「志貴さん、キスしてくれませんか?」

「だから、キスです、キス。ちゅうでもいいですけど」

「ぎゅぎゅーーーって抱きしめて」

「ものすっーーーごく濃いのを、ひとつ」



誓

〜Do you love me?〜



 事の始まりは、そう、結婚式前夜だった。

 琥珀さんとの――



「とうとう、明日ですねー」
「明日だね……」

「緊張しますねー」
「そうだね…」

「寝つけませんねー」
「だね…」

「志貴さん?」
「なに?」

「明日のリハーサル」
「また?」
 もういいよ、な響きを持つ俺の声に琥珀さんはむっと反応する。
「こういうのはですね、備えあれば憂いなしなんですよー。当日何が起こるかわかりませんし」
「だからって朝からずっとそればっかりじゃないか」
 もういいかげんへとへとである。
「むー、それじゃあ、後一回。宣言のシーンだけです」
「本当に?」
「本当です!」
「……わかりました」
 琥珀さんの熱意に押され、俺は琥珀さんと向かい合った。

「新婦、遠野琥珀――あなたは、その、……」
 自分で言うとなると、恥ずかしい。
「……俺を、愛してくれますか?」
 それでも、なんとか前を見る事ができた。
「はい、誓います」
 琥珀さんが微笑みながら誓う。
 ……今の俺ってどんな顔しているんだろう。
 にやけているのは、まあ、わかるんだが。

「新郎、遠野志貴」
 続いて、琥珀さん。俺なんかとは違いさらさらと告げる。
「はい」
「あなたは――……」
 ……どうしたのだろうか。
 琥珀さんの次の台詞が聞こえてこない
「……どんな、ことをしても構いません」
「え?」
「どれだけお酒飲んでもいいですし、賭け事だって許しちゃいます」
 それは、幸せに不慣れな琥珀さんの顔。
「でも、最後には、私の元に返ってきてくれますか?」
 それは、未来に不安な琥珀さんの顔
「私を、護ってくれますか?」
 それは、それでも俺を信頼しようとしている琥珀さんの顔。

「私を、愛してくれますか?」

 それは、ようやく安らぎを得た琥珀さんの顔。

「私のそばに、ずっと、いてくれますか――」


 それは、俺が見たかった、琥珀さんの、笑顔――


 今なら、こう思える。
 俺はこの笑顔を見るために生きていたんじゃないかって。
 だから、うぬぼれにも、こう言えてしまう。
「そんな事、決まっているじゃないか。俺以外に琥珀さんのそばに居る男なんて誰がいるんだよ?」

「誓う。遠野志貴は、遠野琥珀のそばにいて、一生、愛することを、誓います――」





「改めて聞いちゃうとてれちゃいますねー」
「そうだね。すごく恥ずかしい」
「それじゃあ、恥ずかしいついでに―」



「志貴さん、キスしてくれませんか?」

「だから、キスです、キス。ちゅうでもいいですけど」

「ぎゅぎゅーーーって抱きしめて」

「ものすっーーーごく濃いのを、ひとつ」




「誓いの、証として――」







 俺は、琥珀さんの顔を取り、ゆっくりと……





END……………………?







おまけ



「はいそこまで」
 突然の声に俺たちは離れた。

「秋葉……なんで恋人同士の語らいを邪魔するんだ?」
「そうですよ秋葉さまー。嫉妬は見苦しいですよー」
「だまらっしゃい!! 一人身の前で何度も何度も愛の宣誓なんて毒以外なんにでもありません!!!」
「じゃあ、秋葉も彼氏見つければいいのに」
「ですよねー」

「……ぶつわよ? 本気で」

「「ごめんなさい秋葉さま」」
「まったく……翡翠も何か言ってやって」
「志貴さま」
「ひ、翡翠?」
 なんか、目が怖い。
「姉さんに飽きたのなら、どうぞ、私を浮気相手に――」
「な――!」
「ひ、ひす」
「翡翠ちゃあん!! なにをいうんですかっ!」
「使い古した姉さんなんかより、新品の私のほうが――」
 ぬう、それはそれでなんか惹かれ――
「しーきーさんっ!!!」
「いだだだだだ。きゅ、急に耳を引っ張らないでっ!」
「さぁ、志貴さま。こんな乱暴な姉さんなんかほっぽっといて私のもとへ――」
「待ちなさい翡翠! それだったら私だってチャンスはあるじゃない!!」
「もーう、ダメと言ったらダメです!! 志貴さんは私のものなんですから!!」
「琥珀、当主命令よ」
「聞きません!」
「……姉さん、私を幸せにするんじゃなかったの?」
「これは私の幸せです! そうですよね志貴さ……?」

『有彦に飲み会に呼ばれていたので出かけます。明日の朝には帰ります』

「「「あぁぁぁぁ〜〜〜!!!!」」」




「ふぅ……」
 俺は何とか公園まで逃げていた。
「まったく、あんなことがあるんじゃあ命がいくつあっても足りやしない」
「ですよねー」
 ……
「でももっと酷いのは大事な大事な彼女ほっぽって自分だけ逃げていた志貴さんですよねー?」
「……なんで、わかったの? 琥珀さん」
「志貴さんの行動ぐらい手に取るようにわかりますー」
 まいった。
 お手上げである。
 彼女からはどうあがいても逃げられないらしい。
「ごめん、琥珀さん」
「反省してますかー?」
「してます。だから、今度からはいっしょに逃げよう」
「ですねー、丁度秋葉さまたちもやってきたことですしー」
 え?

「見つけましたよ兄さん!」
「志貴さま……逃がしません!」



 こりゃあ、ヤバい。

「逃げるよ、琥珀さん!」
「はいっ! どこまでも――」

 そう、どこまでも。
 どこまでも、俺は、この人と逃げ回っているのだろう――


 この、愛すべき、人と。




FIN