蒼ノ姫 月ノ香 ソノ、カケラ


メッセージ一覧

1: into (2001/10/01 09:45:00)[terag at pop06.odn.ne.jp]

 割れた欠片をつなぎ合わせていくとしよう。


 暗い森の中に、二人の少年と、一人の少女がいた。
 一人はもとからここの住人。
 一人はただ迷い込んだだけ。
 一人は父に連れられて。
 三人は全く相手の事を知らなかった。
 会う事もなかったのだから、至極当然の事である。
 彼と彼は昼に出会い。
 彼と彼女は夜に出会った。
 これは出会いのお話。
 忘れ得ぬ、朧の中の欠片のお話。



一人目の少年

 彼は森の中を走っていた。その動きには無駄がない。しかし、鳥が空を飛んで往く
かの如く、あくまで自然に。
 聞こえる音は、鳥の囀りほどでしかない。
 それもその筈。
 なぜなら彼はこの深夜を飲み込む森の中で育ったのだから。
 木々の木の葉の間から陽光が差し込む。
 彼は自分の部屋から僅か百メートルほどにある、小さな座敷を目指していた。
 ここ二年間。意味もなく通い続けた、あの座敷である。と言っても、両親にはあく
までも秘密なのだ。だから彼はこの森を大きく迂回して、その場所に行く事にしてい
た。
 実はこれがとんでもない。
 なぜならそこは、ありとあらゆる類の罠が敷かれた、死の森であったのだから。
 彼はその中を惑いもせずに駆けていく。森の中は一定期間が経つと罠の配置が変え
られていくにもかかわらず。
 それが彼の天性の才能であった事は間違いない。
 なまじ教える者がいなかったのが良かったのか。森は人口の訓練場として、彼を鍛
え、彼はまるで砂が水を飲み込むかの如く、驚異的な体術を身につけていた。
 そう。
 どれ程彼の両親がそうでないようにと望もうと。
 彼は生まれながらにして、暗殺者たる能力を備えていたのだ。


二人目の少年

 はぁ、と彼はため息をついた。
 なんだってこんなところに来たんだろう。
 彼は後悔していた。

 発端は父親の書斎に忍び込んだ事である。まだ小さい彼にとって、父親の部屋は宝
の隠された洞窟であり、未知の物に溢れた新大陸だった。
 喜々として忍び込んで、いつも父親が座っていた椅子に上った。くるくる回るそれ
に何度も振り落とされたが、上りきった。
 へへん。ざまぁみろ。俺様を馬鹿にするからこんな事になるんだ。と、彼は物言わ
ぬ椅子に対して勝利宣言をした。椅子はショックで黙ったままである。
 彼は堪えきれずに笑った。見込み通りだった。ここは洞窟で、新大陸であったのだ。
 ぱさ。
 何かが彼に当たって、落ちた。何かは解らない。
 でも、彼はそれはきっと宝の地図だと確信していた。
 だって、洞窟には宝物があるものだろう?
 はたして其れは地図だった。ただし、さらなる洞窟の、ではあったが。

 はぁ。と彼は今日三十二回目のため息をついた。
 助けは来ない。無断で家を出てきたから。ことわろうものなら、父親のゲンコツは
覚悟せざるを得ない。
 しかし、こんな所で死ぬくらいなら、父親のゲンコツの方が幾分マシ……と言えな
いのが悲しい。
 彼は家に残してきた妹の事を思った。
 あぁ、秋葉は大丈夫だろうか。俺がいなくなって、泣いてはいないだろうか。泣き
虫だから、親父に怒られただけで大声で泣いてしまうに違いない。
 そうさ。
 俺はこんな所で死ねない。俺には護らなければ、一体誰が妹を護ってやるんだ?
 彼は一歩踏み出した。
 大丈夫。
 何とかなるとは思っていない。何とかしてやるんだ。
 瞬間、天地が逆転した。
 彼は驚いて、悲鳴すら上げられなかった。
 本当に怖い時は声さえ出ない事を彼は初めて知った。


一人目の少年

 がさがさがさっ!と、音がした。誰かが罠に引っかかったのだろうか。彼は進路を
変えて、音がした方向に駆けていった。
 そこには少年が一人。
 罠であるはずのそれが、完全に破壊し尽くされていた。
 紅い双眼。まるで血溜まりのようなそれが、彼を射抜く。
 戦慄。
 少年には意識がない。それは、何となく解る。
 なのに、何であの少年は僕をそこまで睨んでいるのだろう。


二人目の少年
 頭がおかしくなったんだ、と彼は思っていた。
 足下がロープに吊り上げられ、しかも目の前から尖った木の枝が突っ込んできてい
るのに。
 何だって俺はどうでもないと思っているのだろうか。
 力一杯まぶたを閉じた。死ぬタイミングなんて知りたくなかった。

「誰?」
 それは変な声だった。綺麗なのに、重みがある。そんな感じ。まさに天使の声に相
応しいだろう。
「俺、死んだのか?」
 ある種、あきらめを籠めて、そう言った。
 待った。
 死刑宣告はいつも待たせるものだ。漫画ではそうだった。
 だから、待った。
 静寂。
 そんなモノは来なかった。いつまで待っても。
 怪訝に思って、まぶたを開いた。
 少年がいた。キモノ(と言うのだろうか)を着て、呆けたように、こちらを眺めて
いる。
「死にたいの?」
 そう、少年が言った。
 途端、笑いが込み上げてくる。
 成る程。こいつが、宝だった訳だ。
 一人納得して、俺は笑った。大声で、笑った。
 暗い森は、それでさえ、その中に飲み込んでしまった。





 時間が押しているので、続きはまた別に書きます。   


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