【 志貴と四季と夢見姫 】
俺の意識が遠くなったり近くなったりして行く・・・。
アッチヘ行ったりコッチヘ行ったり、まあ俺にとってはもう今となっては、
どうでも良い事だ。そう、もう帰る所もないんだし・・・
『あいつ、昔のままだったな・・・・』
俺が一番憎んでいた筈のあいつ。俺の総てを奪ったと思っていたあいつは
想い出のままの俺の親友だった。
秋葉も翡翠も・・・そして琥珀もみんながみんな辛い思いの中、変わって
しまったのに、あいつは――― 俺が殺して、そのまま命まで奪い続けたあい
つはそれでも昔のままでいてくれた。
あいつが居てくれるなら、いや、居てくれるだけで皆、救われるだろうな。
『未練といえば、その中に俺が入れないという事かね?』
なんて一人ごちるが、救われたのは俺も同じだ。
『上手くやれよ、兄弟。 秋葉を泣かすんじゃねえぞ――― 』
―――― そして又、俺の意識は何処かへ行ったり来たりする ――――
どれぐらい経っただろう。人の声が俺の耳に入り始めてきた。間違い無くそれ
は生々しい感覚としての声だ。
「・・・の・・が意識を・・・・ました・・・・・」
―――――― 女の声か?
「運が良・・・・家族・・が・・・・死ん・・まっ・・のに・・・・」
家族が――― なんだって?
しばらくしてようやく人の声が聞き取れる様になった。しかし何処か違和感
がある、意識ははっきりしているのに何か混濁している気もする。
『だいたい俺は死んだんじゃなかったのか ―――?』
そんな事を考えていると誰かが話しかけているのに気が付いた。
「―――・シキさん? 聞こえてますか?」
俺の名前呼んでいるだと?そんな馬鹿な事が――――?
「ヨシキさん? 御舟 美稀さん?」
ヨシキ? 四季じゃなく美稀・・・?いや、覚えがある。それは間違いなく
俺(私)の名前だ。
「―――― ああ、聞こえているよ」
看護婦は俺の瞳孔を覗いたり、脈をとったりしながら話しかけてくる
「落ち着いて聞いてね。貴女は今日の昼近くに自動車事故に遭ったの」
「―――? 自動車事故 おい、詳しく教えてくれよ」
しかし、その看護婦はそれ以上の事を喋ろうとはしなかった・・・が、
しかし、聞こえてしまった。看護婦達の話し声が・・・
「あんな事故にあったのに掠り傷一つ無いなんておかしいわよ」
「そうよね、一緒の車に乗ってたあの娘の家族はグシャグシャだったっていう
じゃない。」
「ほんと、運が良いっていうより気味が悪いわよね」
そうか、なるほどな。どうやら遠野四季としての『俺』は、あの時からま
だ終わってはいないようだ。
四季としての俺、今の美稀としての俺、そして死なない俺。それは多分あの
時俺の中にいた『ロア』とか言う奴に起因するのだろう。
『それならそれでいい。志貴に会う口実が出来たというものだぜ。』
それから一週間が過ぎ退院の日。事故で死んだ『御舟 美稀』の両親の葬式
は親戚一同が済ませてくれて、俺の身元引受人は父方の祖父だとか。
「いやいや、これは中々にいい女じゃねぇか?」
ヒュ〜と口笛を吹く。改めて病室に架かっている鏡で見た俺の顔は、自分で言
うのもなんだがかなりの美人だった。
美稀の記憶を辿れば年は志貴と同じ17歳。秋葉より少し短いくらいの黒髪、
背は女性としてはまあ高く164くらい、スタイルも良い方とみた。
その身体に退院用に用意してもらった動き易い大き目の服を着込み長い髪を後ろ
で結ぶとそのまま窓から外へ出る。
こうやって人の目を盗んで脱走するのも懐かしくて思わず笑いがこぼれる四季。
「さて、それじゃ行くとしますか♪」
俺がいた病院と三咲町はさほど離れてはいなかった。電車を数回乗り継いで2
時間強かけて、着いた所は志貴の通う学校・・・。
遠野四季の城であり、墓標でもある――――― か、
「ま、流石に遠野の家に行く訳にはいかねえしな〜」
ちなみに今はまだ四時限目の授業中。如何に図々しい四季とはいえ今のこの姿
で志貴の教室に乗り込んで行く訳にも行かず、校門の前でどうしようかと思案して
いると
「何やってんの? ここの生徒じゃねえよな」
と、髪を赤く染めたここの生徒らしき少年が四季を見止めて話しかける
「まあな、で、あんたは今頃ご出勤かい? いい身分だな?」
歯切れの良い四季の切り返しが気に入った少年は、少し困った顔をして
「上手くサボるのも社会勉強の一環なんだよ、で? ここに何の用が? 」
目の前の少年が悪い奴でない事を確信すると、ひとつ頼む事にした。
「え〜とよ、あんた・・・」
「有彦、乾 有彦ってんだ。アンタは?」
なんとなく気が合いそうな奴だと思い気が緩んだのか
「俺は遠野 四・・・・あ、いや 御舟 美稀だ」
つい口を滑らせたその名前に怪訝な表情をする有彦
「――― 遠野? あんたも遠野の関係者か? まったくあの野郎〜」
途端に不機嫌になり地団太を踏む有彦。又、女がらみか〜と愚痴る有彦の心情
を知らない四季は
「なんだ? お前、志貴を知ってんのか? 」
「ああ、何の因果か小学生の頃からの腐れ縁でな」
へ〜、コレもなんかの縁って奴か、と感謝しつつ四季は、有彦の前にスタスタ
と歩いていき、ポンッと馴れ馴れしく肩に手を置いて
「ならちょうどいいや。志貴の奴を呼んで来てくれねえか?な、頼むぜ」
――――――キ―ンコーン カーンコーン―――――
四時限目終了のベルが鳴る。とたんに騒がしくなる教室内。
ん〜! 背伸びをしながら辺りを見渡す志貴。
「有彦の奴、未だ来てないのかよ」
キーンッ と昼飯代として琥珀さんから渡された500円玉を指で弾きながら、
何を食おうかと思案していると
「おっはよう! 遠野く〜んッ!!」
とイキナリ後ろから、がっしりと両手で志貴の両肩を掴んでくる有彦。
「いててて・・ なんだよ有彦? 昼飯食いに来たのかよ? いい身分だな?」
その言葉を聞いた有彦は、パッと手を離し、うなだれ・・・
「さっきも同じ事言われたよ・・・・」
「はあ? 誰にだよ」
何故だかつい気になって聞くと、有彦は腕組をしながら、う〜んと唸り
「髪はポニーテール、背はお前より少し低いくらい、細身だけどスタイル結構良く
て、顔はシエル先輩と同レベルの美人系だ」
「・・・・別に、んな事聞いてないよ。何処の誰だと聞いたんだが?」
有彦の観察眼と記憶力に感心しつつ半ば呆れていると
「さあ? 実はその娘からお前を呼んできてくれって言われてな」
「俺? そんな人間に心当たり無いな〜」
本当に心当たりが無さそうなのを見て今度は有彦が呆れる番だった。
「おい、ホントに知らねえのかよ。口は悪いけど結構可愛いカオしてたぜ?」
「口が悪い?・・・ますますわからん」
弓塚の時といい相変わらず女の事には無関心な奴。やれやれといった表情
で大袈裟に首を振ると
「まあ、なんだ。校門の所で待ってるから行ってやんな」
「ああ、とにかく会って来るよ。サンキュウな」
ガラッと戸を開けて教室を出て行く志貴に
「いいって、今度秋葉チャンに会いにお前ん家行くからよろしくな〜♪」
・・にこやかに手を振りつつ、脅しとも取れる言葉を投げかける有彦だった。
昼休みの騒がしい廊下を抜けて校門に向かうと確かに人影があった。
「あ〜、 俺に用があるってのは君なのか?」
志貴が来たのに気が付くと、声を掛けられた少女は勿体つけたようにユックリ
と振りかえり
「よう、久しぶりだな。元気だったか兄弟」
と、片手をポケットに突っ込みもう片手を親しげに挙げて見せた。
「・・・・誰だ? 」
不信さより、そのあまりの馴れ馴れしさに、思わず引く志貴を愉快そうに見な
がら
「それは無いねえだろう? この場所は俺にとってもお前にとっても忘れられな
い出来事があったってのによ」
―――――なんだと!?―――――
「お前、まさか?――――― 」
そんな馬鹿な? でももし本当にアイツなら? アイツ―――?
「んだよ?そんなに怖い顔しなくても何もしやしねえよ」
「・・・四季、お前、四季なんだな?」
『ああ、そうだ―――』と返事をする前に志貴は四季と名乗る少女の腕を引っ掴
むと引きずる様に校舎西側にある茶道部の部室に連れて行き乱暴に押しこむ。
ドサッ!! と荷物の様に投げこまれ
「――――っっ! いって〜な! 何しやがんだよ!!!」
文句を言う四季を無視し、キョロキョロと辺りに誰も居ないのを確かめると、戸
を閉め、ガチャッ と鍵を架ける。
「バッカ野郎!!!!!!」
四季が文句の一つも言おうと親友の顔を覗きこむと、彼は泣いていた。
「・・・・志貴 お前・・・」
こんな形となってしまったが兄弟同然の親友との再会を嬉しがっているのか、そ
れとも怒っているのかはワカラナイ。
四季にとっても泣いている志貴にとっても・・・・
勝手しったる茶道部の部室。少し落ち着いた志貴は旧友をもてなすべく、とっ
ておきのグラム1500円の玉露を煎れていた。
「ほらよっ」
「オウ、さんきゅうっ」
熱い湯のみを注意して受け取り、ズズズッ と上物のお茶を啜る四季。
そんな変わり果てた姿の四季を見詰めながら
「・・・・どういうことか、説明しろよ」
と切り出すと、ごく軽く、至極人事の様に事の顛末を説明し出す四季
その話しから、四季の身に起きた事を推測すると・・・
『恐らくはロアの度重なる転生の影響と遠野の血による共融、そしてそれ
らが噛み合った結果、シエル先輩同様の死ねない身体として『御舟 美稀』
と意識を共融し身体を共有する事になった訳か・・・・』
『埋葬機関に知れたら下手をすればかつてのシエル先輩同様実験材料、アルク
ェイドを頼ったとしてもロア関係の四季をどうするかワカラナイ。まして秋葉
には絶対に知らせるわけには行かない・・・? おいおい・・・・・』
「―――――てな訳で、お前を頼ってここに来た訳さ」
「・・・・なんてこった。 」
後は任せたと言わんばかりに晴れ晴れとした四季に対し、親友の生死に関わる
問題を押しつけられ沈む志貴・・・
この街は今、人外の巣窟といっても言い様相をていしている。それも元を正せ
ば目の前の少女の意識の中に棲む『遠野 四季』が原因なのだ。
その事を言うと四季は
「んなの俺の所為じゃねえよ。元凶はそのロアって奴と・・・その、なんだ 」
「・・・・・まあ、そうなんだけどな――――」
流石に『琥珀さんの所為だ』とは口に出しては言えないよな〜・・・
「まあ、とにかくだ。今は無事にココから脱出する事を考えないとな」
「なんだそりゃ?」
親友が何を言っているのかワカラナイ四季が訪ねると、ゾクリとするくらい
真剣な顔をして
「この学校にはな、シエル先輩がいるんだよ」
ロアだった時の記憶からシエルがどんな人物かを四季は知ったいた。
「!? シエルってあの俺の前の代のロアで、シスター姿で刃物をブンブン投げ
まくるあのアブナイ女かよ!!!?」
――――― その時、
「言ってくれますね、最後のロア『遠野四季』。今は『御舟 美稀』ですか?」
その声の方向。 何時の間にかドアは空けられていて、そこには茶道部の部長
であるシエル先輩が既に臨戦体制で立っていた。
「シ・・・シエル先輩―――!」
「私の気配に気が付かないなんて遠野くんらしく有りませんでしたね?」
一歩こちらに踏み出すシエルから四季を庇うかの用にスッ と前に出る志貴。
「先輩・・・・」
そのまま眼鏡を外しポケットの中を探る
「おい、志貴? お前?」
緊迫する空気の中、最初に口火を開いたのは埋葬機関第七司祭、
「遠野くん、私にも取っておきのお茶を煎れてくれますか?」
――――――― はい?
あっけに取られる二人を尻目に自分用の座布団に正座するシエル。
「せ・・・先輩?」
「先ずはいくつか彼女(?)に質問をしてからにします。もし彼女が私と同じ
不死なら闘うだけ無駄なのは私がよく知ってますから、ね?」
そういって、面倒見の良い『先輩』の笑顔を志貴に向けるシエル。裏が有る
無いにせよここはこの人に頼るのが最善と志貴は判断する。
「おい、大丈夫なのかよ?この女に任せて」
イマイチこの人を信用しかねる四季が小声で耳打ちしてくる。
「この手の問題で2番目に頼りになるのがシエル先輩だ」
やれやれ、と覚悟を決めた四季。フ、と何かに気が付き
「ちなみに一番は誰なんだ?」
「・・・・琥珀さん」
それを聞くや否や『それだけは止めてくれ〜ッッ』と志貴に抱き付き、以外
にある胸を押し付けて来る現在美少女している四季。
あああ・・・シエル先輩の視線が痛い――――。
「じゃあ、吸血衝動は無いんですね?」
「ああ、目覚めてから一週間だがこれっぽっちも血ぃ吸いたいとは思わねぇよ」
ふ〜ん、と溜息を付くシエル先輩が下した判断は――――
「どうですか?こいつ」
「多分、いえ間違い無く私と同じタイプの不死人ですね。もちろん吸血種じゃあり
ませんから私の仕事からは管轄外です」
フ〜〜〜、と身体の力が抜けていく志貴。四季もやれやれとスラッとした足を
伸ばす。とりあえずシエル先輩を敵に回さずには済んだ。
「色々調べる事も有りますので一応、私の監視下という事にしておきます。そう
すれば何かと対処がし易いですし。」
「恩に切ります、先輩。」
大袈裟に手を合わせ、このご恩はカレーパン三個、と考えていると
「そうですね〜、そこまで言うんでしたらメシアンでいいですよ♪」
・・・・週末はメシアンでデート決定。 一番いや〜なルートだったりして。
そんな和やかムードの中、取り残されたような四季がポツリと、
「で、俺はどうすれば良いんだ? 」
今更、遠野の家に帰る訳にも行かない。なにより、秋葉や琥珀に会わせる顔
が無いのだ。かと言って『御舟 美稀』として普通に暮らしていくには『この身
体』は問題が有りすぎる。と、考えあぐね居ていると
「わたしに考えがあります」
シエル先輩が提案した遠野 四季こと御舟 美稀の処遇とは・・・・・?
つづく
【あとがき】
仮面の復讐騎シリーズのキャラの地ならしとして同時進行で色々書い
てますが、さて、これからどうまとめようかと?(笑
復活した四季こと美稀の能力は不死の身体と未来予知です。役に立つのか
は後のお楽しみ〜♪
式と被りそうで書いてるのが怖かったけど、まあ、そこもご愛嬌という事で。
仮面の復讐騎の本編では影でシエル先輩と組んでいる設定。