わたし、シオン・エルトナム・アトラシアはその怜悧な理性をもって判断した。 まるで夢遊病患者のようだ、と……。 好きだから―― 大崎 瑞香
今の時間は午前2時過ぎ。翡翠と琥珀による巡回も終わり、寝静まったこの遠野屋敷。 おもしろいことに、陽が沈み夜のとばりが包むだけで、この広い屋敷はがらんとして物寂しくなる。もっともわたしも含めて5名で住むには、この屋敷は広すぎるからである、と結論づけていた。 しかし秋葉はこの人数で住まうことに固執している。家の持ち主がたとえ理不尽であったとしても、それを主張し、前から在宅する3名がそれに同意している以上、逗留させてもらっているわたしが文句をつけるいわれなどない。悪法でも法である。それが規則というものだし、各家庭ごとに変わった特異な規則があるのはすでに学んでいるから、わたしは何も言わず、同意した。 しかもこの遠野家規則では消灯が午後10時である。現代という基準からすればいささか早いと思うのだが、逆に日本の背景文化的には、こちらのほうが前時代的で貴族的――日本的な表現ならば華族的――なのかもしれない。 翡翠が一生懸命かつ丁寧に掃除をしていて、とても清潔である。しかし、逆に寂寥さがつのってしまっていた。もう少し物がゴチャゴャしていた方が生活感があふれ活気づくものなのだけど。 自己のことしか考えず観測と推理と計算によって未来を予測する錬金術師たちが集まっていたアトラスからすれば、ここは清潔かつ整いすぎていた。 そんな他愛もないことを考えて自分の奇異な行動から目をそらそうとしている、と第四思考が警告した。 ――第四停止。 わたしは停止させた。わたしの行動が奇異である、と理性が告げているのに、何かがそれを押しとどめた。 そう。 冷徹かつ怜悧な理性と判断によって裏打ちされた行動をおこなう錬金術師であるにもかかわらず、わたしは――ここにいた。 こんな夜更けに。 誰にも見られないように。 わたしは。 志貴の部屋の前に。 まるで夢遊病患者のようだった。 気づかないうちに、いつの間にかここにいる。 志貴の部屋の前でぼおっと立ちすくんでいるわたしがいるのだ。 真祖の姫君と夜遊び――そもそも真祖の姫君は夜行性なので仕方がないのは当然ではあるが――することが多いのだが、志貴は最近の体調不良や秋葉の小言や翡翠の心配によって最近はきちんと自室で休息をとることにしている。 今日、確率的には99.9(%)で自室にいる。 これがわたしの出した計算の結果だった。 ――だからわたしはここにいる。 とたん、第三思考が警告を発し、第七思考が肯定する。 いったん停止した第四思考を復帰。再考させる。 ――ああ。 ため息にも似たものを吐いた。 出鱈目。理不尽。不当。計算をあっさり乗り越えてくるジョーカー。 それがわたしが出した志貴への正当な評価。実際には錬金術師からみて、ロクデナシと位置づけていたが、感情はまったく違う結論を出していた。 頼りになるヤツ。頼ってもよい男性。友人。 頼ってもよい、という感情に、ゾクリと背筋が震える。 体温が上昇した。 第三思考が退去を警告する。それに対して第七思考がそのことによって生じる理性と感情の軋轢を報告する。再考しはじめた第四思考が、やはり否定する。 わたしは自分の思考に縛られていた。 ……いや、わかっている。わかっているのに――わかっていない。 わたしの行動は矛盾している。 矛盾。整合性のとれていない。奇異。違和感。理性による警告。 ――第四停止。 ――第三停止。 次々にわたしは思考を停止していった。 わたしがどうしてここにいるのか。 とても簡単で単純な理由だから、目を背けてしまった。だからこうして第三思考が警告を発しているというのに、わたしの感情は、それを否定した。 わたしは志貴の部屋の前にいる。 どうしてか? わかりきったこと。 ――そう感情が囁く。 否定すべき事柄である。 ――そう理性が警告する。 わたしは志貴がいる部屋へと続く、入り口の扉にそっと触れた。 夜の冷気でひんやりとしているが、すぐにわたしの体温で温かくなる。 この向こうに志貴が寝ている そう考えるだけで、また体温が上昇した。 高ぶってくる。 体温調整機能が狂ってしまったかのようだ。 顔が熱い。たぶん、赤面しているのだろう。 わたしの理性は、同世代の異性と話したことがないからだ、憧れ、うぶ、といった言葉を警告として次々にあげてくる。 それに対して感情は――。 認めてはいけない。 理性がそう告げる。 トクン 心臓が跳ねる。 息が苦しい。 このマボガニーの扉の向こうに、志貴がいる。 呼吸が荒くなっていく。 頬が紅潮していくのがわかる。 ただ扉を見ているだけだというのに。 これでは――わたしは変態ではないか。変態とはもともと変態性欲という意味であり、通常異性に対して感じるべき性欲が異常な事柄に対して劣情を催すことである。 まるで扉に対して催しているようではないか。 わたしはけっして変態などではない。 だいたい変態というのは、あの志貴のことをさす。同族ではなく、真祖の姫君の寵愛を受けて。だいたい人間だというのに、姿形がまったく同じだからといって――。 ここであの白い姫君の姿を思い浮かべる。 美辞麗句しか浮かばない造形。 すっと伸びてしなやかな肢体。その白い肌はしみひとつなく、すべすべてしていてオンナであるわたしは嫉妬しそうなほど。その唇は薔薇色にきらめき、朱色に染まるややつり目気味のその瞳には純粋な知性と無垢さの輝きがあり、人を魅了してやまない。一筆でさらりと描いたかのような眉は美しく、その言葉は涼やかに聞こえ、その動作ひとつひとつもやや幼い子供のようなところはあるが、けっして下品でなくひとつひとつの動作には優雅に品を感じさせて。匂い立つような美、だった。 同じ女性として認めたくないのだけども、計算と推測に基づく錬金術師としては、ほぼ完璧な美の体現、と評価していた。 ――ああ。 わたしはため息をつく。 あのような美しい姿であれば、よかったのだろうか? ほんとうに愚にもつかないことを考えている。 これは錬金術師の考えではない。 酷く――酷く女の、しかも浅はかな女の考えだ。 吐息を吐いた。 志貴が姫君に惹かれるのも理解できる。 女性から好意を抱かれれば、どのような男性も気分が悪いものではない。 ましてや、あの美しい姫君である。 なのに、なぜか胸になにかじりじりと灼き焦げるものがあった。 それを吐き出したい。 そうすれば楽になれるはずなのに――幾度吐息を吐いても、それが逆につのってくる。 吐いた吐息も、なぜかねっとりとして、さらに躰が熱く、火照っていく。 ――わたしは変態なのかもしれない。 扉の向こう。だた志貴がいる、と思うだけで――こんなにも。 こんなに――発情しているのだから。 こんなにも――劣情をもよおしているのだから。 わたしの体が性交を行っても問題ないまでに成熟してからこういう風になるのは――はじめてだった。 熱い。 躰が灼き爛れているようだった。 錬金術師の武器である思考や理性が肉欲に溶かされていく。 ドロドロに、いやらしい匂いをさせて、とけていってしまう。 こんなことはわたしは初めてだった。 わたしが初めてだからといって――エルトラム家が対処する方法を知らないわけではない。 代々エルトナムの者はエーテライトによって知識を得てきた。まず最初に得るのは自分の両親からである。だからこそ、わたしは世間的に考えて若輩者と呼ばれる齢でありながら、アトラスの名を冠することができたのだから。 「……なのに」 いつの間にか思考を口にしていた。 夜の静寂にいやに響き渡る。 その熱いとろみにも似た何かが、その言葉の端々にあった。 熱く粘ついていて――理性が発した言葉だというのに。 感情によって、濡れぼそっていた。 そう自覚すると、体がまたブルンと震える。 震えて、苦しい。熱いなにかがこみ上げてくる。 それを否定したくて。 「……わたしの理性が否定しています……志貴」 今度はしっかりと呟く。 魔術師にとって肉のまじわりに関して禁忌などない。よりすぐれた血を残すことに意義があり、代々の研究を完成させることに希望を見いだしているのだから。 それでもわたしはまだ男というものを知らなかった。 処女なんていうものには何の価値も見いだせないのに。 処女膜なんて、まだ未成熟の時に膣内に病原菌などが侵入できないようにあるだけの膜だというのに。 わたしはそれをなぜか守り続けていた。 こんなものには価値など――。 だから。 エルトナム家が囁く。 エーテライトで集めたエルトナム家の知識が、伝承が、わたしに囁きかけるのだ。 抱かれればいい。 志貴にその躰をゆるして、その秘裂に逞しいものをいれてもらって、子宮にその熱い精液を注いで貰えばよい、と。 欲しければ、何度でも何度でも、それこそあふれるほど、この肉体に、この子宮に、この秘裂に注いでもらえばいい、と。 その姿態を、志貴に組み敷かれているわたしというものを思い描いて、甘美な悦楽が走る。 甘く――しびれるような、快感。 躰が捩れるような悦び。 なんといやらしく、なんと素晴らしい肉の悦び。 第三思考が白くなり、短絡する。停止する。 こんなことは――初めてだった。 なのに。 「……でもダメなんです……志貴」 わたしは、理性は否定する。 志貴は友達であり、真祖の姫君の寵愛をうける身。 とたん、志貴に組み敷かれているのがあの白い姫君となり、胸が苦しくなる。 これが、妬み、やっかみというものだと、はじめて知った。 真祖の姫君を愛する志貴というものを考えると、苦しい。 そしてその寵愛が――もしその寵愛が。 意味のない仮定など、錬金術師ならばやらないというのに。 なのに、わたしはそんな意味のない仮定に思いを馳せてしまう。 まだ誰にも触れさせるどころか見られたこともないこの躰の純潔を志貴に捧げ、愛撫され、愛してもらう。 恥じらうような口づけから始まり、柔らかな愛撫、 高まる性感と期待、胸をついばんでもらい、女陰をそっと撫でて貰う。 胸はきゅんとして苦しいのに期待と嬉しさで満ちあふれ、 それでも恥ずかしくてまともに顔さえ見れないわたしに、 志貴は幾度となく口づけの雨をふらし、 ゆっくりと愛液でぬかるみ始めた女花に、あれがあてがわれ、 初めての経験に怯えて硬くなる女体を、志貴のでこじ開いてもらう。 初めての痛みと女になったという喜悦にわたしの心はざわめき、 志貴の体を抱きしめる。 破瓜の痛みはすでにエルトラム家の者として知っている。そしてそのあとに躰がなじみ、男というものになれていく女というものをすでに知っている。 あの――息もできないほどの爛れた性悦というものを。 あの――たまらない、いやらしいものに溺れていく愉悦を。 あの――とろけていくような官能を。 あの――身をよじるぼとの淫蕩を。 あの――ぐちゃぐちゃになってしまうような、それを。 何時の間か太股をこすりあわせていた。 こんな姿を志貴に見られたら、志貴になんといわれるだろうか――。 志貴のことを思い、志貴の部屋の前で息を熱くし、頬を紅潮させ、理性は否定していても、男というものを求めて啼いている女の躰をもつ、わたしを見て――。 しかも志貴には真祖の姫君がいる。あの壮麗で華麗で――美辞麗句を並べるしかない、あの女性がいるというのに。 「……ああ」 喘いでいた。 わたしは両手で自分を抱きしめる。 頭を扉に押しつけて、体を持たせかける。でないと、そのまましゃがみこんでしまって。 とたん、匂いがする。 中から志貴の匂いが感じ取れた。吸血種の超感覚である。 志貴の男に匂い。いえ牡の匂い。 それから漂う淫らな――牝の匂い。真祖の姫君の匂い。 いやらしいオトコと女の匂いで鼻の奥がつーんとする。 心臓が早鐘をうち、苦しいほどだ。 もし。 もしも……今……中では……。 今さっきまで思い浮かべていた想像が蘇る。 志貴に組み敷かれている白い姫君。 ドクン、ドクンと心臓がうるさい。 自分の呼吸がイヤに耳にまとわりつく。 苦しい。 熱い。 膝はガクガクし、このオンナというものが、志貴というオトコを求めていることがわかる。 物音なんて――しない。 そう五感は伝えてくる。 なのに。 それなのに。 なぜか、わたには真祖の姫君のあられもない声が聞こえていた。 想像。 幻聴。 空耳。 そうだと理性は伝えてくる。 なのに、あの玲瓏に響く声が、あの涼やかな声が、淫らな嬌声となって聞こえてくるのを止めることは出来なかった。 「……志貴……わたしは……わたしは……」 狂っている。 わたしは狂っているのかも知れない。 でも躰は熱く、 心は灼けていた。 ジリジリとジリジリと、熱く灼けて――。 乳首が勃っていた。 ブラジャーにこすれている。 こんなにも勃っていて――志貴に吸って欲しいと、ねぶって欲しいと、弄って欲しいと。 腰が動いてしまう。誰も見ていないのに、大きく動いて、まるで男を誘っているようだった。 じんわりとあそこが湿ってくるのがわかる。生理が始まったかのように、あそこが濡れてくる。 志貴が欲しいと、濡れていた。 「……志貴、志貴、志貴……」 熱に浮かされたかのように呟き続ける。熱く、愛しいと囁き続ける。 この熱い息が、この熱い胸が、この熱い淫らな波が――突き動かしてしまう。動かされてしまう。 この喉が、この唇が、志貴の名を呼んでしまう。幾度も、とめどなく呼んでしまう。求めて、恋い焦がれて。 こんなに躰は志貴を求めているのに。 こんなにも、志貴が欲しいと訴えているのに。 欲しくてたまらなくて、熱くて苦しくて熱に浮かされているかのよういても。 太股をいくらこすりあわせても。 躰をどんなに抱きしめても。 物足りない。 飢えだけがのこる。 貪欲なシオンというオンナが志貴をもとめてしまう。 どんなに思考を分割して、いろんなところに割り振っても。 耐えられない。 狂おしいほど。 狂おしすぎて。 いっそ――狂ってしまえば楽なのに。 なのに、わたしの理性がそうさせない。錬金術師、アトラスの名がそれを赦さない。 それがこんなにも――わたしを苛む。苛んで、苦しい。 扉の向こうに志貴がいる。 そして真祖の姫君を組み敷いて――。 舐め、しゃぶり、すすりあげ、舌を這わせ、ねっとりと、いやらしく、こすりつけ、動かし。 ここにいるのは錬金術師などではなかった。 シオン・エルトラム・アトラシアなどではない。 シオン・エルトラムがいた。 いえ――。 シオンが、アトラスの名も、錬金術師も、栄えあるエルトラム家もなく。 ただシオンが。 シオンという、ただの牝がいた。 扉を開けて入ればいい、と。 この熱く火照った躰に囁く。疼いて仕方がないオンナがひくついて、頭を白くさせる。まともに思考させてくれようとはしない。 いくら分割思考して逃れようとしても、人間としての肉が、本能がそうして逃れることさえ赦してくれない。 ただ冷たい理性が警告を発するだけ。 この爛れた発情した躰に発するだけ。 気がつくと腰をよじっていた。男をもとめていらやしく蠢いていた。そしていやらしい音がした。 触ってもいじってもいないのに。 わたしのショーツの奥から淫水の音がした。熱くとろけた媚肉が、秘裂が男が欲しいと乱れているのだ。 羞恥でさらに熱くなる。 なのに、さらに火照ってくる。 こんなに恥ずかしいのに。 こんなにいやらしいのに。 こんなにはしたないのに。 なのに、こんなにも疼いて身悶えてしまう。 媚肉がひくつき、肢体がふるえてしまう。 恥肉に翻弄されてしまう。 肉の奥のぬめりが増しているのがわかる。 濡れて、ひくついている。 志貴がほしいと啼いていた。 男が、雄が、牡が欲しいと、牝体が啼いていた。 太股にまで伝わってきそうだ。 オーバーニーをどろどろないやらしい液体で濡らしてしまうほど。 スカートにいやらしい沁みができてしまう。 全身の毛穴という毛穴がひらいて、淫らなメスの匂いを放っているようで。 体中が艶めかしく火照ってしまう。 粘つくようなやらしい波が腰の奥から昇ってくる。 ムズ痒くて、痺れるほどの淫蕩な波。 それに蕩けていきそうなほど。 どろどろなそれが幾度となく、躰をみたしていく。 押し寄せては引き、引いては押してきて、 こんなに突き動かす。 こんなにも、やらしくさせていく。 苦しい。 「……はぁぁ……志貴ぃ……」 ジンジンとした痺れが疼いて、気づかないうちに媚声をあげていた。 その声はねっとりとして、熱く、澱んでいて。 瞳は潤んでいるのか視界がはっきりしない。 まるで首といやらしい器官だけになってしまったかのよう。 苦しい。 あそこはひくつき、うごめき、志貴の熱い……を吸いたくて。 なんてはしたなく、いやらしい感情なのか。 頭のどこかでそう囁く。 でもそれはあまりにも強い欲望で、あまりにも強い劣情で。 ただ、ただ――それに押し流されて。 膝がガクガクする。 力が……入ら……ない――。 腰がとろけてしまっていて、ガクガクしている。 あそこからどんどん露がこぼれ、滴っている。 乳首が痛い。 尖りすぎて痛くて――それさえもこすれて快感になる。 深い昏い官能の波がわたしを翻弄している。 躰は志貴を求め、心は志貴を欲している。 部屋にさえ入れば、それは叶えられるかもしれない。 でも――入れない。 入ったところで、志貴を起こしてわたしの思いのたけを、愛していると告げても。 志貴はけっして。 けっして、わたしを抱かない。 ただ優しく、少し哀しい瞳をするだけで。 志貴は真祖の姫君を愛しているから。 心の底から愛しているから。 妬ましくて胸をかきむしりたくなる。 こんなに苦しい。 こんなにも狂おしい。 志貴は友達で。 一緒にタタリと戦った仲で。 秋葉の兄で。 いくら言っても。 わななく女の熟れた躰は、締め付ける求める心は、志貴を、志貴だけを求めている。 それでもわたしの理性は囁く。 志貴は白い姫君を愛しているから、けっしてわたしを抱くことはない、と。 だから、わたしは入れない。 このオンナの体をもてあまし。 この恋心をもてあまし。 こうして扉の前で、身悶えるだけ。 こんなにも志貴が欲しいと啼いても。 入ることは出来ない。 もし入って志貴に憐憫の目で見られたら。 そう思うだけでぞっとする。 あの黒縁眼鏡の向こうの優しい瞳がほんの少しだけ悲しげな色に染まり、 その唇から、わたしを拒否する言葉が紡がれたら。 いわれのない恐怖にかられる。 それだけではない。 もし志貴が寝ているところに入ったら。 わたしは、この火照ったいやらしい躰のまま入ったら。 わたしの理性は霧散して、 志貴を貪ってしまう。 志貴の……を舌でなめ回し、口づけし、甘噛みし、 そして突き立ててしまう。 志貴が好きだから。 好きだから。 わたしのものにしたいから。 だから。 その白い喉元に、わたしはこの乱喰歯を突き立ててしまう。 理性なんてなんの役にも立たないだろう。 だって、こんなにも、好きだから。 だって、こんなにも、心動かしてしまうから。 人間的な感情が、こんなにも、衝動を呼び起こしてしまう。 眠っている衝動を呼び起こして、 理性がかき消えてしまって、 呪われた者として、 タタリに血を吸われた者として、 愛しい者をただ―― ただ――貪り、食い尽くしてしまう。 なんて――呪われている。 なのに――求めている。 あのねっとりとした芳醇な香りを。 生臭く鉄臭いあの赤い――生命の源を。 熱くてとろけるような鮮血を。 啜ってしまうから。 ゴクゴクし喉を鳴らして。 志貴の命を飲み干してしまうから。 志貴の命を飲み干して、まるで胎児のように胎内で愛せるから。 だから――入れない。 膝がもう……もたない。 わたしはそのまま床にぺたんと座り込んでしまう。 体がとろけていた。 ……吸いたい。 なんて――強い欲求。 不満。 ストレス。 志貴の喉元に噛みつき、牙を突き立て、啜りたい。 苦しい。 「……苦しい……です……志貴……」 弱音なんてみせたくないのに、漏らしていた。 志貴を思うだけで。 志貴の匂いを嗅いだだけで。 こんなにも興奮し、こんなにも志貴を欲しがっていた。 わたしは無意識にこすりあわせている太股の間にそっと手をのばしてみる。 濡れていた。 考えていた以上にどろどろで。 羞恥に身を焦がしてしまう。 触れただけだというのに、それは甘い悦楽をもたらしてくれる。 そこは熱く、まるでわたしの体とは思えないほど熱くぬかるんでいて。 ショーツの上から軽く触れただけだというのに。 この熟れはじめた躰がわなないてしまう。 指がそのまま上下に、わたしの割れ目にそっと動き始める。 最初は小さく、ゆっくりと大きく大胆に。 こねまわして、そこから淫液がどろどろとこぼれてくる。 頭がジンジンとする痺れ。 気持ちいい。 ぴりぴりしている。 棘だっているくせに、そのくせ痛みではなく――蕩けるような愉悦。 開いている左手でそっと胸をつかむ。 ただ指が触れただけなのに、じぃんと響く。 疼きが全身をはいずり回り、わたしから理性をそぎおとしていく。 じんじんとした疼きは指でこねればこねるほどより大きく、より深く、より甘く広がっていく。 「……すごい……すごい……です……志貴」 口から涎が流れるのも構わず、指を動かし続けた。 知識として収集した快楽と、実際に隊蹴るする快楽とではこんなにも違う。 すごい。 女性器で性悦を感じるしかない器官であるクリトリスをなでるだけで、口から音のない悲鳴がもれてしまう。 ブラウスの襟元から手をいれ、ブラジャーをずらし、乳首をつまむ。 すごい。 つまみ、ひっぱり、こね回す。 乳首はとけている。だってこんなにも熱いのだから――。 じんじんとした痺れは疼きとなって、背筋を幾度となく駆け回る。 そのたびに、わたしは甘い声を漏らし、官能に嬌声をあげる。 舌を突きだして、自分の犬歯を、吸血種の乱喰歯を撫でる。 鋭く尖っていて、舌の上をひっかくかのよう。 でも。 舌が牙を押すと、今まで以上のものが流れた。 頭が一瞬真っ白になる。 すべての思考が停止して、システムがダウンする。 えもゆえぬ淫靡なものが駆け抜ける。駆け抜けていく。 女陰がさらにどろりとする。 わたしはショーツの和粉から指をいれて、掻き回す。 ぐちゃぐちゃだ。 淫水の音。熱くねっとりとした蜜に指をいれたよう。 熱くて、気持ちよくて、痺れて――ダメ。 その媚肉や襞は指にねっちゃりとからみついてくる。 怖くてそのまわりを掻き回しているだけだというのに、からみついてきて締め付けてこようとする。 ぐいぐいと奥へと飲み込もうとしている。 こんなにもやらしく収斂して、オンナへと導こうとしている。 充血しきって真っ赤になった柔襞が、いやらしく照りつきながら痙攣しているのがわかる。 そこにわざと爪を立ててひっかく。 「……っぁあっ」 何がなんだかわからない。 神経に負荷がかかりすぎていて。 神経がすべて快楽しか感じない。 躰がほんとうになくなっていた。 内臓さえも快感にのたうち回り、ぬるぬるになっている。 骨なんてない。躰が支えられないのだから。 と思った途端、床に頭をつけていた。 わたしは床に顔をなすりつけながらも、指を動かすのをやめることはできなかった。 指を動かすたびに。 爪をたてるたびに。 全身が痙攣を起こす。 ただ、指でいじっているだけだというのに。 ただ、爪をたてているだけだとうのに。 それだけだというのに。 「……ぅん……」 鼻にかかった、どろりとした女の肉欲にまみれた声が漏れてしまう。 気持ちよくて。 扉の奥から漂う志貴の牡の匂い。 それが鼻の奥でからみついてきて。 淫らな女の匂いがあたりに充満して。 口の中はからからなくせにいやに粘ついていて。 指先はただ熱くぬかるんだ粘液質なものだけがからみついて。 「……志貴ぃ……」 口から漏れるのは、この一言。 名前。 この火照って仕方がない躰を鎮めてくれるはずの男の体。 あの志貴の唇に口づけし。 志貴の躰を撫で回し。 志貴の陽根を撫でて。 それを受け入れて。 そして志貴の喉元にかぶりつきたい。 志貴のあの声が。 志貴のあの指が。 志貴のあの瞳が。 志貴のあの体が。 頭がまた白くショートする。 躰にまた痙攣が走る。 白いくせにいやに昏いものが思考に覆い被さってくる。 こんなにも白くて。 こんなにも昏くて。 こんなにも淫らな。 また、弾ける。 床に這いつくばったまま、わたしの背が勝手に伸びてしまう。 のけ反ってしまう。 指がさわるたびに、 爪でひっかくたびに、 指が動くたびに、 志貴を思うたびに、 苦しいほどの甘い電気が、わたしの躰を何度もなく貫く。 ひくつく蜜壺の奥にある子宮からの流れ出すような、蕩けた波が、 こぼれ出し、躰がよじれてしまう。 いやらしくよじれて、そのまま外へと流れていってしまう。 悲鳴にも似た喘ぎ。 甘い痙攣。 淫らな愛液。 それらになって、こんなにも流れていってしまう。 体中の粘膜から熱く粘った淫汁を垂れ流していた。 でも蕩ける愉悦に導かれて、指はとまらない。 いやらしく、ねちっこく、 乳を、乳首を、蜜壺を、クリトリスを、 こんなにもはしたなく、 こんなにも恥ずかしく、 こんなにも動いてしまう。 動かしてしまう。 躰がただ女の肉の悦びにひたってしまう。 ひたりきって、ただ甘く啼いてしまう。 そして何かがやってくる。 苦しくて、たまらなくて。 躰をよじっても。 髪を振り乱しながら頭をふっても。 涙も涎も流しても。 突然、本当に真っ白になる。 硬直。 そして弛緩。 一瞬だけ、達する。 何も考えられない境地。 そしてこのやらしい躰はそれを求めて、また淫らに蠢く。 また白くなる。 また。 短絡。 よがっていた。 男も知らないのに、この汗まみれのやらしい躰はよがり狂っていた。 よがり狂って――たまらなくて、苦しくて。 息が出来ない。 幾度も幾度も。 何度も何度も。 頭の中を悦びで染め上げられる。 ただ――真っ白に。 脳天まで貫くようなぐすぐすとして爛れた悦楽に溺れきって、 躰は淫液でとろけてしまって、 絶叫にも似た深い愉悦の嬌声を張り上げてしまって、 充血しきった花芯にも似た粘膜からは白濁した愛液を垂れ流してしまって、 ――そして、意識を手放した……。 わたしは深く昏い余韻に浸りながら、ゆっくりと衣服を着始める。 ショーツはもちろん、オーバーニーもスカートもどろどろでいやらしい牝の匂いを放っていた。 でも。 それをゆっくりと身にまとった。 どろどろでいやらしい牝の匂いがする服は、今のわたしにはお似合いだった。 こんなにもいやらしいわたしによく似合った服だった。 そして扉を一瞥する。 なりを潜めたはずの、昏い愛欲がたゆんだ。 「……志貴――それでも、わたしは……」 こんなに性悦にひたって。 ただ淫靡に。 ただ淫乱な。 この体をもてあましても。 嗚咽で喉を震わせても。 媚肉から淫水を滴らせても。 女の躰が火照っていても。 よがり狂っても。 その熱い血潮を求めていても。 「わたしは開けません」 ――好きだから けっして開けない―― わたしは、こんな矛盾している躰と心をもって、今日も、志貴の部屋の前でただ淫らに啼くのだった。 そして、なんとか押しとどめている自分を誇らしく感じて、またなんて大嘘つきなんだろう、と心の片隅でそう思っていた。 了 あ と が き おひさしぶりです、瑞香です。 わたしの中のシオンさんって、志貴とはなんでもないんですよねーこれが。 理由はとても簡単で。 Melty Bloodで、志貴とはお友達、だから(爆)。 うーんうーんと考えた結果、こんな話になりました。 今ひとつ、いやらしくないのが、シオンさんらしいかな? と思っています(笑) けど、もっとやらしいほうがよかったですね。ちょっと反省しています。 それではまた別のSSでお逢いしましょうね。 27th. February. 2003 #95 |