「・・・」
俺はその質問に思わず無言で琥珀さんを見つめた。
「・・・」
俺の眼を逸らす事無く見つめている琥珀さんの視線は真剣そのもの、到底ごまかしが通用するとは思えなかった。
「・・・きっと軽蔑するかもしれないけれど、まだ誰が一番かなんて決められないんだ・・・ごめん・・・」
「あはーやはりそうでしたかー」
琥珀さんはそう言いながら笑ったがその瞳には9割の安堵と1割の不満があった。
「私としては、翡翠ちゃんか私を選んでくだされば文句はありません。私達両方でも一向にOKです。
・・・私・・・翡翠ちゃんと志貴さんが契約・・・いえ、愛し合ったと聞いた時、
『そうか、人形はもうすぐ止まって動かなくなるんだな』って思いました。でも・・・志貴さんはこんな人形にまでお情けを下さいました」
「・・・もしかして余計な御世話だった?」「いえ、そうではありません。まだ戸惑っているんです。
今まで人形として生きてきた私がまさか普通の生き方が出来るなんて思いませんでしたし、子供の頃に絶対に届かない夢として諦めていた、事を志貴さんは私にまで下さいました。
それだけでも充分に幸せなんです。・・・でも・・・でも、やっぱり志貴さんには私だけを見て欲しい、志貴さんの御優しい寵愛を私だけが独り占めしたい・・・これが本心です。
そして・・・同じ位翡翠ちゃんにも秋葉様・アルクェイド様やシエル様にも私と同じ位幸せになってもらいたい、こんな風に思っている私がいるもの事実なんです。
ふふっ、志貴さん責任重大ですよ。私達皆の心を奪っちゃったんですから、もしも勝手に死んだり、浮気とかしちゃったら私達きっと後を追いかけちゃいますよ」
琥珀さんはそう言うと幸せそうな表情で目を閉じると俺の左肩に頭を乗せた。
「・・・わかっているよ。琥珀さん・・・何処にも行かないから・・・」
「約束ですよ・・・志貴さん・・・」
今までレンちゃんの髪を撫でていた右手を使い今度は琥珀さんの髪をそっと手ですいてあげた。
しかし・・・俺は琥珀さんへの返答とは裏腹に暗く沈んでいた。
俺の脳裏にはあの事件も終わり、俺に七夜の記憶と力が甦る直前に交わされた先生の言葉が反芻していた。
―志貴、君はもう長くは無いわよ・・・―
―そっか・・・君は自分の死期も見えるのね―
そう、俺に生きる意味を教えてくれた先生。
その先生の口から俺がそれほど長くは無いと聞かされた時俺は少なからずショックを受けた。
長くは無いという事は自然に受け入れられたが、先生の口からそんな事を聞くとは思わ無かった俺はその事がショックだった。
そして・・・俺が今だこんな優柔不断な同居生活をしているのもここに理由があった。
いつ死んでもおかしく無い体。
それでも俺が死ねば、少なくてもここにいる全員が悲しむ。
それなら、彼女達に夢を見せてやる事が俺の最期の仕事だと思っている。
忘れたくても、絶対に忘れる事の出来ない優しく幸福に満ちた夢を・・・
そんな事を考えていると、
「琥珀!貴方、兄さんに何甘えているの!?」
ようやく薬から目を覚ましたのか秋葉が不機嫌そうにこちらを見ていた。
髪は・・・今だ黒髪なのが救いだ。
「あはーちょっと、志貴さんにお情けを頂こうかと思いまして」
琥珀さん・・・貴方は何故にそう火に油・・・いやガソリンをぶちまけるような事を・・・
「・・・ふふっ・・・琥珀、貴方いい根性しているわね。ちょっとこっちに来なさい」
「あーれー秋葉様がご乱心ですー」
そう言いながら琥珀さんは皆の所に逃走を成功させていた。
「まったく・・・逃げ足はどんどん速くなっているわね」
かすかに髪を紅くしながら秋葉はぶつぶつそんな事を言っていたが、やがて琥珀さんが座っていた所に座ると琥珀さんと同じく俺の左肩に体重を預けると。
「兄さん、琥珀とは本当の所何を話していたのですか?」
「んー、まあ色々と・・・」「兄さん?」「ああ悪い、何が何でも死ねないなと思っていた」
「当然です。兄さんは私が死ぬまで絶対に死んではいけません」「それは遠野家の家長としての命令?」
「何言っているんですか・・・これは遠野秋葉が七夜志貴にお願いしているのですよ」
秋葉は俺のからかい口調の言葉に少しむくれながら、さりげなく俺の元の名・・・いや、近い将来戻る名で俺を呼んだ。
そう、俺は高校を卒業と同時に遠野から七夜に戻るつもりでいた。
その事は秋葉しか知らない。
別に遠野が嫌いになった訳では無いし親父の代に断った暗殺者に戻ろうと言う訳でもない。
別に七夜でも秋葉達とも家族にはなれるし七夜に戻ったからと言って秋葉や、向こうでの騒ぎの中心となっている天然お姫様を殺すと言う訳でもない。
ただ・・・四季、あいつの席にこれ以上居座る気にはなれなかった。
いくら反転したと言ってもあいつはまだ生きていた。
それなのにあいつは生きながらにしてその存在を抹消され、本来は俺が居るべきであったその席を押し付けられた。
もし、俺が死ぬまで遠野四季の席に居座り続ければあいつの存在意味が消えてしまう。
四季からこれ以上俺は奪いたくなかった。
ただでさえ俺は、あいつからさまざまなものを奪ってきたのだから、せめて遠野しきの名だけはあいつに返してやりたい。
俺はそう言って秋葉を何とか説得し、秋葉は今七夜の戸籍の復活の工作を行っている。
「そうか・・・そうだったな・・・ごめんな秋葉、変な事を押し付けちまって」
俺はそう言うと静かに頭を下げていた。
「もうっ、何を言っているんですか!私は兄さんの頼みだからこそ、しているだけです・・・そ、それに・・・兄さんが七夜となれば・・・私と結婚だって・・・」
・・・どうしたのだろうか?
秋葉の奴、途中から顔と髪を見事なくらい真っ赤に染め上げて身悶えしながらぶつぶつ言っている。
傍目から言って不気味な光景この上ない。
「おい・・・秋葉・・・」「あーっ!妹、志貴といちゃついてるー!!」「秋葉さんこのような抜け駆けは今回禁止とした筈ですよ」
「秋葉様・・・それはずるいです」「あはー秋葉様いくら私でもそこまではしてもらっていませんよー」
俺が秋葉に大丈夫かと尋ねようとした時、アルクェイド達の声が聞こえた。
俺はあたりを見渡すと何時の間にか皆俺達を囲んで睨みつけている。
「もうっ!!なんで貴女達はいいムードになって来た所で邪魔するんですか!!」
今度は秋葉は怒りで髪と顔を紅く染め上げて逆に睨みつける。
「・・・うーん・・・」「あーあ、ほら皆が大声出すから、レンちゃん起きちゃったじゃないか・・・」
「・・・・・・」まだ眠いのだろう、レンちゃんはボーッとしながら周りを見ていたが俺と視線が合うと唐突に首につかまり
「しきさまぁー」と一言と共に―ちゅっー
「「「「「ああっーーーーー!!!」」」」」
・・・この後この列車内で何が起こったか?
・・・その事に関しては一切言えない・・・というか言いたくない。
ただ補足として、後日鉄道会社から多額の損害賠償の請求が届く事になったことだけは追記しておく・・・