夏も影を潜め、すっかり秋が訪れた。
「・・・・殺人貴?」
「ああ、噂だがね」
私はする事もないのでトウコの事務所に来ていた。
通う事に意義を見出せなくなって高校を辞めたら時間が有り余ってしまった。
暇潰しに幹也に会いに来ているのだが
今日は生憎幹也は忙しいらしく
逆に暇そうにしていたトウコの話し相手をしている。
「最近になって極一部にではあるがその名を知られるようになっている。
・・・・まあ、知られている事といえば
真祖の姫君と関わりがあり、日本人であり、そして・・・・」
トウコはもったいぶらすように間を作る。
私は魔術師達の間の噂話なんて興味の欠片もないのだが
トウコが私に話すという事は
少なからず私に関係のある話なのだろう。
「直死の魔眼を持っているらしい」
「・・・・・・ローマだかギリシャの神様以降存在しなかったとか言ってなかったか?」
「噂を本気にするな。そんな代物が同じ時代に二つも存在する筈がない。
どこかで噂に尾ビレ背ビレがついて誇大されただけだろう」
その突拍子もない噂に私は何故か引っ掛かる感じを覚えていた。
現実味のないその話に
しかし私は自分がそうだからか、もしくはただの勘か
なんとなくその殺人貴という奴が
直死の魔眼を持っているんじゃないかと思ってしまった。
そして珍しくその殺人貴という奴に興味を持っていた。
「確か日本人とか言ってたな?」
「ああ、東洋人で真祖の姫君と関わりがあるらしいからな」
「真祖の姫君とやらと関わりがあると何で日本人になるんだ?」
「直接日本人らしいという噂もあるが
真祖の姫君が一年ほど前から城に帰らずに
日本の三咲町に滞在しているという噂の方が有名だ。
最近頭角を現し出した殺人貴が三咲町に住んでいても不思議はない」
それこそ世界は狭過ぎる。
三咲町といえば電車一本で着く隣町だ。
こんな偶然は笑うしかない。
「あれ?式、どこに行くんだい?」
赤く染めた革の上着を羽織り出入り口に向かう私に気付いて幹也が声を掛けてくる。
「ああ、これから散歩に行ってくる。きっと帰りも遅くなる」
そう言って私は三咲町へと足を向けた。
「月」 路地裏の殺人鬼達
今日はシエル先輩の巡回を手伝っていた。
そしたら珍しいことに今晩は死者の集団を発見した。
奴らが二手に別れて逃げたので
俺と先輩も二手に別れて追うことになった。
そして俺は二匹の死者を追って暗い路地裏を走っている。
何かと縁のあるこの路地裏の地理を俺は知り尽くしていた。
死者達を逃げ場のない袋小路へと追い詰めていく。
少し前を走らせている死者達が曲がった先、そこは行き止まりだ。
追って俺もその角を曲がる。
その時俺の視界に入ったのは死者と一人の人影、
着物の上に赤い革のジャンパーという変わった格好の少女だった。
俺は驚愕に眼を見開いた。この距離ではもう間に合わない。
無理とは理解りつつ限界までスピードを上げて助けようとする。
しかし死者が彼女に襲い掛かる方が絶望的なまでに早かった。
次の瞬間、俺の眼に写ったのは信じられない光景だった。
少女に襲い掛かった筈の死者の両腕と左脚は切断され
死者が地に倒れるより速く彼女の持っていたナイフが死者の胸を貫く。
そして死者は塵となって消えた。
有り得ない。何故なら死者はその程度のダメージじゃ死なない。
もっとどうしようもないくらいに破壊しないと死者は死なないのだ。
概念武装か俺の直死の魔眼があれば別だが
彼女の手にしたナイフからは死者を殺すほどの力は視られない。
でも確か死者の一匹の一番大きな点は
寸分違わず彼女の衝いた胸にあったような気がする。
余りの出来事に呆然としていた俺の背後からもう一匹の死者が襲い掛かってくる。
戦いの最中に我を忘れていた自分を不甲斐なくも思ったが
この程度の奇襲でやられる俺ではない。
魔と危険の気配を感じ取ると振り返り右腕を振り上げた死者の懐に踏み込む。
振り下ろされる腕の線をなぞり、返す刃で首の点を衝く。
そして死者はさっきの死者と同様に塵と化した。
振り返った先に少女は差し込む月明かりに照らされて立っていた。
そんな幻想的な風景の中、彼女の深くて黒い双眸は
月光に反射されてか青く輝いているように見えた。
「よう、お前が殺人貴か?」
少女は男みたいな言葉使いでそんな台詞を発する。
「やっぱりお前も直死の魔眼を持ってるみたいだな」
「トウコの予想はハズレだ」と付け足した彼女の言葉は
薄々理解ってはいたが信じられなかった事を肯定していた。
つまり・・・・・・・・
「君も、直死の魔眼を・・・・?」
答えを聴くまでもなく彼女の貌を見れば語っていた。
直死の魔眼の少女の提案で俺達は通りまでやって来ていた。
偶然にも何時かの自販機の前である。
ガコン、という音がして彼女は自販機から缶の緑茶を取り出す。
そしてこちらに振り返る。
「殺人貴、お前は何にする?」
「それじゃ、コーヒーを」
サイフから小銭を出して投げ渡す。
彼女は小銭を自販機に入れてボタンを押し
出てきた缶コーヒーを投げて寄越した。
「それからその『殺人貴』っていうのはやめてくれないか?」
その名前で呼ばれるのはどうしても好きにはなれない。
「そうか。オレは両儀式」
彼女、両儀式は名乗って俺が返すよう促す。
「俺は遠野志貴。偶然だね。同じ名前だ。」
「ここまで出来過ぎてると偶然というより
何かが働いた結果の必然と言った方が妥当だ」
彼女は少し驚いてるような、少しうんざりしたような感じで答えた。
「なるほど、確かにそうかも知れない」
きょとんとした感じでそう答える遠野志貴。
眼鏡を掛けているせいか、いや、雰囲気から何からどこか幹也に似ている。
さっきの動く死体と対峙していた時は別だが。
「遠野っていうと、あの遠野か?」
「ん・・・・ああ、そうだけど・・・・」
少し気まずそうに頷く。
私も両儀の家の事をこんな風に訊かれるのは良い気分がしないだろうから
気持ちは理解らないでもない。
「ふーん、するとお前の眼は魔からくる能力なのか」
「!?・・・・・・」
動揺して複雑な表情をする遠野志貴。
どちらも得難い情報とはいえ殺人貴と遠野は
情報のルートが微妙に違う。
殺人貴という魔術師寄りの情報を知っていた私が
遠野というこの国の事情も知っていた事に驚いたのだろう。
まあ、よく考えればこの国に住んでいるこっち側の人間なら別段不思議なことではないのだろうが。
私は、適当に逃げ回っているが、高校を辞めてから本格的に私に次期当主として教育を始めた父親から
聴きたくもないのに捕まって聴かされたことの中に偶然その知識があっただけだった。
「いや、俺は養子だからコレは遠野の力じゃないよ。本当の姓は七夜っていうんだ」
「へえ、あの数年前に滅ぼされたという退魔の一族七夜の生き残りか」
疎憶えだが確か七夜の長男を遠野が養子にしたと聴いたような気がする。
「だからどうしてこの力を得たかは詳しく理解らない。
ただ死に触れた事で視えるようになったって事くらいかな」
「・・・・ここまで一緒だと偶然ってやつにもうんざりするな」
一晩の散策で遭ったのも引き合ったとしか思えない。
「そういえば・・・・君は大丈夫なのかい?」
志貴は何か心配するような感じでそう訊いてきた。
「何が?」
「いや、死に囲まれていて辛いんじゃないかと思って・・・・」
理解るような気はするが要領を得ない。
「別に気を緩めなければ視える事もないだろ?」
「えっ!?君は視ないように出来るのか?」
どうやら志貴と私の眼には少し相違点があるらしい。
「ああ、そうだとするとお前こそよく我慢できるな」
私なら耐えられない。それで一度眼を潰そうとすらしたのだから。
「俺にはこれがあるから」
そう言って眼鏡を指す。
「魔眼殺しっていって、これを掛けていれば視えない」
「ふーん、それは便利な代物だ。
でも納得したよ。お前も耐えられない性質だと思ったからな。
逢った時から名前の割にお前も人の殺せない殺人鬼だって理解ったし」
「本当に何から何まで似てるね」
遠くから誰かがこちらへ近づいて来る気配がする。
そいつと遭うのはなんだかあまり良くないような気がした。
「さて、そろそろオレは行く。
縁が深そうだからまた逢う事もあるかもしれないし
近過ぎる故にもう逢う事もないかもしれない。
残念な事があるとしたら
三年前に出会っていたら、お前とは最高の殺し合いができたかもしれないって事だ」
「・・・・逢ったのが今晩で良かった。無闇な殺し合いは嫌だからね」
「オレも今は自分の命を簡単に賭けたくないんで御免だ」
「それじゃあ・・・・」
「ああ、じゃあな・・・・」
振り返る事なく離れて行く。
交わる事のない筈の二人のシキの短い邂逅が終わる。
空には綺麗な真円の境界を持った月がひとつ・・・・・・。
あとがき
はじめまして、ここに投稿させていただくのは初めてのesと申します。
ありがちなネタですが衝動でSSを書き上げてしまって
でも現在自分は公開できるスペースを持っていなかったので
こちらを利用させていただきました。
一応この作品には続編の構想がありまして
もしそれが完成したらまた投稿させてもらいますね。
ちなみにタイトルは『「月」』と書いて『月の輪郭』と読みます。
それではここまで読んでいただいてありがとうございました。