空と月の死期〜参章・月の出逢い〜
珍しく俺は一人で起きていた。
どうやら今日は雪が降ってるらしく、窓の外は一面白銀の世界だ。
今日は屋敷に客が来るという。
何でも設計士に家の改築を頼み、その話し合いのために家に招いたとか。
そして、そのまま何日か滞在させ、設計の終了と共に工事を始めるらしい。
どうせ秋葉のことだから対アルクェイド、シエル先輩用に呪術的なものでも仕込むんだろう、
お抱えの設計士達は使わないようだ。
まあ、もっともあの二人を防げるものなんて無いだろうけど・・・
時計は午前十一時を指していた。
・・・この数ヶ月こんな時間に一人で起きることは無かったような気がする。
アルクェイドにたたき起こされ、
シエル先輩にベッドごと拉致られ、
秋葉のキスで口をふさがれ、
翡翠に優しく抱かれて、
琥珀さんの料理のにおいにつられて、
レンの悪夢でうなさえれ、
それぞれの方法でみんなに起こされた。
一人で起きていた有間の家のことを懐かしく思ったこともあった。
でも戻ろうとは思わない。これは俺が望んだこと。
おそらく俺の命はこの眼のためか、もともとの体質のせいか、長くは持たないだろう。
自分で感じる自分の寿命・・・みんなはきっとこれを知れば何とかしようとするだろう。
それでも俺はこの運命を受け入れよう。考えるのは死ぬ直前、もうどうしようもない時でいい。
だからそれまでは今を楽しむ、愛する人たちのために・・・・
「よし、行くか」
俺は気持ちを切りかえ、居間に向かおうとした。
そろそろお客さんも来ている筈だ。
遠野家の長男として恥ずかしくないように接しないとな。
ポケットには七ツ夜・・・・顔も知らない親の形見。
眼鏡をかけて・・・・人として大切なことを教わった先生の思い出。
いつもとは違う少し大人っぽい服を纏い、来客を出迎えに行こう。
秋葉にしかられないように・・・・・
キィィ、バタン
・・・主が出て行った部屋はまだぬくもりを残していた。
時計は午前九時を指している。
壊れているわけではない、ただ針はそう進まざるをえなかったのだ。
ゆっくりと確実に狂いは生じていた・・・
「こちらです、どうぞ。傘やコートなどはこちらでお預かりします」
そうメイド服の少女に案内されて、僕たちは大きな屋敷に入っていった。
しかし・・・
(広いですね、橙子さん)
僕は小さな声で所長に聞いてみた。
答えなどわかっているはずなのに、この広大な敷地を見ると改めてそう問いたくなる。
(まあな、裏の顔をあるみたいだし)
(そういえば・・・)
結局、裏の顔とやらは分からなかった。
今の世の中、完璧に隠蔽するのは無理というものだから、親族などに当たれば何か分かったかもしれない。
だが時間が少なかったせいか、きな臭い『なにか』はつかめなかった。
この遠野という家は発言力が強すぎる。
軋間や久我峰といった分家はもちろん、古くからの名家はほとんどこの家と関りを持っている。
柏木、源、神崎、真宮寺・・・・・挙げればきりが無い。
そういった面も含め表の顔だけでは説明がつかないことがあったのだ。
こんな複雑な調査、一日じゃ無理ですよ所長。
「・・・なにか不満でもあるのか?黒桐」
「いえ、べつに」
どうやら僕は顔に出るタイプらしい。すぐ感情を読まれてしまう。
うーん、なんとかしないと・・・・
それはともかくこの家について分かったことはごく一般的なことのみだった。
現在この屋敷に住むのは四人、現当主である遠野秋葉、メイドの少女二人。
そして式と同名の長男、遠野志貴。
長男なのに家督を継いで無いのは昔の事故が関係あるらしい。
この事については遠野志貴と親しい友人に接触できたが彼曰く、
『遠野のことはいくら聞かれたって答えるつもりはねえよ。あいつもいろいろあんだ』
と、聞いても答えてくれなかった。
その友達は赤毛にピアスという格好で昼間から街をぶらついていたのだが、見かけによらず情に厚いらしい。
遠野志貴はいい友達を持ったようだ。
他にはこれといったことは調べられなかった。家の資料も先の大戦で焼けている。
ここまで資料の無い家も稀だろう。まるで故意にやったようだ・・・
「ほら黒桐、依頼主との初顔合わせだ。しゃんとしな」
「は、はい」
僕は考えを打ち切り、客間であろう部屋に入る。
「秋葉さま、蒼崎さまご一行をお連れ致しました」
「ご苦労様」
少女はそう言われると、ソファーの後ろにさがった。
「それでは初めまして、今回仕事を依頼した遠野秋葉です。よろしく」
ソファーに座っているのは完璧なお嬢様といった感じの少女。
鮮花のそれとは違う、一部のじきも無い良家の娘。長い黒髪の日本人形。そんな感じだ。
その空気に押され僕と鮮花は黙ってしまった。
そんな中、最初に口を開いたのは橙子さんだった。
「蒼崎です。よろしく」
橙子さん何時の間に眼鏡を・・・・
まあさすがにあのままではまずいか。
「そしてこちらは助手の黒桐幹也君、その妹の鮮花」
僕と鮮花は慌ててお辞儀をした。
鮮花も気圧されて、いつもの調子が出ないようだ。
「あとはボディーガードの両儀式さん」
「両儀・・・式!?」
「まさか、遠野ってあの遠野だとはな。久しぶりで良かったか?遠野秋葉」
・・・?二人は挨拶もせず、睨み合っている。秋葉さんは立ち上がって構えていた。
遠野の家のことからこの二人が知り合いでもおかしくないが、それにしたって二人の間の空気は変だ。
数年来の仇に会ったような睨み合いを続けている。
たまらず僕は式に聞いてみた。
「式、知り合い?」
「説明は橙子の役目だろう」
式は橙子さんのほうを見ると、そう言った。
「まあ、待って。まず座らせてもらいましょう。よろしいですか?」
その『よろしいですか?』は二つの意味を持っていたのが僕にも分かった。
つまり着席の許可と二人の関係について話してよいかだ。
「そこの方たちは信用できるのですか?」
秋葉さんはそう問い返してきた。
それに答えたのは橙子さんではなく、式だった。
「それは保障するよ。こいつは私がこの世でただ一人、信用している男だ」
「あのあなたがそこまで言うのですから、信じましょう。ではどうぞお座りください」
秋葉さんはみんなに席を勧めると自分も元の席に座った。
心なしか表情が柔らかくなった気がする。
「さて、じゃあどこから話しましょうか。そもそも両儀と遠野は・・・」
と橙子さんが話そうとした時、この部屋に誰かが入ってきた。
「兄さん!」
「志貴さま!」
二人の少女は同時に声を上げていた。そして皆の視線が入ってきた少年に集まる。
「ああ、おはよう二人とも。それと、いらっしゃいませ遠野志貴です。よろしく」
眼鏡をかけた人あたりのよさそうな少年、遠野志貴は会釈して挨拶した。
この人を見て式と鮮花はポカーンとしていた。
何がおかしいのか・・・
橙子さんだけは違う表情だった。
それはかつて一度も見たことの無い橙子さんの憤怒の表情だった。
「遠野・・・志貴とかいったな。貴様それをどこで手に入れた」
今にも飛びついていきそうにそう言って、橙子さんは彼の眼鏡を指した。
「えっ?」
彼は困惑しているようだ。
ただそれは怒りに対する狼狽では無く、純粋な驚きのように感じられた
そして彼は語りだした。
その眼鏡と・・・その眼のことを。
あるはずの無い共通点は確かにあった。
ゆっくりと確実に狂いと相克がはじまった・・・・
続く・・・・
ういっす、舞姫ますたーです。
いかがでしたか参章?
楽しんでいただけたなら幸いです。
え、更新が遅いって?・・・すいません、一応受験生なので。
しかも名前から分かる通り(分かる人いんのか?)さくら大戦好きなので・・・
次回はなるべく早くします。ごめんなさい。感想くれるとスピードアップかも
感想はメール、掲示板で随時募集中です。『月姫放浪』もよろしく。
そいではまた四章で。オー・ルヴォワール!