刻一刻と


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1: 神人 (2002/06/23 00:55:00)[yakushijin at mx1.tiki.ne.jp]

 そこはどこなのだろうか、暗い暗い場所でしんと音が消えていた。
 音の介入をまったくという程、刹那的なまでに否定している。
 時折だが聞こえる衣擦れの音がその世界が現実だという事を認識させる。
 音を辿り見ると、一つの影が動いている。
 影といっても見えないと同義であるようなものだが。
 徐々に影の動きが大きくなっていく。
 それは人間だった。

「くぁっ・・・っ」

 その人間は声を発すると、起き上がり、息苦しそうに胸を押さえている。
 数秒たったが、まだ苦しそうに、呼吸を整えている。
 唐突に何故だかワカラナイが風が舞った。

「・・・・・・・!?」

 人間は驚いたらしく、呼吸する事も忘れていた――――――
 いや、人間は満月に見惚れていた。
 月の光りに照らされ、人間の顔が映る。
 ―――遠野志貴。









 俺は焦っていた。
 何が起こったかワカラナイ。
 ワカリタク無い。
 が、悲観しているばかりで、何が起こるわけではない。
 とりあえず、必死に何かを考えていた。
 だけど、そうそう今の状況を打破する案が出るはずもなく、運命は非情にも 悪い方向に傾いてくれた。
 いつの間にこんなに時間が経っていたのだろうか、部屋に足音が近づいてくる。
 ハッとするのもつかの間、足音は俺の部屋の前で止まった。
 コンコンコン

「志貴様、おはようございます」

 その声は聞き間違えをするまでも無く、俺の専属メイドの翡翠の声だった。
 慌てて、気をつけながら返事を返す。

「おはよう、翡翠」
「・・・はい。志貴様、お着替えの用意はどうしましょうか?」

 俺が起きているのが不思議なのか、少し遅く受け答えをする。

「いつもどうり外に置いてくれたらいいよ」
「はい、わかりました」
「ありがとう」
「いえ。それでは志貴様、三十分後に食堂に来て下さい」
「ああ、わかったよ」

 翡翠は外に置いてある篭に俺の着替えを置いて、別の仕事に向かって行ったようだ。
 何故かいつもより元気が無かった気がする。
 ドアを少し開けて回りに誰もいないかを確認すると、篭から着替えを取って、 すぐにドアを閉めた。
 時間に少し余裕が出来たためだろうか、緊張がほぐれた。
 まだ神に見放されて無いようだ。
 着替えを持ち、部屋にある鏡台の前に立つ。
 認めたくなかった。だけど鏡を見るとそこには現実があった。

「ああ・・・、気のせいじゃなかったのか・・・・・・」

 思わず独りごちる。
 鏡には意識すれば見えるであろう遠野志貴の面影がある少女がいた。
 髪の毛が少し伸びており、顔つきは全体的に柔らかくなっていて、腕や太も もが硬いというよりは柔らかい感じを受けるようになっている。
 身長も幾分か低くなっているようだった。
 しかし、なぜか胸だけがとても育っていた。というかデカかった。
 どうしよう。
 時計を見ると、後二十分くらいしか時間が残っていなかった。
 俺は急いで制服を着ると、部屋にあった布を胸に巻いて部屋を出た。
 廊下に出るとひやっとした空気とともに光が顔にさして、少し顔をしかめた。
 歩きながら胸が出てないか確かめる。
 きっとバレない。
 心の中でガッツポーズをとった。
 一階に降りると食堂からいい匂いが漂っていた。
 聞こえないように喉を鳴らして食堂に入ると、琥珀さんがご飯を運んでいた。

「おはよう、琥珀さん。手伝いましょうか」
「いいえ、いいですよ志貴さん。おはようございます」

 そう言って、琥珀さんはテキパキと仕事を続ける。
 椅子に座ると、居間から秋葉が入ってきた。
 俺の姿を見止めると、翡翠と同じく少し息を呑んで俺を見ていた。

「兄さん、おはようございます」

 言いながら、秋葉は椅子に座る。

「おはよう、秋葉。今日はいい天気だね」

 なるべく当たり障りないような話題に触れる。

「ええ。兄さんさえ今日のように起きてくだされば、そう思いますわ」
「はは、キツいな」
「いいえ、これが普通なんです。・・・・・・でも、兄さんが言う事もわからない訳ではありませんね」
「そうですねー、このごろ雨ばかり降っていましからね」

 琥珀さんが秋葉の言葉にうなずく。

「こんな日くらい休みにしてくれればいいのに・・・」
「仕方がないよ」
「いいえ、そんなことありません。兄さんがいつもこの時間に起きて下さればいいんです!」
「それは・・・無理かも」

 俺がそう言うと、キッと無言で俺を睨む。
 そんなに俺を睨むな、秋葉。
 とっても怖い。

「秋葉様、志貴様。お食事の用意が整いました」

 いいところで琥珀さんが喋ってくれた。顔を見ると少し笑っていた。
 わざと楽しんでるな、琥珀さん。といっても救われた事には違いないので心の中で感謝する。
 琥珀さんはテーブルから離れると、いつものように食堂の端に立った。
 秋葉は勢いを削がれて熱が冷めたらしく、これ以上何も言わなかった

「ええ、・・・わかったわ」

 テーブルには和食を中心とした献立が並んでいた。

「・・・それで、兄さん?今日はどうしたのですか」

 食事途中、珍しく秋葉が聞いてきた。

「今日がどうって?」

 何の事か分からず、聞き返す。

「いえあまり大した事じゃないですけど、にいさんはこの時間いつも寝ていたから・・・」

 嬉しい様な悲しいようなそんな顔で秋葉は言った。
 今まで、なにもしなかった自分が情けないと思った。

「・・ぅ・・えと、まあ寝苦しくて目が覚めっちゃったんだ」

 言い繕う様に喋る。

「そうですか、後で翡翠に薬でも用意させましょうか」
「いや、もう全然平気だから要らないよ」

 それだけ秋葉は言うと、そのまま食事は終了した。
 いつの間にか、自分の体の事は、忘れていた。






「じゃあ、いって来ます」
「はい、お気を付けて」

 翡翠に鞄を受け取り、俺は学校へ向かった。
 いつもより早い時間の登校は新鮮だった。
 季節は六月、至る所で見かける紫陽花がてらてらと輝いている。
 綺麗だ、としみじみ思った。
 久しぶりの雨から開放された道路は、夏の熱気をもう吹き出していて、額から汗が流れる。
 交差点に差しかかり、信号を待つ。
 青から黄色へ、黄色から赤へ。
 横断歩道を渡ろうとしたところ、有彦に会った。

「よう遠野。こんな時間に珍しいな」
「そうか?」
「ああ、珍しい」

 うんうん、と有彦は頷ずく。

「万年遅刻のお前に言われたくないが・・・」

 むっとして言い返す。

「失礼だぞ、遠野。それに俺は平凡な遅刻はしないぞ」
「はぁ?遅刻には変わりないだろ」
「甘いな、俺は朝ぎりぎりに遅刻をした事がない」
「何を言っているんだ?」

 有彦は偉そうに俺を一瞥した後、言った。

「つまりだな、必ず一限目が終わってからじゃないと行かない事にしているのだ」

 有彦の言った事に理解できなくて脳が停止する。
 隣にいる奴はこんなにも阿保だっただろうか?
 俺は何も言わずに有彦を殴った。
 校門が見えて来た。
 来るのが早いからだろうか、まだ校門に生徒の姿があまり見受けられなかった。

「おい、遠野」
「ん?」
「何ぼーっとしてんだ。早く教室にいこうぜ」
「ああ」

 教室には誰もいなかった。
 結構嬉しいかも。

「なに、へらへらしてんだ」

 せっかく人がいい気分に浸っているというのに、この男は・・・。
 有彦を恨めしそうに睨む。
 有彦は唇を少し引きつらせながら、笑う。

「そんな怖い顔するなって」
「誰がそうさせてるか分かってるか?」

 にっこりと笑顔で有彦をふっ飛ばす。

「くはぁっ、・・・いいパンチだ・・・」

 気絶する前までも、有彦は有彦だった。
 散らばった机や椅子を直す。
 ポツポツと他の生徒たちも教室に入って来た。
 廊下に転がっている有彦を全員無視しているところがミソだ。

「遠野くん、おはよー」

 直し終わって机で寝ていると、上から呼ばれた。
 眠たくて顔を上げるのむ億劫だった。

「うっ、う〜ん」

 目を擦りながら、相手を確認する。

「起きた?眠ってたんだね、じゃあ・・・んー・・・やっぱしおはようだね」
「・・・おはよう、弓塚さん。朝からテンション高いね」
「そーかなー、普通だと思うけど」

 弓塚さんはむーっとした顔で唇に指を当てた。
 いつもどうりのツインテールも一緒に揺れる。
 手入れが行き届いてとてもサラサラしていて、触れたくなるようだった。
 じーっと弓塚さんを見ていると、唐突に目があった。

「私の顔何かついてる?」

 そう言いながら、弓塚さんは自分の頬を摘まむ。

「別に何もついてないよ」
「ホント?良かった〜」

 弓塚さんはホッとした様子で安堵の表情を浮かべていた。
 俺は弓塚さんがかわいいと思った。

 ガラガラガラガラ

 クラスの担任が入ってくる。
 担任の名前は田淵 由里佳と言う。
 律義な先生でいつもHRの五分前に来ている。

「えー、おはようございます」

 由里佳先生は黒板の前に立つと、クラスを見渡して言った。
 ざわめいていたクラスが静まる。

「今日は先生、隣町の学校に出張するから先に連絡をしときます。後から来る人にもちゃんと伝えるように」

 と、ここで一息つく。

「それで、先生の担当の国語は自習になります。他に放課後の掃除は教室はやらなくて構いません。何か質問は?」

「はい」

 弓塚さんが手を挙げていた。
 別に質問することはないと思うけど。

「何ですか、弓塚さん」

 由里佳先生は肩から垂れている髪の毛を指で絡めてくるくる回している。
 由里佳先生が急いでいる証拠だ。

「先生は今日どうして出張に行くんですか?」

 わざとやっているのだろうか。

「まあ、先生達の研修だと思っていて下さい」

 ちょっと困り顔になりながらも由里佳先生は言った。

 「ありがとうございます」

 ちょっと下に俯きながら弓塚さんは頬を染めていた。
 わざとじゃないんだ・・・。
 変な所で感心してしまった。

「他になにもありませんね?それでは皆さん頑張って下さい」
「せんせ・・い・・・」

 由里佳先生は逃げるように言葉を捲し立てると、そのまま教室を出ていった。
 質問しようとした有彦が妙に可哀想だった。

「どうしたの、有彦君」

 弓塚さんが追い打ちをかけていた。
 じつは弓塚さんって結構お茶目なんだ・・・
 俺はもう一度寝る事にした。





 続く



後書き

こんにちわ、始めまして。神人と申します。
ココまで読んでくれた人に感謝感激雨爆雷(^^;)です。
初めてSSを投稿しました。
結構ドキドキです。
こんな私ですが今後とも宜しくお願いします。

PS.激励、叱咤、感想などをよろしければ欲しいです。


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