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 心合わせて

 作:しにを




 乱れた声。
 声にならぬ声が混じった喘ぎ。
 湿った音が混じる。
 
「ああッ……、し、志貴さん……」

 幾分かすれたような琥珀の声。
 それに対し志貴の方は、声すらも出せず、歯を食いしばっていた。
 出したばかりだというのに、気を抜くとそのままもう一度放ってしまいそう
だった。

 おかしい。
 琥珀の中は尋常ではないと、何度も思い知らされた事を志貴は新たに再認識
していた。
 こんなに何度も高波に揉まれて、息も絶え絶えになっていながら、琥珀の膣
内は別な生き物のように動いている。
 むしろ今の迸りでさらに空腹感を刺激されたでも言うように、もっともっと
と次をせがんでさらに活発になっていた。
 ぎゅっとへ周りの柔肉全体が志貴のペニスを包み込み、襞の一つ一つがやわ
やわと揉みしだいている。
 何もしなくても、それだけで志貴の腰のあたりにむず痒い快感が沸き立った。
 締め付け、ぬめっている襞の媚態に浸りこみたい気持ちは強かったがこのま
までは体がもたないと思い、志貴は呻き声を低く洩らしながら、己のものを引
き抜いた。

 次々と蜜液を分泌する狭道を何度も往復し、奥の奥まで突きこまれた志貴の
ペニスはすっかり淫液に塗れていて、黒々とした陰毛や袋に到るまで濡れそぼ
っていた。
 琥珀のものと、志貴が放った白濁液がまじり、まだ上を向いて硬いペニスか
らぽたりと垂れ落ちる。

 志貴は琥珀を見た。
 琥珀も志貴を見つめていた。
 琥珀の目が、志貴の何かを求めている。
 志貴を見ると同時に、淫靡なる匂いを放つ赤黒いペニスの先を見つめている。
 
 志貴は、根元を押さえて強引に下に向けながら、琥珀の谷間からペニスを動
かした。
 琥珀自身の蜜液を、志貴の精液を、琥珀の体に点々と滴らせながら。
琥珀のもう一つの口元へと。
 
 そのまま、蠱惑の笑みを浮かべた唇には触れさせず、志貴は動きを止めた。
 琥珀は一瞬、顔に戸惑いを浮かべ、そして淫猥な笑みに変えて舌先だけを伸
ばした。
 そこに、また性交の残滓がぽたりと雫となって垂れる。
 舌の先を伝って口中へ落ちるそれを琥珀は口を開いたまま嚥下した。

 そして、それを皮切りに、志貴の濡れた亀頭に舌を這わせ始めた。
 僅かな空間を挟んでいるから、舌を突き出して伸ばしたままでいないと、琥
珀には志貴に触れる事すら出来ない。
 精一杯伸ばしても、なんとかカリ首の縁までしか届かない。 
 それでも、鈴口に舌をそよがせ、赤黒い亀頭の皮を丁寧に舐め清める。
 次々に幹からドロドロの粘液が伝い、また汚してしまうのだが、琥珀は飽く
事無く志貴のペニスの先に舌を這わせ続ける。

 その玄妙なる舌先の動き。
 そして鼻先のペニスを見つめ、持ち主たる志貴に向けられるその目。
 志貴のペニスはそれによって、どんどんと手で押し下げるのが困難になって
いく。

「志貴さん……?」

 問い掛けるような目、そして言葉の響き。
 この程度で我慢できるのですか、と唆し、これだけでは物足りません、もっ
と……、とせがむ。
 少し休もうと思ったのに。 
 そう僅かに脳裏で考えつつも、志貴の心も体も休息を拒否し、堪らずに先端
を琥珀の開いた唇に押し付けた。
 嬉しそうに琥珀は自分の唾液と蜜液に濡れたペニスを受け入る。
 口中に溜まった唾液を呑み込む琥珀の動きと共に、志貴のペニスは幹の半ば
まで唇のさらに奥へと、ゆっくりと沈んでいく。 
 舌がねっとりと志貴のペニスに絡まっていく。
 唇がすぼまり、柔らかく締め付け始めていく。

 志貴は、ぎこちなく足を動かし、腰の角度を変えた。
 より深く琥珀の喉元にまで挿入させる為に。
 苦しげな表情を見せず根本まで入れてくださいと琥珀の目は語っている。
 さっきまで舌を絡ませて甘い息を吸うキスをしていた口。
 こうしてその口を汚しているのだと思うだけで、志貴には震えが起きた。




「はあ……」

 満ち足りた声。
 琥珀は、その志貴の吐息の満足そうな響きに、嬉しそうに微笑む。

「お気に召して頂けましたか?」
「それはもう。堪能致しました」

 二人でくすっと声を出して笑う。
 志貴に腕枕されながら、琥珀は体をぴたりと合わせていた。
 もう愛撫めいた激しさは無いが、もう一方の手で志貴は緩やかに琥珀の髪を
撫ぜたり、背中の線を滑らしたりしている。
 時折、どちらともなく唇を軽く合わせる。

 さっきの肉の悦びとは別種の幸福感を、琥珀は感じていた。
 志貴の傍にいて志貴の腕を感じている幸せ。
 誰よりも好きな人が傍にいる、薄絹一枚にも遮られる事無くぴったりと密着
している。
 志貴が少しでも離したくないと言うように抱き締めていてくれる。
 そして何より琥珀を痺れさせるのが、自分が志貴と共にいて感じる想いを、
志貴もまた自分に対して抱いていてくれるという信じがたい事実だった。
 とくんとくんという志貴の心音が聞こえる……、琥珀は小さく溜息をついた。
 怖いくらい幸せだと琥珀は思った。

 性行為とは、耐え我慢する事と同義語であった過去、それからすると今の幸
福感が信じられなかった。
 腿を擦るように少し動かした。
 微妙な均衡状態にあったその幸せの名残りがこぼれた。
 簡単には志貴が拭いてくれたけど、たっぷり注がれた志貴の愛の証はまだま
だ体内に多く残っていた。呑み切れなかった分が逆流して外へと洩れてしまう。
 谷間から腿へと伝うのがわかった。
 本来は不快ですらあるその感触を、琥珀はもったいないなとだけ思っていた。
 せっかく志貴さんに注いで貰ったのに、と。

 でも、何回くらい出されたのだろう。
 ふと少しだけ現実にたち戻った琥珀の頭が考える。
 立て続けに一回、二回。
 体位を変えて何度か交わって、それは最後まで到っただろうか。
 先に迸らせて落ち着いた志貴によって何度も翻弄され絶頂を迎えさせられた
が、その過程で志貴とも一緒に高みへ到っていた筈。
 これで終わりと、口で舐め、綺麗にしていたら、また大きく膨らんできて、
志貴は足を取ってゆっくりと突き入れてきて……。

 琥珀は克明に思い出したが、やはり正確な数はわからなかった。
 お口で出したのを合わせて六回くらいかしら。
 そんなに?
 でも、志貴さんだし……。
 納得できる回数でもあり、懐疑的になる回数でもあった。

 志貴さん、驚くほどたくさんなさるけど……。
 ふと、琥珀の頭に疑問が湧いてきた。
 回数に不満がある訳ではない。
 志貴が望まれるなら、何度でも受け入れるし、逆に一回だけでやめてしまわ
れても、それはそれで構わない。そう琥珀は思っていた。
 でも、と琥珀は志貴に対しての決して初めてではない不思議を、頭の中で形
にする。

 これほどの旺盛な性欲を、今まではどうしていたのだろうか。

 琥珀が再び遠野の屋敷へ戻ったのは、ごく最近の事である。
 その前は、遠く離れて暮らし、毎日顔をあわせても足りぬ恋人同士には耐え
がたいほど、時々しか会えなかった。
 時には志貴の方から琥珀を訪ね、何日か共に過ごす事もあったけれども。
 だが、会いたい時に会えないという関係は、寂しくはあったけれど二人の絆
をより強いものとしたも確かだった。
 志貴も琥珀も会えなければ会えないだけ、相手の事を夢想し焦がれ、どれだ
け自分にとって必要な存在なのかを日々心新たにしていたから。

 それだけにいざ会うと、今考えると赤面するほど相手を確かめ、求め合った。
 それは必ずしも肉の交わりだけを意味するのではなく、いちゃいちゃいちゃ
いちゃと睦みあう事であり、黙って相手を見詰め合う事であり、無限にループ
する話を熱心に時の経つのを忘れて繰り返す事であった。
 が、もちろん相手の体の隅々までを五感の全てを駆使して確認しあい、どっ
ぷりと浸りあう事も重要であった。
 だから、久々の逢瀬を繰り返していた時には、琥珀は少しも気にならなかっ
た。
 会えなかった分まで、激しくも甘い時間を過ごし、志貴が何度も何度も飽く
事無く自分の体を求めるのを、嬉しく思いこそすれ、疑問には思わなかった。

 でも今は少し違う。
 確かに毎日こうして心置きなく肌を合わせていられる訳ではないけれど、同
じ屋根の下で暮らしているのだ。
 時間が取れれば、抱き合い唇を合わせ、甘い時間を共有するし、いろいろと
策を講じる事で、誰にも邪魔をされない時間を捻出した事も何度もある。
 時には、互いの妹とのぞっとするようなニアミスに蒼褪めたり、それでも気
取られたらしい言葉に赤面しつつも。

 だから、志貴が自分の体を求める頻度は少々多いのではないかと琥珀は思う。
 毎日当たり前のように顔を合わせ、言葉を交わせる……、それだけでも充分
に満ち足りた気分になれたから。
 そんな事を口にしたら、志貴も優しい顔で頷いたのを琥珀は嬉しさと共に憶
えている。
 実際、朝に部屋から現れた時の、学校から帰ってきて出迎えた時の、志貴の
自分を見る嬉しそうな顔、それは嘘偽りのない志貴の心だろうと琥珀は思って
いた。そして琥珀もまた志貴の笑顔を見ると一日幸せでいられたから。

 とは言ってもそれだけでは足りないのも事実だと、琥珀も承知していた。
 もちろん体を求められる事に文句は無いし、気恥ずかしい様子で志貴に耳打
ちされたりすると琥珀も嬉しさを隠し切れなくなる。
 何度も回数を重ねるといっても、志貴がただ自分の欲望のままに琥珀を快楽
の捌け口として、身勝手に振舞っている訳ではなかった。
 琥珀が忙しい時に、仕事を蔑ろにさせてまで付き合わせようとする事は無い
し、いつも琥珀が疲れていないかと気遣いも見せていた。
 抱き合い途中まで事を進めつつも、多少琥珀が体調が悪かったのを見て取っ
た時などは、志貴は挿入する寸前で止めてしまったりもした。琥珀がどれだけ
大丈夫ですよと口にしても、頑として拒んで不慣れな説教までして。
 そういう志貴の思い遣りも、琥珀には本当に涙が出るほど嬉しかったのは確
かだった。

 そういう優しい側面はさておき、琥珀の常識からすると、志貴は想像を絶す
るほどの超絶倫人だった。
 そして、それほどの旺盛な性欲を持ち合わせている志貴が、自分の不在時に
はいったいどうしていたのだろうか。
 琥珀にはどうしてもその事がわからなかった。

「もう、琥珀さんなしの生活なんて考えられないな」
 
 琥珀が考えるとも無くぼんやりとそんな疑問を脳裏に浮かべていると、志貴
が呟いた。
 その言葉がタイミングよかったからだろうか。
 琥珀は、応えるように言葉を口にしていた。
 普段なら訊くのをためらうような疑問を形にして。

「志貴さん、わたしがいない時はどうなさっていたのですか?」
「え……?」

 わからないという顔をして志貴が見ている。
 琥珀はしまったなと思いつつも、この際とばかり、胸の中のあった疑問をよ
り具体的に言葉に変えた。

「我がままを言って、わたしはお屋敷を離れて志貴さんに寂しい思いをさせて
しまって、その……、お相手もときどきしかできなかったですよね?」
「あ、ああ、その事か」

 ちょっとびっくりした顔をして、それでもやはり何を訊かれているのだろう
と志貴は訝しげな顔を琥珀に見せる。
 琥珀は、一瞬口ごもってから、言葉を出した。

「だから秋葉さまか、それとも他の女性と……」
「琥珀さん」

 志貴の強い言葉で琥珀の言葉は断ち切られた。
 志貴は僅かに硬い顔をしていた。
 琥珀をはっとさせ、表情を強張らせるほどの。
 
「なんで、そんな事言い出したのかわからないけど、もし本気で俺が琥珀さん
以外の女の人と……、なんて言っているのなら、本気で怒るよ」
「ご、ごめんなさい」
「……」

 志貴は明らかな怒気を顔に出している訳では無い。
 しかし、それがかえって琥珀を動揺させる。
 反射的に謝ったものの、志貴の顔は変わらない。

「志貴さん、ごめんなさい。怒らないで下さい」
「……」
「志貴さん……、許して下さい」

 琥珀の言葉に、志貴はすっと薄い怒り面を下ろす。
 そして、代わりに自虐的にぼそぼそと言葉を吐いた。

「うん、いいけど。……琥珀さんがいるのに、浮気なんかしないよ。そんな事
訊かれるなんて、琥珀さんに疑われるなんて、俺って信用ないのかな?」
「違います、志貴さん違うんです、わたし、その……」

 志貴の言葉に、さっき以上に琥珀は動揺した。
 半狂乱とまではいかないが、慌ててかぶりを振り、混乱して言葉がうまく出
ない。
 その尋常でない様に、今度は、志貴の方が慌てる。

「いいから、落ち着いて、ね」
「わたし、志貴さんの事、浮気してるなんて、そんな……」
「うん、慌てないで、ゆっくりでいいから」
「わたし、志貴さんの事を疑ってなんていません。ごめんなさい、変な事言っ
て」
「わかった。じゃあさ、琥珀さんは何が言いたかったのかな?」

 少し涙を浮かべた琥珀の目尻を指で拭ってやりながら、志貴は出来るだけ優
しい口調で訊ねた。しまったなという顔をして、琥珀をなだめようと試みなが
ら。
 その声と促すような仕草で、ようやく琥珀は言葉を続けた。

「わたし、不思議で。あの、志貴さんがあまりに何度も私のこと……」
「琥珀さんのこと?」
「求めてくれるので、それはそれで凄く嬉しいんですけど……」
「えっ?」

 突然話の方向性が変わって、志貴は戸惑った声をあげる。
 しかし、言い難そうにしながらも、琥珀がそれはそれで真面目に話している
と感じてとりあえず黙って次の言葉を待った。

「わたしかいない間はどうやって我慢したんだろうって、私、不思議で。あん
なに長い間お相手が出来なくて。そう考えると志貴さんの事を、秋葉さまはま
だ完全には諦めきれておられないようですし、翡翠ちゃんもいますし、学校に
も志貴さんに好意を持たれている方とかいるでしょうし……」
「待った、もういい。わかった、琥珀さんが心配した事はわかったよ」

 志貴は赤くなっていた。
 琥珀の疑念の源が、浮気とか琥珀への愛情の欠如ではなく、過度の自分の琥
珀への執着、なかでも肉体を求める行為から、生じたものだと悟り、急に恥ず
かしさが込み上げてきたのだった。

「ええとね、とりあえず、少なくとも琥珀さん以外の女性には手を出していま
せん」
「そうですか」

 ちょっぴり琥珀は嬉しそうな表情を見せる。
 志貴を信じてはいるが、そう言われると安堵の気持ちが胸に起こった。
 安堵?
 そうか、志貴さんが他の女の人とって心配していたんだ、初めて琥珀は自分
の疑問が何を原因とするものか、その一端を自覚した。

「確かに、琥珀さんが来てくれたけど時間が取れなくて、何もせず帰った時な
んか、凄く欲求不満で……、いや、あの、琥珀さんの体だけがさ、その目的じ
ゃないけど……」

 微妙な問題ゆえに言葉の使い方を苦労している志貴に、さっきと一転して機
嫌が良くなった琥珀は、わかっておりますよ、とニコリと微笑む。

「そんな時はやっぱり悶々とするし、正直我慢しきれなくなったりしたよ」
「それで、どうなされたんです?」
「そりゃ当然、自分…………」

 ごにょごにょと後半は小さい声になって消えてしまった。
 顔もわずかに赤面させている。

「当然、どうなさったですか?」
「やだなあ。琥珀さん、からかわないで……よ?」


                                      《つづく》