蒼ノ姫 月ノ香  ソノ、カケラ


メッセージ一覧

1: into (2001/09/29 23:00:00)[terag at pop06.ne.jp]


「志貴。人が人を殺す時に、必ずしなければいけない事は一体なんだと思う?」

と、彼は聞いた。俺は、わからないと答えた。

 蒼ノ姫 月ノ香  ソノ、カケラ

 空は真っ紅だった。雲も、そこで泳ぐように飛んでいる、鳥たちでさえ。
 夕日。
 以前、誰かが、それを、世界の傷痕と呼んでいた。
 まるで、世界を飲み込んでしまうかのような錯覚に陥るほどの夕焼け。家という
家。路という路。木の葉という木の葉。その全てが紅いペンキで塗りたくられたよう。
 勿論、俺たちでさえ、その例外ではない。
 彼、御明司士(ミアカシ シシ)は、惚けたようにそれに見入っていた。
 俺から見て、左側にある横顔。
 まるで、女性のように長い前髪に隠れた、ちょうど右目を遮る包帯は、こちらから
では全く見る事が出来ない。
 遮られていない左目は、一体何を思っているのか。
 全く読みとる事ができなかった。
 沈黙。
 会話がないまま、いつも帰り道に寄っている公園に足を進めた。

 路の半ば。司士が、不意に口を開いた。勿論、こちらを向かないで。
「志貴。」
「ん?」
「人が人を殺す時に、必ずしなければいけない事はなんだと思う?」
 そんな、突飛な事を。
 少し、考える。
 しなければいけない事。
 必ず、必要になる事。
 わからない。
 一体、司士は何を聞きたいのだろうか。
 何故、そんな事を、自分に聞くのか。
 答えはでなかった。
「………わからない。」
 そう。人を殺そうとした事は、一度もないから。
 そんなのは、わかるはずがない。 
 司士を見ると、その左目がこちらを見る。いつも、細い眼がさらに細められている。
 ふと、顔の右半分を覆う包帯が見えた。恐らくは。その右目でも俺を睨んでいるの
だろう。
「ちょっとは自分の頭を使え。」
 そう言って、司士はまた夕日に目をやった。

「やっぱり、わからない。」
 どうしても、その答えにしか行き着かない。
 だって。
 人殺しなんていうのは、譬えどんな事をしたってやってはいけない事じゃないか。
 譬えどんな理由があろうとも。
 それだけは、罪と呼ぶにはあまりにも大きすぎて。
 罰を与えるには、あまりにも遠い事。
 司士は、左目だけこちらに移して。
 くくく、と笑った。
 その笑顔になんとなくからかわれている感じがして。
 おかしい事に、何となく、懐かしいなと思ってしまった。

「人が人を殺す時。」
 彼は語る。
「必ず必要になる物。それは、“覚悟”だ。」
と、彼は言った。
「例えば、俺が誰かを殺すと決めた。その時、俺は必ずこう、覚悟する。
    『俺は今から此奴を殺すのだから。俺は誰かに殺される。』
 俺の場合はな。他の奴なら違うんだろうよ。苦しむ覚悟。悲しむ覚悟。色々だ。理
由なんて、後から付けるもんにすぎない。自己防衛のためにな。
 やる気はなかったんだってな奴らは、実は意識していない意志の中で、すでにそれ
を終えてしまっている。人を、殺す時点でな。」
 そう言って、司士は笑った。紅く、紅く。それはいつかの夢にでてきた、紅いオニ
のように。




感想、待っています。 


記事一覧へ戻る(I)