似違:そしてシキ
わたしはシャワーを浴びます。
火照った体に心地よい冷たいシャワー。
汗ばんだ肌から水にさらされて、心地よくて、ついぼおっとしてしまいます。
今さっきまでの痴態を思い出します。
志貴様に抱かれていたあの一時。
いやらしい一時。
そっと下腹部にふれてみます。
牡丹のタトゥーシール。
指でその赤い花をやさしく撫でてみます。
ちょっとしたイタズラ。
ちょっとした刺激。
どうしてこんなことをしたのでしょうね。
――――どうしてなんでしょう?
そして下腹部に手を当てたまま、りきむと――。
どろり、と泡を吹くんだ男の粘液があそこから絞り出されて、糸を引いて、た
れていきます。
体がぶるんと震えます。
りきむたびに、それは次々とあきれるばかりに流れ出てくるのです。
志貴さんの精。
男の汁。
牡の液。
ピルを飲み始めたから、胎内に出されたも大丈夫。
薬剤師の免許をもつわたしは自分で処方箋をかいて、薬局から入手し、ちゃん
と服用を続けています。
その白い粘液はタイルの上にこぼれ、シャワーで洗い流されて、排水溝に飲み
込まれて消えていってしまいます。
あの水道水独特のカルキ臭さの中、かすかに男の臭いがしたけれども、すぐに
消えてしまいました。
あんなに注いで貰ったのに……
あんなに至福だったのに……
なのにわたしの心は胡乱のままなのです。
志貴さんと肌を重ねて、まぐわい、あれほど乱れて痴態を見せたというのに。
たぶん、今朝見た夢のせいです。
昔のこと。
槙久様がくるまでの間、急いで濡らしていた時のこと。
濡れていないというのに、槙久様は無理矢理挿入する。
嫌がり、痛みに泣くわたしを見て、嗤う。
さらに興奮して、犯す。
ただ蹂躙されるだけのわたし。
たすけて
あれは昔のこと。
そうなのに。
なぜかそれがふと脳裏に蘇ってしまって。
体に震えが走ります。
今さっきまでの悦楽のためではなく、恐れのためにです。
空っぽな心に何かが忍び寄ってくるのが感じられます。
空っぽのせい?
だから、なの?
まだ――わたしは空っぽなのでしょうか?
わかりません。
わかりません。
まったくわかりません。
そして――。
わかりたく、ありませんでした。
幸せのはずなのに、愛しい恋人に抱かれ、女としても満ち足りているはずなのに。
なぜか虚ろになっていく、わたしの心。
シキくんとシキちゃん
脳裏に庭でかけずり回る妹とあの子たちが思い浮かぶのです。
遠い日の思い出。
過去にみた花火のようなもの。
闇夜の中、ただその光に心奪われてしまうもの。
でもはっきりと覚えています。
目をつぶれば今でも活き活きと蘇るそれは。
あの鮮やかな緑。
キラキラと光る太陽。
木漏れ日の中。
庭でどろんこになってかけずり回る、シキちゃんと秋葉様と翡翠ちゃんとシキさん。
楽しそうに。
窓越しで聞こえないはずなのに。
笑い声が聞こえてくる。
あれが本来あるべき姿。
じゃあ――このわたしは何なのでしょうか?
――偽物?
――まがい物?
――複製?
――人形?
わかりません。
やっぱり――わかりません。
自分のことのはずなのに、わからないのです。
ますます胡乱になっていきます。
焦点がぼやけていってしまうのです。
とにかく、体を清めませんと――。
わたしは自分の股間を洗い始めました。
思い返せば、自らの意志で体を許したのは、シキ様が初めて。
地下牢にいた獣だった彼に躰を許す。
これは賭けでした。
血に飢えた反転した者に躰を自由にさせる。
殺されても仕方がない。
でもそれが第一歩。
誰もがまさかと思うことを行うからこそ、誰も気づけない。
そして――わたしは賭けに勝ちました。勝ってしまいました。
なんで勝ってしまったんでしょうね?
そうして四季様は心を取り戻し、槙久様に復讐を果たしました。
あれは復讐。
そうだったはず。
だから、これは勝利のはず。
なのに――わかりません。
この胡乱な心ではなにもわかりません。
志貴さんは優しくわたしを慈しむように、慰めるように抱いてくれます。
やさしく、やさしく、本当にやさしく、愛撫してくれるのです。
四季様は痛めつけるように苦しめるように、抱くのです。
激しく、狂おしいほど、死ぬかと思うぐらい、強く。
心が震えます。
どっちなの?
同じシキという名前。
同じ男というもの。
なのに、あんなにも違うふたり。
なのに、あんなにも似ているふたり。
似て違うふたり。
考えてはいけないこと。
なのに、思いを馳せてしまうのです。
シャワーで膣の中まで洗います。
勢いある水流が、わたしの中をかき乱します。
どんどん濁った汁が出てくるのです。
自分の愛液と志貴さんの精液とがまじったどろどろしたものが溢れかえってきます。
ふと自分の乳首が勃っていすることに気づくのです。
もう行為が終わったというのに。
なぜか興奮しているのです。
違います。
本当は足りないのです。
物足りないと思う、はしたない心。
物足りないと疼く、いやらしい躰。
志貴さんの愛撫は優しく心を満たしてくれます。
四季様の愛撫は激しく躰を満たしてくれました。
その両方が欲しい、とふと思いました。
そう思うと、どうしても欲しくなるのです。
狂おしいほどの焦燥感に駆られます。
千々に乱れていきます。
もう手に入れることはできないというのに。
どっちなの?
胡乱な頭の中で質問だけが響くのですが。
でも――それには答えられません。答えることができないのです。
そして自らの指で襞を広げて、勢いのある水流に性器をさらしました。
強い刺激がじんわりと躰を火照らせてくれます。
後始末だというのに。
躰はまだ欲しがっていました。
あんなに抱かれたというのに。
あんなイタズラをしてまで、燃え上がらせたというのに。
ぷっくらと陰核がふくらみはじめたのを感じます。
興奮しています。
感じているのです。
自らの欲情のあかしを目にすると逆に躰が火照ってくるのでした。
シャワーの水流をもっと強くします。
痺れるぐらい。
じんわりとした快感が寄せては引くさざ波のように、躰の隅々にまで広がっていく。
欲情しきった女陰を刺激する温水の奔流は、躰も心も解放してくれます。
でもそれだけでは足りないのです。
飢えさえ覚えてしまうのです。
なんて――やらしい。
でも止めようがありません。
躰は子供のころから快楽を仕込まれてきたから。
ないと――飢えてしまうのです。
からからになってしまうのです。
あんなにイヤだったのに。
躰を重ねるなんて、あんなにイヤだったのに。
なのに、気づくとこうして求めてしまう。
なんて――やらしい躰なのでしょう。
なんて――いやしい心なのでしょう。
羞恥と欲情のせめぎあいに震えながらも、左手でシャワーを当てながら、右手
を局部に伸ばしました。
中はどろりとしていました。ぬるぬるしています。
濡れているのです。
シャワーの温水だけではなく、ぬるぬるとしたいやらしい愛液がわき出ていた
のでした。
なんの抵抗もなく、指はするりとオンナの中に入りこみました。
とたん、躰に悦びが駆け抜けます。
気持ちいい。
指が気持ちよかったのです。
甘い痺れが、どろどろとしたものが腰の奥からわき上がってきます。
「あはぁ…」
思わず、熱い息を吐いてしまいました。
「ぅん……」
と抑えた声。
痺れるような感じ。
気持ちいい感じ。
こんなにも気持ちいい。
こんなにも感じる。
四季様の荒々しい愛撫は……
そうしてあそこをぐちゃぐちゃにかき乱します。
ぜったい志貴さんがやらない方法で痛いぐらいかき乱すのです。
痛いはずなのに、どんどん疼きが発生して、腰骨をとろかしていきます。
頭の中には四季様と志貴さんのふたりの顔が思い浮かべます。
四季様は胸を握りつぶすぐらい強く揉み、
志貴さんはやわやわと感じさせてくれるのです。
四季様はあそこをかき乱して、
志貴さんはそっとなで上げ、感じさせてくれます。
四季さんは首筋に噛み痕がつくぐらい、つよく噛みます。
痛いのに、とても気持ちよくて。
志貴様は首筋に口づけを。柔らかい天使の羽根のようなキス。
柔らかくジンジンととろけさせてくれるのです。
シキさんは
シキ様は
シキは
シキは
シキは
シキは!
焦燥感にかられて、あそこをいじりました。
すでにぐちゃぐちゃになっていて、躰に力が入りません。
シャワーを床に落としました。
風呂場のためイヤに響き渡るのですが、構いません。
片手では足りないから。
わたしはタイルの上に座り込み、躰をいじり始めました。
ダタ用オンナの臭いはさらに強く、淫らになっていって。
足下には暖かいシャワーの水が脚をくすぐっていて。
そしてそれよりも熱い腺液を、熱い愉悦を引き出すために、わたしは深くえぐるのです。
シキさんはそうやってわたしのところに入って……。
そのように指をとろけた秘所に潜り込ませます。
ザラザラとした感触のところを擦り、快感を引き出すのです。
その感じる部分をゆっくりとゆっくりと、思いのままさすり上げました。
じんじん痺れてきます。
そしてシキ様は、わたしの後ろへと……
左手の指をそっと肛門へと這わせました。
いやらしい指の動き。
でもとまりません。
そしてぐにっと入れました。いっぺんに二本。それでも足りない。
シキ様のはもっと太く逞しかったから。
最初の抵抗が抜けると、つるつるとした腸壁をゆっくりといじります。
二人に同時に抱かれているようでした。
前も後ろも、ふたりのシキによって貫かれています。
前も後ろもみっちりといっぱいになっています。
躰の飢えを満たすように、いっぱいに。
そう想うだけで痺れてきます。
躰が熱さはせつない疼きとなって、それに急き立てられるように手が、指が早
くなります。
たまらなくて、切なくて、愛おしくて。
指を曲げ、擦り、ひっかき、わざと爪を立ててみます。
痛いぐらい。
でも気持ちよくて。
これはシキさん。
これはシキ様。
肉の壁一つ隔てて指の動きがわかります。
声が漏れてしまいます。
いやらしい声。
その声を、
ソソる声だな、とシキはいい、
もっと感じていいよ、とシキはいうのです。
ねっとりとした愛液がもれ、さらりとした腸液はこぼれ、そして滴ります。
ぐちゃぐちゃという音。
にちゃにちゃという音。
いやらしい粘膜の音。
シキさんは嬉しそうに、
シキ様は楽しそうに、
わたしを抱くのです。
こんな風に。
いやらしいオンナを、
いやらしく、
たまらなく、
切なくなるまで、
頭が真っ白にオトコのことしか考えられなくなるぐらい、
わたしをぐちゃぐちゃにするのです。
ふたりで貫かれて。
わたしはコワしてしまいます。
壊れてしまえ、とシキがいい、
いっていいよ、とシキはいいます。
その声に、二人のシキがわたしを同時に犯していることに、
淫らに喘ぎ、本性を曝しだしていることに、
痺れていくのです。
これがわたし。
いやらしいわたし。
あんなに抱かれてもまだ足りなくて、二人を求めてしまうわたし。
心から愛しているシキさんと躰から愛しているシキ様のふたり。
似て違なるふたりに、わたしは叫びました。
見て
見て
見て
と――。
わたしの中は『きもちいい』と『うれしい』を煮詰めたどろどろに濃厚なスー
プでしかなくて。
そしてそれはただひたすらに『愉悦』で。
とろとろにとろけきって愉悦にどっぷりつかった躰は、わたしに命じるのです。
もっと淫らに、もっといやらしく、もっと大胆に、と――。
二人はわたしの中でこすれるのです。
こんな風に、いやらしく、責め立てるのです
ふたりに突き上げられることを想って、
こんなにも、いやらしく腰を、尻をふるってしまうのです。
わたしは指を擦り上げ、ただただ快感を貪ります。
爛れた神経がわたしに命じるのです。
犯された神経が麻痺していきます。
オンナの臭いが充満していって。
自分の臭いなのに、それを嗅ぐだけで、
シキさんの、シキ様の体臭が感じられるのです。
あのオトコの臭いがわたしをもっと狂わせていくのです。
粘ついた汗が滴り、息をするのも苦しくて。
蒸気でいっぱいで、いやらしいわたしをこの世の中から隠しているよう。
ゆっくりと高まっていく。高ぶっていく神経が、ふたりのシキが、
わたしを絶頂へと導いてくれます。
何も考えなくてもよいところへと。
ただ気持ちいいと感じるところへと。
シキ様
わたしのあそこから刺激がいやらしく昇ってきます。
軽く達します。
喘ぎ声が震えました。
その声が甘くあそこに響き、疼かせるのです。
「…………」
もう声にさえなりません。
シキさん
指はすでにふやけるほどで、体中から液を垂れ流しています。
気持ちよくて、たまりません。ふたりのシキに抱かれているのがこんなにも気
持ちいいだなんて。
躰がビクンと反応する。躰にふるえが走ります。
白く、目の前が真っ白になっていきます。
熱い高ぶりがわたしの神経をメチャクチャにするのです。
その高ぶりは、芯までとろかす淫蕩な炎で。
炎にあおられて、躰が、ぶるん、と震えます。
あおられて、背が勝手にのけ反ってしまって。
何も考えられません。
躰がぐにゃんぐにゃんになってしまって。
力が入らなくて。
不規則な電気がわたしからすべてを奪う去るのです。
躰がわななき、悶えてしまうのです。
体はびくんびくんと痙攣してしまい。
アソコから何かが滴っていて。
シキくん
あるはずがないのに、男の精の臭いを感じました。
躰に刻まれた淫らな記憶です。
鼻の奥がつんとして、また震えてしまいます。
ダメです。また、いっちゃいます。いってしまいます。
シキちゃん
熱く淫らな波が躰の奥底から昇ってきて。
それに流されていって。
熱く、熱く、何度も昇り詰めていくのです。
それは言いようのない闇で。
でもとても甘美で。
それはわたしを押しつぶすのです。
甘美で、おそろしく、熱く、おぞましく、狂おしく。
ふたりの間で狼狽えて、おびえているわたしを
飲みほし、押しつぶし、陵辱し、溶かし、そして蹂躙していくのです。
でも甘美で――――。
ただ淫らで――――。
躰の奥のいやらしい牝が蠢き、疼くのです。
そしてわたしは躰を丸めました。
動けませんでした。
わたしの意識は淫悦の闇の中、押しつぶされて、蕩けてしまったから。
心奪われているふたりに抱かれて、狂おしいほどの幸福のただ中にいたのです。
結局わたしはふたりのうちどちらも選べませんでした。
死んでいる、生きている、側にいる、遠くにいる、それらのことは一切関係なく。
ただ、選べない。
これがわたしの出した結論です。
なんてズルい答え。
いやらしいオンナの答え。
でも――――それがわたしの出す答え。
でもそのズルさにすがってしまうモノが、確かにわたしの中にありました。
それが『琥珀』そのものだということは、よくわかっています。
見て――ふたりとも。
これがわたし。
本当のわたし。
どちらも選べない、か弱くて、狡賢くて、いやらしい『琥珀』。
わたしはシャワーの栓をようやく閉じます。
水音は消え、ただ自分の荒く粘ついた息だけが風呂場に響きました。
そんな虚しいいつもの結論を噛みしめた後、わたしはようやく風呂をあがります。
その胡乱な――ふたりのオトコを想う浅はかで胡乱なオンナの心を抱いたままで。
Fin.
#42 9th. July. 2002.
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