遠野槙久氏の歪んだ愛情 ―或るいは、彼はいかにして、堕ちたか―

遠野槙久氏の歪んだ愛情


―或るいは、彼はいかにして、堕ちたか―
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7月31日
秋葉を、少し叱る。
稽古事をさぼっていたのだ。
さぼるのは、良くない。
だから、正しいコトだ。
そう、正しい事をしているのに。
何故、彼らは私を止めたのだろう。
7月30日
最近、子供らを見るのが面白い。
一見すれば理想の人間関係。
それこそ、自分と同じになるかもしれない四季には感応者の妹を当てがい。
遠野の血の濃い秋葉には七夜の少年を側においていざと言う時の監視役とする。
前者は、遠野の血をおさえ。
後者は、遠野の血の発動の感知機、と言うところか。
そう、そうなれば理想的な人間関係というやつなのだろうが。
だから、この世は面白い。
そう再確認させてくれたことに、心から感謝したい。まったく。愉快。
7月29日
最近、秋葉の様子が明るい。
七夜の家から連れて来た少年に懐いている模様。
少年は少年で、四季に懐いており。なかなか微笑ましい関係だと思う。
理想的な友人関係、というやつか。
思えば自分の幼い頃はそんな物は望んでも得られなかった。
子供たちが少しでも幸せそうな様子を見られるのはなかなかに感慨深いものがある。
ああ。
良い、1日だ。
7月28日
今日は翡翠という少女を観察する。
恐らくは、槙久が息子と娶わせるつもりでいるだろう、少女。
彼女は、自分の生活が姉の犠牲の上に成り立っていることをまだ知らない。

知れば、どうするか?
そう、考えてもみたが、あれはあまりにも予想通りの反応を示しそうなので興が持てない。
やはり、玩具はもっとおもしろくないといけない。
そう、例えていうなら滴るが、如く。
何かを、染みだしながら鳴いて、欲しいのだ。
それがなくてはこの世はつまらない。
ああ。
空はこんなに青く。太陽はこんなに綺麗なのに。
どうして人はこんなにつまらないのだろう。
7月27日
久しぶりに、静かな朝を迎えた。
感応者の力というのは、確かに高い効用を持つ模様。
これでせめて。
そう、せめて四季が家を継げる年齢になるまでは持たせることが出来るかもしれない。
四季は、私ほどに遠野の血は濃くない様だ。
むしろ妹の秋葉の方が心配。
あの娘は遠野の力に体の方が耐えられないかもしれない。
とりあえず、時南に相談しておこう。
ああ、それにしても爽快、だ。
7月26日
槙久と、件の少女の性交を観察する。
人に限らず動物は、本能でもって自分という存在を残したいと思っている。
だから、いずれ己が老いて滅びるという事実に対し概ね同一種の異性同士での交配を行うことで自己の複製を作ることで存在の存続をはかろうとする。
この場合重視されることは、いかに自分と近しい存在であるか、ということだ。
つまり、自己の複製を作るならば、交配を行う両者が互いに似た存在である事が、好ましい。
そういう意味では、この少女と槙久はうってつけだ。
どちらも、隠している自分を持っている。
そして隠している自分を否定することで過酷な現状に対し自身の存在を立脚しつづけようとしている辺りもまた、相似。
この二人が結び付いた結果、どの用な事実を残すかが楽しみだ。
7月25日
少女と、話す。
自分が犯した、相手。
娘と変わらぬ、年端も行かぬ少女。
そんな少女が、自分を見据えてくる。
必死な、目。
眩しい、目。
ウラヤマシイ。
コノショウジョハ、ジブンガナクシタモノヲ、モッテイルゾ。

震える指を、少女の首に掛けようとしていた自分に気付き驚愕する。
そう、私はもはや反転衝動に犯された身なのだ。
そして、この少女とその妹も、自分が狂ってしまえば再び身寄りのない身となる。
だから、そう。
これは、正当な、契約、なのだ。
7月24日
琥珀という名の少女と、会話する。
「私が頑張りますから翡翠ちゃんだけには、手を出さないでください。」
そう、言われた。
その目が、良い。
妹を想う、姉の目。
この目に、嘘はない。
だがこの目は、ウソツキの目だ。
そう、この少女は、己の内に潜むものに気付いていない。
実に、面白い少女だ。
曖昧に返事をしておいたが、槙久の奴がどう答えるか。
恐らく、予想通り。
面白い、鑑賞材料が増える。
7月23日
夢。
夢の中にいる。
自分でも、そうとわかる、夢。
明晰夢と呼ばれる夢の中で、私は膝を抱えていた。
……なんと、不様だ。
自分で自分を笑ってしまう。
今の自分が、紅赤朱となんの違いがあろうか。
心底、自分が嫌になった。
7月22日
再び朝、目覚める。
どうやら槙久の奴は完全に内にこもってしまった模様。
こまった奴だ。
こうも早く出てこれてしまうと、逆に困る。
さて、なにをしようか。
とりあえず散歩でもしながら考えるとする。
7月21日
深夜にふと、目が覚める。
目が覚めると、どこからか楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
あんまりにも、楽しそうなので、見にいってみた。
すると、一人の男が広場で踊っていた。
くるくる、くるくると。
とても楽しそうに。
真っ赤な絨毯の上で踊るその男の顔は、とても良く見覚えのある顔。
毎日、鏡の中で見る顔。
あれは、自分。
そう、あの日の自分、だ――。
7月20日
槙久が、壊れた模様。
恐怖心に耐えられず衝動的に例の少女に手を出す、か。
想像以上に脆い奴だ。これではお話にならない。
こうなってくると例の七夜志貴と言う少年の動向も気になる。
いつ、七夜としての衝動に突き動かされて槙久に襲いかかって来るかわからない。
何か、違う標的を与えておいて注意を逸らす必要性を感じる。
7月19日
喉が、熱い。
暑苦しい空気の中、ひどく乾きを覚えた。
そして、気がつくと目の前には精液と血にまみれぐったりとした少女。
これはなんだ。
これは、なんだ。
これは……なんだ。
何故、私はここにいる。
何故、この少女はここにいる。
そしてコノワタシハナニヲッ!!
7月18日
志貴という少年と会う。
奇しくも、槙久の息子の四季と同じ名前か。
だが、怖い目をした少年だ。
ひどく、内に篭っているというのに相手を獲物としか見ていない、目。
自分の感情と、異端を狩るという行動を本人すら意識せずに完全に切り離している目だ。
こんな、存在を作り出す七夜という存在は恐ろしい。
滅ぼしておいて正解だ。
だが、槙久の奴には気付いた様子がない。
どこまでも鈍い奴だ。
俺だけでも用心を怠らないようにしよう。
7月17日
静かな、朝。
こんな朝は、どれくらい振りだろう。
なのに、何故か現実感を感じることが出来ない。
どうした、ことか。
わから、ない。
なぜだ。
問い掛けても、答えは返らず。
疑問だけが、胸に澱て行く。
なんだか、ひどく怖い。
7月16日
気が、のらない。
本来ならば、槙久の奴に追い込みを掛けるはずなのだが、
先日鬱憤を晴らし切ってしまったせいか、どうも気力がわかない。
そう。自分はあんなもので満足してしまえる人間だったのだろうか。
これは、ひどくつまらない気がする。

緩慢な、死への道。
7月15日
悪夢の夜が、明けた。
けれど、死んだ人間が生き返る訳もなく。
罪は、決して消えない。
けれど。
一つだけ、希望を見つけた。
一人。
一人だけだが、あの惨劇の中、生きていた少年がいた。
だから。
この少年に対してだけでも、罪滅ぼしをしよう。
例え、それが奴の策略だったとしても彼が少しでも幸せを得られるならそれは意味のある事だ。
そう、考えたらほんの少しだけ、気が楽になった。
7月14日
べたべたとした衣服は気持ち悪い。
特に、それが自分の口から出た吐瀉物混じりとなれば尚一層だ。
しかし、これも今の爽快な気分に比べればたいした事がないと思える。
昨晩からずっと、槙久の奴は目を覚まさない。
起きたまま、居られる。
そんな他の連中にとっては些細な事が、俺にとっては、幸福でならないこと。
槙久が居る限り、敵わぬことだった。
だから、満喫する。
七夜とかいう連中の作った血溜りのなかで寝転べば。
遠く、高くある入道雲。
草原を、渡る風。
眩しい、太陽。
心地、良い。
もう少し、この、まま。
7月13日
人間の語彙というものは、実はあまり多くないものらしい。
所詮、人は保守的な生物だ。自己の境遇に満足しているものが、心地よい安寧から抜け出そうとするものでもない。
そう、人とは己を守ろうとあがく生物、なのだ。
ケ、レ、ド、コ、レ、ハ
吐いた。
地面に膝をついて胃の中のもの全てをぶちまけた。
クルシイ。
何故、こんなことに。
そう、つぶやくと。
真っ赤な、血溜りの中に浮かぶ、自分の吐瀉物にむけて倒れこむように。
私は、意識を、放棄、した。
7月12日
雨に歌えば、という曲がある。
ジーン・ケリーという歌い手が歌った、ものだ。
これが、良い。
ぴちゃぴちゃと、水たまりの上で跳ねる水音を聞いていると。
とても朗らかな気分になりついつい歌ってしまう。
そんな、良い歌だ。
ああ、気持ちが、良い。
7月11日
奴の、動きがあった。
なにを企んで居るかは謎だが、軋間の当主となにやら企んで居るのだけは確実だ。
早速軋間の当主を、問い詰めるべく電話する。
一体何をするつもりなのかは知らないが、一族の当主として分家の暴走は止めねばならない。
そう思って電話したのだが、駄目だった。
まったく会話が成立しない。奴は一体どうやって会話していたというのだ。
どうりで、親族会議でも彼の姿を見掛けた事が1度も無い訳だと納得してしまう。
が、しかしこれは問題だ。
このままでは奴らの狩りとやらを止めることが出来ない。
あの二人のことだ、一体何を相手に狩りをするつもりなのか、考えただけで怖くなる。
何らかの対策を講じなければならない。それもできるだけ、はやく。
7月10日
たまたま俺が起きている時に軋間の当主から電話がかかって来たので、取る。
そのまま会話したのだが、なかなかに面白い奴だった。
奴もこちら側の人間のようで、色々と話が合う事も多い。
向こうもこちらを気にいったらしく、
「今度狩りにいかないか?」
と誘われた。
どんな獲物を狩りに行くのだろう。
奴の事だから、とても面白いものにちがいない。
今から楽しみだ。
7月9日
つらい。
自分が違う場所に移動して居るのは、耐えられる。
しかし、意識を失った後、屋敷の人間に聞いても何もしていなかったと言われることが、これほど怖いとは。
奴が出て来たと言うのに、なにがされたのかがわからない。
何もわからない、恐怖。
今まできちんと自分に挨拶をしてくれていた使用人が、自分と会うと目をそらすのも、つらいと思っていたが、これに比べればまだましだった。
一体、奴は何をたくらんでいるのか。
ひどく、怖い。
私は、どうすればいいのだろう……。
7月8日
計画は、上々だ。
槙久は予想通り例の少女に手を出さない模様。
という事はそれだけ俺の出る時間が徐々に増えていくと言うことな訳だ。
当然のごとく、俺の状態であの姉妹に手を出したりはしないでおく。
そんなことをして、この愉快な時間を一気に終らせてしまってはつまらない。
じわじわと弱って良くおのれを理解しながら、奴がどれだけ苦しむかをゆっくりと鑑賞する。
実に、楽しみだ。
罪悪感と、自己保存の板挟み。
他人の不幸は蜜の味とは、まさに至言だな。
7月7日
悪夢だ。
自分が楽になる為には年端も行かぬ少女に性交を強要せねばならないというのか。
これでは、もう一人の自分と同じ外道ではないか。
外道なおのれになりたくないために外道な事をするのではなにも、意味がない。
ひとまず、己の意思力でもう一人の自分を押さえこむ事とする。
彼の少女に頼らず、もう一人の自分を制御する方法を模索せねば……。
7月6日
痛快だ。
件の巫浄の娘だが、なんでも力を発揮する為には対象と性交をせねばならないらしい。
是非俺を押さえ込んでもらいたいものだ。
自分の娘とたいして年の変わらん少女を無理やり手篭めにする時、
槙久のやつがどれだけ葛藤するか、それを思うだけで笑いが止まらなくなる。
さぁ、いつごろ耐えられなくなって手を出すかな?
実に、楽しみだ。
7月5日
昼、早速巫浄に連なるという少女二人が到着する。
見れば、秋葉とそう変わらない少女達だ。
丁度良い、彼女達には秋葉の遊び相手になってもらおう。
妹の方は実に活発な少女なので、引っ込み思案な秋葉を連れ出してくれることが期待できる。
早速、後で頼みに行くとしよう。
にしても、あの少女達はどのようにして、遠野の血を押さえ込む事が出来るというのだろうか。
見たところ、さほど呪の類に精通しているようにも見えない。
少し、不安だ。
7月4日
親族会議という奴はつまらん。
どうせ代々俺のような存在が出ているのだからそうそう良い対処法があるとも思えぬ。
と、思っていたのだが巫浄の分家に感応者なる連中がいて、そいつらの力を借りて俺を押さえ込もうという話しになった模様。
しばらく出れる回数が減るか。
まぁいい、そうそう早く槙久につぶれられても面白くない。
ゆっくりと着実に追い込みを掛けていくとしよう。
7月3日
日記を見て驚愕する。
どうも、自分が無意識のうちに行っていたのだと思い込んでいた行動はもう一人の自分なる者がしていた事らしい。
ゆゆしき、事態だ。私の中の遠野の血が目覚めつつあるのだろうか。
何か、早急に手を打たねばならない。
取り急ぎ親族会議を行うものとする。
7月2日
朝起床。最近はずいぶんと出て来れる回数が増えた。
これも、槙久の中の遠野の血が目覚めかけているからだろう。
ふと引出しを開けると、日記があったので興味を引かれて読む。
なるほど、日記とはいい手段だ。
日頃押し込められている鬱憤を晴らすついでに色々と、試みてはきたが、いまいち俺の存在はあいつに自覚されていない。
ここは、一つこれで追い込みを掛けてやろう。
今晩、日記を開いたとき槙久の奴がどれくらい驚くかが、なかなかに、楽しみだ。
実に、愉快な気分で筆を置く。
7月1日
最近、どうも変だ。
朝起きると何故かソファで寝ていて机の上に見覚えのない酒瓶があったり。
仕事をしていたはずなのにふと気付くと、サンドバックに向かってフリッカージャブの練習をしていたりする自分が、いる。
実に、奇怪だ。
最初のうちは『仕事のしすぎでストレスが溜まっているのかもしれない』とも思っていたのだが、あまりにも頻繁に起こり過ぎる。
そこで、医師の進めもあり自分を見つめなおす為に日記を付けて見ることにした。
こうして日々あったことを記録して行けば、何故あのような行動を自分がしていたか、その理由が判明して来るかもしれない。
心の安息を求め、ここに日記の序とする。
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