〈クリスマス記念SS〉
ホーリーナイト
阿羅本 景
「有間の家の頃には世間並みに祝っていたけどね、今頃は」
志貴はそういうと、秋葉の後ろにある樅の木を眺めた。
切り出された背の高さほどの樅の木の鉢植えだったが、いかにも若木を抜い
てきました、という感じを漂わせていて、枝振りなどは酷く不格好であった。
だが、その上にモールや電飾などが飾られている。
遠野家の居間の中に、現れ出たのはクリスマスツリーだった。
樅の木は広い遠野家の庭から見繕ってきた物で、円柱状の剪定もほとんどさ
れていない。琥珀が庭で見付けた若木を、志貴が鉢に植えて持ってきたのであった。
ただ、全体にまとまりがないクリスマスツリーであった。
見る者を妙に不安にさせる、不安定な感じの……
「……遠野家ではどうだったんだ?秋葉」
秋葉は志貴の視線を追って背中の方にあるクリスマスツリーを見つめる。秋
葉もそのツリーに目を向けたまましばし眉を寄せていたが、志貴の言葉に振り
返る。
「槙久父さんが、そのようなことをされるとお考えなので?兄さん」
「そうか……愚問だったな」
屋敷の中に外の文化を持ち込むのを嫌い、まるで結界のような古風な空気を
残すことに拘った、志貴の記憶のない父である槙久。秋葉や翡翠越しに聞くし
かない人格だったが、そんな人間が館でクリスマスを祝うとは……流石に考え
られない。
外は夜が更けていたが、雪はない。
志貴が肩をすくめてもう一度ツリーを眺め、違和感を感じている最中に、琥
珀が皿に盛ったオードブルを持ってやってくる。
白いクロスの敷かれたテーブルの上に、ちいさなパーティーの用意が整えら
れている最中であった。すでに背の高いグラスが並べられている
琥珀は二人の会話を聞いていたらしいが、槙久の名前を聞いても至ってごく
平穏を装っているようであった。皿を並べながら顔を上げて、志貴に言う。
「ええ、確かに槙久様はクリスマスには無頓着でしたねぇ、むしろ世間のそう
いうところを毛嫌いされていましたから……でも、使用人の間ではちょっとし
た御祝いがありましたね」
「へぇ……秋葉、知ってた?」
志貴が話を振ると、秋葉は細い顎に手を当ててしばらく考え込んでいたが、
やがて残念そうな顔で横に首を振った。
「私が浅上の寄宿舎に入るまでは、もしかしたら父さんの目をかいくぐって一
緒にいたかも知れませんけども、生憎覚えていないわ……でも、浅上ではクリ
スマスはありましたから」
秋葉は手を顎から離すと、腕を組んで笑ってみせる。
琥珀も料理を用意する手を止めて、秋葉の話を聞いているようだった。志貴
もツリーから目を離して、秋葉を見つめる。
「浅上はクリスチャンですから、冬季終業の前の夜はクリスマスミサがあるん
です。その後は寮内でのパーティーなんですけども……クリスマス、と言うよ
り冬の帰省の前にみんなで暫しのお別れを、と言う色が強いので……でも」
秋葉はそこで言葉を切り、ほんの少しだけ不快そうな色を浮かべる。
「でも……?」
「……つまらないことです、兄さん。そういう行事は寮内の勢力の誇示の場に
なって、どこの部屋で誰がどれだけ集めて何をやるかが騒々しくて……私は寄
宿舎のクリスマスは余り好きではなかったから」
「そう……じゃぁ、今年は水入らずでクリスマスを過ごせるわけだ」
志貴はそういうと、楽しくない思い出に顔色を曇らせていた秋葉に近寄り、
ぽん、と肩を叩く。
叩かれた秋葉は、はっと志貴を見つめる。そして、笑っている志貴の顔を
見ると恥ずかしくなったかのように顔を紅くすると……
「も、もう兄さんったら!そんなことを言いながら、きっと『秋葉の奴は今
日も無礼講で酒が飲めるのが嬉しいに違いない』とか考えてらっしゃるんですね!」
「な……突然なにを言い出すかと思えばおまえ……」
秋葉は紅い顔をぷいと背けて、ぱしりと志貴の胸板を叩く。
秋葉の態度の急変に狼狽する志貴を見つめて笑っているのは……琥珀だった。
「秋葉さまもまだ素直じゃないですねー、せっかく志貴さまと一緒に御祝いで
きることを素直にお喜びになられればよろしいのに!」
「琥珀!」
「あ、そのお酒なんですけども今日はシャンパンですよー、秋葉さま。クーラー
に冷やしてあるので取りに行ってきますねー」
図星の所を言い当てられた秋葉は琥珀を叱責するが、琥珀は堪えた色を見せ
ずにするりと交わすと、袖をたのしげに振りながら食堂に繋がるドアへと消え
ていく。
志貴は秋葉の真っ赤な顔が、琥珀の背中を憎々しげに見つめているのを見な
がら、忍び笑いを漏らしていた。
居間に残された志貴と秋葉。秋葉は志貴にずっと聞かれていたことを改めて
知り、いたたまれなくなって俯いてしまう。そして、もじもじとしながら口を
開いて言うに……
「……に、兄さん、その……」
「あ?いや、オレはそんな秋葉がうわばみだとか、そんなことは考えてないぞ、うん」
「いいえ、兄さん……その……こういうのは久しぶりで」
二人とも、そこで言葉に窮してしまう。志貴は話題に困ってきょろきょろと
秋葉の回りを見回すが、視線がツリーに引き寄せられる。
だが、改めてツリーを見つめると――おかしい。
「……やっぱりコレ、変だよな」
「どうかしましたか?兄さん」
見れば見るほど、ツリーは奇妙であった、電飾の間隔がまちまちで、飾り付
けも一カ所に星や繭玉が密集しているかと思えば、がらんと何も付いていない
枝が並んでいるところがある。モールのかけ方も不均一で、まるで大慌てで飾
り付けたような不安定さ。
全体にリズムに欠ける奇妙なオブジェ――そんな印象すらあった。
秋葉も志貴が指さすツリーに振り返ると首を傾げて尋ね返す。
「……たしかにこのツリーは、センスがないというか……兄さんが用意された
んですか?」
「いや、オレは琥珀さんに頼まれて樅の木を見付けるところまではやったけど
も……」
二人がツリーを前に、この奇妙なオブジェに影響された不安さを抱えて訳も
なく声を潜めて話していると、背後のドアがガチャリと音を立てて開かれる。
「失礼いたします。秋葉さま、志貴さま」
「ああ、良いところに来た、翡翠」
頭を下げて居間に現れたのは翡翠であった。夜の戸締まりを確認し、寒い廊
下からやってきた翡翠は温かい空気の中で身体の緊張を緩めていたが、すぐに
志貴の声に呼び止められて背筋を伸ばす。
「はい、なんでしょうか?志貴さま」
「いや……このツリー、用意したのは……」
志貴が手で指し示した先にある、背ほどの高さのクリスマスツリー。
それを目にした瞬間に、翡翠は二人の目の前で分からないように小さく溜息
をつくと……
「姉さんです。姉さんに頼まれて倉庫からツリー飾りを取ってきたので……あ
あ、これは」
翡翠は小走りにツリーの元に来ると、手早く飾り付けを直し出す。
志貴の耳には、琥珀の密やかな溜息を聞いたような気になっていた。
「もしかして、琥珀さんが飾り付けたから……」
「姉さんには、こういう片づけとか飾り付けは向いていないんです……先に仰っ
ていただければ私が直しましたのに……」
「不思議ね、料理の時には何にもないのになんで琥珀は……」
せかせかと翡翠がツリーに手を入れ、飾り付けを揃えていくと瞬く間にツリ
ーは半前衛芸術のオブジェから、街角に溢れる普通のクリスマスツリーに変わっ
ていく。
志貴はしばし呆気にとられてその光景を眺めていたが、すぐに翡翠の仕事を
邪魔することがないように距離をとってソファに腰を下ろす。
「……上手いもんだな。翡翠」
「お褒めいただき有り難うございます、志貴さま」
見る見るうちに姿を整えていくツリーに、翡翠の卓抜した整理の力を見てい
た志貴であったが、何かを言いかけて秋葉を向いた途端に、言葉を詰まらせる。
秋葉は腕を組み、テーブルの上に置かれているグラスの数を数えていた。そ
れも、ずいぶんと険しい表情をしたままで。
志貴がソファの上で身じろぎすると、冷ややかな秋葉の声がする。
「兄さん……水入らずでクリスマスを、と仰いましたよね」
「ああ、そう言った」
「では……なんでグラスが六個あるんですか?」
すでに琥珀によって並べられたグラスは、ちょうど……秋葉の言ったとおり
六個であった。
そして、この屋敷にいるのは志貴、秋葉の遠野姉妹と、使用人の翡翠と琥珀。
明らかに……二つ多い。
秋葉は腕を組み、訝しげな態度で志貴を見下ろしていた。
秋葉の言葉の意味を、分からない志貴ではなかった。ただ、ごくりと唾を飲
んで口にした回答というのは
「それはだな、琥珀さんに用意して貰うようにと俺が……」
「ほぉ……なぜ、ですか?」
「……二コ余計に用意しておかないと、用意するグラスが三コしか要らないこ
とになる」
「?」
志貴の謎掛けに、秋葉は眉を寄せる。何を言わんとするのかが秋葉には分か
らなかったからだ。翡翠はツリーの傍らに立って主人たちの会話には口を挟ま
ずにいる。
「どういう意味なんですか?にいさん」
「それはな、二人ばかりはこういう場には呼んでなくても来るからな。その二
人につれなくすれば……俺が二人によって連れ去られる。簡単な話だろう、秋葉?」
「そうですねぇ、アルクェイドさんもシエルさんも神出鬼没で傍若無人な方で
すからねぇ」
ワインクーラーにシャンパンを下げてやって来た琥珀が、志貴の言葉を補足
する。
そう言われて、志貴のいわんとするところを秋葉は理解した。志貴に浅から
ぬ関係があるアルクェイドとシエル、二人なら志貴をイブの晩に連れだしてど
こかに行く、というのも過去の行いからしても秋葉にも十分考えられることで
あった。
だが、手をぽんと打って感心する秋葉ではなかった。
志貴の言葉を聞くや、ますます機嫌を害したように顰めつらしくなっていく。
「だから、二人の分を用意して懐柔した方がお前のためにも……」
「分かりました、兄さん……全く兄さんったらあの無礼な人たちに、なんで邪
魔をするなと強く言えないんですか!」
色をなす秋葉に、志貴は口を閉ざしてついと目をそらしてしまう。
そんな事言われても俺には何とも――と言いたげな志貴に、秋葉は突っかか
っていく。もともとアルクェイドもシエルも、勝手にやって来て志貴を連れ回
す女性たちを気に入っていない秋葉であるから、事ある毎に二人……ではなく、
志貴を責めていた。
これはもはや日課といってもいい。今日もまた……
「まぁ秋葉、クリスマスの晩にそんなに怒ると可愛いお前が台無しに……」
「そんなことを言って話を逸らさないでください、兄さん!そもそも兄さんが……」
「あ、噂をすれば影ですね……いらっしゃったみたいですよ」
琥珀がのほほんと来客の到来を告げると、秋葉も志貴も口を閉ざして辺りを探る。
ドアをノックされるわけでもなく、窓の向こうに人影がある訳でもない。志
貴が琥珀に眼で尋ねると、琥珀は指を軽く、壁に作りつけたマントルピースに向ける。
火もくべられていない石造りの大きな暖炉の口から、耳を澄ませば――かす
かにごそごそという物音が響いてくる。もちろんマントルピースは飾りではな
く、ちゃんと屋根の上にある煙突に通じている。
「もしかして……ここから?誰が?」
「それは……今から警備室に行けば屋上に誰が上ったかは分かるかも知れませ
んけども、こちらまで降りてくるのを待つのがよろしいかとも」
「でも姉さん……」
全員の目がマントルピースを眺める中で、ツリーを整え終わった翡翠がおず
おずと尋ねてくる。志貴と秋葉に一瞥され、翡翠は何故か小声で話し出した。
「煙突は使っていないので、暖房の暖気が逃げないために塞いであるんですが……」
「ああ、それは……心配ないよ、翡翠。
譬え漆喰で塞いだとしても、あの二人を止めることは出来ない」
志貴が妙な自信に満ちた呟きを漏らすと――バキベキ、という破壊音が共鳴
管となった煙突を伝わり、マントルピースから虚ろに響く。
おそらくは、翡翠の危惧していた障害物を破壊したのであろう。秋葉の口元
が歪み、志貴が苦笑いし、琥珀と翡翠が「どうしましょうか?」とお互いの顔
を見つめていると……
どすん、という音と共に真っ赤な影が舞い降りてきて……
「メリークリスマス!遠野くん!」
「ああ……先輩だったのか」
真っ赤なサンタクロースの衣装を身に纏った、シエルであった。
シエルは窮屈そうにして暖炉から身体を抜くと、身体に突いた埃と煤をぱん
ぱん、と無造作に払う。だが、顔は煤に汚れていない――シエルの何かの術故
のことだろう。
「いや、クリスマスだからやはりこういう恰好で来るのがTPOってものでは
無いのかと思いまして、遠野くん」
「いや、その……サンタクロースらしく煙突から来るのはいいんだけど、先輩……
キツくなかった?」
ある程度は予想したとはいえ、やはり突飛な行動をとられた以上平常心では
いられない志貴の硬い問いであった。シエルは眼鏡を外して拭くと、いたって
平穏な顔つきでいる。
「いえいえ、途中何度か引っかかったんですけども、まぁ御神と聖人のご加護
もあって無事に到着できました。あ、さては『先輩だからお尻が引っかかった
んじゃ?』とか無礼なことを考えてますね?遠野くん」
そう言ってシエルは、肘で志貴の腹をつっつく。つつかれた志貴の方は、ち
らりと眼をシエルに、そして秋葉に走らせて反応を伺うと……
この館の主、遠野秋葉は今にも激発しそうな、ぎりぎりの緊張に満ちた顔で
シエルを睨んでいた。
「……あ、せ、先輩……」
「ようこそいらっしゃいました、シエルさん。ですがお越し頂く際には玄関か
らいらっしゃって下さい、と何度言えばお分かり頂けるのですか?」
冷ややかな秋葉の声であった。志貴は思わず冷や汗を流してシエルを見返す
が、こちらも戦い慣れた物で顔色一つ変えてはない。
シエルはこれ見よがしに服を払うと、腹に一物ある笑みを浮かべた。
「いえいえ、今日はクリスマスですから、この恰好で玄関から来てもヘンな人
ですからね。せっかく煙突のある遠野さんのお宅です、こういう余興をやらな
いと勿体ないじゃないですか」
「……シエルさん、貴女は教会の関係者でしょう?こんな所で油を売っていて
よろしいので?」
「はい、ミサは有資格者じゃないと行えませんから、きよしこの夜に遠野くん
と秋葉さんに祝福を授けるために来たのですよ」
しれっとそんなことを言うと、シエルはサンタクロースの衣装に指を掛ける。
志貴が呆然と見守る中で、シエルはたちまちサンタ服を脱ぎ捨てて法衣の姿
に変わっていた。どうやってサンタの服の下にぞろっとした法衣、それもミサ
用の白い上掛けまで羽織っているのか……それは全くの謎であった。
「はい、そう言うわけで……あ、お酒もOKですよ、私はー」
「……先輩、今日はずいぶんと陽気で……」
めまぐるしく変化するシエルの様子に、呆気にとられている志貴の声が掛かる。
秋葉もそれは同じであったが、目の前のシエルに堪えたところがないとわか
るとぷい、と顔を背けてしまった。
「兄さん……何とか言って下さい!」
「ああ?ええとその……まぁ、先輩もそんなにしゃちほこばらなくてもいいか
ら、今日は内々の集まりだし」
「そう言って貰えると助かります、遠野くん」
志貴の様子を見て、為すすべ無しと感じた秋葉は溜息を吐き、琥珀を見つめる。
三人のやり取りを笑って見つめている琥珀は、秋葉の機嫌を察したのかグラ
スをすいと進めてくる。
「秋葉様。秋葉様は鷹揚に構えてらっしゃればよろしいのですよ」
「琥珀……はぁ、兄さんがあれでは仕方ありません
もう準備は終わったようね……そろそろ始めましょうか」
グラスを受け取った秋葉が、仕方なさそうに顔色を緩めるとそう宣言する。
「え?まだあいつが来ていない……」
「我が家のパーティーなのにこれ以上邪魔されろって仰るんですか兄さんは!
まったく!」
「その意見には賛成ですね、秋葉さん。聖なる夜をあーぱーの不浄の存在にに
犯されるわけにはいきませんから。ささ、遠野くんもこれを」
ぴりぴりした秋葉の声と、琥珀から受け取ったシャンパンのボトルを渡すシ
エル。
すでに針金を外されて、指を掛けるや飛び出すのを待つばかりとなったシャ
ンペンを受け取った志貴は、渋々といった風情で頷く。
「……仲間はずれにすると、あいつはいじけるから……」
「まぁ、志貴さま。きっといらっしゃいますよ……アルクェイドさんでしたら」
「さ、兄さん……」
琥珀もグラスを持って、そう志貴に話しかける。秋葉も志貴の指がシャンペ
ンの栓を撥ねるのを、今か今かと待ちかまえていた。
翡翠も一歩離れたところに立って控えているが、何処とはなしに楽しげな雰
囲気を漂わせている。
――仕方ないか。来ると思ったんだけどな……
志貴は片手で頭を軽く掻くと、ボトルのネックに指を掛けて――
「では……」
くい
「メリー……」
閉ざされていたはずの窓が開かれ、飛び込んできた真っ白な影。
「私の誕生日、みんなでお祝いしてくれてありがとーっ!」
――――なんだって?
志貴は自分の耳を疑った。いや、この場の誰もが疑ったことだろう。
全員の動きが、凍り付く。
全員が注目していたのは、窓から満面の笑みをこぼれさせて飛び込んでくる、
アルクェイドの脳天気な姿――
「……ってー、あれ?違うの?」
驚愕のあまり真っ白な顔の秋葉と志貴、苦虫をかみつぶしたような顔で天を
仰ぐシエル、そしてすべき反応を失った態の翡翠と琥珀。
アルクェイドは屈託無く笑った顔のままで、首を傾げてみせた。
言葉を失ったパーティーの場で、ようやく掠れる声を上げたのは……、
「……おまえの、誕生日?」
「うん、そうだよー。正確には明日、一二月の二十五日。」
「だれが……」
志貴の呻くような問いと、脳天気なアルクェイドの答え。
そして堪忍袋の緒が切れる、女性二人。
「だれが貴女の誕生日を祝うもんですか!」
「せっかくのクリスマスの夜を汚さないで下さい、この破廉恥魔!」
たちまち始まる、アルクェイドに飛ぶ罵声。
「あれ?クリスマス?キリストのお誕生日?」
「アルクェイド……街はあんなにクリスマス一色なのにお前は……」
「えー、うそー、この国はみんなブディストとシントイストでしょ?なんで異
教の教主の誕生日を祝うの?」
驚き呆れた顔で志貴の腕を掴んで尋ねてくるアルクェイド。
その間にも、三白眼になったシエルと秋葉は脳天気な白いイキモノを睨みな
がら、じりじりと詰め寄ってくる。
「……やーん志貴、妹とシエルが怒ってるよー」
「今日だけは……今日だけはシエルさんも頭に来ますけども、貴女は許せませ
ん!アルクェイドさん!」
「覚悟はいいですか、吸血生物……主の祝福のある今日この日に貴女を葬って
見せます!」
真っ青になって、シャンペンボトルを握りしめて立ち尽くす志貴。
今のこの場は、志貴の手のボトルに似ていた。衝撃一つで破裂する。
「志貴さま……何とか仰ってください」
小声でひそひそと琥珀が尋ねてくる。志貴がようやくその言葉に気が付いて
琥珀と翡翠を眺めると、二人とも黙って頷いた。その間にも三人の女達の緊張
はエスカレーションしていき、誰かが腕を振るや、その緊張は一気に破局に繋
がる予感が――
……わからない
志貴は狼狽のあまり、己が何を掴んでいるのかを危うく忘れかけていた。
そう、それはシャンペンボトル――この場の危機回避には、これしかない。
――ままよ!
「メリークリスマス!」
PON!
志貴の指はシャンペンの栓をはじき飛ばす。
栓は景気のいい音を立てて宙を飛び、全員の注意を逸らした。
「……メリークリスマス!さぁさぁみなさん、グラスをどうぞー。お料理も沢
山用意していますからねー」
「はい、アルクェイド様もシエル様もこちらをどうぞ」
まるで前もって示し合わせたかのように、琥珀も翡翠もそつなく立ち回って
手に手にグラスを渡し、皿を手に取り、志貴を導いて炭酸の泡を溢れさせる薄
い黄金のシャンペンを注いでいく。志貴は努めて笑っていた。
「ほら、秋葉も先輩もそんな顔してないで。アルクェイドも」
「うん、志貴。メリークリスマス!」
すぐに場の空気の変化を察して、志貴の腕に縋り付いてはしゃぐアルクェイド。
シエルは宙を仰いで何かを呟いたかと思うと、殺気に満ちたつり目の顔が普
段のにこやかな笑い顔に変わっていた。秋葉も奥歯に何かが挟まったような感
じであったが、機嫌を治そうと努力している顔であった。
「まぁ、今日だけは大目に見ましょう、アルクェイド……メリークリスマス。
主のご加護がそこの不浄な神の恵みに遠いナマモノを除いて皆さんにあります
ことを」
「兄さん……いいです、小言はもう言いません。メリークリスマス」
誰ともなくグラスを差し出すと、手に手に寄せられたグラスが乾杯の玻璃の
響きを立てる。
「あ、雪ー」
アルクェイドが開いた窓から、ひとひらの白銀の風花が舞い落ちる。
秋葉がそっと手をさしのべると、雪の結晶が手の平に乗り、融けて消えた。
「こういうのもいいですね、兄さん。来年も、また……」
「その時も呼んでねー。志貴!」
「……不浄なご辞退していただきたいのですが、まぁ、いいです。遠野くんも
ほら、ぼーっとしてないで楽しみましょう」
「お、おう……先輩、アルクェイド、秋葉……翡翠に琥珀さんも、よろしくな」
白銀の聖夜の寒空は、遠野邸の明るい声を融かされて更けゆく――
《END》
《あとがき》
どうも、阿羅本です。おのをもすなるくりすますSSなるものもあらもとも
せむとおもいてかきなむ、と土佐日記風に書けばこういう感じでしょうか、
兎に角クリスマス記念SSを無性にやりたくなってみたモノで、書いてみま
した(笑)
やはり全員出てくるとバタバタしていますが……「12/25はアルクェイドの
誕生日」というネタだけで引っぱろうかと思ったんですけども、こういう風な
感じになりました。いや、ベタですいませーん(笑)
とりあえずイブには間に合いましたので、公約達成と言うところでしょうか?
このSSでも、皆さんお楽しみ頂ければ幸いでございます。
それではどうか、これからもよろしくお願いします〜
でわでわ!!
20001/12/24 阿羅本
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