「――――――は?」
それを見た瞬間、俺は呼吸が止まった。
なんでさ。
そうここにはいない誰かに問い掛けてしまいそうになる。
で、もう一回。
「なんでさ」
結局問い掛けてしまう。
まぁ今回のはちゃんと相手がはっきりしているから大丈夫だろう。
この状況を整理………できるかな?
と不安になってしまう。
何故なら今目の前の光景。
視界の殆どは白煙に覆われていて、そのせいで舞い上がった細かい塵の所為で、ま
ともに見える物なんて無いに等しかった。
時間はおそらく昼を少し過ぎた辺りだったと思う。
確か昼食はもう済ませたし、さっきここに来た時に時計を見たから間違い無いはず
だ。
ここは遠坂の部屋。
とはいっても煙ばっかりでよく分からないのだけど、とにかく彼女の部屋、そのド
アを開けた状態というわけだ。
脳内でそこまで整理が終わって、頭を振った。
違う。
今一番重要なのはそんな事じゃない。
ここは何処? ってことよりも。
今何時? ってことよりも。
「遠坂―――――なんで、小さくなってるんだ?」
Sweet・Little・Devil 末丸
「――――――」
「――――――」
あ〜〜なるほど、そういうことか。
分かった分かった。
なるほど、そ〜〜かそ〜〜か、うんうん。
何度も頷く。
まぁ、それほどにまで納得できる理由であるのだから、それも当然だろう。
その推測に基づけば、今この瞳に移っている光景全てに説明がつき、しかも俺も怒
られない。
うん、完璧。
「――――――」
だから、つまり………
「夢だな」
「んなわけないでしょうがあああああ!!!!!!!!」
「―――――――!!!!!??!??」
早っ。
一瞬で否定ですか。
瞬殺ですかそうですか。
全く……相変わらず何つう破壊力だ。
うわ、窓ガラス揺れてるぞ。
ここまでの被害を及ぼすほどなのだから、一種の兵器と考えても、もはや差し支え
はないだろう。
「――――ぉ――、あ」
だめだこりゃ。
今「―――――遠坂」って言ったはずなのに、自分の声さえちゃんと聞き取る事が
出来ない。
とりあえず聴覚が正常な状態にかむばっくするまで、無駄だと分かりつつ今自分が
置かれている状況をもう一度整理してみることにした。
まず、ここは遠坂の部屋。
時刻は昼を少し過ぎた辺りで、何故だか分からないけど部屋は白煙で一杯。
それでも飛び交っていた埃達の活動も収まってきたようで、中も大分見通せるよう
になってきた。
視界を妨害する塵を手で払いのけつつ、思考を続ける。
え〜〜と、ここに来たのは、確か朝に遠坂から電話があって。
―――――ちょっと相談があるの、昼過ぎにうちまで来て頂戴。
なぁんて短く言い捨てて、即座に切られたもんだから、詳しい内容とかは何も知ら
ない。
で、来てみたら、
「だからさ、なんで小さくなっちゃってるわけ?」
何故だかこんな状況になっていて。
どうやらミニ遠坂によると夢ではないようだが、だからといってこれはあまりにも
……その、破壊力がありすぎるのではないだろうか……?
こんな明らかに現実離れした………だって、あの遠坂が………。
「………………」
―――――――っっ。
む〜〜と、何故かこちらを期限が悪そうに見詰めてくるちっちゃい遠坂。
その姿に思わず目線を逸らして、上を向いて鼻に手をやった。
(あかん、思わずぶちまけてしまうところやった……間一髪間におうた、っちゅう
とこか……ふぅ)
―――――って、何故に俺関西弁!?
だめだ、知らないうちに俺もおかしくなってる。
もう臨海寸前にまで鼓動はフル稼働なのだが、何とか目の前の(いつもよりかなり
破滅的に可愛さの増した)少女に悟られないように、胸を押さえつけた。
だから、あの遠坂とが、なんと言うかその………こんなに小っちゃくなっちゃって
……つまり、こんなに可愛くなってしまっているわけなので………いや、元から充
分可愛いとは思っているし、充分綺麗なのだけれど、これはちょっと………やっぱ
りいつもとは違う印象を受けるというか……違う感情がふつふつと心と頭の奥から
沸きあがってくるというか。
「と、とにかく。説明してくれないか? な、何があったんだよ?」
どんどん混乱度数が増していく中、やっぱり視線は彼女へ。
そんな俺を前にしても、何故か何も言おうとしない遠坂。
ああ………そんな表情もらぶり〜まっくすというか、あのいつもの服装がぶかぶか
になっててそのアンバランスさがまた――――
「――――――って、いかんいかん、思わず」
とりあえず俺はどうしようもないし、自然黙り込んでしまう。
すると当然、遠坂の言葉を待つような形になってしまうわけで。
静かになっても遠坂は黙ったまま何も言わない。
そうしている間に部屋を覆っていた煙も晴れて、いつもの洋室へと戻っていった。
――――――ただ一点を除いて。
「何なのですかね、これは」
赤い絨毯の上を走る何やら複雑な曲線と直線。
不規則なように見えても、やはりある決まった法則によって統率され、描かれてい
るようだ。
………それがどんな規則なのかは全く分からないのだけど。
何というのか………五、いや六芒星?
もしかしたら七じゃないかって程複雑に絡み合っている線。
もちろんどんな効果があるかなんて分かるわけが無いし、遠坂が”こんな”姿にな
っている原因がこの足元に描かれている魔方陣であるかどうかも定かではない。
第一、他の事に関してならともかく、魔術で遠坂が失敗するなんてこと…………ま
ぁ、ある、か。
それで、一応視線を移して観察してみる。
見たところ、この魔方陣の起動は終了しているようだ。
陣を形成している線が色を失っているし、そこから魔力も感じられない。
この後も使用可能かどうかは定かではないが、少なくとも一度起動され、その魔術
が行使された事だけは確かだと分かる。
で、投影以外の魔術に関しては殆ど素人に近いこの頭脳で推測してみるに、
「遠坂、もしかしてこれ―――――」
「ええそうよっ!! 失敗したのよっ、何か文句あるっ!?」
「…………あ、いや……その、な、遠坂」
「何よ。笑いたければ笑いなさいよ、ふんっ」
そういうわけじゃないんだけどなぁ。
別に遠坂を馬鹿にしてるんじゃなくて、その、な、やっぱり。
「違うって。そんなことするわけないだろう、そういう意味じゃなくてだな、その
……遠坂?」
「―――――何よ」
「お前さ、ちっちゃくなっても可愛いよな」
「なっ―――――!!!!!」
お〜〜すごいすごい。
もう真っ赤になってる。
いや、多分俺の顔も赤くなってる。
いつもならここでガンドの一発や二発がこめかみを掠って飛んでいくところだった
りするのだが、小さくなっているからなのか、普段の凶暴な一面はなりをひそめて、
「――――――」
いなかったようだ。
「さて、他に何か言いたい事はあるかしら衛宮くん?」
と、俺のこめかみすれすれの所に、まるであの紅い魔槍のような正確さと威力でガ
ンドをぶっ放した後、いつものセリフ。
ちなみにぶかぶかすぎるおなじみの赤い服は腕まくりをしていた。
一歩間違えば顔の半分もってかれてるような一撃を目にして、まともに言葉が吐け
る人間が果たして存在するだろうか、いやいない。
ってかこんなに簡単に顔半分吹っ飛ばせるようなちみっちゃい少女を知っている奴
自体、どこにもいないと思う。
おそらく、この遠坂凛という少女を知っている人間以外は。
「っ………も、もう、変な事言うから手加減できなかったじゃない」
おい、突っ込むところはそこじゃない。
と言ってしまうのを何とかこらえて。
「あのさ、俺は別に遠坂を馬鹿にしようなんて思ってないぞ?」
「む〜〜〜〜」
あ。
「だからな、俺は確認したかっただけで………」
「だって………」
あかん。
「だってさ、遠坂が魔術で失敗するなんて………」
「ふん………」
ああっ。
「俺はさ、いつもの遠坂が……そ、その、すっ、好きなわけで……つまり、やっぱ
り小さいままじゃ………」
「ぇ――――?」
も、もうだめだ。
「小さいままじゃ………」
「ままじゃ?」
だから、そんな姿できょとんとしないでくれぇ………そ、そんな姿で見詰めないで
くれ………あああああああ――――――!!!!!!!
「もう我慢できんっ、遠坂ぁぁぁ!!!!」
「ぇ、きゃっ―――!?」
ぎゅっ
「ぇ――――?」
あ〜〜死んだなこりゃ。
でも、いいや。
こんな遠坂をぎゅ〜ってしたまま切嗣のところへ逝けるなら本望だ、もう悔いなん
てない。
さぁ一思いにやってくれ。
この小さなやわらかさを胸に抱いたまま、俺は天に召され――――――
「ぁ――――や、ちょっと士郎……!」
「ん―――――?」
あれ、おかしいな。
いつもと反応が違うような気がする。
あ、そうか、いつもよりちっちゃくなってるんだから、もっと愛情込めてぎゅ〜っ
としないとな。
ぎゅ〜〜
「ぁ、ん〜〜ふぁ、っ、んん〜〜しろ、ぅ」
う〜〜ん、まだ反応はない。
やはりここはもうすこし………って、あれ?
「士郎………?」
「―――――?」
あれ、何やら雰囲気が変わっているような。
お約束の展開としてはここでどてっぱらにフィンの一発や二発ぶちかまされても文
句は言えないような状況で。
このなんといいますか―――小さい―――ということの魅力に一瞬で陥落してしま
った自分としてはその展開を予想していたわけで。
それがこんな、
「ん〜〜もっとぉ」
こんな。
「と、とぉ――――」
「ぎゅ〜〜って、ぎゅ〜〜ってぇっ」
この小さく可愛いことこの上ない我が恋人であるはずの少女からしがみ付かれると、
その、抑制がさらに効かなくなってしまう。
そうなったらおそらく、メーターの針なんかもう完全にオーバー、振り切っちゃっ
たまま戻ってこないくらいの爆発ぶりを見せてくれるはずである、いやもう間違い
なく。
いや、しかし、ちと待った。
そうだよく考えろ。
いくらちみっちゃくなってしまったとはいえ、俺が今両腕で抱えて軽く抱きしめて
いるのは、何度も言うがちみっちゃくなったとはいえあの遠坂だ。
今は少し様子がおかしいが、正気に戻ったらきっといきなりガンド、下手すりゃ宝
石の一つや二つぶちこまれるはずだ。
そうだ、衛宮士郎、よく考えて結論を出せ。
一時の欲望に流されていけない。
俺はこのままこのちっちゃくなった遠坂にいろ〜〜んな歯止めが利かなくなりそう
な、ダメダメ度臨界点の感情を何とか蹴散らして、まずは目の前の美味そうな――
――もとい……もとい……ああもうっ、とにかくすんごく可愛い彼女から離れるた
めに、そっと力を緩めて、
「もうっ、士郎がしてくれないんなら私がする」
「――――――ほあぅっ!?」
その感触に約束された勝利が見えた気がした。
いや、この場合は敗北か?
その向こうに遠き、はるか遠き理想郷が、理想郷がぁぁぁ〜〜〜!!
この際どうでもよいをつれづれと反芻しながら、視線を自らの腕の中へ。
「………………」
そうすると、やっぱりそこには俺の胸にうずくまっている小さな頭がひとつ。
ふさふさして綺麗な黒髪に埋もれて、もぞもぞと動いている様子が可愛い様で少し
くすぐったい。
まくっていたはずの袖は既にもとの位置に垂れ下がり、まただぼだぼ感をこれでも
かとアピールしている、もちろん俺に。
ごそごそ。
「こ、こら……おとなしくしろって」
「やだ」
「んな?」
「大人しくしてほしかったら、士郎からぎゅ〜〜ってして?」
何だその命令形とも疑問系とも取れて、なおかつ断れないほどの威力を保ったその
言葉は。
反則だ。
だって、+上目遣いですよ?
それもあぐらを掻いている俺の脚の上に、ちょこんと。
そりゃあ歯向かう方が無理ってもんでしょ。
いつもの遠坂相手なら嫌味の一つや二つ言われた後で結局ぎゅ〜ってさせられてし
まうのだが、今回はなぜだかそれも無い。
小さくなってしまっているからか、それとも新手のからかい方なのか。
闇へと引きずり込む子悪魔のようで、楽園へと導く妖精のようでもある。
普段ならそれが警戒心を呼び起こしたりもするが、
「ね」
今はそれが逆にものすごい効果を生み出している。
ちっちゃい子の無言のお願いと言うのは、ある意味神の鉄槌。
それをこんな間近でしがみ付かれながらされるのだから…………しかし、一人の男、
いや漢としてっ、このまま流されるのは――――!!
「ね?」
「……………はい、分かりました」
流された。
もう一瞬のラグもなく流された。
そんなふうに塵のようなプライドを粉微塵に打ち砕かれている俺のことなど気にも
留めず、
「ん〜〜きもちい〜〜」
などと頬を摺り寄せてくる赤いちっちゃい悪魔。
「だから大人しくしろって……ただでさえ……ぉぅ」
だからその感触は反則だと言っておるでしょうが。
こんな隙を見せるとすぐにつけこんでくるはず……って、あ。
「ただでさえ、何?」
ほら来ましたよ。
あのにんまりと悪戯を思いついた小さな子供のような笑顔。
まぁ実際今は子供の姿な訳だけど。
「ねぇ、ただでさえなんなの〜〜?」
その小さい体をこれでもかと生かし、俺に覆い被さるように倒れてくる彼女。
押し倒されるような重みではなかったこともあり、彼女の体重が俺により多くかか
ったというだ。けだ言葉で返すのではなく。
そうすることが自然であるように。
壊れそうな大切なものを包み込むように。
響きではなく動きで伝える。
ぎゅぅ。
「ぁ―――――ん」
音も無く、彼女の唇が俺の同じ部分に触れてきた。
不意打ち。
前触れ無し。
でも避けられない動きじゃない。
止められなくも無い。
でも、俺の体は遮るどころか、さらにその体との距離を縮めていた。
一瞬だけ触れて、離れる。
「ちゅ〜しちゃったぁ、へへぇ」
幼いその笑顔。
親に褒められた子供のような。
ちょっとした悪戯が成功した時のような。
欲しかったものをようやく手に入れた時のように、純粋な表情を見せる一人の少女。
そんな何気ない笑顔。
それを目にして呼吸が止まる。
実際には止まっていないかもしれない、でも確かに自分で自分の呼吸の音が聞こえ
ないほど、鼓動の方が大きくなっていた。
鼓動は早く、速く、疾く。
吐息は途切れ、去り、掻き消された。
ん〜〜なんてこれまた可愛い言葉が吐き出される、そのすぐ後に、小さなその手が
俺の頬に当てられたのを感じた。
近づく。
迫る。
息が触れる。
鼓動が。
彼女の。
眼が――――俺を映して。
何故かその動きには逆らえなかった。
も〜いっかい。
そう、聞こえた。
「ん―――――」
「ん〜〜ちゅ、んにゅ」
(To Be Continued....)
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