茶道部の部室には、夕陽が射し込んでいた。
茜色の夕陽が強く差し込み、窓枠の形を畳の上に濃い輪郭でしっかりと影と
して書き込む。畳の縁に、窓枠の影がぼこり、と凹んで映った。
そんな窓の影は、畳の上の二人に黒と紅の模様を記している。
志貴は、畳の上のシエルの上に覆い被さっていた。シエルが四つん這いになっ
て腰をもたげる様な格好になっており、それに後ろから志貴がのし掛かって
いた。シエルのスカートは落とされて二人からほど近い所に放っておかれて、
その横には志貴の制服のズボンも転がっている。
茶道部の三和土の上には、学校指定の上履きが二つきれいに並べてある。
そして、夕陽の中で、抱き合う二人の姿が幻想的なまでに浮かび上がる、志
貴の顔も、シエルの顔を影の中に隠れ、よく見えない。
そして、畳の上の志貴とシエルとは、お互いこの茶道部の部室で愛し合って
いる最中であった。志貴の裸の腰がシエルの腰に後ろから密着し、クライマッ
クスとばかりにがくがくとスピードを上げている。
シエルは自分の指を噛みしめ、声を殺していた。志貴の体重と体温を背中に
感じ、畳に押し付けられた身体の軋みも快感に転じている。ぐい、ぐいと下か
ら突き上げられ、畳の硬い感触を胸に、頬に感じる度に、シエルの口元が呻き
の形を取る。
「先輩……来る……」
志貴はそう小さく囁き、シエルの胸を抱きしめる腕にぐっと力を入れた。志
貴の指がシエルの胸に絡みつき、ブラウスの上から荒々しく抱きしめられた乳
房は形をぐにゃりと変える。
抱きしめる腕の力は強く、シエルの息が一瞬止まる。その時、志貴の動きが
ぶるり、と震え、引きつるように押し付けられると――
どくん、と言う熱い潮をシエルは体の中に感じていた。何度それを感じても、
その度に感動は新しい物に思える。志貴の全てを受け入れることが、今のシエ
ルにとっての幸せの形であった。だかたこそ――
「シエル先輩……別れたくない……ずっと一緒に……」
シエルの蒼い髪に顔を埋め泣くように囁く志貴の姿は限りなく愛おしかった。
そう思うと、シエルの眦から涙がこぼれ落ち、つう、と頬を伝ってから眼鏡に
落ちる。
志貴の動きが止まり、二人はつながりあったまま、茶道室の畳の上で動かな
かった。いや、動きたくはなかった――
茶道室の窓から、中庭の桜が見える。
少し早めにほころんだ桜の花は、四分か五分に花開く。
時は三月。分かれと旅立ちの季節。
桜の花は、別れの無情を知るからこそ、かくも艶やかに咲き誇るのか。
半月
阿羅本
「もう、遠野くんったらいっつも無茶しますね」
畳の上でスカートを直すシエルは、軽く志貴に怒ってみせる。一方の志貴は
と言うと、畳の上に正座して神妙にしていた。スカートを整え、ブラウスとセー
ターを窓ガラスに映して確かめると、畳の縁を見つめている志貴に目を向ける。
「……遠野くん?」
「いや、その、卒業式の先輩の姿を見ると……ごめんなさい、反省しています」
志貴はちら、とシエルの顔を見たが、そのまま顔を下げてしまう。シエルの
顔は怒っては居なかったが、なんとなく見つめていられない居心地の悪さを感
じてしまう。 なにしろ、卒業式の後にシエル先輩を捕まえて、いつものよう
に茶道室で四方山話に耽る予定であった――が、つい志貴はシエル先輩を押し
倒してしまったのだった。
それも、ほとんど襲いかかるように後ろから荒々しく、上着も脱がずに。
志貴は、押し倒したシエルの体温の熱さを思い出し、思わずしどろもどろに
なって言い訳を始める。
「あー、その、卒業式で離れ離れになる二人が別れを惜しんで学校の校舎の中
で、堪らなくなってつい致してしまうというのは世間はよくあることで……」
「……初めて聞きますね。ふーん、遠野くん……いつも、何読んでますか?」
目の前に正対するように志貴の前に腰を下ろすと、シエルはそう覗き込むよ
うにして聞く。視線がシエルと交わると、志貴はどう応えたらいいのか分から
ないので、う、と唸って黙り込んでしまう。
僅かな沈黙が二人の間に流れる。先に軽く溜息をついたのはシエルの方だった。
「遠野くんも、お布団を持って来るぐらいのデリカシーがあっても良かったん
ですけどね。
まぁ、そう言ってもこの部屋には座布団ぐらいしかありませんね」
そう少しおかしそうにシエルは言うと、腰を起こして立ち上がり、流しに向
かう。そうして給湯器に向かってお茶を入れ始めるシエルの後ろ姿を見ながら、
志貴は改めて今日のことを考える。
今日は卒業式、三年だったシエル先輩は晴れて卒業となった。もともと入学
しているのも怪しいシエルではあったが、完全に学校当局を騙しきって卒業し
てのけたようだった。
でも、それは二人の別れをも意味している。そう、志貴には思えた。
そもそもシエルがやってきたのは、転生無限者ロアを追ってのことである。
その為に学校内に潜伏し、志貴とその周辺を調査していた――が、そこにあの
アルクェイドの介入があり、ロアと志貴の複雑な関係も相まって事の成り行き
は筆舌に尽くしがたい事態となった。
その中で志貴はアルクェイドを二回殺し、シエルに二度殺されそうになり、
ロアも二度殺すことになった。シエルに至っては途中で何度死んでいたかもはっ
きりしない。
結局、志貴はロアという存在を直死の魔眼で殺し、自分も死の淵を彷徨う羽
目となった。そしていくつもの生と死の可能性の隙間を漂い、シエルの腕の中
に帰ってきた。
シエルも、忌まわしい不死の宿命から解放された。
しかし、それはシエルの帰還を意味していた。しばらくはロアの作った死者
を駆除する作業に追われていたようだったが、最近は志貴はシエルとつき合う
時間が長くなったので、その作業も完了したのだろう。
つまりは、もうこの町にシエルが居残る理由がない――
そして、卒業式の中でシエルの姿を見た志貴は、言いようのない寂寥感に襲
われた。周りは卒業生を見送る別れの寂しさに満ち満ちており、その空気に志
貴が伝染されたからかもしれない。
だが、卒業証書を胸に桜の木の下に佇むシエルを見た瞬間に、志貴には戦慄
に似た感情が走った。
――あの時みたいに、先輩が消えてしまうのだけは嫌だ。
そう思うと矢も楯もたまらず、志貴はシエル先輩をこの茶道部室に連れ込ん
で押し倒していた。そうやってシエルの身体を貪ることで、自分の不安を癒そ
うとしていたのかも知れない。
でも、やはり強引だったかも知れない。
そう思うと自分の感情に駆られるままに動いてしまった浅はかさを呪わずに
はいられない志貴であった。
「どうしました?遠野くん?」
思わず考え事をしていた志貴は、目の前にシエルが戻ってきたことを知って
身じろぎをする。シエルは正座で湯飲みを持って、志貴のことをじっと見つめ
ていた。
「あの、先輩……ごめんなさい」
「……もう、さっきから謝ってばかりですね、遠野くん。いいですよ、怒って
ませんし……もうちょっと優しくてもいいかもしれませんけど」
湯飲みを志貴に勧めるシエルの顔は、ちょっと恥ずかしそうにはにかむ。
志貴は湯飲みを受け取り、緑茶の薫りを鼻腔に感じながら――おそるおそる
シエルに尋ねる。
「先輩……これから、どうするんですか?」
そう尋ねられたシエルは一瞬きょとんとしていたが、思い詰めた志貴の顔色
を察し、この言葉が何を言わんとしているのかを感じ取る。
志貴は、自分が教会の埋葬機関に属し、いずれ行き先も告げずにどこかに去
ることを恐れている、と。
そう、それは教会に属している限り避けれない運命だった――
シエルはずずず、とお茶をすすると、志貴からつと目を逸らして窓の外を見
つめる。五分咲きの桜を目にしながら、シエルは逆に志貴に問い返した。
「遠野くんは、どう思っているんですか?」
(To Be Continued....)
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