暗い座敷に彼は居た。
ミアカシ。
その名を持つ、自分と同じ歳の少年。一昨日。自分が熱を出して、寝ている間にや
ってきた少年だった。
静かに。静かに。
その二つの瞳を閉じて。
微動だにすることなく、しかし、人形の様と言うには、あまりに儚げで。
ただ、それ以外に何もする事がない。そんな風に、ただ静かに。
子供心に、思った。あの人は、きっと僕とは違うのだろう、と。
それにはなんの根拠もない。
ただの、子供の思いこみにすぎない。
暗い座敷に彼は居た。
一昨日、見知らぬ男に連れてこられた座敷だった。
したがって、全く見覚えもなく、ただ、静かに。
彼はまだ子供で、そのことを自覚していたので、部屋の広さに不満は皆無だった。
事実、その部屋は子供用としてはあまりに広かったのだが。
一昨日から今日まで。彼を連れてきた男以外は彼に話しかける事がなかった。
それは勿論。
彼が、どういう人間なのかを、十二分に理解していたからに他ならない。
そこで、彼は言葉を発しなかった。
男の言葉には肯くか、首を振る事で答えていたし、話す必要を彼は全く感じていな
かったからだ。
彼は静寂を好んでいた訳ではない。
周りが事前に静寂を彼に与えていただけの事である。
だから、彼はその中に身を落とした。そう、望まれていたのを知っていたからであ
る。
それは、子供らしい、自己主張のようなモノだった。ただ、褒められたい一心での
行動であったのだろう。それは実に単純で。あまりに残酷な光景だった。
故に彼は言葉を発しなかった。
今日。彼を座敷に連れてきた男が来た。
彼は褒められるのだと、期待して瞳を開いた。
しかし。
「御前に俺の全てを教える。覚えて見せろ。」
男が言ったのは、それだけだった。見下ろす青い瞳。まるで、月のような青い双眼。
暗い座敷に彼は居た。
御父さんも、その中にいた。なんの話をしているのか全くわからなかった。
ガガッ、という打撃音が響いた。何度も。何度も。何度も。何度も。
しかし。
声らしきモノはその中に、一片たりとも見付ける事が出来なかった。
僕は走り出した。
ここにいてはいけない。あの音を聞いてはいけない。きっと彼は我慢をしているの
だ。必死に、意地を貫いているのだ。どうして、僕がそれを止める事が出来る?
僕に出来る事は唯一つだ。そう、唯一つ。
それに気付かないフリをして。
明日も、あの暗い座敷を遠目に見つめる事のみだ。
しかし。
それとはいったい何なのか。それを僕は全く知らないはずではないのか。
暗い座敷はもう無かった。そこにあるのは紅い、廃墟。
男が来た。
目覚めなければ。そう、彼は自分に言い聞かせた。
時間の感覚はもう無かった。朝なのか、昼なのか、夕方なのか、夜なのか。
それとも。
自分はもはや死んでいて。今の自分はもうただの悪夢になっているのか。
解らない事だらけだった。
彼は体を起こす。
激痛。
それは子供には耐える事が出来ないほどの痛み。
しかし彼はそれでも静かだった。ただ、静かだった。
それは悲しい風景。
ただ褒められる事を望んで、しかし真に哀れなのは彼が、それは与えられる事がな
いという事を自覚していた事である。
涙も見せず。心を封じ。痛みに耐え。しかし、本当に得たかったモノは自分から遠
ざかっている事を知りつつ。
彼は自分を騙し続けた。
およそ、二年。
彼と、彼は会う事がなかった。
一人は閉ざした瞳故に。
一人はその弱さ故に。
彼らは全く共通点がなかった。
だから、全く会う理由がなかっただけの事。
遠い野を駆ける事もなく。七つの夜に思いを馳せるでもなく。月の香に酔うでもな
く。
ただ、それは、そんなお話。
出会いまでの、小さな欠片。
感想待ってます。into