志貴、故郷に帰る6<―月光―>


メッセージ一覧

1: D4 (2001/09/30 14:33:00)[nando at mud.biglobe.ne.jp]









6/月光
Moon Light




「――なんなんだ…………きみのちからは」


戦闘において、敵に掴ませている情報は少ない方がいいが――――


――コイツはもう死ぬ。もう教えてもいいだろう。


「『直死の魔眼』だ……聞いたことはあるだろう」

「――最高位の魔眼……ただの伝説だと思っていたが……実在したとはね」

彼は目を瞑り、薄く笑った。

「強力な概念武装だと思っていましたが……。――式神は一種の二重存在だから。
 ツナガリを通して……私の担当部位を殺していたわけか。なるほど……すべて合点がいきました
 …………まさか、探し物がこんなところにあったとは……」

呟いた最後の部分はよく聞こえなかった。




「……あんたはあと数分で死ぬ。何か言いたい事はあるか?」

目を開くと、俺の顔を見て言った。

「――それが君の本当の顔ですか。私も君に……騙されていたわけですか……………?」

遠野志貴が七夜志貴に変わったことを言っているのだろう。

「いいや………何か勘違いしているようだが、今の俺といつもの俺はどちらかといえば別人格に近い。
 戦闘になって切り替わっただけの話だ。だから、騙していたわけじゃないんだよ
 ……そちらこそ、今まで話してきた話は全部、嘘だったのか………?」

「いや。ここに来た目的を除いて残りは……全て本当ですよ……」



「何故、その本を奪った。そこまでして、なぜ……」

「……妹の事は前に話しましてね。……実は今、治る見込みが全くない病にかかっていて。
 今まで、あらゆる手を尽くしてきましたが、全く効果がありませんでした。
 占いでここに治療の手段が有ると出て……せめて治すヒントでもないかと思って……来たんですが…」

「―――だからといって、あんな事をしてもいいと思っているのか?」

「思ってなどいませんよ……だけど妹の為なら、どんな道だろうと私は進むでしょう……」

もう、この男に対する怒りは消え失せていた。

こいつにも闘わなければならない理由があった……。

ただ、それだけの話だ……。




静間の顔は、すでに紙の色に近付いている。

限界も近い。

「最後に、頼みがあるんですが……」

「――何だ?」

「『直死の魔眼』はあらゆるモノの死の概念をみることができると聞いています
 ………そんな力があるのなら、妹の『病気』を殺してほしい………病院は胸ポケットの手帳に書いてあります。
 こんな事を頼める立場にないのはわかっていますが――頼みます………」



今の―――七夜である俺に、それを引き受ける義理はない。

だが、死に逝く者の願いを聞かぬほど非情でもなかった。




「出来る限りの事はする……………妹に何か伝えたいことはあるか?」

「手帳には遺言も書いてあります。なんとなく、こうなる予感もありましてね………………出来れば、それを病室のベッドに――」

「……わかった」

『渡してくれ』とは、言わなかった。

それは俺に対する気遣いから……なのかもしれない。

「あと、最後に…ひとつ」

「なんだ……?」

「礼を…いいます。最後の願いをきいてくれて…」

「別にあんたのためじゃないさ。ただ、元の俺に戻ったとき、精神的負担が減るから、ね………」

「それ…でも構わない…あり……がと…う…………」

それを最後に、彼は静かに息を引き取った。




………足取りが重い。

怪我の所為ばかりでは無いだろう。

彼の死にショックを受けたのか―――未だ、俺の遠野志貴である部分は奥に引っ込んだままだった。

庭を横切る。

墓は何事も無かったように元通りだった。

彼女が、力を使って戻したのだろう。

本を片手に、屋敷のあった場所――既に全壊している――へ戻る、と―――






―――瓦礫の山の頂上で…………少女は静かに、上空に佇む満月を見ていた。


月光に照らし出された彼女の姿は、美しく……儚かった。

雰囲気に呑まれ、声が出ず――

ただ、じっと見ていると……彼女はゆっくりとこちらを見つめ、言った。



「終わったようね………すべて」

「――ああ…………」

「わたしは、ここまでだけど……最後にもう一回、貴方に会えてよかった………」

「?!」

「前にも言ったけど、私はこの屋敷の精霊…………宿るものがなくなれば、消えるしかないわ」

「―――――」

ひどい話だ。



「その本は、あなたが持っていて………。侘びのつもりじゃないけど、あなたが帰ってきたら、元々そうするつもりだったの」

「…………わかった…………………一応預かっておくよ」



俺の、剥きだしの腕に熱い雫が落ちた。

顔に触れると、涙が出ている。

俺が―――七夜志貴が流した涙ではない。

殺人鬼は涙など流さない。

これは遠野志貴が流した涙だ。

沙耶は、瓦礫から降りると俺の手を強く握ると、精一杯背伸びをし――



――唇を重ねた。


それが別れのキスなのだと、両方の俺には分かっていた。

唇が離れると、俺すら及ばない強さを秘めた目でこちらを見つめる。

「……がんばってね。あの世なんてものがあるのなら―――そこで……また会いましょう………」

こんな時、男に出来るのは笑顔で見送ることだけだった。



「……あぁ。いつか、また」

「フフッ…………じゃあね、志貴ちゃん……」



ひどくさわやかな笑顔を返し、少女は幻のように消えてしまった。

七夜から遠野志貴に戻る。

すると、戦闘中ずっと忘れていた痛みが俺の頭を叩きのめした。



ゆっくりと、後ろに倒れる。

気絶する直前、涙でぼやける月が…………眼に映る。



    ――――なんで気付かなかったんだろう。

                  今夜はこんなにも――月が綺麗―――だ―という――ことを――――

                                     








7/結





満月は雲に隠れ、暗闇が周りを支配している。
彼と、彼女の――遺体は無かったが――墓を、一族のものの隣に作った。
………涙はもう出なかった。
………………………………………………………………………………………………………………………………………………………

………………………………………………………………………………………………………………………………………………………

………………………………………………………………………………………………………………………………………………………

………………………………………………………………………………………………………………………………………………………

帰路に着く。


…………森に入る時、屋敷のあった方を俺は振り向いた。


そのとき―――


―――閉じられていた月の眼が開かれ、淡い光がかつて屋敷だった瓦礫の山を照らし出す。


一瞬、その頂上から少女がこちらを微笑んだような気がした。


―――――それは、少年の日の記憶が見せた錯覚か、幻か―――――


……俺は森に入った―――二度と振り返ること無く。


全てが終わってしまったアト。


…………そこには、死者と、永遠の静寂だけが残された。





                 付記

七神 静間の妹――七神 京はこの死闘から数日後の夜を境に、突如病が完治した。

病院の医者たちは、首を捻っている。

原因不明の病に冒されていた少女が原因不明に治ったのだから……。

そして……完治した夜。

病室の、彼女のベッドの傍らに、一冊の手帳があったことを知る者は二人しかいない。





                                  ――――了






設定

迷い家 :  山の怪。
        『遠野物語』の記述によると、遠野地方で山の中にあるという不思議な家。
        その家の何かの器物をただ一つだけ持ち帰ることが許され、
        それを持ち出たした者は幸福(金持ち?)になれると云う。


七神 静間 : 陰陽術とカバラの秘術を使う最高位の人形遣い。二十五歳。
        本編の最初でフリーのライターを名乗っていたがこれは事実で、
        表向きの職業として半ば趣味でこなしている。
        基本的に妹思いの優しい性格だが、目的の為には手段を選ばない冷酷さも併せ持つ。
        同じ人形遣いである蒼崎橙子とも面識はあるが、仲は悪い。
        紙、草木、土などを媒体に式神憑きの人形を作り出すのを得意とし、
        他に陰陽術と西洋魔術(カバラの秘術)の部分的融合に成功している。
        妹の病気を治そうと占った結果、彼女を治せるモノが長野にあると知り、
        今回の迷い家探索に出発した。
        その際、自分の死も易に出ていた。
            

月神 沙耶 : 迷い家の少女。推定四百歳以上。
        自然霊に屋敷という肉体を持たせた存在。
        少女の姿をしている彼女は、かつて屋敷の主人が用意した、
        屋敷の見る夢――端末のようなものである。
        空想具現化を利用した固有結界『霧幻』を持つが制約もあり、
        屋敷より遠くへ離れることはできない。
        だが、屋敷のコアにあたる部分を持ち出せば、移動可能である。


館の主人 :  数百年前まで存在した鬼。すでに死亡。
        遠野のご先祖様である。
        不死の存在であったが、寿命に対する憧れから死を研究し、
        ある程度の成果を収め、屋敷を出て行った。
        尚、彼の研究は通常の西洋魔術とは異なり、仙丹と気功を利用した神仙道に属するものであった。

        
直死の魔眼 : 対象物の表面に点という形で『死』を具現化する最高位の魔眼。
        概念として捉えられるモノであれば――本人の力量にもよるが――
        あらゆるモノを殺すことができ、死という結果を原因より先行させることが出来る。
               

陰陽術(道): あらゆる魔術は自然の奇跡を解明、あるいは操作しようとして生まれた。
        陰陽術は『世界』の法則を利用する事に主眼をおいたものであり、
        本編で静間が使う陰陽術は自然を地、水、火、金、木に五行に分けて喩え、
        マスターすることでこれを自由に操ろうというものである(五行説の影響を受けている)。
        静間はこの中でも土と木を得意とする。
        星読みも陰陽術に含まれるが静間はあまり得意ではない(並以下)。
        尚、本編の冒頭で護摩を焚いて占っていたがこれは密教系の呪術である。


  式神  : 魔力と五感の一部を削り、思念(己でも他人でもいい)を媒体に分け与える事で自由に操る術。
        使い魔より作者の思念に忠実な動きをし、(作者の力量にもよるが)強い。
        本編の静間は全身の五感と引き換えに最大666匹の式神を操れる。
        なお、式神を元に戻せば、失われていた五感も戻ってくる。
        通常、破壊された場合帰ってくるのは痛みだけだが、此処に『直死の魔眼』という例外があった。

 
 タロス :  式神としての側面をもつ、静間最強の人形(ゴーレム)。
        半自律型で戦闘知性に優れ、相手次第でその戦闘能力は無限に進化する。
        大地の一部を切り取る事で――アルクェイド程ではないが――
        『世界』の力を借りられるのだが、制御が難しいため式神を憑かせている。
        学習が進めば、『巨大化』、『変形』など、己の形状を変えることも可能になり、
        ますます手が付けられなくなっていた。
        なお、彼が最後に出した式神『タロス』は、
        ギリシャ神話に出てくる青銅人形『タロス』から捩ったもので、
        彼の視覚と聴覚を除く全身の五感(触覚、味覚、嗅覚)と引き換えに作りだされたものである。



四天真書 :  屋敷の主人の研究成果をまとめたもの。
        彼の研究の主産物、副産物が修められている
        (死亡手段、ネクロマンシー、不老不死、催眠術など)。
        これまた主人に作られた人工生物で、読む者に必要な知識を教えてくれる。
        静間は、この本に妹の病気を治す手段が載っていると勘違いしたようだが、
        皮肉な事に占いで示されていたのは一番最初に出会った人物
        ―――遠野志貴の『直死の魔眼』であった。





あとがき

拙いものですが、ここまで読んでくださった方―――ありがとうございます。

SS初挑戦だったので随分時間がかかってしまいました(約二ヶ月)。

志貴はこれから一体どんな人生を送るのだろうか、などと思い今回の物語を書きました。

歌月十夜でななこが言っている通り、知らず知らずのうちに、周りに死を振り撒いているんだろうな―――彼は。

可哀想な話ですけど。

志貴の性格が違うと思っている方―――小説を書く時、登場人物に自分のペルソナを割り振るという話を聞きますが、

自分の中に志貴にあたるものが存在しないようなので、物語そのものをお楽しみいただければ幸いです。

尚、本編はプラスディスクで描かれているようなエンド後の話で、上に書かれている設定はあくまで自分が勝手に作ったものです。

もし次回があれば、静間の妹を含めたオリジナル三人とオールキャストで今回残ったままの伏線を使って、

新たに書きたいとも思います。

では、機会があればまた。


記事一覧へ戻る(I)