空の魚。  改訂版その一


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1: into (2002/01/11 22:20:00)[terag at pop06.odn.ne.jp]

 とっさのことで、全く何が起こったのか分からなかった。
 目の前には五十里がいる。怒っている。本気で。
 五十里の前には武芳がいる。転げ出もしたのだろうか、机が彼を中心に崩れていた。
 取り敢えず、もう一度状況を確認する。
 此処は教室で、今は放課後。
 目の前には五十里がいる。怒ってる。武芳がいる。転げてる。あ、頬をおさえてい
るらしい。指の間から見えるそこは、真っ赤を通り越して真っ青になっている。
 殴られた?誰に?
 あぁ、五十里に、だ。
「五十里」
 私は言う。
「人を叩いちゃダメ。」
 五十里の方を向かないで。きっと、五十里もこっちを見ていないだろう。
「人を叩いちゃダメ。」
 もう一度、今度は五十里の方を向いてから、そう言った。
 武芳は、ただ、転がってるだけだった。痛いという風には見えない。それはそうだ
ろう。
 五十里が本気で怒っていたら、痛いなんて感じる間さえない。

 事の起こりは、簡単に言うとこういったことだった。
 武芳がいつものように私にちょっかいを出してきて、五十里がいつものように武芳
に怒っただけ。
 いつもと違うのは、ただ、五十里が、武芳を殴ったってコト。
 五十里は滅多なことでは怒らない。武芳に対しては。ある意味、武芳のしつこさに
諦めただけなんだけど。
 なのに、殴った。今日は。
 あぁ、と思う。もう、保たないの?五十里。私の弟。
 武芳はただぼぅっとして、五十里を見つめている。
 今さっき気付いたけど。
 五十里は肩で息をしていた。
 もう一度。あぁ、もう保たないのか、と思ってしまった。
「悪かった」
 五十里の台詞。それは誰に向けた言葉だろう?武芳?それとも、私?
 もう一度、悪かったと呟いてから、五十里は教室を出ていった。
 すぐにでも後を追いたかったけど、一応五十里の世間体の為に、私は武芳に向いて、
「ごめんね。あいつ、最近イライラしてるみたいだから。」
 武芳は、それを聞いていないらしかった。ただ、五十里の出ていった扉をただ見つ
めている。
「あぁ。」
 それは返事だったのかもしれない。でも誰に?私に?それとも・・五十里に?
「あいつ、何処に行ったか分かるか?」
 武芳は、今度は私を見てそういった。私は首を上下に振った。
「なら、追いかけてやれよ。」
 その言葉は私にとっては追い風だ。
 私は扉に急いだ。振り返ると、武芳がこっちを見ていた。
「早く行けよ。」
 うん。心の中で、そう、肯いた。


 五十里はちょっと普通ではない。本当に、普通ではない。
 能面とか、いつも笑っているといった表現をされているあいつは、もしかすると、
この世で一番怖いヤツかもしれない。
 五十里は怒っている。いつも。「怒り」だから。
 そんな五十里の傍にはいつも私がいた。幼い頃から、一緒に生きてきた。
 五十里は私の全てだ。私の全てだ。………私の全てだ。
 五十里の傍に私はずっと居るのだ。これからも、死んでからでさえ。
 私はそう、思っている。

                           本当に?

 屋上の扉を開く。きっと、そこに五十里がいる。








 学校の屋上は風が吹いていた。
 空からは冬の陽光がまるで光の槍のように降って来ている。
 まるで身を切るそれは、やはり寒さの錯覚でしかないのだろう。
 僕はそこから空を見上げる。蒼い空。
 果てなき青雲は、寒さの中で栄えていた。
 ガラスごしに空を見た。空の境界なんて、何処にもないのではないかと思わせられ
て、かなりウンザリする。
 蒼。
 それは、きっと押し潰してしまう。なにもかもを。
 誰も不思議に思わないのだろうか。
 何で、空が落ちてこないのか。

 きっと僕らはガラスのコップの中で、しかしその狭さに気付いてない魚なんだろう。
 透明な世界。
 奥を見渡せる、果てない嘘の固まり。
 そんな世界なんて、僕は望んでいなかった。



「何やってんの?」

 それは緒里の声だった。さっきのことを謝りに来たのだろうか。
 あれは僕の所為なのに。
 質問に対して僕は、何でもない、と返した。

「ウソツキ。」

 緒里はそう言った。ワケが分からなくて、ちょっと考えた。

「死んだ魚みたいな目をしてるよ。」

 そんなことを、ハッキリと。普通は言わないモンだと思う。
 うるさい。そう返事をした時、何となく、以前に緒里が言っていた台詞を思い出し
た。

 もし、未来が見える望遠鏡があって。
 大昔の、それこそ陸にあるのは植物だけの、そんな昔の。
 暗黒の海にすむ、魚たちが。
 それを覗いたとして。
 自分たちのずっと後の子供達が。
 それこそ世界を滅ぼしてしまうと判ったなら。
 魚たちは泳ぐのを止めて、自分で死んでしまうのだろうか。

 あの時僕は、どう返事をしたのだろうか。

「今度は何考えてんの?」

 緒里の声。

「何でもない」

 また、そう返す。緒里は、むぅ、と唸った。

 あの時の僕の返事は覚えていない。
 そんなことは、今の僕にはあまり関係のないこと。
 今の僕なら、こう答える。

 きっと、魚たちはそれでも子供を産み続ける。
 もしかしたら、未来が見える望遠鏡で。
 空の海を泳いでいる子孫達を見ることが出来るだろうから。
 滅びは次の生命の準備であることを、魚たちは知っているから。
 それまでは、夢の為に子供を産むんだろう。
 それは、きっと何時か無駄に終わることだけど。
 その何時かは、今の為にあるのだから。
 それまではきっと。
 黒い海の中で、それでもゆっくりと、しかしてはっきりと生きていくのだ。


「寒いね。」

 緒里の声。
 そうだな、と僕。
 おそらく僕らは夢見る魚の子供。
 この、嘘の固まりの中で眠る雛。

「中に入ろうか。」

 肯いて、もう一度空を見上げた。
 見上げた空には、透明な魚が泳いでいた。




 改訂版。
 もはや何やら分からなくなっています。でも、彼らはNoTitlesの一つになりそうです。
 空の魚
 僕らは五十里のように、滅びを準備だと思えるのでしょうか。


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