―――それでは、一つ古い話をしよう。
「あ、本がある」
まだ齢十にも満たない、少年はそういって本を取り出した。
その本があったのは少年の父親である遠野槙久の部屋の中。
父親の留守の間にトオノシキという名の少年は冒険ごっこを楽しんでいた。
ぺらぺらと本をめくると、そこには難しそうな字がぎっしりと並んでた。
どんな内容なのか、と興味を持った少年はしばしその本を読みふける事にした。
―――「不老不死」
―――その ことば が ・・・・ ならば、 それは えいえん を ・・する
―――もの の ひとつ と なろう。
少年にはそれらの漢字は少々難しかったようだ。
それでも辞書を頼りにもう少し読んでみる。
―――ひとり の にんげん として いきつづける ふろうふし より
―――わたし は、えいえん に そんざい し つづける むげん を えらんだ
―――私では全てを無にする事はできない。
―――ですからその時まで、こうして生き続けようとしているのです。
―――・・もっとも。今では、それ以外に一つだけ
―――楽しみというものが出来てしまいましたが。
蛇と混沌と呼ばれる人物の会話がそこには記されていた。
だが、それは今の少年の興味をそそるものには到底なりえなかった。
「漢字だらけでつまらないや」
少年がぺらぺらと本を読み飛ばしていく。
「あれ、これは?」
いわゆる、クロスワードパズルだろうか。
それが巻末についていた。
「面白そうだ」
少年はそのクロスワードパズルを解いてみることにした。
1J ? 10 ? 9 6 ×
? × ? × 3A 2 ×
7F ? G ? E ? ?
? × 5 × 8C B ?
H ? 4 × ? × ×
D I ? ? ? ? ?
(小文字は一文字;例、キャ→2文字)
縦のキーワード1と横のキーワードA
それらに少年は驚愕することとなる。
横A、君の名前(2文字)
縦1、君の妹の名前(3文字)
と書かれているではないか。
少年は恐る恐る、横A,シキ、縦1,アキハと書き込んだ。
ア?????×
キ×?×シキ×
ハ??????
?×?×???
???×?××
???????
その後は他愛もない問題が続いた。(注、解く必要はありません。)
横B、将棋において王の横にある駒(2文字)
縦2、それは騙し絵、ある面見れば輝く石のごとく、別の面ではミラクルの一言。(3文字)
横C、臆病者の代名詞(3文字)
縦3、ヒドイ○○○をされた(3文字)
横D、乾期←→○○(2文字)
縦4、門の読み方の一種、○○松など(2文字)
横E、ターンライト(3文字)
縦5、帝←何て読む?(3文字)
横F、終末を示す名詞。鉄道を・・。制度を・・。(3文字)
縦6、縄文式○○。弥生式○○(2文字)
横G、人生の素片を切り取り集めた文字列。あるときは事実を、あるときは想像を。(5文字)
縦7、リバウンド。ダイエットの○○(4文字)
横H、それは騙し絵、ある面みれば10円玉、別の面ではフュ〜ジョン!の一言(3文字)
縦8、それは騙し絵、ある面みれば約束、別の面では二ア(3文字)
横I、4つの仮面、4つの嘘、4つの反応、4つの・・感情。(6文字)
縦9、それは騙し絵、ある面みればグー、別の面ではウィルの一言(2文字)
縦10、にがいを変換して「い」を「しみ」にすると?(4文字)
問題はどれも簡単だった。
が、それは大人にとっての話で、少年はなかなか苦労したようだ。
クロスワードというのは問題を解けなくても、他の問題の答えが、
書き込めばそのままヒントになる。
そうして少年は解いていった。
「横Bはきん だから、Cはチキンだ」
2が きせき、3は しうち、
Dが雨期、4がかど、以下Eうせつ、5みかど、Fはいし、6どき、
Gしょうせつ、7はんどう、Hどうか、8ちかい、Iきどあいらく、9しうち、10くるしみ。
そして最後の問題となった。
「横J、真祖の姫君(6文字)」とだけ書いてある。
「え!?」
心臓がドクンと鼓動するような感覚。
何だろう。
僕は―この答えを―知っている
―――アルクェイド・ブリュンスタッド
そしてクロスワードの答えとなる文字を拾っていく。
・・行目、・・番、・・行目、・・番・・・・。
―――怖い
―――僕のなかで、
―――何かが目覚めていくのが
「こんなところにいたのね」
声がした。
それが、もし母親の声であったなら、どんなによいだろうか。
どれだけそう願っただろうか。
「この町に来たのはほんの偶然だったのに。まさかあなたに会えるなんて―――蛇」
アカシャの蛇―――その金髪の女性はそう言った。
いや、そうは言ってない。
蛇、と言った。
―――何故、アカシャの蛇と変換されたのか。
「遅かれ早かれ、あなたは死ぬ運命よ。おとなしく死になさい―――蛇」
運命――――
頭の中にその言葉が巡った瞬間、僕は絶命した。
―――貫く腕、貫かれる体
―――命を奪う腕、命を失う体・・
―――あなたの中のソレを少しばかりカタチにできる神秘を教授いたしましょう。混沌よ。
混沌と呼ばれたその黒いコートの男はそれに続けてこう話した。
―――礼というわけではないが、一つ忠告しておこう、蛇よ。
―――何でしょうか?
―――きみは、運命というものを信じられるかね?
―――どうでしょう・・。
―――未来を見る、とはとても恐ろしいことだ。
―――あるものは未来を見て、そして変わることを望んだ。
―――が、それが変わることはなく、故に失望して自ら死を選んだ。
―――あるものは未来を見て、それを自らの手で変えようとした。
―――が、噛み合った2つの歯車が順回転しようが、力を加え逆回転させようが、
―――それにからまった運命は結局、歯車につぶされるしかなかった。
蛇には混沌が言わんとすることがわかっているようだった。
―――君がいう不老不死が永遠と呼ぶにふさわしいものかどうかはわからないが、
―――もし、永遠に近い時を生きるのならば、未来だけはのぞかないことをすすめる。
蛇は納得したような仕草をしてみたが、その忠告はすでに遅かった。
蛇は未来をのぞいてしまったのだった。
蛇はいつか目覚める次の自分が知識を失っていたときのために、本を書き残していた。
不老不死についてのことや、混沌との会話、クロスワードののった本を。
しかし、用意周到にすればするほど、蛇には興味がわいてきた。
―――未来の、次の自分への興味が。
そして、見てしまった。
混沌が言ったように、絶望的な未来を―――
そう、本を読み、クロスワードを解いたがために目覚めて死んでしまう自分の姿。
それを避けるために、蛇はクロスワードの内容を書き換えた。
「横J、真祖の姫君」という言葉を消して、別のことを書いたのだった。
「これで、運命は変わるはずだ。もう、思い残すことは・・ない」
―――蛇が未来を見たもう一つの理由
それは迫り来る死への恐怖。
「こんなところにいたのね」
―――そして自分がこの金髪の悪魔に殺されることまでも、知っていた
―――それに抗えないことも。
「遅かれ早かれ、あなたは死ぬ運命よ。おとなしく死になさい―――蛇」
運命という名の、嵐が吹き荒れる。
風でぱらぱらとめくれる蛇の本。
―――私では全てを無にする事はできない。
―――ですからその時まで、こうして生き続けようとしているのです。
―――もっとも。今では、それ以外に一つだけ楽しみというものが出来てしまいましたが。
そして最後の一行
「横J、愛する人・・・」
(閉ざすべき扉・完)