俺は何とか味を感じる事の出来ない朝食を胃の中に押し込んで居間へと戻った。
そこには、本来の目的を思い出したのか秋葉が優雅に紅茶を飲んでいた。
両隣にはアルクェイド、そしてシエル先輩もいる。
三人とものんびりくつろいでいる風に見えるが、俺にはその光景が三匹の肉食獣
が狩りの前の休息を取っている風にしか見えない。
出来る事ならここは刺激を与えず、一刻も早く脱出を果たし学校に一時的でも良いので
避難したい。
「改めてだけど三人ともおはよう」
とりあえず俺は無難にそう朝の挨拶を行ったが、その途端三人ともギンッと、
冷たい視線をこちらに向けた。
(ダメダッ!!)
その瞬間には俺は一切の抵抗及び逃亡を諦めた。
少しでも・・・いや、一歩でもそんな素振りを見せればその瞬間、遠野志貴は
この世から消滅する事は間違いなかった。
「兄さん、早速ですがそこに腰掛けてください。少々聞きたい事がありますので」
秋葉が聞くだけでも身震いを起こしそうな冷たい声で俺にそう言う。
「ああ判った。なるべく手短に頼む。これから学校もあるんだから」
「あら、そのような心配は要りません。既に琥珀に今日は私と兄さんは体調が思わしくない為
学校を休むと連絡を入れております。なにしろ・・・もしかしたら一日中兄さんの
言い分を聞かなくてはならないと思いますから」
ああそうだった。
そう言えば琥珀さんそんな事言ったんだっけ。
余りの恐怖にそんな事も抜けていた。
つまり今日はずっと、こんな針の筵の様な感覚を味あわないといけないのでしょうか?
俺が絶望感にどっぷりと浸かりながら、正面にはまだ黒髪なのが救いの秋葉。
左右には俺を敵のような視線で睨みつける先輩とアルクェイド。
そして真後ろには朝食の間からずっと冷たい視線で見ていた琥珀さんが立っている、そんな
文字通り完全包囲の状況で席に付いた。
「ではこれより『遠野志貴弾劾裁判』を開始します」
おい、秋葉・・・弾劾裁判って一体・・・
「まあ、裁判と言っても有罪か無罪かではなく死刑かそうでないかというものですけど」
おい!俺の生殺与奪はここの皆が握っているのか?
こう心で突っ込みを入れないとやってられない。
「とりあえず単刀直入に御伺いします。兄さん・・・翡翠に何をしたのですか?」
その台詞が出た途端、秋葉の髪は紅く染まりその先端が俺に迫ってきている。
さらに両隣りからは押し潰しそうな殺気と絶え間無く聞こえる金属音。
そして後ろでは・・・見なくても判る。
きっと琥珀さんが毒薬を用意している。
「ま、待て待て、秋葉、翡翠が一体どうしたんだ?」
「とぼけないで下さい、兄さん。翡翠は兄さんを起こしに言った直後、私達にも何も言わずに
そのまま自分の部屋に閉じこもったんです。これはどう言う事でしょうか?」
「はい、それに翡翠ちゃんにどうしたのって聞いても、ただ『志貴様が・・・』としか言ってくれませんし、
それに翡翠ちゃんが志貴さんを起こしに言ったのが6時前、で、その次に翡翠ちゃんを見たのは7時前、
その間ずっと翡翠ちゃんは志貴さんの御部屋にいたのでしょう?」
後方から冷たすぎる琥珀さんの声が聞こえる。
「それに私が翡翠さんの顔を見た時、翡翠さん目を真っ赤にして明らかにないていました」
先輩の声は静かだがほんの少しでも刺激を与えれば、あっと言う間に爆発するだろう。
「そうねー、それに私が偶然、翡翠の部屋の前を通りかかったらすすり泣く声が聞こえたんだー
ねえ志貴、これって何を意味しているのかなぁー」
ア、アルクェイド・・・声だけ陽気にしても眼が金色じゃあ怖さが倍増するぞ・・・
「つまりここから導き出される結論は経った一つですね。兄さん、あなた主人と使用人の立場を
利用して翡翠に・・・そ、そのい、いいいい・・・」
秋葉が顔を髪と同じ位赤くさているよ。
しかしなるほど皆俺が翡翠に襲い掛かったと見ているようだ。
この誤解を解かないことには俺は明日の太陽を間違いなく拝む事は出来ない。
「待て皆、俺も直刀短入に言い返す。それは全くの言いがかりだ、無罪だ、濡れ衣だ」
「とぼけても無駄です、遠野君、ではあの翡翠さんの様子をどう説明するのでしょうか?」
先輩の声に怒りがにじみ出ている。
「とりあえず今朝の事を説明させてくれないか?」「ええ結構ですよ兄さん。どのような言い訳を聞かせてくださるのでしょうか?」
秋葉が冷たく言い放つ。
「まずは・・・」と俺は早速今朝の事・・・特に翡翠が言っていた、奇妙な事を正確に言った。
「兄さんが何処かに行ってしまう?」「ああ、そんな事を翡翠が言ったんだ。それで俺も夢を見たような
そんなような気がして意識が何処かに飛んで行っちまったんだ。それを見て翡翠はきっと
俺が無理をしていると勘違いしたようなんだ。だから皆が思っているような事はしていない」
俺がそう言うとまだ不審そうな表情は消えていないが爆発寸前だった殺気は見事に消えている。
「ねえ志貴どんな夢か思い出せないの?」
「ああ・・・ただな・・・なにか俺にとって大切な・・・夢だったと思う。・・・
なにか・・・かけがえの無いような・・・何か思い出せそうなんだが・・・」
そうだ、何かが思い出せるそんな気がするが引っ込ぬけない。
ああ!思い出せ、もう少しだ!!
「・・・・・・ホウメイ・・・・・」
「え?兄さんなんと言ったのですか?『ホウメイ』?」
「え?俺何か行ったか?」
「ちょっと志貴?冗談にしては笑えないわよ」「はい、遠野君今『ホウメイ』と言っていたではないですか」
「はい、そうですねーおもいっきり遠い目をしていましたよー志貴さん」
「・・・『ホウメイ』・・・『大切』・・・『かけがえの無い』・・・」
ぞくりと来た。
何かぶつぶつと言っている秋葉に殺意が復活しているからだ。
「・・・兄さん」「は、はい何でしょうか?」
おもいっきり情けない返答をする俺・・・
「にいさん・・・今でしたらほんの少し略奪するだけで許して差し上げます。・・・
一体どういうご関係なのでしょうか?『ホウメイ』という女性とは?」
はい?秋葉の奴いきなり何を言い出すんだ?
「おいおい、秋葉、何を言い出すんだよ。ねえせ・・・あ、あの先輩?」
いつの間にか先輩は黒鍵を手に俺に標的を絞っている。
「アルク!・・・ェイドさん・・・」
さらにアルクェイドは無言で爪を伸ばしている。
「た、助けて!琥珀さ・・・ん?そのお盆に載っている薬品は一体・・・」
「いやですよー志貴さん、いざとなったらしきさんに頭からかける硫酸に決まっているじゃないですか―」
俺が本能的に危険を察知して琥珀さんに助けを求めようとすると琥珀さんはあの時を
髣髴とさせる冷たい笑みを浮かべながらそう言う。
そのような事を笑顔で言われても嬉しくもなんともありません。
それにそんな笑みでは怖さが倍増します。
おまけに何処から入手したのですか?そんな薬品・・・。
などと軽い現実逃避をしている内に、「兄さん」「遠野君」「志貴」「志貴さん」
「「「「一体何処のどなたなの(ですか・ですかー)、『ホウメイ』と言うのは」」」」
ヤバイ、ヤバスギル!!
俺の七夜の本能が俺に闘争若しくは逃亡を命じている。
だが戦った所で勝機は皆無に等しい。
では逃げるのは?駄目だ?
逃げようとした途端に俺は拘束され後は遠野家名物拷問フルコース待っているに決まっている。
つまりは八方ふさがり・・・俺の未来は確定しているのか・・・そう思った瞬間、
ガチャ・・・突然ドアが開き六人目の遠野家の住人が姿を現した。