「ごめん」
その男が息を引き取ったとき、彼の性格からしてそう呟くのは必然だった。
例え、その男が彼自身を絶望のふちに叩き落とそうとしても、そう呟くのはやはり必然だった。
そして、彼がその哀れな男のために、涙を流すことも、また
七夜再臨 序幕
「今日はいつも以上にひどいツラじゃのう」
診察室に入ったとたん自分の専属医であり、ヤブ医者でもある「時南 宗玄」はそうのたまった。
道理でさっき朱鷺恵さんに会ったときに有馬の家にいたとき以来の心配そうなこえをかけられたわけだ。まあ、それはたぶん遠野の家に帰って来てから毎日が楽しくて、とても貧血持ちの生活には見えなかったからだろうけど。
「そうですか?自分じゃ結構気に入っている顔なんですけど」
「馬鹿か、おぬしは」
そうかも、しれない。
いや、もはや愚かの域、か。
そしてそっと、自嘲の笑みをこぼした。
「夢見が半端じゃないぐらい悪いんです」
一言も話さないままの診察を一通り終えたあと、悪いと思いながらも気弱げな声で呟いた。
うつむいていたからわからなかったと思うが、この時多分俺は泣きそうな顔をしていたと思う。
「夢か・・・、おぬしは夢など見んはずじゃが?」
「はい、今までは、でも・・・」
そう、俺は今まで夢なんて見たことが無い。あの吸血鬼事件の時も夢だと思っていたあれは、もう一人の遠野シキが見ていた映像や過去の出来事、そして自己が犯してきた過ちを中継していただけだった筈だ。
「なんていうか、その、その夢がまた」
「人殺しの夢でも見ているのか?」
「・・・・当たらずとも遠からずです、・・・・七夜の時の夢を」
そこでじいさんは訝しげな顔をした。
そして、自分の見ている夢の説明をするとあっさりと
「それは・・・、残念じゃがわしの手には負えん」
それはそうだろう、夢魔である自分の使い魔でさえ手に負えないのに、いきなりこんなじいさんが(しかも専門外だ)この悪夢を無くしてしまったなら、多分彼女は自分を責めるだろう。彼女はそういう子だ
「まあ、所詮夢じゃ、おぬしが何を恐れているのかは知らんがそれほど気にするほどでもあるまい」
その言葉に、遠野志貴は薄い笑いをして、そうですね、と子供のころから世話になっている自分の専属医に、言葉を吐き出した
貴鬼怪会 壱
家に帰る途中、公園に寄ると休みのためか家族連れやアベックらしき人たちが皆笑いあい、平和そのものの風景がそこにあった。
「――――――あ」
その男は別になんてこと無かったんだと思う。
ただベンチに座り、自らの足元に群がってくる鳩たちをじっと見ていた、見ていたはずだ
「あ――――――」
でもいつだったか、夢の中で殺し合った殺人者としての自分が、感じている
まるであの怖いくらい綺麗で、わがままで、今の日常には欠かせない存在となっている最強(凶)の姫君に出会ったときのようにどうしようもなく、たぎっている
「――――あ・・・・あ、う、あ」
周りの人間を煩わしいと思いながらもその男に接近していくと、強い風が吹いたあと、公園は自分とあの男、二人の殺人貴(鬼)だけになっていた
そしてそのとき、そこに渦巻いていた感情は
歓喜(愉悦)と
憎悪(悔恨)と
『死』という名の殺意
だがそれは果たして、どちらが、或いはどちらもが巻き起こした感情だったのか
それすら確認できないほど、そこは二人だけの空間になってしまっていた
お昼ご飯を召し上がれ 弐
今日は運がいい
なんと、誰が落としたのか知らないが食堂の食券(しかもから揚げ定食だ!)を自販機のそばに、まるで自分に拾ってほしいというような位置付けで落ちていたのだ
なんせ近頃はカレー好きの先輩や悪友に昼ご飯をおごってもらっているだけで飢えをしのいできたのだ
自分のためにあんなところに食券を置いてくれた(?)人物に六割の申し訳なさ、三割の感謝、一割の罪悪を感じながら食うから揚げはどこかしら背徳の味をかもし出していた
いつか自分も余裕ができたらお礼の意味もかねて天丼、カツ丼、親子丼の丼物フルコースをあの場所に置いておいてあげよう
「にしても秋葉め、昼飯代ぐらい出してくれても・・・・・・」
欲しければ琥珀に作らせます、だなどと言うとは
「でもなあ、あの弁当は、やっぱりちょっとなあ」
一言だけ言わせてもらうなら、琥珀さん、ハートは勘弁してください
家で自分や秋葉に尽くしてくれている双子の使用人の姉のほうに、心の内で、そっと、優しく訴えるように呟いた
贈り物はなんですか 参
「遠野、今日からどうする?」
授業が終わったとたん、悪友がいきなり訊いてきた
「ん、そうだな・・・・」
そう、あすからは日曜や祝日などが重なって連休になるのだ
だが、考えるまでも無い
間違いなくいつもの休みの使い方になる
すなわち
わがままなお姫様と何処かに行ったり
あれ以来毎日のように「メシアン」の虜にされてしまったカレー狂の先輩のレシピ習得に付き合ったり
自宅で、まったりと四人+一匹でお茶会を楽しんだり
妹の後輩やルームメイト(秋葉経由で知り合った)とアーネンエルベでいろんな話で盛り上がったり
まあ、そのほかにも、etc,etc
・・・・・・なんか気のせいか俺の知り合いって女の子が多いような・・・・
と、とにかくいつもの休日になることだろう
「ま、いつもどうりだな」
「はあぁ」
この台詞を言うとこいつはいつもため息を吐いているような気がするんだが
「そういうお前はどうするんだよ、そういえば以前変な拾い物をしたせいでめったに出歩かなくなったらしいけど」
「ん?あー、それがな・・・・」
そこでこいつは窓のところまで歩き、窓を開け空を見上げたあと、そのままの姿勢で
「なあ、今日の天気ってどうだ?」
「は?転機?」
そんな大事なことがあったのか?今日
「違う、今日はファインか、クラウドか、レインか、どれともスノウか、どうだ?」
「ああ」
そっちのことか、なんだ
「貧血持ちの俺にはつらい天気だな、進行形で」
ていうか空を見ながらいう台詞じゃないだろ、まさかとは思うが(俺みたいに)拾い食いでもして頭がいかれてしまったのだろうか
「だよな」
そしてそいつがこちらに向き直り、その台詞を発した時自分は『眼』だけでなく耳まで壊れてしまったのかと思った
「姉貴が、倒れた」
月下の郷に全ては集う 終幕
左腕部と右大腿を切断されても、まだ自分は現実というものが認識できていなかった
なぜなら、こんなことありえない、あってほしくなど、ない
だってそうだろう、自分には最強とも言える異端中の異端の能力が備わっている
だがそれ以上に信じたくないのは、いつも、遠野志貴の周りで笑っていた彼女らがいまや悪鬼の形相をして自分を殺そうと、いや、おそらく殺す程度では済まされない
手始めに手足を切断したところをみると、おそらく、
自身の四肢を解体した後、
生きたまま(生かしたまま)
切断部に手を突っ込み存分に手をかき回したあと(間違いなく楽しそうに)
頭皮や皮膚ごと毛髪を引き抜き(間違いなく嬉しそうに)
眼窩に指を突き刺し、舌を引っこ抜いて(この上なく楽しそうに)
体すべての皮膚をはがれ、臓物をゴミのように掻き出され本当にゴミとなってしまうだろう(しかもこの上なく嬉しそうに、だ)
いやだ、そんなのは、いやだ
そんなひどい殺され方をするために、自分は生まれてきたのではないし、今まで生きてきたわけでもない
「なにが死を見る眼だ、あいつら相手じゃまったくの無価値じゃないか・・・・・!!」
自分にとって思い出深い路地裏の壁に手をつき、天を仰ぎながら、死の恐怖を忘れてしまいそうなほど
綺麗で
冷たく
遠い月に、そう、毒づいた
ああ、こんやは、こんなにも
―――――つきは――――きれい、なの、に
「先生、俺、どこで間違えたのかな」
カツ、ン、
「―――――――――!!!」
入り口、路地裏の、後ろで、あし、おと
カツ、ン
二度目・・・・
カツ、カツ、カツ
「――――――あ」
ごかい、め
「あ――――――」
ひどく、しずかで、
「――――あ・・・・あ、う、あ」
『死』という名の殺気
そして、路地裏(死)の入り口をブリキ以上の硬さ、不出来さで振り返り、自身のその青い目で見ると
そこに
本物の
死神が
自分を――――――――――
「ごめん」
最期に、死神にしては、不似合いな言葉と、
光る雫を見たような、気がした