平凡な1コマ。M:空の境界メンバー 傾:ほのぼのかギャグ


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1: 須啓 (2002/03/29 09:52:00)[sukei33 at yahoo.co.jp]

窓から差し込む日の光が、あたたかで心地よい。
こういうのを小春日和というのだろうか。

仕事が一段落し、コーヒーを飲みながらそんなことを思う。

この分でいけば、月末にはまとまった金額が事務所に振ってくるだろうし、
今月の給料はおそらく確保できるだろう。

いや、まあ、人間、貧すれば鈍するともいうわけで。
生活の保障がされれば、うつろう四季に情緒を感じるゆとりも出てくるのだと思う。

「何をぼー、としてるんですか、兄さん」
兄のささやかな幸せな気分に、毒気満載の楔を打ち込んでくれたのは妹の鮮花。

「幹也がぼー、としているのはいつものことだろう」
それにあまりフォローになっていないフォローを入れてくれたのは式だった。

いつもの事務所に、いつものメンバー。

つまりは、僕、黒桐幹也が事務作業をし、妹の鮮花が妖しげな書物をよみふけり、
式が姿勢良くただ座っていて、橙子さんがなにやら仕事らしきことをしている。
つまりは、そんな平穏な日常の1コマ。なにか問題があるとすれば、それは―――。

「注意力が散漫だから、いろんなことに巻き込まれるんです。兄さんは!」
鮮花の機嫌が悪いことくらいだろうか。
あの事件、つまりは僕と式が巻き込まれてしまった2年越しの悲劇に、一応の幕がおりた事件以来、
妹の鮮花はなにかと僕に対して小言をいうことが多くなった。

それが、僕を心配してくれてのものだということがわかっているだけに、こちらとしても
黙っていじめられているしかないのが、現状だったりする。

その代わり、といってはなんだけど、式がやさしくなった―――ちょっと、違うか。
やさしさを表現してくれることが多くなった、が正解かもしれない。
今みたいに不器用だけど、ちゃんと僕の味方ということを態度で示してくれる。

じろり、と今度は鮮花がその式の方に険悪な視線をむけた。
・・・いけない、ここは―――。

「わかってるよ。反省してる。心配かけて、ごめんな。鮮花」
あわてて僕は、鮮花の怒りを消化することにした。
じっと鮮花の目を見てから、頭を下げる。

「口だけなんですから、兄さんは」
言葉は厳しいけれど、鮮花の口調は多少は和らいだようだった。
こういう素直なところは、我が妹ながら可愛いと思う。
女子高でなければ、男どもがほうってはおくまい。

一安心して式の方をみると―――何故か、ちょっと怒った顔。
あれ?
式が怒る事をなにか、してしまったんだろうか、僕は。

そんな、僕の一瞬の焦り見てか、実に楽しげな含み笑いをもらしている橙子さんがいた。
ちなみに、今日も眼鏡をしていないので、実に人の悪そうな笑い方をしている。

「あいかわらず退屈させないよ、お前達は。すばらしき青春、といったところか」
なにが言いたいのか僕には理解しかねたのだが、鮮花と式は同時に橙子さんへ険悪な視線をむけた。
・・・頼むから、仲良くしようね。

「そういう、橙子さんはどうなんです」
式より先に鮮花が橙子さんに、言い返した。
口調は穏やかだが、目が笑ってないよ、鮮花。

「こういった件では、いつも橙子さんは傍観者ですけど。
 橙子さんの青春は、どうなってるんです」
いつもなら、歯牙にもかけないだろう鮮花のそんな台詞に、珍しく橙子さんの表情が一瞬止まった。
すっと、彼女の綺麗な瞳が虚空のなかに吸い込まれて、今ではない記憶の中の過去を探る。
そんな風にみえた。

「・・・昔のこと、だな」
ほんの少しの沈黙のあと、呟くように紡がれた橙子さんの台詞は、僕なんかにはかっこいいと思えた
のだけれど、それを容赦なく叩きのめした人物がいた。

「本気で昔なんだろうな」
ごく自然に、容赦ない言葉を吐いたのは、式。

ぴしり。

―――なんだろう、今の音は。心なしか、部屋の気温が下がったような気がする。

「遠い目をされてましたものね。どれだけ遠いのかしら」
式に続いて、鮮花。言葉には刺はないが、口調には険がある。

びしり。

―――また、なにか、音がした。そう、それは例えば、橙子さんの机に亀裂が走ったことと
無関係ではないのかもしれない。

「そういえば、橙子っていくつなんだ?」

「そういえば、私も知らないわね」

ごく穏やかに会話を交わし始めた、式と鮮花。その二人に答える橙子さんの表情は
子供を諭す教師のようでもあった。

口元が引きつってる辺りなんか、学生への怒りを押し殺す女教師を彷彿とさせる。

「―――年齢など瑣末なことだよ、鮮花。人間とは、経験した時間の量ではなく、
 その中から掴み取ったものの量でこそ、評価されるべきなのだからな」

「別に、いまさら橙子の評価になんて興味はない」

「そうですね。橙子さんが、年齢に関係なく希代の魔術師であることは知ってます。
 今は、純粋に知識として橙子さんの年齢を話題にしているだけです」

ばっさりと、橙子さんの台詞を切り捨てる式と鮮花。なぜ、こんなときは息が合うんだ君達は。
・・・いつもこうだといいんだけれどなあ。

びしり。

ああ、机の亀裂が深くなったのかな。いや、橙子さんの背後の窓ガラスが誰も触れてもいないのに
割れただけか。

「鮮花。他人の年齢など興味を持つに値する対象か?」
「他人の色恋沙汰と、同程度には知的好奇心の対象になるかもしれません」
静かな師の言葉を、平然と受け流す弟子。
そんな指定を見ながら、式はちょっと意外な言葉を口にした。

「安心しろ、トウコ。俺はあんたから年齢を聞く気なんてないぞ」
橙子さんと、鮮花の目に疑問の色が混じる。多分、僕の顔にも同じような表情が浮かんでいただろう。
てっきり、橙子さんの年齢ネタでしばらくいじめるのかな、と思っていたんだけれども。
当の式は、くるり、といきなり僕の方に振り向いた。

「幹也」
「へ?」
間の抜けた僕の声が気に入らなかったのか、一瞬式が不快そうに眉をしかめた。

「お前の仕事だろ。調べるのは」

「え、え?」
それは、僕に橙子さんの年齢を調べろと。

べきり。

また、変な音がしたのだけれども、何が折れたのかはこの際考えないでおいた。
すぐにかけられた橙子さんの声の不吉さが、僕にそんなことを気にする余裕を与えてくれなかった。

「黒桐」
「はい?」
「―――仕事だ」
仕事?
また、いきなりな話の展開ですね、橙子さん。
お願いですから、口元だけではなくて目も笑ってください。

「その、仕事、というのは」
「大したことじゃない。その前に、君は高い所が好きだったかな、それとも深い所がすきだったかな」

・・・なんなんだろうか、その二択は。
高い所が好きな人ってはいるだろうけど、深い所が好きな人ってのはどんな人なんだ。
大体、「深い所」ってなんだ。

「別にどちらも・・・」
「―――どっちだ」
あまりに不吉な二択なので、答えたくはなかったのだが、今の橙子さんの言葉に逆らえるは
式とか鮮花とか虎とかライオンぐらいじゃないだろうか。

「・・・し、しいて言えば、高い所でしょうか」
高い所には、また、悲しい思い出もあったりするけれども、深い所って言う言葉のイメージが
怖すぎたので、とりあえずそう答えた。答えるだけならば、命までは取られまい。

僕の返答に、橙子さんは深く息をつき―――そして、言った。
「そうか、なら―――チョモランマか」
「は?」
頼むから、僕に想像できる範囲で話題の転換をしてください。所長。
思考停止になりそうな、僕を尻目に、橙子さんは僕の言葉を無知の現れと取ったようだった。

「知らないのか。いくら大学中退とはいえ、最低限の常識は身につけておいて然るべきだぞ。黒桐」
「いえ、チョモランマは知ってます。それと仕事がどう関係するのかがわからないだけで」
「登れ」
「あの」
「給料は通常どおり出るぞ。むろん、生きて戻れたらの話だが」
人の話を聞いてください、所長。

「そのくらいにするんだな、トウコ。見苦しい」
「そうです、橙子さん。いくら、年齢に負い目を感じていても」
ごめん、二人とも、口添えは嬉しいけれども、火に油を注ぐってことわざを知ってるかな。

「黒桐。私は君の調査能力を稀有のものだと思っている。
 ―――こんな形で失うのは惜しいんだ―――だが、しかたがない。
 君があくまで、魔術師の秘密を探るというのなら―――」
「ひ、秘密って、その、年齢―――」
「黒桐」
反論を許さない声。
何を前にしてもひるまず、揺るがず、折れない。そんな所長の口調は尊敬すべきものなのだが、
言ってることは無茶だった。

「選択肢は2つだ。チョモランマに登って頭を冷やしてくるか、何事も無かったかのように日々を送るか。
 君があくまで探究本能を満たしたいというのなら前者を、そうでないのなら後者を選ぶべきだろうな。
 誰かにも言った台詞ではあるが、人は罪によって道を選ぶのではなく、選んだ道によって罪を負うべきなんだ」
哲学的な台詞でフォローいれても駄目です。所長。

「コクトー、そんな女の命令なんて聞く必要ないぞ」
毅然とした、式の声。
その声は、強くそして、優しい。
でも、同じく言ってる内容には、問題ありだ。

「お前は心置きなく、トウコの年齢を暴けばいい」
「そうです、兄さん。ここは多少のストーカーぶりを発揮しても構わないでしょう
 いえ、むしろするべきです」
君達は僕をなんだと思ってるんだ。特に鮮花。だれがストーカだ。誰が。


でも、まあ。ちょっと彼女達は勘違いをしている。
これは、僕としては訂正しておく必要があると思う。
「所長。僕は、所長の年齢を調べたりはしませんよ」
『年齢』っていう言葉に、ピクリと橙子さんの表情が動いたものの、僕の言葉に満足げにうなずいた。
「そうか、なら問題は無いな。この話はおしまいだ」

反対に式はものすごく不満そうに僕を睨む。
その彼女が何かを言いかけるより前に、僕は言葉を続けた。

「そうです。とっくに知っているものを今更調べたりしません」

べきり。

ああ、そうか。この音は僕の席の缶コーヒーがつぶれる音か。まだ蓋も開けていないのに。もったいない。

しかし、そんなことぐらいでもう怯むわけにはいかない。これは僕の誇りの問題なのだから。

すっと、息を吸い込んで僕は橙子さんの瞳をまっすぐに見返した。それが、意外だったのか所長の
表情から怒りの色が抜けていく。

「橙子さん。僕があなたの作品にどれだけ、魅せられて、どれだけ必死であなたのことを探したか
 ご存知ないのですね」

「こ、黒桐―――幹也、くん?」

「いつぞやのアパートの住民を調べた時には、時間の都合で充分な調査が出来ませんでした。
 その事で僕の調査能力を疑っておられるなら心外です。
 あの時は、僕には時間がありました。だから―――調べたんですよ。存分に」

「―――幹也」
「―――兄さん」

あれ、ちょっと?
心なしか、橙子さんだけでなく、鮮花と式の表情もこわばってきたような。
いや、青ざめているのか。何故?
でも、ここは言わしてもらおう。

「年齢の特定なんてある人物を調べるのなら、最初にやることです。
 本人の経歴、背景にある思想。家族構成、家族の特徴。こんな程度、1日もあれば調べられます。
 橙子さんの場合には時間がかかりましたけどね。そんなのは、基本です―――他には―――」
具体的な項目を挙げようとしたその時、何故か三人は同時に声をあげた。

「―――やめよう」
「―――そうね。やめましょう」
「―――ふん」
疲れたような、あきれたような、そんな声。
え、まだ何も言っていないんだけれど。

「あれ、まだ何も言ってませんけれど」

「いや、もういい。言わなくていい。というか、言うな。頼むから」
「そうですね。兄さん、やめましょう。この話題は。というか、止めてください、お願いですから」
「幹也。コーヒー」
三者三様の言い方で、何故かこの話題の打ち切りを宣告してきた。
何故だ。

しかし、まあ、チョモランマ行きの話はなくなったようなので良しとするか。

「コーヒーでも入れてきます」
「ああ、頼む」
何故か頭を抑えている彼女達をあとにして、僕はコーヒーを入れに席を立つ。


・・・でも、なんか僕が悪者みたいじゃないか。いじめられてたのは僕のはずだったのだけど。

コーヒーメーカーを入れながら、そんなことを考えた。

そんな物思いにふけっていると式が台所(のような場所)にやってきた。
最近は、時折、コーヒーを運ぶのを手伝ってくれたりする。何故か僕のコーヒーを運んで
自分の分は運ばないのだけれど。

コーヒーが入れ終わるのにもう少し、時間がかかりそうだったので、ちょっと式に聞いてみることにした。
「ねえ、式。僕何か変なことを言ったかな?」
僕の言葉に、式は軽く顔をしかめて答えた。

「―――別に、ただ、お前をあまり敵にしたくないな、って思った」
「僕が式の敵になるわけないじゃないか」
「―――馬鹿」
本心から言ったことなのだけど、式はそう切り捨ててそっぽを向いてしまった。
耳まで真っ赤になっているあたりが、式のわかりやすいところだ。
でも、これ以上いじめるとあとが怖いのでしばらくは、黙っておこう。

しばらくの沈黙の後、コーヒーが出来た頃にようやく式が口を開いてくれた。
「お前さ、俺のことも調べたのか」
「―――うん」
それは、本当。でも。

「でも、まだ知らないことの方が多いんだろうなって思うよ。
 僕が簡単に調べられるようなことは、大したことはないから。
 本当に大事なことは、その人と向き合わないと調べられないからね。
 だから、まだまだ、式のことは調べ足りないかな」

これも、本心からの言葉。式は今度は視線をそらさなかった。
呆れたように、こちらを見返して―――そして、軽く微笑んだようにみえた。
「そっか。俺も幹也のこと、調べたりないのかな」
「うん。そうだと思うよ。だから、式」
言いながら僕のカップを式にわたした。代わりに僕が式のカップを持つ。
多分、誰から見ても不器用な、すこし代わったカップル。でも、僕は幸せだと思う。
だから、式。

「今後とも、よろしく」
「ああ、よろしく―――幹也」

時々、おだやかで。時々、理不尽で。時々、騒々しくて。
いつも、居心地がいい。

そんな、日常の1コマがまた一つ。




ちなみに、「深い所」ってなんだったのか橙子さんに聞いてみたのだけれども、
浮かべられた笑みがあまりに不吉だったので、僕には聞けなかった。


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須啓(スケイ)です。
前回のSSにもったいなくもご感想を送って頂いた方がおられたので、
舞い上がって調子に乗って再び、空の境界SSを書きました。

冷静に読み返してみると、全然内容がないのですけれど(苦笑)。
レギュラーメンバーの会話で遊んでみたかったのです。

でも、作中の橙子さんなら鮮花の台詞ぐらいなんとも思わないでしょうね。
黒桐君の性格も、ちょっと歪めてしまった感がありますし。

SSって書くのが難しいと、あらためて感じた須啓でした。


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