでそちらの方もどうか読んでください。
最後に、神人さん。もし、貴方がこれを見た日には他言無用です。
言ったら、滅殺です。