『ばとる・おぶ・とおの』
──ばとるわん 対決
新米吸血鬼──
はぁはぁ……。
心臓がばくばくと悲鳴をあげてるよ。
足も痛くなってきた。
でも、でも逃げなきゃ。
えーん。なんでわたしがこんな目にぃ。
「待って。そこの処女」
「は、恥ずかしいこと大声でいわないでくださいぃぃぃっ!」
ちらっと振り向き、とんでもない速度でわたしをおっかけてくるツインテー
ルのおねーさんに言い返す。
もちろん、走る速度はゆるめない。
「あなたからおいしそうな匂いがするもの。黙ってわたしに食べられなよ」
「わ、わたしはそっちの趣味はありません〜」
「大丈夫。そんな趣味、わたしもないよ。言葉通りの意味だよ」
「よけいにお断りですっっ!!」
なんで、なんで誰もいないの〜。
たしかに夜もふけているけど、街の中なんだよ〜。
もっとも、誰かに会ったところで助けてくれるとは限らないんだけど……。
あう……暗い考えになっちゃったよ。
やっぱり助けてくれそうな人を見つけないと!
走っているとちょっと大き目の公園が見えた。
たしか、この公園を抜けた所に交番があったような?
よし、行こう。駄目でもともと!
あれ! 人影が見える!
公園の外灯の下にはたしかに人影があるよ。
思わず嬉しさに涙がこぼれそうになった。
「た、助けてくださいっ!!」
人影は神父さんみたいな格好──カソックって言ったかな──をした女の人。
や。やったぁ!
神父さんなら困ってる人を見捨てないよね。
変なおねーさんもどうにかしてくれるかもしれないし。
「助けてください。変な人に追われているんです!」
神父さんはわたしの方をじっとみると、一言ぼそりと言った。
「危ないです。伏せてください」
「え?」
「おそーい!」
何やら楽しげな声と共に、わたしの肩に急に重さがかかる。
な、なに?
ひょうと白い影がわたしの前を跳んでいく。
も、もしかして踏み台にされたの……?
「年貢の納め時よ、シエル!」
「その言葉、そのままあなたに返します!
アルクェイド!!」
白い服のおねーさんは右手を槍のように振りかぶって神父さんを襲う。
その攻撃を神父さんは剣を振り上げて迎え撃つ。
かきーんと乾いた音がした後、二人は距離を空けた。
うわわ。こっちはこっちで殺し合いはじめたよ。
神父さん剣をいっぱい出したりして、トリッキーな攻撃をしている。
片や白い服のおねーさんをそれを正面から力押しで蹴散らしていた。
二人ともすごく強い。
こんなに強いなら、あの変なおねーさんを追い払ってくれるかも?
よしっ! お願いしてみよう!
「どっちのおねーさんでもいいですから助けてくださいっ!
お願いしますっ!」
わたしは周囲に満ちる殺気を無視して声をあげる。
とっても怖い雰囲気だけど、わたしに向けられたものじゃないから平気だ。
「「わたし?」」
二人は声を合わせてわたしを見てくれた。
や、やったぁ。
「変なおねーさんに追われているんです。助けてください」
「変なおねーさんってこいつですか?」
「む。わたしよりシエルの方が変でしょ!」
「失礼なこと言わないでください!」
あうあう……せっかくこっちを向いてくれたのに、また白い服のおねーさん
と神父さんは喧嘩をはじめた。
えーい、こうなったら実力行使ぃ!!
とりあえず、やや小柄な神父さんの方に抱き着いてお願いした。
「喧嘩は後にしてわたしのこと助けてください。お願い。お願い。お願い!!」
「……なんか頼まれているよ。聞いたげれば?
困ってる人を助けるのがあな
たの仕事なんでしょ」
あ、白い服のおねーさんナイスフォロー!
すっごい美人に見えます。
グラマーだし。金髪も綺麗!
ただ、うさぎみたいに真っ赤な目があの怖いおねーさんを思い出させるけど、
良いことを言ってくれるなら良い人ですよね!
「それはそうですが……」
神父さんは困ったように黒髪をぽりぽりとかいてます。
「じゃ、わたしは帰るね。もう戦いの雰囲気って感じじゃないし」
すっと後ろを向くと、ゆっくりとした足取りで白い服のおねーさんは帰って
いく。
「待ちなさい、アルクェイド!
勝負はまだ終わって……」
「勝負より、わたしを助けてください!
ゾンビさんをいっぱいつれた変なお
ねーさんがわたしのことを」
白い服を着たおねーさんを追いかけようとする神父さんの腰に抱き着き、必
死にお願いをする。
ここで神父さんにまで逃げられたら大ぴんちだよぉぉぉ。
「……ゾンビ?
あなた、今、ゾンビって言いましたね」
急に神父さんはおっかない顔をして聞いてきた。
ううっ。わたし、何も変なこと言ってないよね?
びくびくしながら質問に応える。
「あ、ゾンビっていうのは、どう見ても死んだ人が五、六人一緒に歩いている
だけで、映画に出ているようなゾンビとはちょっと違うかも……」
「どこにいるのです。そのゾンビたちは!」
ますますおっかない顔をして、神父さんは問いただします。
あうあう……わたしなんかしたぁ?
「え、えと……」
「ここにいるよ」
わたしが応える前に横合いから声がかかってきた。
や、やっぱり。あの怖いおねーさんだっ!
「あ、あのひとですっ!」
怖いおねーさんを見ると、神父さんは「むっ」ていう顔をした。
何だろう、ちょっと反応が変だ。
「弓塚さん……ですか」
「え?
なんでわたしの名を知っているの?」
「これでわかりませんか?」
神父さんが懐から取り出したトンボメガネを見ると、どういわけか怖いおねー
さんまでむっとした。
「三年のシエル先輩?
なんでこんなところに。まさか風紀委員の真似事でも
しようとも? 裏生徒会長さん」
「あなたみたいな人を取り締まる……ということでは、たしかにその喩えもあ
ながち間違っていませんね。ただし、風紀委員ではなくあなたたちの天敵、エ
クソシストですが」
右手の剣をすっと怖いおねーさんに向けて静かにそう宣言をした。
う、うわ……漫画みたいでかっこいいかも?
「あ、あの神父さん。右手と左手の剣をクロスさせて『Amen』っていったりし
ないんですか?」
「……しません」
ジト目で睨まれる……あぅぅ、すみません。すみません。ちょっとした出来
心なんです。
「ともかく、野良吸血鬼の跳梁は、ローマ法王庁の名にかけて許しません」
「馬鹿みたい。漫画の読みすぎなんじゃないの?
じゃあ、ヒーロー志願の先
輩に現実を見せたげるね」
ふふんと怖いおねーさんは笑うと、ぱちんと指を鳴らした。
すると後ろからゾンビ軍団がゆっくり……じゃない!
う、うわわっ、急に
動きが早くなった!
素早いゾンビさんって怖いっていうより気持ち悪いなぁ。
とか考えてたらゾンビさんたちが一斉に襲いかかってきた!
「う、うわっっ」
自分でも信じられない逃げ足で後ずさりした。
一方、神父さんはさっきと同じ所にそのまま立っている。
「あぶない! 逃げて!」
「その必要は……ありません」
真剣な表情の中にわずかに口元が綻ぶ。
ぞくり。
う、うわ……怖っ。こっちのおねーさんの方が怖いかも。
ゾンビさんたちは殺気がわからないのかそのまま神父さんに突っ込んでいく。
神父さんは躱さない。ゆっくりと右手を左から右にスライドしただけ。
途端に何十本もの剣がいきなり現れ、それがゾンビさんたちを次々と串刺し
にしていく。
──あれ、もしかして、白い服のおねーさんにやったやつかな?
あのおねーさんには刺さらなかったけど。
「We therefore commit his body to the ground, earth to
earth,
ashes to ashes, dust to dust」
ぽそりと神父さん呟いた。
途端に剣から炎が上がりゾンビさんたちを焼いていく。
神父さんの言葉通り、灰となり塵となり、地面に帰っていった。
魔法みたい。でも、それ以上に気になることがあるんだけど。
「あのー。カッコつけているところ申し訳ないのですが。なんか妙に訛ってい
るような気がするんですけど」
「う……。そ、それは、わたしはフランス人だし。職場はヴァチカンなんで英
語圏の人じゃないからですっ!
細かいことは気にしないでください!」
「じゃ、なんで英語なんですか?」
「フランス語やイタリア語で言っても、あなたや弓塚さんはわからないでしょ!」
ああ、なるほどなるほど。ぶんぶんと首を縦に振る。
でも、それなら最初から日本語でいえばいーのに。
「……で、何て意味なんですか?」
納得しない怖いおねーさんが難しい顔をしながら尋ねてきた。
もしかして、ヒアリングの成績が悪いのかな?
それとも英語の成績自体?
やっぱりこんな夜更けに出歩いてる不良はお勉強をしないのかな?
「灰は灰に、塵は塵にっていうお葬式の常套句ですっ!!」
「日本でいうと、南無阿弥陀仏ってこと?」
「ですからっ!!」
「……なーんて、油断大敵!」
顔を真っ赤にしながら何かを言おうとした神父さんを妖しく睨みながら、怖
いおねーさんはくすっと笑う。
するとどうだろう。
一気に三ダースくらいのゾンビさんが現れた。
応援を呼ぶために時間稼ぎをしてたとか?
一瞬、成績悪いんじゃ……と思った怖いおねーさんの意外な作戦にわたしは
図らずもちょっと感心してしまった。
「ほう。弓塚さん……ちょっと見ない間になかなかの悪になりましたね」
「わたし、志貴くんに相応しい殺人鬼になりたいから」
くすくす笑う怖いおねーさんに、神父さんは凄味のある笑いで返した。
「甘いですね。遠野くんと似合いになりたかったら、わたしくらいの『悪』に
ならないと……」
笑顔を浮かべつつ、ゾンビさんたちの群れに突っ込んでいく。
今度は両手に持った剣で、近づくゾンビさんをざっくざっくと大根か人参を
切るかのように切り倒して行く。
腕、足、胴、首が血と脳漿をぶちまけて飛びまくってます。
あうううぅぅぅぅぅぅっっっっ。
怖いよ〜。
りあるスプラッタ映画……ゆ、夢に見そう。
夜中におトイレに行けなくなったらどうしよ〜。
「そこの彼女!」
「え、わたし?」
「あなたのために戦っているんだから、しっかり見なさい!」
それはそうだけどぉ。なにもこんなに怖い倒しかたしなくてもいいじゃない〜。
さっきやったみたいに、バーッと燃やしてくれれば「怖い」っていうより
「かっこいい」ってなるんだけど。
でも、怒らせると怖そうだしなぁ。
ざくざく。
ざくざくざく。
しゅぱーーーーんっ!!
ころころ。
な、なんか転がってきた……なんだろ?
えーっと、これは?
「きゃーーーーーーーーーっ。生首ぃっっっっ!!」
「うるさい! 気が散ります!」
「す、すみませんっ!!」
わたしはべこぺこと神父さんに謝る。
ううっ、でもこっちをじーっと見てる生首は正直いって心臓に悪い。
「えーと、ごめんなさい。あなたを斬ったのはあの人です」
ひょいっと首を神父さんの方に向ける。
はぁ……これで一安心。
「あなた、なかなか良い根性してますね」
「うわっ!」
全身を返り血で濡らした神父さんがわたしの前で「はぁ」と溜息をつく。
え? なんのこといったい?
「これだけの修羅場なら、普通は気を失ったりするものですけど」
「はぁ」
「……まあ、いいです。それと、そこっ!」
「あう!」
神父さんがひょいと投げた血塗れの剣が怖いおねーさんのスカートに刺さり
地面に縫いつけてしまった。
「こそこそ逃げない!」
「今日は負けたけど、次は立派な殺人鬼になって……」
あれ、逃げ口上を言っている。このおねーさんは自分では戦わないのか……
意外に根性がないんだ。
「もっともっと被害者を出そうというつもり?」
「そうよ! 文句がある!
ごはんを食べて何が悪いのよ」
「別に悪いとは言いませんよ……わたしもやったことがあるし」
「「はい?」」
何気にとんでもないこと言う神父さんに、わたしと怖いおねーさんの声がハ
モる。
やったことがあるって……まさか、この人は神父の服を着ているけど実は吸
血鬼?
吸血鬼が神父さんのコスプレをしているなんて、ひどいよ。いんちきだよ。
サギだよ〜。
わたしの非難の眼差しと、怖いおねーさんの疑惑の眼差しを受けて、神父さ
んは困ったような顔をして言った。
「むかしのことです。むかし。ただ、先輩として弓塚さんに一言言っておきま
すが」
「なによ?」
「血を吸いすぎると……太りますよ」
途端に怖いおねーさんの顔面から血がさぁーっっと引いていった。
まるで死刑宣告をされたみたい。
「馬鹿なことを言わないでよ!」
「いいえ、事実です。血液はもともと栄養価が高いんですよ。それを後先考え
ずがばがば吸うと……」
「ちがう!
わたし、わたし太ってないもん!!」
「太りはじめはなかなか気がつかないものです。ですが……そうですね。あな
た、弓塚さんの印象は?」
突然、神父さんがわたしに視線を向けて問いただしてきた。
言われて怖いおねーさんをじーっと見てみる。
顔の作りは悪くない。
神父さんみたいに美人とは言わないけど、十分かわいいと思う。
ただ……。
「丸いかな……って」
「ど、どこがっっ!!」
怖いおねーさんはわたしの襟首を掴むとがっくんがっくんと揺らす。
だ、駄目、むちうちになる〜。
「はい、そこまで」
あっさりと怖いおねーさんをわたしから引き離す神父さん。
うー。死ぬかと思ったよ。やっぱりこの人は怖いおねーさんだ。
「正直に言って構いません」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ怖いおねーさんを押さえつけながら、神父さんは続きを
要求してきた。
「正面からみると……その、顔が『まんまる』で」
「はい、その通りです」
「うそよ!
そんなの大うそよぉぉぉぉぉっっ!」
「で、でも、本当に丸いんですよ〜」
「まるくない! まるくないったら!
まるくないのっ! さあ、うそだと言
いなさいよっ!!」
「うそじゃないですぅぅぅ。そ、そうだ!
あ、ちょっと待ってくださいね」
あることを思いついたわたしはオーバーのポケットを漁る……あ、あった。
「これ、見てください」
コンパクトを開くと、押さえつけられている怖いおねーさんに見えるように
顔を映してあげる。
「ま、まるい……う、うわーーーーーーーっ。いやーーーーーーっ」
鏡を見た途端、急にまんまる顔のおねーさんはすごい力で、神父さんを押し
のけた。
「シエル先輩、覚えておきなさい!
今度会ったら泣かしてやるんだから、う
うっ、ぐすっ、ぐすっ」
「ど、どうしたんですか、まんまる顔のおねーさん!」
「あなたも敵よ! 名前をいいなさい!」
「え……えと、瀬尾あきらっていいます」
「そう、あきら!
今度会ったら、一滴残らずその血を吸い取ってあげるから!」
半泣き状態でまんまる顔のおねーさんはわたしを脅す。
「でも、そんなことをすると、おねーさんの顔がもっとまんまるに……」
「いやーーーーっ。言わないでーーーっ。うわぁぁぁぁぁんんんっ!」
泣きながらどこかに行ってしまった。
逃げ足は追っかけてきた時より遥かに早いなぁ。
「お手柄ですね。あなたがあの吸血鬼を追い払ったんですよ」
にっこりと笑いながら、神父さんは握手を求めてきた。
応じてわたしもぎゅっと手を握りかえして、しぇいくはんど。
神父さんは楽しそうにぶんぶんと手を振る。なんかラテンなノリだなぁ。
「でも、あの人、本当に吸血鬼なんですか?
たしか吸血鬼は鏡に映らないっ
て聞いたことがあるんですけど」
「それは俗説です。ばーっちり映ってしまいます」
「そうなんです……か」
「ヴァチカンの連中ったら、生き返ったばかりのわたしを鏡の部屋に閉じ込め
たんです……あれは死より苦しい責苦でした。さすがは謀略一筋千年のローマ
法王庁。やることがえげつない」
静かに、静かにそこまで語ったあと、いきなり目をくわっと見開いてわたし
に向かって言葉をたたきつけてきた。
「ぷくぷく太った自分の姿が映し出されるんですよ!
右も左も前も後ろも上
も下も!
どこを見てもふくよか過ぎる自分の姿しかないっ!
あなた、この
苦しみがわかる!!!」
「え?
わたしダイエットとかしたことないから」
あまりの剣幕にたじたじとなりながら応える。
「あきらさん……っていいましたね。お年は幾つですか?」
「じゅ、十四歳。中等部の二年生です」
それを聞くと憐れむような顔でわたしを見て、ぽんぽんと肩を叩いた。
「今は良いでしょう。成長期でしょうから。しかし、後三、四年も経てば……」
遠い目をしながら、遠回しに脅しをかけてくる。
「甘いものや間食は控えます……」
「うんうん。自覚症状が出ないうちにね」
「はぁ……でも、わたし初めて知りました」
「何をです?」
「魔物が鏡を怖がるって、そういう意味だったんですね」
「そう。自分の醜い姿には耐えられないのよ。特に女性はね」
そっかぁ。吸血鬼も太るんだ。
吸血鬼になると永遠の美しさを手に入れるなんて、やっぱり物語の世界の出
来事なのよね。
「ところで、あきらさん……あなた、これに見覚えがあります?」
そう言って一枚の紙切れを渡された。
『狐狩りのご案内。
かわいい子狐ちゃんを捕まえた人にはステキなものをプレゼント。
捕まえた人は遠野屋敷まで丁重にお連れしてくださいね。
怪我させちゃ駄目ですよ〜』
ワープロ文字の文面と一緒に、わたしの顔写真がプリントアウトされている。
当然、覚えがない。
ふるふると首をふって応えた。
「これがどうかしました?」
「弓塚さんが落としていきました」
「でも、ここに『捕まえた人』って書いてありますよ。あの怖いおねーさん、
わたしを食べようとしましたけど……」
神父さんは、「はぁ」と一息ついてしみじみと言った。
「おそらく最初はあなたを捕まえようとしたんだとおもいますよ……けど」
「けど?」
「あなたがよほどおいしそうに見えたんでしょうね。彼女、最近あまりろくな
食事をとってなかったみたいですし」
ちらりと彼女はぶつ切りになっているゾンビさんたちの残骸を見てから、言
葉を続けた。
「……ほんとに、食欲って怖いですね」
その妙に切ない顔に、わたしはただ頷くしかなかった。
そっかぁ。大人になるというのはダイエットとの戦いなんだ……。
(To Be Continued....)
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