死徒の月姫と黒猫と
「ニャ〜ン」
優しい月明りに誘われて、今日は夜の散歩と洒落こむリボンを付けた
黒い猫『レン』。
―――『ホントは志貴と並んで歩きたかったのに〜。』
しかし愛しいご主人様はそんな可愛い使い魔のデートのお誘いを『眠い
から』の一言で断ってしまった。
―――『そんな〜。こんな綺麗な月夜なのに〜・・・』
普段はレンを使い魔としてではなく一人の女のコとして扱ってあげている
志貴だがやはりこう言う所は誰に対しても同じ扱いだった。
公園まで来ると空を遮る物は殆ど無く、満天の夜空がレンの頭上に降って
来るような、そして一際大きく街全体を照らすかのような蒼い月が。
「ニャ〜〜!」
―――『わ〜!凄く綺麗な月。それになんだろう、とても懐かしい様な切な
い様な・・・』
「あら?あの子猫は確か―――」
同じ月明りの下、そんなレンを見詰める紅い瞳があった。
「そうだ、あのコにお願いして見ようかしら」
蒼い衣装の少女はクスッと口元からこぼれる笑みに手をあてて、黒い子猫に近
づいていった。
ビクッ!「フ〜!?」
―――『なんだコレ、なんだコレ!?』
なにかが自分に近づいている事に気が付くレン。キョロキョロと辺りを見
渡すが何も見えない。
―――『なんだろう?どうしよう?・・・志貴〜。』
「ねえ、子猫さん。こんばんは?」
前触れも無く、後ろに手を組んだ少女が、ヒョコンッとレンの後ろに現れた。
ハッ!! いきなり聞こえたその声に驚いたレンはそのまま脱兎の如く逃げ
た――― が、その時!
「ミギャ〜〜〜〜〜!!!?」
自分の足元が唐突に黒く染まり、波立つ。自分の足がズブズブと埋まってしま
って逃げられない。
―――『イヤ〜〜〜ッ!! 志貴! 助けて、志貴〜〜〜〜っ!!!』
咄嗟に人間の姿になるがそれでも黒い液状の何かか生き物の様に纏わりついて
身体の自由を奪おうとしている。
「〜〜〜〜〜!」
声にならない悲鳴を上げ、怯えていると
―――――『お止めなさい、プリム!』―――――
ピクッ!
凛とした声と共にニュルニュル と地面を這う黒い戒めが解けていく。そして
それは一旦大きな黒い獣の姿になると、何時の間にか自分の前に立っている少女
に向かって駈けて行き、
シュルルルルンッッ
と、少女の身を包む黒い光沢の大きなストールに姿を変えた。
「〜〜〜〜〜。」
訳のワカラナイ状況にただ震えるレンに少女は慌てて歩み寄っていく。そして
「ごめんなさいね。怖かったしょう? こんなに震えて」
レンの前に来るとしゃがみ込み、そっとなだめる様に優しく頭を撫でる。
「―――――」
――― 『昔、こんな風に誰かも私に・・・ 懐かしいな・・・』
落ち着いてくると、母親が子供をいたわるかの様に撫でてくれていたのは自分の今
の姿よりほんの少し、2つか3つくらい年上の小柄な少女なのだと気が付いた。
「どう?少しは落ち着いたかな?」
その優しい声に、恐る恐る顔を上げると紅い眼をした少女が自分の顔を覗き込んで
いた。
コクンッ とレンが頷くと
「そう、怪我がなくて本当によかった」
クスッ と微笑む笑顔はレンが見惚れるほどだった。長い艶やかな黒髪、小振りな
パーツが綺麗に整った顔立だが、けして冷たい雰囲気ではない。まるで蒼い月明りの
ような・・・・
こうしていると何故さっきは逃げ出そうとしたかがワカラナイくらいだった。
気持ちが落ち着いたのを見計らうとレンを立たせ、スッと身体を離し少女も立ち上
がる。二人の身長差は余り無く、目線もほぼ同じだった。
「さっきは驚かせてごめんなさいね。プリムったら・・・」
「――――」
――――『もういいの。』
レンが怒っていないのを知ってホッとする少女。
「実はね、貴女にお願いがあるのよ。聞いてくれる?」
「―――?」
―――『なに?』
と、首を傾げるレンを微笑ましそうに見ながら
「貴女のご主人様に合わせて欲しいの」
「―――?」
―――『志貴に逢いたいの?』
それから暫し後。レンの案内で少女は遠野邸の前に来ていた。
「ここが貴女のお家なのね?」
「――――。」
コクンッ と頷くレン。
その屋敷は城と呼ぶに相応しい大きさを誇り、その広さからは考えられない程
人の気配という物が無かった。
「案内ご苦労様、子猫さん。」
そう言って、またレンの頭を撫で、レンも気持ち良さそうに目を細める。
「私、リビングで待っているから子猫さんは貴女のご主人様を連れて来て欲しい
のだけど、お願いできるかな?」
「―――。」
またコクンッ と頷く、かなり少女に懐いてしまったレン。
少女も相槌のように頷き返すとそのまま屋敷に向かって歩いていく。
ガチャンッ キィィィィィ。
少女が扉の前に来ると自然に開いていった。そしてそのまま屋敷の中へ・・・
カサカサッ! レンは再び猫の姿になると木を伝い、屋根を上って志貴の部屋
の窓に辿り着く。もちろん鍵は自分の為に開けてくれている。
パタンッ と音を立てて窓からご主人様の寝ている部屋に侵入、いや帰還する。
「―――!!」
人の姿に戻ると、志貴を待つお客様の事を知らせる為に、一生懸命揺すって目
を覚まさせようとする。が、これが並大抵の労力じゃないのは毎朝の翡翠との遣り
取りを見て知っている。
「―――――――――!!!」
―――『起きて、志貴。お客様なの。お待たせしちゃ駄目なの。』
・・・・かくしてレンの努力が実り、ご主人様のお目覚めとなった―――
「ん〜〜〜。おはよう翡翠―――!? レン? なんだ?まだ夜中じゃないか〜」
「――――!!」
―――『一緒に来て欲しいの。お客様が来てるの。』
あくびをする志貴の袖をグイグイと引っ張って少女の待つ一階のリビングへ連れ
て行こうとするレン。しかし志貴には何がなんだかワカラナイ。
「おい?どうしたんだよレン? なんかあったのか?」
辛うじて眼鏡を取るとそのままレンに引きずられる様にリビングへ。
「あれ?明かりが付いてる。 誰が起きてるんだ」
レンの様子を見ると中に入れという事らしい。
「ふぁ〜、・・・中に居る奴に逢えって事なのか?」
コクンッと肯定の意を示すレン。 半分寝ぼけたままでドアノブが良く見えず
目を擦りながら手で探る。
ガチャン と、ドアが開くと同時に眼鏡がずり落ちた。
上品な立居振舞いでソファーに座っていた少女はドアが開く気配に気が付き
「お久しぶりですね。逢いたかったわ、アルク・・・?」
―――――え?――――――
少女の思考が一瞬固まった。ドアの向うから訪れた人物が待ち人じゃ無か
ったからではない。ずれた眼鏡の隙間から見えたその眼、青く澄んだその眼が
自分を捕らえた時、言いようの無い感覚が少女に走ったから。
「・・・君、誰だい? 」
志貴はズレた眼鏡を架けなおすが、まだ寝ぼけ眼で相手がよく見えていない。
「え、と。その・・・。」
少女は声が上手く出せない。頬が熱くなっているのが自分でも分かるくらいだ。
「――――?」
―――『どうしたの?』
と、志貴のパジャマの裾を掴んだままのレンが少女を心配そうに見詰めていた。
「あ、子猫さん?あの・・貴女のご主人様は?」
「レンのマスターは俺だけど?」
所有権を主張する未だ眠そうな少年と、『そうなの』と頷くレン。
「そ、そんな。その娘は確かアルクェイドの――――」
照れを隠す様に上目使いに拗ねた表情を見せる少女。
「なんだ、あんたアルクェイドの知り合いなのか」
「え? あの、ここはアルクェイドの居城では無いのですか?」
「いや、ここは俺の家だよ。ついでに言えばレンは少し前に俺がアルクェイドか
ら譲り受けたんだ」
カー――ッ と少女の顔が一気に赤くなる。
「ご、ごめんなさい。私、勘違いしてしまって貴方の家に黙って入り込んで
しまいました・・・」
「いや、それはいいんだけど――――」
『「あら?誰かいらっしゃるんですか〜?」』
案の定、深夜の見回りが来た。しかも今夜は琥珀さんなので見つかったら
どうなるか・・・・
「あの、どうかなさいましたか?」
何故か潤んだ瞳で見詰める美しい少女にドキっとする志貴。改めて見ると本当
に綺麗な娘だった。
「い、いや。取り合えず今は引きとってくれないかな?」
その言葉に残念そうに、そして寂しそうにうつむく少女。
「・・・わかりました。では後日、改めてお伺いします」
優雅な動作で一礼すると身に纏ったストールが、シュルシュルッと彼女の身体
を隠す様に包み込み
「―――――私の名はアルトルージュ=ブリュンスタッドです」
「ああ、俺は遠野志貴」
と、お互いの名を言い交わすとそのまま消えてしまった。
窓からは蒼い月明りが先程の少女の名残の様に差し込んでいる。・・・・
「・・・・何だったんだ?」
イマイチ事態が掴めず、呆然とする志貴。レンはそんなご主人様の手をキュッ
と握って
「―――――」
―――『わかんない。でも優しくて良い人なの。』
まあ、レンがこんなに懐いたんなら悪い奴ではないよな?・・・多分。
『あとがき』
紆余曲折を経て、やっとアルトルージュ編の本編です。
この話でやりたかったのは只一つ!アルトルージュの三つの下僕。
まずはその1・プライミッツマーダ―こと「プリム」ですね。(笑
もちろん声は「野田圭一」! 「お呼びでございますか、ご主人様」
アルトルージュは位置的にはヨミですね。力の象徴たる塔は持ってません
が、その人望と魅力で大組織を率いている点でですが。
あと、真祖としての属性が「癒しの蒼い月」なのでこの性格なのです。
BGM 「アベノ橋魔法☆商店街 ED」あなたの心に/林原めぐみ
感想、お待ちしております。