放課後の教室で

 作:しにを




 
 それは、信じられない光景。
 正気を疑ってしまうほどのもの。
 他の誰に言ったって、信じては貰えないだろう。
 それほど自分の見ているものが非現実的に思える光景。

 その場所。
 その行為。
 その姿。
 どれもが、どこか夢みたいに感じられる。
 信じがたい光景を作り出している、主役は一人の少女。
 知っている少女だった。
 どこの誰とも知らない女の子じゃない。
 名前だって良く知っている。

 遠坂凛。

 あの、遠坂凛だ。
 そう言うだけで説明がついてしまいそうな少女。
 俺に限らず、学校で知らない奴なんていないだろう。
 非の打ち所のない優等生。勉強もスポーツも万能。何より目を奪うほどの美少女として。
 アイドルなんて陳腐な表現が、遠坂凛にはすんなりと馴染む。
 いや、高嶺の花とかいう表現の方が的確かもしれない。
 それはつまり手の届かない存在。
 気安く話しかけたりなんて、とてもできない。
 遠くから見る事は出来ても、声を聞くことは出来ても、それ以上近づくには覚悟がいる。
 何かの用事で話しかけられたというだけで、自慢そうにしている奴も、羨ましそうにしている奴もいる。
 その遠坂が、そんな遠坂凛が、すぐ近くにいる。

 大勢いる教室の中の一人としてではなく。
 本当に近くで。
 授業中や登下校には見ることが出来ない遠坂の姿を目にしている。
 なんてぞくぞくとする状態。
 けれど、さらに信じられないこの有様。

 今、目にしているもの。
 目に映っているもの。
 それは本当に信じがたい光景だった。
 欲求不満からなる夢だと言われれば、微塵の疑いもなく納得しそうなシチュエーション。
 既に授業も終わってから幾分かの時間も経っている。
 ほとんど校内に残っている生徒は少ない。
 まして、こんな資料室や空き教室が連なる一角には近寄る者はほとんどいない。
 そんな時間、そんな場所に遠坂凛はいた。
 それだけでも、不思議と思えなくもない。でも信じられないというのは、そんな事ではない。
 遠坂は一人ではなかった。部屋には遠坂以外の人間がいた。異性と、男子生徒と一緒だ。
 それもまあ、信じられないという程ではない。
 遠坂くらいであれば、言い寄られたり、呼び出されたり、とにかく告白される事など珍しくもないだろう。
 そんな勇気ある行動と玉砕の噂はけっこう聞いたこともある。
 人目を引かない、こんな辺鄙な場所というのはむしろ当然かもしれない。 
 だが、今の状況はそんな付き合いを迫られているという、そんな生易しいものではなかった。

 この目で見ていて、信じられない。
 こんな光景は夢か妄想のように思えてしまう。
 もしかして授業中に居眠りして、夢に見ているのかと疑いたくもなる。
 
 だってそうだろう。
 遠坂凛がしている行為。
 人は少ないかもしれない。こんな場所までは誰も来ないかもしれない。
 でも、学校の中なのだ。
 そこで、遠坂は……。

 その男の股間に顔を埋めていた。
 剥き出しの下半身、開いた脚の間。
 遠坂の口は、男の陰茎を咥えていた。
 椅子に座った相手に対し、跪いて。
 ただそうしているだけではなく、特徴あるツインテールが揺れている。頭を動かしている。

 まったく、淫夢としか思えない。
 出来の悪いエロマンガにでも出て来そうなシチュエーション。
 妄想としても、たいがいにすべきレベル。
 こんなものを素直にそうですかと受け入れられる訳が無い。
 
 昼間もほとんど使われない教室だけど、それでも学校の中。
 一年生から三年生、教師たち、全員合わせたらいったい何人いるだろう。
 そんな大人数が普段はうろうろしている校舎の中なんだから。
 そこで、こんな行為に耽っているのが信じられない。
 それもあの遠坂凛が。

 そうだ、そもそも遠坂がこんな真似するのが信じられない。
 学校というのを置いておいても。
 誰かの家だったり、ホテルだったり、他のもっとふさわしいだろう場所であったとしても。
 遠坂がそそり立った男のものに奉仕するように唇を動かしているなんて。
 形の良い膝が床について、ほっそりとした手が腰や腿について。
 熱を入れているのがはっきりとわかる。
 何だか、悪いものを見ている気すらする。
 
 遠坂について性的な妄想を抱く奴は多いだろう。
 澄ました整った顔を、乱してみたいと思ったり。
 あの唇から淫らがましい言葉を引き出したり。
 白い喉をのけぞらせたり。
 普段の姿からして、妄想を掻き立てられるのだ。
 服の上からでもわかる柔らかそうな胸の膨らみ。
 スカートの裾から覗く足。
 体育の授業で見る、白い体育着、ブルマー。
 黙っていても汗ばむ季節、下着がうっすらと透ける夏の制服。
 プールの水着姿。

 抱きしめたらどんなだろう。
 重ねる唇はどれほど柔らかいだろうか。
 形良く膨らんだ胸に触れたら、ほっそりとした太ももに手を滑らせたら。
 なだらかなラインのお尻は、下着を剥ぎ取って足を開かせたその奥は。
 どんなだろうか。
 薄ピンク色の綺麗な様だろうか。
 生えているだろうけど、どんなだろう。慎ましく薄いのか、意外と濃い目なのか。
 小さな突起は、薄い花弁は。

 触れたらどう反応するだろう。
 感じやすいのだろうか。
 それとも、快感を感じても外には隠す性質だろうか。
 気は強そうだけど、ベッドの中では全然違うのだろうか。
 次第に肌が赤らむのを、汗ばんでいくのを指摘したらどうするだろう。
 とろとろに濡れてきても、必死に否定するだろうか。
 可愛く、真っ赤になって言わないでと懇願するだろうか。

 そんな風に、遠坂を想う男なら想像するだろう。
 いや、そんな生易しい想像だけでなくて、遠坂はきっと凄い事をされているだろう。
 想像の中の遠坂は、淫らで、何でもしてくれて、何でも受け入れてくれて。
 どこもかしこも男好きする魅力に溢れていて。
 裸にされて、どこもかしこも舐められ、触れられ。
 全ての穴で欲望を受け止めて。
 何度も何度も白濁液で汚され、染め上げられて。
 それでも、もっともっととせがんで。
 そんな淫らな願望の対象。

 だけど、同時に、遠坂は男なんて知らないと信じている奴も多い筈。
 頭の中で淫らに遠坂を弄びつつも、そんな頭の中の想像を否定する。
 遠坂は愛情を持って何でもしてくれる都合の良い彼女で、雌奴隷で、何より精液が好きな淫乱女。
 でも同時に、可憐で、清らか、男となんて唇を合わせた事すらない清楚な乙女。
 矛盾だけど、そういうものだ。

 だから現実の遠坂が、エロ妄想の中でのみ許される事を、フェラチオなんかをしている姿を。
 目の前にしても信じられない。ある意味信じたくない。
 それは、遠坂だって一人の人間で、恋人を持とうが、誰と何をしようが勝手だ。
 こちらがどんな現実離れしたイメージを抱いていても、それに従う義務はまったくない。
 こっちの妄想を口にしたら、気味悪そうに引かれるかも知れない。

 でも、遠坂はあんなに綺麗なんだ。
 あんなに輝いて見えるんだ。
 同じつき合うとしたって、そんなそこらの男じゃ相手にならないんだ。
 そう思う。
 なのに、その相手ときたら。
 どう考えても遠坂から、こんな真似をされているのは、特別そうな奴じゃない。
 誰が見ても、釣り合いが取れないと判断するだろう。
 そんな平凡な奴。

 どうしてそんな男のものを遠坂は口にしているのだろう。
 そんな疑問を抱かざるを得ないだろう。
 何か弱みを握られている。
 脅され、仕方なくこんな真似をしている。
 罠に掛かって嫌々、奉仕をさせられている。
 屈辱、恥辱、悲哀。
 胸にそんな感情を持ちながらも、言われるままに唇で男のものを受けいれている。
 男を悦ばせる為に、必死で吐き気のする行為を行っている。
 唇だけでは当然済まず、それから……。
 そんな負の方向への連想が浮かぶかもしれない。この遠坂の様子を実際に見ていなければ。
 でも、違う。
 脅されたり、無理矢理という感じは微塵も無い。
 あくまで自分の意志。それがわかる。

 そもそも遠坂がそんな意思に反した行為を、やすやすと承諾するとは思えない。
 それくらいなら、もっと別な事態の打破を図る気がする。
 少なくとも、こんな口に咥えさせられて舌を動かしたり、喉を鳴らすのでなく。
 無理やり口に含まされても、噛み付いたりする方が、よほどふさわしい。

 だから、どんなに変に思えても、これは遠坂の意に反してはいない。
 遠坂は、自分の意思で行っているのだ。
 反発ではなく、何らかの喜びを持って。
 そう考えたほうが遠坂凛らしくはある。
 どれほど違和感があったとしても。
 こんな姿がそもそも遠坂らしくないのだと思えても。

 そんな事を思いながらも、視線は遠坂に向けられている。
 遠坂の唇に張り付いて離れない。
 じっと見つめていて、ある意味、強引に見つめさせられていて。
 当然ながら、体の方はむずむずとして仕方がなくなってきている。
 その視覚情報だけでも高ぶって、わずかな弾みで絶頂に向かいそう。
 それはさすがに男として情けない気がした。
 元より、こんな状況で立ち上がることも出来ないのだけど。
 今の格好のまま、基本的には動けない。
 でも、ただこうしているのでなくて、もう少し。
 足を少し動かす。
 手を少しだけ動かす。
 ベルトは外れ、穿いているものは下に。
 教室でむき出しの下半身。
 異常だとは思う。
 自分がこんな真似をと思うけど、遠坂の姿の異常さに引きずられている。
 じっとしているのは無理だった。
 この機会をありったけ享受したいという肉の欲求が強かった。
 目は遠坂に注いだまま。
 触れる。
 動きで気を引かない程度に、無用な邪魔をしないように。
 僅かな接触で、驚くほどの快感が走る。
 自分で思っている以上に興奮していて、それが体を異常に感じさせているのか。
 かちかちになった陰茎が擦られて、恐ろしいほどの快感。
 敏感になっている。
 声は出さないように堪える。

 視線は外さない。
 遠坂の唇がぬめるように動く度に。
 軽く鼻梁が膨らみ、頬が動く度に。
 こちらの手を呼応するように動かす。
 遠坂は没頭するように続けている。
 さすがにそれほど慣れていないのだろう。
 時折、深く飲み込みすぎたのか、咳き込みそうになったりしつつも。
 膨らみきった亀頭を口にして、幹を唇で締めて、上下に動かしている。
 溜まった唾液を啜りつつ、喉を小さく動かしつつ。
 何度も幹に沿って行き来している。

 このままクライマックスまでいくのだろう。
 そう思った気持ちを外すように、遠坂は動きを止めた。
 そして、ゆっくりと根元まで含んだ陰茎を口から出していく。
 ゆっくり、ゆっくりと。
 まるで見せ付けるように。
 ほぼ、太さの同じ筋が浮き出た幹の部分。
 僅かに細まり、くびれとなった部分。
 色と艶が明らかに違う、丸みを帯びた亀頭の部分。
 その全てが遠坂の口から出た唾液で、ぬらぬらとしていた。
 こんなのが、今まで遠坂の口におさまっていたのだ。
 遠坂が濡れ光らせ、ここまで大きくさせたのだ。

 最後に傷口のような先端が姿を現す。
 すぼまる遠坂の唇の先。
 男なら誰もが望むであろう遠坂の唇が、そんな異形の口に触れている。
 まるで口づけのよう。
 そして、完全に離れる。
 ちゅぷんという水音が聞こえそうだった。

 びくびくとしているペニス。
 ちょっと突付けば、中に溜まったものが弾けだしそう。
 そうなると、遠坂の顔に全て掛かる事になる。
 額も頬も、口や顎も。
 髪の毛も白い汚液でドロドロに。
 顔だけでなく、遠坂には良く似合っている制服も。
 喉を滴り、胸元にまで潜り込むかもしれない。
 そんな無残な白濁液まみれの遠坂。
 しかしそれは、汚されるよりむしろ、壮絶ないやらしい姿として目に映りそうだった。
 遠坂の魅力自体は微塵も損なわれず。

 それを受ける側も望んでいるのだろうか。
 あと少し、手で、息で、舌先で。
 ほんの少しの刺激を与えれば、その想像は現実になりそうだった。
 遠坂はそれを求めて、ぎりぎりで口から出したのだろうか。
 しかし、遠坂は手で、陰茎を軽く支えたままで、それ以上は何もしない。
 では、どうするのだろうと、まじまじと遠坂を見つめる。

 遠坂は、視線を上げ、何か呟いた。 
 声。
 名前を呼ぶ小さな声。
 甘い喘ぎ。
 遠坂自身の発情を示す声。
 咥えて、男のものに奉仕しつつ、遠坂も感じていたとわかる。
 それが、改めて頭をくらくらとさせる。

 ねだる声はない。
 お願いの言葉も無い。
 ただ、名前を呼び、潤んだ瞳を向けただけ。
 でも、それでわかる。
 遠坂が何を望んでいるのか。

 果たして、遠坂は再び唇を近づけた。
 軽いついばみのキス。
 ふるふると震える亀頭の鈴口へ可憐な唇を触れさせ。
 小さな口を開け。
 赤黒い肉棒を再び口に含んでいく。
 頬を膨らませ、舌を動かし。

 口の中で弾けるのを望んでいる。
 熱い迸りを求めている。
 舌の上にどろどろとした粘液を撒き散らされ、それを喉奥に飲み込みたいと思っている。

 我慢の限界、素直に身を委ねた。
 遠坂の舌の動きに。
 ぎゅっと唇が締め付けるのに。
 喉を動かす動きに、さらに吸収力が高まるのに。
 さっきからの口戯に、破裂しそうだったペニスがさらに質量を増した。
 一瞬の呼吸の停止。
 そして喉奥にめがけて精液を放った。
 ありったけを。
 さっきまで遠坂の頭を撫ぜていた手が強張る。
 それをくすぐったそうにしていた遠坂も、口から溢れるほどの迸りに動きを止めた。
 喉のみが動いている。
 一滴たりとも逃さぬように、ねばっこい熱い白濁液を飲み込んでいる。
 喉を動かす嚥下の動きが敏感すぎるペニスに、かすかな刺激となって伝わる。
 強すぎず、弱すぎず。適度な快感の駄目押し。
 座っていたから良かったけど、立っていたら腰がすとんと落ちたかもしれない。
 さっきまでのように口に咥えたままの遠坂。 
 満足そうに俺を上目遣いで見る俺の恋人顔。
 こちらも同じだ。 淫らで可愛い顔を眺めながら、強い充実感に満たされていた。

 遠坂との二人の教室。
 放課後の秘め事。
 誰も近寄る事は出来ないとわかっていても、禁忌と恐れによって、ぞくぞくとさせられるひと時だった。
 
  

  了












―――あとがき

 久々の凛ものです。しかも何だか変化球風味。
 説明は無しで。叙述トリック的に巧く書けるといいのでしょうが、あいにくそんな構成力も描写力もありません。
 代わりに「下手な手品師が凝ったマジックをすると、どっちがフェイクかわからなくて、かえって惑わされる」という技法を用いております。
 受けている凛の舌やら温かい口中やら、唾液が絡む様やらを直接描写できないので、ほとんどエロくなりようがない事にには、書きつつ気づきました……。

 まあ、お楽しみ頂けたなら嬉しいです。


   BY しにを(2004/9/15)