志貴、故郷に帰る5<―月下舞踏―>


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1: D4 (2001/09/30 14:11:00)[nando at mud.biglobe.ne.jp]










5/月下舞踏
Last Dance Under The Glass Moon




俺が駆け出す同時に、静間は背後から取り出した呪符を前にかざした。

本能的に危険を感じ急停止した俺の前に、視界を埋め尽くす程の大炎が襲いかかる。



だが、『直死の魔眼』のチカラは俺自身の限界まで高まっている。

炎の死点を貫くと―――あっさりと、すぐ目の前まで迫っていた大炎は消え去った。

炎の通り道となった草木全てが黒焦げになり、チロチロと小さな残り火が地面を舐めている。

一気に暑くなり陽炎となった夜気の向こうで、何処かへと走り去る姿が視界の片隅に映った。

俺はすぐにそれを追走した。





追いかけ、そしてたどりついた場所は……かつて七夜と呼ばれる一族が暮らしていた屋敷跡地だった。

其処に、過去を思い起こさせる物は何も無かった。

屋敷のあった場所は、焼け落ちたのか燃えカスが残るのみ。

広い庭は雑草で埋め尽くされている。

見渡すと、庭の中央に彼の姿があった。

10メートルの距離までゆっくり近付き、立ち止まった。

追い詰めたとは思っていない。

ただ単に、彼が自分自身に有利な場所へ移動しただけだろう。

天空を仰ぎ見ている。




「いい月だ。そう思いませんか?」


今日は満月。


「呑気なもんだ。これから闘うというのに……」


燦々と輝く月の下、木々のカーテンに囲まれたこの広場で俺たちは対峙した。


「いいや、こんな時だからこそ……こんな私達だからこそ、風流に耳目を傾ける心の余裕が必要なんですよ」


こちらを向いていうと再び月に目を向けた。


「殺し合いに相応しい場所と時間だ。どちらが死んでも月が看取ってくれる。そうは思いませんか?」



八年前。

あの終わりの晩。

あの騒ぎからサーカスを連想した事があった。

ただし、今とあの時とでは役柄が異なる。




庭というリングには二人の道化。

森というカーテンが周りを包み、満月という観客が俺たちを見下ろす。





埒もない事を頭から振り払う。

俺に――七夜にそんなモノは必要なかった



先程感じた恐怖のためハイになっていた静間も、どうやら落ち着いたようだった。

―――敵に余裕を与えるなんて俺らしくもない。



「風流を楽しむ必要など…………感傷など俺にはない………俺に必要なのは……殺す対象だけだ」

手のナイフをクルリと回し逆手に構えた。





静間は黙って二個の何かを取り出し、前に投げる。

俺はどんなことにも対応できるよう右手にナイフを持ったまま、自然体で反応を待った。



投げられた何かの周りに白く半透明な物質が集まる。

投げられて二秒後、それは二匹の巨大な怪物の姿をとった。

そのすがたは共に黒豹。

ただし、長い尾は蠍のもので、その体躯は通常の3倍はある。

それは出現するや否や、こちらを確認し襲いかかってきた。



一匹目の突進を横にかわしながら左足の付け根を切断する。

そして、瞬時に俺の背後へと回った二匹目が、その尾で首を刺そうとする。

死を予感し、振り返らず体を捻ってかわすと、腕を振るい尾に走る線を切断する。

バランスの崩した一匹目を無視し、尾を切断した二匹目の間合を詰めた。

牙を剥き出しにして突進してくる二匹目の腹下へ飛び込むと、そのまま腹に走る線を切った。

その巨体と俺の腹下に飛び込むという意外な行動が反応を遅らせたのか。

動きの鈍った二匹目の首の死点を突くとすぐ、未だバランスを崩している一匹目の怪物をバラバラにした。



元に戻ったのだろう。

足元に先ほどの怪物をかたどった木彫りが、バラバラになって転がった。

以前、ネロのときと相対した使い魔に比べれば、動き、力、速さ………遥かに強いモノを感じたが、今の俺の敵ではない。



すぐに静間にむけて駆け出す。



――殺すまでもない………気絶させればそれで終わりだ。



おれのどこかにそういう考えがあった。

静間は棒のように突っ立ったままだ。


かまわず、みぞおちに素手で一撃をくわえる。

だが、まるで暖簾をなぐったような奇妙な感触におれは困惑した。

すると、静間は消え、目の前に晴明桔梗(円の中に正五芒星)の描かれた紙の人形がはらりと舞い落ちる。

持っていた本も消える。

式神だった。

「!」

何時、すりかわったのか。

思い返すと、チャンスは一度しかない。

最初に呪符の炎を俺がくらったときにあいつはすりかわったのだ。

―――となると、本物は今も逃亡中なのか。

だが。

すぐに駆け出そうとした俺の目の前にまた静間の姿が現れた。










両腕から血が流れ落ちる。

式神を殺された影響がモロに出ていた。

決して彼を甘く見ていたわけではない。

私が同時に作り出せる式神の数は獣の数字――666匹である。

彼には両腕の部分――約200匹分の凝縮されたヤツを向かわせたというのに……………。



逃げ切れば、『呪殺』という手段もあったが……それも、もう無理だろう。

冴えた月光を背に立つ蒼い眼の死神。

純化された殺気が空間を満たす。

つい数時間前とは次元の違う相手に変貌した事を全身に走る寒気で理解した。

いずれにせよ、分かった事はただ一つ。


"とれる最強の手段を使わなければ、間違いなく殺される"








また偽者なのか、と距離をおき、冷静に観察した。

両手から大量の血が滴り落ちている。

おそらく、あれは『呪詛返し』の影響――――実際、見るのは初めてだった。



加えてこの夜の中でも俺の目にはその顔色が青ざめているのがわかった。

今度は本物のようだ。

俺は声をかけた。



「…………逃げたとおもった…………渡す気になったのか?」

「真逆………このまま逃げてもどのみち追いつかれたでしょうからね。なら今、ここで、君を始末しておいた方がよさそうだ……」

青ざめた顔にもかかわらず、その声は、はっきりしていた。

両手の出血量を考えれば、確かに長時間走り続けるのは無理だろう。

「…………まさか左腕と右腕まで殺されるとは思いませんでしたよ。
 式を返された影響をここまでダイレクトにうけるのも初めてです。
 どういう力か知りませんが、つくづく……化け物ですね、貴方は……」

「よく言われるよ…………」

言って身構える。

俺は、そんな状態でなお俺の前に立つ彼の自信の方が気になっていた。



「準備は整った。見せてあげますよ。私最強の式神を………」

両腕から滴る血が大地に正五芒星を描き、さらに、その中心に正六芒星を描いた。

血で描かれた魔法陣が完成するや否や、結ぶ線が赤く発光し、中心の土が盛り上がってくる。



手を出せないまま、その現象をじっと見つめた。

盛り上がった土はあっという間に人の形をとる。



身長は静間と同程度――180くらいだろう。

肌は構成物である土の色ではなく、人と同じ肌色をしていて全くの裸。ただし、その肢体は男でも女でもない。

だが、何よりも俺を驚かせたのは顔だった。

そこには、目、鼻、口、耳などの器官は無く、全くののっぺらぼうだった。

「……かつてユダヤの律法師(ラビ)は石像に生命の呪詛を吹き込むことでゴーレムを作り、使役した。
 これにはさらに私の陰陽術を取り入れています」


確かにこれが今まで相手してきたものとは一味違うのがすぐにわかった。

何よりも以前と較べかなり強くなったというのに、『直死の魔眼』は額にあるたったひとつの点しか、
その体に『死』を見ることが出来なかった。



「タロス、目の前の男を倒せ」

静間がゴーレムに命じた。



ゴーレムとの距離は七メートル。

ぼーっ、と立っていて一見隙だらけだが、流れる七夜の血は全力警戒を促している。

一旦距離をとることにし、後ろにジャンプしようとしたそのときだった。

本能的に『死』を感じとり、身を沈める。

一瞬の後、頭上を奴の腕が猛スピードで通過した。



百分の一秒でも、かがむのが遅れていたら、頭は原形を留めず吹っ飛んでいただろう。

すぐさま振り返ると、奴がウエスタンラリアットの体勢で、止まろうと減速しているところだった。

だが、奴は制動に失敗し転んで、十メートルばかり転がり続けてようやく止まる。

周りには転んだ際にできた土煙が盛大に立っていた。

半ば唖然と見つめる。



――なんて、無様。



残像を残すほどのスピード。

確かにシエル先輩以上の――いや、もしかしたら本気のアルクェイドにも匹敵する凄まじいスピードだった。

だが、過ぎた能力に振り回され体のバランスに失敗するような相手など、今の俺の敵ではない。

警戒を解かぬまま、静間に向き直って言う。



「――あんなもので俺を倒そうとしたのか?」

「ま、最初はあんなものです」

「?……どういう意味だ」

「かつて神は土塊よりアダムを作り出し、アダムはイブと共に楽園で暮らしていたが、罪を犯した為、追放されました。
 そして、ユダヤの律法師(ラビ)が作り出すゴーレムはその古事がもとです」

「……なにがいいたい?」

「アダムとイブが犯した罪とは何でしょう?」

「たしか……蛇にそそのかされて知恵の実をたべ――」


………まさか。


土煙の中、ゆらりと立ちあがる影が見える。

「おそらくは君の想像している通りでしょう」

今度も奴は凄まじいスピード――さっきより少し遅いが――でこちらに向かってくる。

ただし、さっきよりもバランスの取れた動きで―――。

「そのゴーレムである式神には、人間を超えた学習機能があるんですよ」

今度は顔面にむけて右の正拳がとんでくる。

かわして懐にとびこむとナイフを腹に――線は無かったが――突きたてようとして跳ね返される。

肌色の癖にその硬度は鋼だった。

慌てて右横に跳び退く。



だが、超スピード――七夜志貴と化した俺さえ超えるスピードでいつの間にか俺の背後へと回っていた。

今度は、奴の態勢は崩れない。

『死』を予感し、また慌てて横に転がり起きるとすぐ目の前へ突進してきていた。

今度は両手を使って連撃を繰り出して来る。

未熟ゆえ攻撃がまだ大振りだった事もあり、ギリギリだったが全て紙一重でかわせた。



受け流そうなどとは思わない。

それほどの威力がこの拳に秘められていると、本能でわかっていた。


横目で見ると――まだ生きている部分が残っていたのか……静間は少しだけ動く腕を器用に使って殺された腕の止血をしていた。

目の前の相手に再び集中する。

攻撃の未熟さに助けられているが………………既にかすり傷やら拳圧で出来たミミズ腫れやらが体中のあっちこっちにあった。

先程まで走ることすら、まともにできなかったのに、今では凄まじい速さで攻撃を繰り出してくる。

しかも、俺の動きを学習しているのか、攻撃方法がだんだん複雑になってきていた。



――倒す方法はわかっている。



静間を倒すか、額の死点に一撃叩き込むかすれば終わりなのだろうが、この様ではどちらも不可能に思えてくる。

今ではただ座っているだけの彼の処へ―――自分の弱点が分っているのか、このゴーレムはうまく立ち回って行かせてくれない。

それにこの学習能力だ。

このままいけば約一分後には俺の動きをすべて読み切っているだろう。

何にせよ、このままではジリ貧だ。










………………………………………………勝機があるとしたらただ一つ。

奴が今までに見てない方法で攻撃するしかない……。


――だが、なにをどうやって?


コイツならばあるいは、アルクェイドとすらいい勝負をするかもしれない。


――!!!!!!!!


"アルクェイド"で思い出した。

まだ、手があった。




再び、奴の手刀がとんでくる。

皮肉な事に、希望という感情に一瞬反応が遅れた。


奴の手刀が、受け流そうとした俺の左手をわずかにえぐり、骨にヒビをいれる
―――受け止めようとすれば、手ごと頭を貫通していただろう。

痛みで動きが鈍った瞬間、胴に凄まじいスピードの回し蹴りが飛んできた。

喰らっていたら二つになっているところだ。

地面すれすれまで身体を沈めてかわすと、沈んだ反動を利用し後方へ十メートル、四つ足で俺は跳んだ。

すぐに追撃に備えた。

……………だが、奴は動こうとしない。

どうやら、こちらの状態をまるでハンターのように観察しているみたいだ。

さっきの戦闘だけで機――攻撃と防御の機会の見方まで覚えつつあるようだ。

時間が経てば、経つほど奴は強くなる。

俺はこの隙に作戦地点と材料を探した……………。







束の間の休憩はわずか十秒だった。

再び猛攻が開始される。

今度は中段にいきなり蹴りが飛んできた。

再び身体を沈め、かわすと同時に軸足の膝に蹴りを叩き込む。



これでせめて、バランスでも崩せば、少しは可愛げもあっただろうが、反応はまるで石壁を蹴りつけた様だった。

逆に蹴った足の方が捻挫しそうだった。



蹴った反動で俺の体勢が崩れ、仰向けに転がる。

すると、ゴーレムが俺の顔面に向け、右腕を振り上げるのが視界に飛び込んできた。

俺は地面に両手をつけると同時に、奴の胸部に向けて両足を蹴り出した。

常人ならば貫通するほどの鋭さを持った蹴りもコイツには効果が無い。



奴が右腕を振り下ろす。

だがその前に、キックの反動を利用したバック転で、俺はその場を脱出していた。

目標を見失った右拳は地面に打ち付けられる。

冗談のようだが、地面に子供が入れるほどの深さの穴が爆音と共にできていた。



爆煙が収まらぬうちに仕掛けてきた、次の攻撃をかわせたのは奇跡に近い。

残像をひきながら一瞬で間合を詰め、俺がいた空間を右足で跳ね上げていた。

その足が宙を薙ぐ。


獣より低く沈んだ四つん這いの姿勢で俺はかわしていた。

だが、それでは終わらない。

俺の防御姿勢を学習していた奴は、虚空を疾り抜けた右足をひねり、戻しながら、強引なカカト落しにいった。

高速のカカト落しをギリギリまで引き付け、かわす。


再び爆音が鳴り響き、穴が開く。

次に、土煙が収まらぬうちに攻撃を仕掛けたのは、逆に俺の方だった。

爆煙を煙幕代わりに攻撃を仕掛ける。




右足が股間を蹴り飛ばすと、左足が勢いを利用し、中空に浮き上がった奴の水月に入る。

そのまま、額にナイフを刺そうかと考えたが、奴が体勢を崩しながらも右腕を引いたのを見て、すぐにそれを打ち消す。

水月に入った左足を足場に、右足が奴の顎に跳ね上がった。



一瞬後、空中を駆け上がった俺の背中スレスレを奴の右腕が通り過ぎたのを寒気と共に感じ取った。

一秒に満たない時間に行われた急所攻撃のオンパレードだったが、それでは終わらない。


空中に駆け上がった身体を回転させながら捻ると、完全に体勢を崩した奴の胸部に俺は右足を叩き込んだ。

森の方へとふっとんでいく奴の体を見ながら、俺も最後の一撃の反動を利用し、反対側へと跳ぶ。

今の攻撃……………人間なら複雑骨折、内臓破裂、頭蓋完全損傷、胸部貫通
――全て即死の威力だったが、奴に対して全く効いていないのは俺にも分かっていた。



そしてこちらは、衝撃のため足の骨にはヒビが入ったことだろう。

だが、代償として距離と時間が稼げた。



――確実に、これが最後のチャンスだろう。



クラリ



世界が揺れる。

この眩暈からすると、俺自身の限界も近い。



――さっさと決着をつけることにしよう。



足元に落ちていた枯れ木の枝を拾う。

右手でナイフを振りかぶる様を立ち上がった奴に見せ、そのまま投げる――奴ではなく静間の方へ。

………予想できた事だが、こちらに走り出していた奴は急減速し、再び急加速。

ナイフの軸線に移動し、無防備な彼をカバーした。

弾かれたナイフは地面に突き刺さる。


だが、これでさらに時間が稼げた。




投げると同時に広場のはずれを目指し、俺は全力疾走していた。

目的の位置に着いて振り返ると、ちょうど奴がこちらの背後に向けて走り出しているところだった。



「これで……終わりだ!」



『直死の魔眼』には、得物がどんな物だろうとあまり関係ない。

俺の叫びと共に、木の枝が地面の死点に突き刺される。

その瞬間、地面は波打ち、ひびわれ、泥状になり、崩れ、刺した地点から前方数十メートルまで扇状に大穴があく。





静間が呑み込まれていないのを確認し、目下の相手に目を向けると―――



――たいした反射神経だ。



死点を突き刺してから崩れるまで一秒と無かったのに、その間に異変を感じ取ったのか――。

奴は前方へ――俺の方へ十メートルの高さまで跳躍し、危機から脱しようとしていた。



だが、今までのことからそんな事ははじめから予想済みだった。


――そのために、この場所を選んだのだ。


空中戦は、俺も奴も初めての経験だった。

あらかじめ目星をつけておいた近くの木へと跳び、枝のしなりを次々に利用し奴より上方へと跳ぶ。

普段ならば、アルクェイドの真似など出来なかっただろうが、今の俺には問題なかった。





燦々と輝く満月の下、俺たちの体は空中で交錯する。



俺の月影に入った瞬間、奴は喉笛に手刀を繰り出してきたが、必殺のスピードと力を発揮するには足場が必要だった。



――そして、それを学ぶ余裕も無かった。



腰の回転も無しにうちだされた手刀は、俺の左腕を傷付けながらも受け流され、首筋に浅い傷をつけて後方へと抜ける。

奴の懐に入った俺は、隙だらけの額の死点へと木枝を突き刺した。

一瞬の攻防に勝利し、力をなくした相手の体を踏み台にさらにジャンプする。

翔びながら下を見ると、奴の体は元の土に戻りながら、暗黒の大穴へとすいこまれていく。

俺は穴のふちに、衝撃をころすため転がりながら…………着地した。







全身はボロボロだった。

両腕の骨と肋骨の一部と足骨にヒビが入り、体の到るところに打撲傷と擦り傷がある。

だが、幸いな事に致命的なものはないようだった。




静間を探すと、草むらの中に顔を青ざめさせ倒れていた。

体をよろめかせながら近付き見下ろすと………全身から血が滲み出ていた。

先程のゴーレム―――式神に全力をつぎ込んだ分…………死点の効果をもろにうけたのだろう。

死の線が体中にひろがっていて、もう助からないことがすぐに分かった。

後、数分で死ぬだろう。




全身から力が抜け落ち、眼鏡をつけて落ちていたナイフを仕舞う。



――闘いは……終わった。


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