あ〜〜頭痛い。                 末丸







「あ〜〜………つぅ。………やっちゃったかなぁ?」

パジャマ姿でベッドに横たわりながら、火照る頭に掌を当てる。
………熱い。
それにズキズキって痛みも感じる。
頭の奥に響くような痛み。
これは自分から見ても、他人から見ても、間違いなく風邪だ。
落ち着いて状況を確認すると、どうやら喉も痛い。
鼻も何だか空気の通りが悪い気がする。

病気にかかるのは本当に久しぶりだ……といっても、風邪という名前の病気は
ないのだけれど。
なんて、どうでもいい事を考えながら、目を閉じて事のあらましを整理する。

今日は朝から気分が悪かった。
正確に言えば昨日の夜からなのだけど。
まぁ、どちらにしてもあまりいい状況とはいえなかったので、学校は休み。
あ、そういえば連絡入れてない……別にいいか。
それよりも。

「ああもう、どうして?」

――――――原因?
そんなものは、多分もう分かっている。
といいますか。

「………あれか」

絶対アレだ。アレ。
唯一最大の理由を思い浮かべる。
あいつの顔を思い出すのは何だか悔しいのだが、事実なのだから仕方ない。
脳裏をよぎるあの顔。

「もう、どうしてくれるのよ………全く」

その顔に向かって、小声で悪態をつく。
今ここにいない相手に言っても仕方ないのだが、そんなことはお構いなし。
少し拳に力が入る。

馬鹿。
朴念仁。
鈍感。
甲斐性無し。
唐変木………ぶつぶつ………

その後数分、言い得る限りの罵詈雑言を吐き出した。

「………あ〜〜〜また熱上がったわこれ」

だがすっきりしていない。
それも少しも。

これも全部あいつのせいだ。

半人前のくせにでしゃばって、
それなのにやるときはやるやつで。

魔術師としてまだまだ未熟なくせに、
固有結界なんて使えて。

いつも危なっかしいことばかりやって、
なのに私はいつも放っておけなくて。

昨日だってそうだ。
風邪を引いたとか言って私に看病をさせておいて、
自分は赤い顔してずぅっと寝てるし。
せっかく夜までずぅっと一緒にいたのに、何もしないでそのまま。

ま、まあ、何かを期待していたわけじゃないんだし、私の方から看病しに行っ
たわけだし。
あっちにはセイバーもいるし、そんなこと出来るわけないし。
そりゃあ何も期待していなかったわけでも無いけど………ああもうっ!!何考
えてるのよ私は!!

………で、その所為で私にまでその風邪が移ってる始末。
もう最悪。
普通の風邪ならまだしも、あいつから移されたものなんて………別にいいんだ
けど。

と、簡単に許せてしまう。
というか、あいつ以外からなら相手をぶっ飛ばしているところだ。
もちろんこう、ガンドで首元から根こそぎ………はぁ、さっきから私は何を。

あいつなら。
あいつのことなら、すぐに怒りが収まる。
あいつのことを考えていると、心が落ち着く…………って、またまた私は何言
ってるのよ!

うむむむむ………しかし、それが事実なわけで。

もしかしたら――――私はあいつに惚れてしまっているのかしらん?

「なぁんて、そんな恥ずかしいこと言えるわけないじゃない」
「ふぅん。どんな恥ずかしいこと考えてるのやら」



―――――――――――――へっ?



不意に聞こえた声に、思わず目を開ける。
そこには、予想通り―――――

「よっ。その様子じゃ、まだ熱があるみたいだな」
「―――――――」

―――――見慣れた朴念仁の顔。

「おい、誰が朴念仁だ。ったく、さっきも言いたい放題言ってくれやがって…
……」
「………………なんであんたがここに居るのよ」

痛い頭を抑えながら、上体だけ起こす。
あ〜〜体だるい。
火照る体に鞭打って、何とかあいつと同じ目線に持ち上げる。
部屋の中とはいえ気温は低く、服の隙間から晒されている皮膚が少し寒い。

「お、おい、調子悪いんなら寝てろって」
「大丈夫よ。弟子に心配されるほど落ちぶれちゃいないわ」
「む――――――」

あ、またそんな顔して。
一度がつんと言ってやるべきかそうでないかを悩んでいるような顔して。
で、結局何も言わない。

大体あんたの風邪が移ったんでしょうが。
そこんとこをちゃんと考慮しなさいっての。
頬を膨らませて軽く睨んでみる。

「………まあ、それだけ憎まれ口がたたけりゃ大丈夫か」

心配して損した、なぁんて聞こえた。
かちん。
あ、また顔熱くなったかも。

「……………で、あんたどうしてここに居るわけ?」
「どうしてって、見舞いに来てやったんですよ、お嬢様?」
「次そう呼んだら殺すわよ。私が聞いてるのはそう言うことじゃなくて、どう
して風邪引いてるって分かったのよ。学校には連絡入れてないはずだし」

と聞くと。
一瞬呆けたような表情をして、こいつは。

「ああ、それはセイバーが伝えてくれたんだ。お前の様子がおかしいって。で、
藤ねえに聞いたら学校も休んでるって言うから………」

心配になって―――――と、ちょっと顔を赤くしながら細々と呟いた。

こんな顔をするのもいつものこと。
話が私から始まっても士郎から始まっても、結局は士郎の顔が赤くなることに
は変わりない。

それが楽しく、同時にちょっと嬉しかったりする。
まぁ、そんなことは士郎には絶対言わない。
言ったら絶対そこにつけ込んで来るんだから。

「何言ってるのよ。あんたの風邪が移ったからこんな事になってるわけでしょ
うが」
「え、何。俺の所為なのか?」

当たり前でしょ、と視線で返す。
そしてベッドの横で、うむむむむむ、と唸った後一瞬だけこちらに視線を投げ
て、

「よっ………と」

とか言って顔を私の目の前に…………ぃぃぃいいい!!???

こつん、と触れ合う肌。
気温が低い所為か、触れている部分がとても冷たくて気持ちいい。
目の前には、もちろんあいつの顔。
目を閉じて、何かを感じ取るようにして。
あ、熱いかも……これ。

次第に触れている部分が熱くなると、士郎は離れてくれた。
分かれる額と額。

「ふぅ……こりゃ重症だな。熱は測ったのか?」
「―――――な」

つまりこいつは、自分の額を私の額に当てて、熱を測っていたと、そういうこ
とか。

「―――――なな」
「んっ……どうした、気分、悪いのか? 顔赤いぞ?」

正直、今の私の気持ちを簡潔に表すと。

悔しい。
どうしてこいつにこんな顔を赤くさせられなきゃいけないのよ。

と思いつつ。
ちょっと嬉しいなんて思っている自分。
――――――駄目だ、やっぱり悔しい。

どんどん熱が上がっていく気がする。

「お〜〜い、大丈夫か?」
「だ、大丈夫よ。も、もうっ、士郎の所為でまた頭痛くなってきたじゃない!」
「あぁ、悪い悪い。んじゃ、おとなしく寝てろ。寝付くまでは傍にいてやるか
ら」

といって、再びベッドの傍らに腰掛ける朴念仁。
何?
今、こいつ何て?
傍に………いてやる?

「な、何言ってるのよ。わ、私は別に」

傍に………。

「居て欲しいなんて………」

思ってるわけ………。

「じゃあ、その掴んでる服の袖、離してくれ」
「へっ?」

―――――――ぁ。

掴んでる。
こう、彼の袖先がしわくちゃになるくらい、ぎゅっと。
しかも力を入れすぎ続けていたのか、掌が痺れて動いてくれない。
で、重なる視線。

「お〜〜い、離すのか、離さないのか?」
「ちがっ、これは……、………っっ!!」

痺れていた手が、何かに包まれるような感覚。
言うまでも無く、それはもう片方のそいつの手で。
優しく、揉み解すように、そっと撫でてくれていた。

「ちょっ、何やって……」
「いいから……痺れたんだろ? すぐに解してやるから。おとなしく待ってて
くれ」

と、笑いながら言うそいつ。
何故かその笑顔に、少し安心してしまったような気になっていた。
それも、もはや自分でも気づいていないぐらい、自然なうちに。

傍に。

「………っと、どうだ、少しはマシになったろ」
「―――――――む」

動く。
まだ動きは重いが、独特の感覚と共に、徐々に神経が通っていくのが分かる。

居て………欲しい。

「さて………どうする? 見たところ、あまり食事も摂ってないみたいだけど」

でも、うまく言えない。
むぅ……それくらい察しなさいよ、この唐変木。

「別にいいわよ、そこまでしなくても」

やっぱり言えない。
でも、そんな心配は。

「そっか、じゃあお粥でも作って、濡れタオルと一緒に持ってくるから、休ん
でてくれ」
「そうね。じゃあセイバーにお粥とタオルよろしくって………はいっ?」

無駄だったようで。

って、こらこら、何勝手に………って、あ〜〜あ。
私の反応などお構い無しに、部屋から出て行く士郎。
まあ、料理の腕に不安があるわけじゃないし、別に作ってもらえる事に不満が
あるわけでもなし。

これ以上考えても時間と体力の無駄だろう。
とりあえずそう考えることにして、未だにだるさに支配されっぱなしの体をベ
ッドに横たわらせた。

すぅーーーーっと、力が抜けていく。
時間の感覚が無くなり、夢さえ見れない深き眠りに落ちていく。

あ〜〜私相当疲れてるみたい。
ま、いいか。
一人な訳じゃないし、それほど心配することも無い、か。
お粥が出来るまで、少し…だけ………ねむ…ろ………ぅ………………

自身の意思を伝える暇も無く、私の体は闇へと埋もれていった。


(To Be Continued....)