遠野槙久氏の歪んだ愛情 ―或るいは、彼はいかにして、堕ちたか―

遠野槙久氏の歪んだ愛情


―或るいは、彼はいかにして、堕ちたか―
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〇月〇日
筆を、置く。
ほぅ、と息をついて椅子に凭れかかる。
窓の外には、月。
あの日と同じ、丸い月。
満月は嫌いだ、と思う。
なんだか、ふいに紅く見える時が有るから。
あの日の紅を、思い出してしまう。
二月以上を掛けて書き進めてきた日記も、これでおしまい。
明日には、この屋敷の当主も帰って来る。
そうしたら、こんな小細工もそうは出来なくなる。
でも。
ふと、思う。
あの方は、そんな自分の行動なんて、最初から見抜いているのかもしれない、と。
本当はもっと早く帰って来られるというのに、自分が動きまわれるようにわざとその時を遅らせているのかもしれない。
でも。
それでも、糸が切れた人形は、これくらいしか出来る事を思いつけなかった。

……ああ。
あの少年は、気付くのだろうか。
正常に見えるものが、必ずしも元々そうであったとは限らないことに。
どうだろう。

窓の向こうには、月。
その窓に映るのは、少女の顔。
琥珀色の瞳をした、少女の顔。

それがなんだか、酷く虚ろで嫌なものに見えて。
少女は窓から目を背けると日記を閉じて立ちあがる。

明日からは忙しくなる。
当主も、そしてその兄も帰って来る。
自分がやらなければならない事も多い。
だから、この日記を納めたら部屋に戻らなければならない。
そして見るのだろう、クログロトした、夢を。
かすかな音を立てて、扉がしまる。

後には、誰も居ない部屋。
月の光だけがさす、誰も居ない部屋。
9月18日
血溜りの、中。。
倒れ伏す、自分。
それを見下ろすのは、紅い髪の少女。
ああ。
そう。
彼女は、遠野家の当主としての役目を、果した、のだ。
深い満足とともに、目を閉じる。
これで、終わり、だ。
9月17日
秋葉を乗せた、車が出て行く。
これで、もはや邪魔者はいない。
琥珀を、呼ぶ。
早く。
早く。
早く、来い。
軋み音を立てて開く、扉。
その扉の隙間から、紅い髪が覗くのを見た時。
私は。
あられもない叫び声をあげて。
飛びかかっていた。
9月16日
長い、道のりだった。
今、ここに。
終局、が。
9月15日
きりきりと、内臓に錐を突きこまれて穴を開けられて行くような感触。
緩慢な、死。
そんな最中、秋葉が屋敷を離れる事になったとの話しを、聞く。
ああ、その、日は、まだ、か。
9月14日
出られる時間がいよいよ短くなって来た。
だが、まだしなければならないことがある。
そう、秋葉を遠方の学校にいれなければ。
あれが屋敷を離れた時、劇は終わろう。
9月13日
琥珀が、いない。
苦しくて、苦しくて、苦しくて、堪らないと言うのに琥珀がいない。
あの娘は、今別の部屋。
秋葉の目がある以上呼びつける訳にもいかない。
ああ。
なぜ。私は。
こうも、苦しまなければならない、のか。
9月12日
反動は、早い。
出られる時間が不安定。
おそらく、周囲の目もまた、不本意ながら事実なのだろう。
つまり、いれかわり。
より、衝動的な方が強くなると言う事か。
不様な話しだ。
反転の果てにあったものは結局更なる反転、か。
9月11日
不覚。
琥珀と情交している所を、秋葉に見られる。
警戒心が薄れて、いたのか?
現場に踏み込まれてしまっては言い訳も効かず。
やむなく、琥珀に手を出さぬ事を約す。
まさに、不覚。
しかし。
なぜ、秋葉は、夜中に来たのだろう。
9月10日
心を、決める。
槙久はもう、ただ生きているに過ぎない。
観るに、耐えない。
つまらない、夢。
だから、消そう。
てはじ、めに。
9月9日
雨。
ものぐるしい夜。
琥珀の体に耽溺する。
我ながら、これほど年下の少女に溺れるとは情けない。
が、しかしそんな倫理観を吹き飛ばすほどに、この少女の体は、よい。
最近では一日として、手をつけぬ日もなく。
ただ、ひたすらに、安らぐ。
9月8日
面白く無し。
策をめぐらせたのならともかく、
周りの思いこみで成り代わってしまうのでは楽しくない。
物事は容易でないからこそ、楽しいのだ。
ああ、つまら、ない。
ただ、じっと空を眺める。
9月7日
最近、だれもがこの部屋に寄り付かない。
屋敷の者達は私が反転したものと決め付けているようだ。
私が、奴を押さえ込むことにこれほど苦労していると、いうのに。
大変、不愉快。
一体、何の為に私は我慢をしているのだろうか。
9月6日
槙久はずいぶんと、暴れているらしい。
皮肉な事に周囲のものは、私のほうを本来の槙久と思い込み出している模様。
確かにこれでは既に反転しているのとかわらない。
なんとも、無様な話しだ。
9月5日
いらつく。
何故か知らないが、苛立ちがおさまらぬ。
だから、琥珀を痛めつける。
だが、苛立ちがおさまらない。
どう、するか。
そう、この娘を叩いて気がすまないのならば
他の、者を、叩け、ば。
9月4日
槙久、不安定。
久しぶりに長時間表に出ていることになる。
なぜだろう。そう、分析しながら廊下を歩いていると。
ふと、猫の墓を作る琥珀を、見る。
その瞬間、ひどくざわつく。
アア、ナンダ、コレハ。
ソウカ、マキヒサハ。
コノムスメニ、クルッタノカ。
9月3日
猫を、殺した。
元は、屋敷によりついていた猫だ。
何故よりついているのかわからなかったのだが、
ある日、琥珀がその猫に餌をやっている現場に出くわした。
訳もなく、いらついた。
気がつけば、その猫を散々に痛めつけて殺していた自分がいた。
何故、このような行動にでたのだろう。
自分でも理解不能。
9月2日
ふいに、目覚める。
なぜだろう。
琥珀の力を得て槙久の力が強くなってから
ずっと、目覚めなかったというのに。
何が、原因?
心に、引っかかるものが、ある。
9月1日
大分、過ぎた。
この日記を書くのも久しぶり。
体調は大分落ちついていた。
秋葉の教育も、問題なし。
好調な日々、だ。
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